プラタナス食堂

夏野けい/笹原千波

新入生と昔ながらのオムライス

 謎の上級生集団「和装倶楽部」に連れられて、食堂に来ています。入学式後に一人で構内をふらふらしていたら捕まったのです。


 お店の中はといえば、白木のテーブルと中庭から入る太陽光がいかにも今どきの自然派カフェといった風情です。

 そしてこの食堂、構内にあるのに学校案内に載っていません。外には上級生らしき人がほとんどいなかったのに、やけに賑わっているのが恐いです。


「急に声かけてごめんなさい。ひとりドタキャンされちゃって。予約したのに人数減ると怒られちゃうの」


 朱色地の着物のお姉さんが言います。つやつやの黒髪をかんざしで緩く結いあげていて色っぽいし美人だけど、言い訳は聞いていません。


「あなたたちは何ですか。あと今日は学食やってないって聞いたんですが隠れ家カフェ的なこの店は何ですか」

「申し訳ない。そこらへんは僕から説明しますよ」


 あとを引き継いだお兄さんは苦笑いをしています。着流しと言うのでしょうか、袴をつけないで濃い灰色の着物に利休鼠の羽織を合わせています。


「僕たちはこの大学の公認サークル『和装倶楽部』のメンバーです。今日は毎年恒例のお花見会で、お昼をここで食べようと前々から予約していたんですよ。見ての通り、人気のお店だからキャンセルすると顰蹙を買うわけで。もちろんお金は僕らが払いますから、付き合ってくれませんか?」

「それで、ここは学食じゃないんですよね。どういう店なんですか?」

「学校に許可を取って営業している、学外の経営の食堂ですよ。学校案内その他に載らないのは店主の意向らしいんですが、詳細はわかりません。学校が経営しているわけではないので割高ですが、営業時間が長くて味が良いので人気があります」

「まあ、とりあえずメニューを見たら良いと思うよ」


 と、メニューを差し出してきたのは先ほどの朱色のお姉さんです。五人いるのに二人しか喋りませんね。


「みなさんは見ないんですか」

「私たちは毎年オムライスって決めてるから。メニューだとこれ。『昔ながらのオムライス』って書いてあるでしょ」


 絵も写真もないメニューを指差してお姉さんは言います。確かにその語感は食欲を刺激しますね。


「私もそれにします」

「飲み物は?」

「いえ、結構です」

「了解。注文しちゃうね」


 お姉さんは手早く店員を呼んで注文を伝えます。店員が去ってしまうと、テーブルは静かになってしまいました。沈黙に耐えかねて質問を考え始めた時、お姉さんが口を開きました。


「サークルの新歓期間って、明日からなの。だから今日はただの通りすがりの上級生だと思って。連絡先とか名前とか、聞くつもりもないから安心してね。私は森田香夜もりたかよ、こっちが昭島立哉あきしまたつや。あとは有象無象だから紹介しません」


 先ほどのお兄さんが苦笑いしています。紹介されなかった三人が口々に文句を言いますが、声が小さくて聞こえません。シャイなんでしょうか。


 そうこうするうちに、オムライスが運ばれてきました。ほんのり焦げ目のついた薄焼き卵でくるまれたオムライス。真っ赤なケチャップが真ん中からとろりと流れ落ちています。赤と黄色のコントラストが、生成色の陶器の上でまぶしく輝いて見えました。


「では、いただきましょうか」


 一同はお兄さんの号令でいっせいにスプーンを手に取りました。

 銀色の大きなスプーンを突き立てると、チキンライスの断面が湯気をもらします。具がたっぷりと入ったご飯は崩れやすく、スプーンの上でつやつやと湯気立てるのです。

 大きさもまばらな鶏肉は一見無骨で無造作ですが、旨味も十分でみずみずしいとさえ言えます。

 悪名高いグリーンピースも、ふっくらと大きく粉っぽさを感じさせません。

 玉葱の甘みが、玉子のほのかな香ばしさと混じり合い、とろとろのオムライスにはない懐かしさを醸し出しています。


 もう無口な三人でなくても声を発する者はありませんでした。スプーンとお皿が触れ合う音だけがテーブルを支配しています。ふと見ると、お姉さんの首筋に汗の珠が光っていました。


 私はいよいよ添えられたケチャップに手を付けようとしていました。大振りのスプーンで掛けたように、とろりと流れる赤。

 玉子とご飯と一緒に口に運ぶと、単なるケチャップとは少し違っているようでした。トマトソースを混ぜているのでしょうか、すこしざらりとした舌触りと爽やかな香りがあります。

 ソースと共に食べると、そのままのオムライスよりもさっぱりと感じられます。


 こちらはまだ三分の二あたりですが、先輩方のうち男性二人はすでに平らげています。料理は出来立てがいちばんおいしいんですから、当然かもしれませんけど。

 私も最初の勢いをそのままに、すぐに食べ終わりました。もう少し食べたいなあ、と舌が訴えるけれど、お腹はもういっぱいです。


 スプーンを置くと、お姉さんが両手を静かに合わせました。

「ごちそうさまでした!」

 他の四人が、すぐさま復唱します。喋らない三人も含めて。乗り遅れた私は顔をうつむけてこう思いました。

 お姉さん、ケチャップが口についてます。

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