第8話 願いを託されること
「アオツ先輩―!」
汗を拭い手を止める。遠くから機械を通しての声だがはっきりと聞こえた。背を伸
ばし、鈍く痛む腰をとんとんと叩きながらおそらく来るであろう方向に目を細めると、やはり政府の小型フライトドール、紙飛行機にブランコのような座席がついた乗り物、が舞っていた。桂は軍手を外してそちらの方へ走って行く。ちょうど草刈を先日終えたばかりで荒らしては欲しくない。フライトドールはくるりくるりと旋回をし、パイロットであるスェーレはうまく着陸をさせる。フライトドールは軽い素材で作られており、人口送風機の計算さえきちんと知っていれば誰でも簡単に操り移動できるので、広い田舎の地方では良い足代わりになっていた。桂は乗ったことはないが。スェーレは政府の軍服であった、降りると走って桂の元へやってきた。
「先輩お久しぶりです」
「ああ久しぶりだなそっちはどうだ」
桂は穏やかな笑みを浮かべて尋ねる。スェーレには例のメモリアルドールを預けている。セレモニーのニュースなどでよく見かける、平和の象徴とされる白い機体だ。本来は実が乗るはずであった機体だ。
「色々大変ですけど頑張ってます、ホナミと最近はよく会うんですよ、ミノリさんの話し聞かせてもらってます。先輩の方は仕事にはもう慣れましたか」
桂の選んだ新しい仕事は、庭師。この時代にそんな職業で食べていけるのかと最初聞いた時は驚いた。知り合いのひとりが郊外の大豪邸に住んでいた。知り合いに紹介されるまでコロニーにひそかにいくつもの緑が生い茂った邸宅があるなど桂は知りもしなかった。その中のひとつ、コロニーで最も大きな庭を持つ家へ住み込み庭師として雇われることになったのだ。幸運だと言えよう、他人と関わることが苦手である桂にとって草木の自然と触れ合いながら生活するのは精神衛生的にも良いことであると回りも本人も考えている。最初は何もわからず戸惑ったが、年配の庭師に教えてもらい今では半人前の庭師になれた。
「まだ慣れないこともあるがこれから少しずつ慣れていく。今日は何の用事だ?」
首から檜葉穂波に渡された、メモリアルドールのマスターキーである白い鍵が人工太陽に反射して光る。
「例の終わりましたか?」
「ああ、あれか……迷ったんだがなんとか完成した。こっちだ」
スェーレを内庭に案内しながら桂は思い出す。軍を退役する時に最後の仕事として任せられたことがあった。それは新たな政府の章記のデザインである。桂はデザインの経験などまったくなく、少し時間をくれと言った。草案でよいから早めに仕上げるように言われ、庭師として過ごす日々の中でも時折考えて居た。
「どんなのですか!」
子どものように目を輝かせてスェーレが訪ねてくる。桂は自分に与えられている部屋から一枚の紙を持ち出す。散々迷った。これが新しい社会で皆がまとまるためのものとなる。安易に描けるものではない。何冊か過去の章記デザインの本を読んだがぴんと来なかった。あるひふと道端に咲いた小さな白いに目がとまり、ああこれだと桂は思って慌ててスケッチブックに浮かんだデザインを描いた。
「気に入らないと言われればそこまでだが、俺はこれが気に入っている」
そう言いながらスェーレへスケッチブックを差し出す。ページをぱらりとめくり目
を細めた。
「いいと思います、シンプルで私はこういうの好きです」
どうも本心からそう思っているようで桂はほっとする。少し話しをして、スェーレは急いでスケッチブックを預かり政府中央へ戻った。
桂は、深い青地の中央に、小さく可憐な白い花を描いた。
幼少の頃、実とふたり手を繋いで見た花火を思い出して。
あの白い白い花を。
白い白い、光のかけら。 冬石 @fyic
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