異なる世界と出会い
第3話 ピンク色の霧を抜けた先
少年スペアはピンク色の霧に包まれた世界の中で、かかしのようにその場に立ち尽くしていた。
スペアはこの状況に驚いているようだが動揺はしていない。
この状況に至る前にベッドに入っていた事を思い出し、この状況を『夢の中』と冷静に判断していたからだ。
寝る前に着ていた服や靴、それに自身の持つ『白紙の運命の書』は手元にあった為、不安という感情も抱かず、音も匂いも湿度も温度もない世界の空洞のような場所を歩き回ったり、普段、出す事の無いような大きな声を出し、むしろ、この奇奇怪怪な状況を楽しんでいる様子でもある。
_____『運命の書』
この世界に住むモノたちは生まれた瞬間に己の運命が記された『運命の書』をストリーテラーと言われるこの世界の創造主から与えられる。
『運命の書』に記された事は絶対。
『運命の書』を与えられたモノはそれに記された通りに生き、死んでいく。
どんなに悲惨な運命でも逃れる事は出来ない。また、本の持ち主は自身の運命に疑問を持つことすら許されない。
だが、どのような世界でも例外というモノは存在する。
_____『白紙の書』
役割が与えられる世界で何も役割が与えられなかったモノたちはどのように生きて行けば良いのだろう... ...。
スペアは自身の持つ『白紙の書』の意味。己の存在理由をいつも考えていた。
◆ ◆ ◆
どれくらいの時間が経ったのか分からない。そもそも、この場所に時間という概念がある事すら疑問に思えてくる。僕の声や歩く音すら感知できない幻想的な世界。
先程から歩き回っているが疲れを感じる事はない。むしろ、先程よりも足取りは軽く、いつも固い表情筋が若干緩んでいるのが分かる。
_____ここは夢の中。
恐れる事はない。現実の世界で目が覚めれば終わる事。だが、それはまた苦しくて長い1日が始まるという事でもある。
それを考えると一瞬足取りが重たくなった。
現実の世界の事を考えながら歩いていると、先程まで薄かった霧が次第に濃くなり周囲1mが見えないまでになった。
まるで、自分の目に靄(もや)がかかったかのよう。
視界が遮られるという事で本能的に一瞬だが体が強張るが、
「大丈夫。ここは夢の中だ」
と胸に手を当て自分自身に言い聞かせた。
『クルルルルアアアアア!!!』
「____!?」
突如、背後から甲高い獣のような声がし反射的に後ろを振り返る。だが、姿はおろか、奇声を発したモノの影もない。先程まで、音のなかった世界だ。幻聴か何かだろう... ...。と額にうっすらと汗を掻きながら自分の中で納得出来る言葉を探す。
『クルルルルアアアア!!!!!!!』
先程の声よりも大きい声が今度はこの空間を包むように響いた。反響する音のせいで声の発生源を特定する事が出来ないが、声の主は段々とこちらに近づいてくるのは分かった。
直感的にこの声の主が恐ろしい存在という事は想像出来た。
僕は恐怖から声が出ず、逃げるように前へ前へ駆けて行く。もしかしたら、声の主が僕の進行方向にいるという可能性も否定出来ないが、それよりも、この場所に居たくないという考えの方が勝った。
『クルルルルアアアア!!!!!!!!』
ダメだ... ...。
ドンドンと声の主は近づいてくる。
「このまま、僕は死ぬ... ...。のか?」
生きる事に諦めかけたその時、今まで靄(もや)がかかるように視界を覆っていたピンク色の霧が少しずつ晴れ、その霧の先には灯台の光のような強い光が輝くのが見える。
後ろを振り返る余裕もなく。僕は松明に群がる蛾のようにその光に向かって持てる力を振り絞り走った。
ピンク色の霧を抜けると土の柔らかい感触が乳酸が溜まった足を通して伝わる。全速力で走っていた為、足を滑らし前のめりに転んでしまった。
「... ...だ・大丈夫?」
人の声がして泥が付いた顔をゆっくりと上げると、青い髪の同い年くらいの少年が転んだ僕に手を差し伸べてくれている。
「あ... ...。え... ...?」
僕は動揺した。それは、目の前に広がる光景、状況、人に対してではない。僕を認識している青い髪の少年に対して愕(おどろ)きを隠せなかった。
「エクス!!! 戦闘中に何をやっているの!」
白髪の少女が青い髪の少年に対して苛立った様子で怒号のような言葉を発した。
白髪の少女の少し先を見ると、白い槍を持った青年と黒髪の少女が黒い悪魔のような異形なるモノと戦闘を繰り広げている。
見た事も無い景色と人種と生物。土の臭いと肌寒い風。
ここは本当に夢の中なのだろうか?
それにしてはリアリティがある... ...。
「でも、『沈黙の霧』から人が... ...」
「そんな事は分かってる! 御人好しも時と場合を考えて! 今は目の前のヴィランを倒す事に集中!」
沈黙の霧? ヴィラン?
分からない言葉が多すぎる。白髪の少女は苛立っている様子だし、戦闘をしているという事である程度余裕はなさそう。
ここはひとまず、見に回る事にしよう... ...。
青い髪の少年は投げられた言葉に納得はしていない様子であったが、少し先で戦っている二人をみて、白髪の少女の言葉を受け入れたようだ。
そして、青い髪の少年はおもむろに『運命の書』を出し、パラパラと捲る。
何故、戦闘中に『運命の書』を開くのか? と不思議に感じ、彼の『運命の書』に目をやると。
「______!?」
僕はその彼の持ってる『運命の書』を見て目を疑った。
それは紛れもなく僕と同じ『白紙の書』そのものだった... ...。
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