完璧な先輩と蜂蜜レモンパフェ
パフェを待つ間は先輩の観察にあてると決めている。今日の先輩は美しい鼻筋が午後の光に際立っている。彫刻みたいな、どこか中性的な顔立ちをした先輩。
ピアノとヴァイオリンとギターと津軽三味線が得意で、教職過程も取っていて、コンペ入賞経験もある画家の卵。
わたしからしたらとても遠い存在だ。こうして季節ごとに新作のパフェを食べに来られるのは、後輩特権というやつである。
「先輩、今はパフェに集中しましょう?ほら来てますよ」
「うん。ごめんね」
謝罪は先輩の口癖とも言える。なんか知らないけど自己評価が低いのも先輩の特徴である。スペックも高いし結果も出してるのに自己評価は上がらないので、周りは諦め気味だ。ねえ、鬱になりますよ。
そんな先輩も、パフェを目の前にすると顔が明るくなる。何と言っても発売から一週間、評判は上々の新作パフェだ。
シンプルな脚付きの器に入ったそれは、控えめながらも完成された造形美を有している。ガラスから透けて見える淡いレモン色を基調とした土台の断面。
上に乗った双子のアイスクリームがレモンとミルクなのはメニューに書いてあった。ミルクアイスの上には砕いたナッツと蜂蜜がトッピングしてある。レモンアイスの上はミントが飾られている。
細長いスプーンで切り込むと、アイスクリームがするりと削れる。そのすぐ下は蜂蜜がうっすらと溜まっていて、アイスクリームの冷たさで水あめのようになっている。
ナッツの香ばしさと食感、ミルクアイスの甘さとレモンアイスの酸味、そのすべてをとろりとした蜂蜜が包み込む。蜂蜜レモンは初恋の味、なんて言ったら先輩はまた暗い目をするはずなので黙って食べる。
パフェなんだから、アイスクリームが全てじゃない。土台部分の上層は透き通った金色をしている。レモンの風味が効いたゼリーのようだ。上の蜂蜜が混ざり、まさに蜂蜜レモン味。ゆるく固めてあって、のど越しはあくまで優しい。
下の層はカスタードで、おそらくゼリーを直接上に注ぐ関係で、熱に強くある程度固いものを選んだのだろう。ゼリーと合うのか微妙な気もしたが、食べてみればなんのことはない。レモンメレンゲパイのフィリングに似ていた。つるつると、とろりの間の食感。
糖分が口の中を満たす幸せを感じながら先輩に視線を送る。わたしなど眼中にない様子を見て、安心した。先輩は高い所で輝いていればいいのだ。わたしが触れるべきじゃない。
先輩が何人目だか知らない彼女と別れたついこのあいだ、友人に探りを入れられた。アタックしなくていいの、と。私の答えはこう。
「先輩は危なっかしいし、どちらかといえば裏から見ていたいかな」
例えばガラスケースと紫外線・熱線カットの照明に守られた博物館の展示物みたいに。隔てられた空間から先輩を眺めていたくて、かといって独占したいわけでもなくて。
だからこれは初恋未満の感情なのだ。そういうわけで、擬似初恋ともいうべき蜂蜜レモンパフェを頬張りながら、美しい先輩の表情を瞳に焼き付ける。
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