第7話 役立たず

 流れを戻さない為にも僕は話の流れを変えた。


「そういえば、みんなは何で旅をしているの?」


 レイナは右手で持っていた飲み物が入っていた容器をテーブルの上に置いて、僕の目をみて語る。


「私たちはね。カオステラーを探し出して、カオステラーによって改編させられた世界を元に戻しながら様々な世界を渡り歩いているの」


「???」

 

 僕の素っ頓狂な表情を見て、レイナは慌てて言葉を足した。


「この世界はストーリーテラーによって決められたシナリオがあって、運命の書を与えられたこの世界の住人は生まれながら、その運命の書に記載された通りに役を演じて一生を終えるじゃない? でも、そのシナリオってやつが稀に改編される事があるの」


「改編?」


 確かに僕の居た世界でもすべての住人は生まれながらにして、運命の書を所有している。そして、彼等はその運命の書に記載された事柄を機械的にこなしていく。ここまでは、僕の中で理解が出来る範囲。


 物語を改編する?

 それは、僕がやっているような白紙の書に予定を記入する事と似ていることなのだろうか?


「そう。本来のあった話の道筋を脱線させ、他の話にしてしまう行為よ。その話が良い物であれば良いのだけど、話の殆どは『悪い物』へと書き換えられてしまうの。それに、この世界の住人は自分たちの運命の書が改編させられた事に気付かない。まるでそれがストーリーテラーによって記された正しい話だと思って改編させられた世界で改編させられた役を演じて行く。例え、どんなに残虐な話だったとしてもね... ...」


 レイナは話の終盤、ずっと伏し目がちだった。

 恐らく、何らかの恐怖やトラウマが彼女の話の中にあったのだろう。

 改編させられた世界か... ...。


 どうやら、カオステラーというモノの能力? は僕のそれと似ている。

 しかし、物事の本質は違う。カオステラーは『悪い物』に物語を変える。

 僕は自分を認識してもらう為にわざわざ物語を書き込む。


 何も悪い事をしている訳ではない。

 そりゃ、少し見栄を張ったりする事もあるが、残虐とまで言われるような事をした事は記憶にも記録にもない。


 カオステラーと言われる存在とは根本的な考え方や目的が違う。

 しかし、何か誤解を招くといけないので、僕にもカオステラーと言われる存在と同じような能力がある事はまだ、この四人には黙っていた方が得策だろう... ...。


「レイナ。スペアにも導きの栞を渡しておいた方が良いんじゃない? これから、戦闘になることも多いだろうし」


「導きの栞?」


 エクスがそうレイナに提案するとレイナは「それもそうね」と言って何やら机の下をもぞもぞとまさぐり、テーブルの上にある空いた皿をタオに片付けさせ、空いたスペースに下から出した鏡を置いた。


「鏡?」


 栞と言っていたのに鏡を出したレイナに対して、僕は少し小馬鹿にしながら言った。

 そんな僕の発言の意図を感じてか、レイナはニヤリと笑い、無知な観衆に手品を披露するかのように鏡から紐の付いた紙を取り出し、驚いている僕に手渡す。


「何か念じてみて」


「念じる? 何を?」


「何でもいいわよ! 早くしなさい!」


 えっ... ...。何その適当な指示... ...。

 僕は栞を握り、瞼を閉じた。


 _____目を閉じてから一分ほどが経った。


「あら? おかしいわね」


「おかしいですね」


「おかしいな」


「おかしいね」


 四人が同じ言葉をポツリと吐き、僕は閉じていた目を開けた。

 握りしめた栞は何も変わっていない。

 

「何も変わらないけど... ...」


「... ...そうね」


 レイナは口をだらしなく開け、いつになく険しい表情で僕を見た。

 なんだろう... ...。この感じ。まるで、これから村八分にされるような雰囲気だ... ...。


「普通、こんな紋章が現れんだよ」


 そう言うと、タオは自身の栞を雑に握り締め、僕に見せる。

 確かにタオの持つ栞には何らかの記号が刻まれている。

 それが、何を意味をしているかは不明だったが、通常であれば、僕がこの栞に何かを念じたらこのような記号が何も書かれていない栞に現れたという事だったのだろう。


「みんなにも同じような記号は刻まれているの?」


「うん。僕も実はこの間、いきなりレイナからこの栞を渡されたんだけど、数秒でこの紋章が浮かびあがったよ」


「そうなんだ... ...」


「これは、導きの栞って言うらしいんだけど、ヒーローの魂を宿す事が出来て、これを空白の書に挟むとヒーローの魂とコネクト。つまり、一体化出来るって事なんだよ。... ...ね? レイナ?」


 エクスは自身の知っている知識を何も知らない僕に教えると、「この先は僕も分からないから補足を頼むよ」と言わんばかりにレイナに話を振った。


 レイナは困った表情をしながらもあれやこれやと紋章が浮かび上がらなかった理由を探しながら、何点か仮説を立てていた。


 だが、実際のところ、レイナもこの導きの栞というものに対して全てを知っている訳ではないようで、紋章が浮かび上がらなかった明確な理由は分からずじまい。


 あたふたとするレイナを横目にシェインがポツリと核心をついた一言を言った。


「まあ、何にせよこの人は役立たずって事ですね」


「やく・役立たず... ...」

 

 辞書が手元にあるのなら、意味を確認したい。『役立たず』・・・確か、役に立たない物や人に対していう言葉だったか?

 言わずもなが、僕は自身で自分の予定や運命を白紙の書に記入して、その日その日を暮らしている。


 なので、全ての事象に対して僕は他人よりも劣ることはない。

 試験がある日には「試験で一番になる」と運命の書に記入すれば、その通りになるし、○○ちゃんとデートしたい時は「○○ちゃんとデートする」と書けばいい。


 役に立たない? それは僕が他人よりも劣るという事か?

 ふざけるな。

 僕は他人よりも劣る事は絶対にない。


 僕は、栞と自身の運命の書を持って、トイレに向かった。

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