第15話 それぞれの価値観と逃れられぬ結末

「はあはあ。ヴィランの数が多過ぎて、これじゃあ、スペア... ...。いや、カオステラーにたどり着かないぜ」


「ええ。このままじゃ、マズイわね... ...」


 先程、宿を吹き飛ばした時に負った負傷で四人とも思ったように力が発揮できずにいる。

 出来れば彼等と戦いたくない... ...。

 ヴィランに倒されてしまえばいいんだ... ...。


 僕はヴィランに守られるようにして前線を少し離れたところで見ていた。


「おおおお!!!!」


 他の三人が疲弊している中、エクスただ一人が孤軍奮闘して多くのヴィラン駆逐し、僕に少しずつ近づいてきている。


 ああ。エクス。

 君は僕を殺す為にそんな必死で... ...。


 泥にまみれ、傷を負いながらも僕に近づいてくるエクスの様子を見て胸が熱くなってきた。


 そして、僕の中である考えが芽生える。

 

 『エクスが真剣に僕を殺そうとしている... ...。それに応えなくては... ...。僕もエクスを殺そう。それが、エクスに対する敬意に違いない』


 僕は運命の書を取り出し、記入。


______雷が落ちる。


 すると、それから数秒して、閃光と轟音と共にエクスに雷が落ち、エクスは悲鳴を上げた。


「あああああ!!!!!!!!!!!!!」

 

「エクス... ...。そんな声を出すんだ... ...」


 エクスは雷に打たれたにも関わらず、小さな手と足で泥にまみれながら立ち上がる。

 レイナを見ると瞬時に能力を使い、エクスを守ったようだ。

 エクスは死を免れたようだが、どう見ても致命傷を負って立つのもやっとの状況。


 僕が勝つのは必然だろう。

 だって、僕は運命の書に記すだけで全ての事が実現可能なのだから。

 

 _____みんな死ぬ。

 

 そのように運命の書に記せば瞬時にこの戦闘を終わらせる事が出来るがそれでは面白味がない。

 

 カオステラーならカオステラーらしく振る舞う義務がある。


 _____氷の矢が降る。


 僕が新たな記述を運命の書に書き込むと黒い雲の中から無数の氷で出来た矢がレイナ・タオ・シェインに降り注いだ。


「みんな伏せて!」

 

 レイナが瞬時にその氷の矢の存在に気づき、再度、特殊な能力を使用し、自らを含め二人を守る。


「なんだよ... ...。僕は助けてくれないくせに」


 必死に仲間を守るレイナを見て、唇を噛みしめる。

 カオステラーになると力の加減も出来なくなるのだろうか? 僕は下唇を噛み切ってしまった。


 運命の書に記せば元に戻るだけの事。

 あまり、気にする事でもない。まあ、人間の頃の僕だったら大泣きしていた事だろうな... ...。

 

 ん?

 僕は何故か自分で言った言葉が府に落ちない事に気づいた。


『人間だったころ... ...』

 僕はそもそも、人間だったのか?

 姿形は今は人間ではない。なので、僕は今の僕を自らカオステラーと認識している。


 しかし、それはエクス達の『カオステラー』と言った言葉を僕がそのまま鵜呑みにしてしまっただけではないだろうか?

 

 僕は身体は男の子だったが、心は女の子。


 しかし、エクス達は僕の事を男の子だと言った。

 それで、僕は仕方なく運命の書に『女の子になりたい』と記入してこの身体を得た。


 エクスの気を引く為に仕方なくやった行い。

 外見上は女の子に。しかし、元の心は女の子。

 これは、他者に自らの存在を分かりやすくする為にわざわざしてあげた事。僕が元々、女の子だったという事実は変わらない。


 僕は他者から自分に対しての評価を得たことがない。

 それは、僕が孤独だった故の事柄。なので僕は自らの評価を自分でしてきた。


 しかし、どうだろう、この世界の住人は僕の事を認識し、僕に対して評価する。

 前の世界では有り得なかった事だ。では、実際、僕はどちらの評価を基準にすれば良いのだろうか?

 

 エクス達が僕を『カオステラー』と呼称するのは本当にそれが事実なのか? では、僕が僕自身、今まで通り自らを見定め、『カオステラー』ではないと言ったらそれは間違いなのだろうか?


「はあはあ。やっと、追い詰めたぞ... ...」


「ん? 追い詰めた?」


 辺りを見渡すと、大量のヴィランは消滅しており、僕だけが残されていた。

 考える事に集中し過ぎて、目の前の事をおろそかにしていたらしい。四人は僕の事を鋭い眼で見ている。


 やれやれ... ...。倒せると思っているのだろうか?


「レイナ。僕の事を倒せると思っているの?」


「ええ。倒せる! 倒さないといけないの!」


「倒さないといけない... ...か。僕は何か悪い事をした?」


「悪い事... ..!? カオステラーは全て悪よ」


 全て悪... ...。

 そう言い切れるレイナはこの世界では正しいのだろうか?

 確かに僕は世界を改編してきた。しかし、悪い事をしたつもりはない。

 むしろ、人の役に立つ事をしたと思っているのだけれど... ...。


「世界を改編するって事はそんなにいけない事? レイナ達だって、『世界がもっとこうなればいいな』って思う事だってあるでしょ? 僕はそれが実現出来るんだ。争いのない世界を君たちは望まないの?」


「争いのない... ...。確かに夢のような話ね。そんな、想区があったら羨ましいわ。でもね。そんな世界は無い。与えられた運命を改編してしまう者は全て悪よ」


「いやいや、だから、僕はそれが出来るんだって... ...」


 エクスが僕とレイナの会話に割って入って来て。


「レイナ。カオステラーの言う事に耳を傾けちゃダメだ。もう、あいつは僕達の知っているスペアなんかじゃない。カオステラーなんだ」


 駄目だ... ...。

 全く話になりそうにない。

 この世界の住人たちは与えられた自らの運命を全うする事しか興味がないようだ。


 夢や希望や理想のようなものがまるでない。

 あったとしてもそれは決められた枠組みの中から与えられるモノだけ。それを超えた先というのは理解が出来ないらしい。


 空白の書の持ち主は自らの運命を自由に選ぶ事が出来るという事らしいが、どうやらこの世界の範疇での範囲に限られるようだ。

 言ってしまえば、空白ではない運命の書を与えられた人間はその与えられた人生を消化する。


空白の書を与えられた人間はその世界に存在するいくつかの選択肢から人生を選べるようなもの。


 1を2.3.4.5とする事は出来るが、0から1.2.3.4とする事は出来ない。

 だけど、僕は0を1にも1000にも出来る。

 

 そう思うと、この世界やこの世界の住人への興味が一気に削がれてしまった。


 ええと。どうしよう... ...。元の世界に戻ろうかな... ...。


「そういえば、レイナ。僕を倒す方法はあるの?」


「ええ。あなたを調律すれば倒せるわ」


 僕を調律すれば倒せる... ...。まあ、そう思っているのならそうなんだろう。

 実際はどうか分からないけど。

 さて、僕にも自愛の心はある。彼らと過ごした時間は本当に楽しかったし、エクスに抱いた感情。『人を愛する』という事の美しさも学ばせてもらった。


 最後はこのような展開になってしまったがこの世界に来れて本当に良かったと思っている。

 そうだな。最後の手向けと言うわけではないが、その『調律』とやらをされてやればこいつらも満足かな... ...。


「ふふふ。そうか。なら、僕を倒してみるがいい!!!」


 

 □ □ □



『混沌の渦に呑まれし語り部よ』


 ほう... ...。これが、調律か。レイナが神々しく見える。

 想像していたものよりも美しいな。


 あの後、僕は四人からワザと攻撃を受け、調律とやらがやり易い環境を作ってあげた。

 彼らは自分たちで倒したと思い、自信を付けるのだろう。


 まあ、彼らが自分達で倒したと思うのならそれが事実なんだ。


『我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし... ...』


 おお。本当に姿が消えて行く。

 もしかしたら、本当に僕はこのまま消えてしまうのか?

 まあ、それはそれで良いか... ...。


 唯一の心残りはエクスと結婚出来なかった事くらい。

 今思えば、結婚とまでは言わないが、デートくらいはしてみたかったな。

 運命の書に『生まれ変わってエクスと結婚する』と記入しておくか?


 いいや。止めておこう。

 また、虚しくなるだけ。

 でも、そうだな。願うだけ。そうなるように願ってみよう。


 なんだ。あれほどこの世界の住人を罵倒したのに同じような事を考えているじゃないか。

 少々、長居し過ぎたな... ...。


 僕の意識は次第に薄れて行った。

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