第3話

「あれ……さっきまでタオたちが見えてたはずなのにな」

 エクスは怪訝な表情でつぶやいて、周りを見た。しかし、ミリーの姿以外には人の姿は見えない。

 ――人ならざる者の気配はするが。エクスは無言で栞を挟んで、姿をベルに変えた。大剣を握り、ミリーの前に立つ。ヴィランの気配が周り中から漂ってくる気がして、わけもなく左右を見た。童話の人物に体を同化――コネクトさせているだけで、エクスの体には負担であるのだが、いつでも戦える状態でなければ不安で仕方なかった。

「グウゥ」

「はっ」

 不審な物音――エクスが高速で振り向く。しかし、そこには何もなく、ただ木々が揺れているだけだ。

『風の音です』

 ミリーが大きな字で書かれた紙を見せてきた。眼前まで持ってこられたので、エクスが身を反る。その姿勢のまま、ありがとうと伝えた。彼女なりに励ましてくれているのかもしれない。

 しかし、彼女を励ます言葉は出てこなかった。否、出せなかった。

『すみません、風の音だけでなく敵もいました』

 ミリーがこの字を殴り書きした紙を見せてきたからだ。慌てて剣を構えなおし、周りを見る。

「グルルルゥ……」

 正面から五体ほどの剣武装ヴィランと槌の重装備ヴィランが出てきた。大型種がいないのが幸いか。エクスは一番前に立つ紫色の剣武装ヴィランに剣を向けた。

「ミリー、下がっていて。僕が何とかする……」

 と言っても、ひとりで武装ヴィラン五体を相手にするのは分が悪い。非常に硬いせいで、一度に相手できるのは二体が関の山だ。

 それを五体――痛みを伴うのは覚悟するしかない。エクスは「ハッ!」と気合を入れて、敵の群れの中に飛び込んだ。

 一番前を歩いてくる紫色の剣武装ヴィランに肉薄し、先手の袈裟切りを食らわせる。敵が怯んだ瞬間に、大剣を突き入れる。そのまま打ち上げた。

 直後、体をひねって左を向くと同時に、槌を持った水色の重武装ヴィランを横薙ぎにした。倒れはしたが、すぐに起き上がってくる。

 背後に殺気を感じた。振り返るが、振り下ろされる槌を回避できない。ダメージを覚悟して、体を固くした。

 槌の一打は動けなくなるほどの痛みがある――と思っていたが、実際に受けてみると弾力のようなものすら感じた。体にはほとんどダメージが入らず、逆にヴィランがのけ反った。

「……何もしてないし」

 ミリーが心配そうな表情で、声をかけてきた。そういえば、とエクスは呟く。彼女は敵の攻撃を弱くする術を使うことができると言っていた。これがその術の効果なのだろう、劇的な効果だ。

 エクスは体勢を立て直して、のけ反ったヴィランを切り下げた。硬質の鎧に当たって金属音がしたが、盾を持っている腕を落とした。

 危機を悟ったか、ヴィランが後退しようとする。エクスはそれを逃さず、背を向けたところをもう一度切り下げた。今度こそ手ごたえのある一撃が入り、ヴィランが煙となる。

「……そりゃっ」

 そこで気は抜けない。体全体をバネにして三六○度を薙いだ。一体にクリーンヒットして、煙が視界の端に入る。

 あと三体。次に視界に入った赤色の剣武装ヴィランに猛然と切りかかった。相手も剣を振りかぶるが、先に当たるのはこちらだ――。

「わ、わっ」

「ミリー!」

 一体がミリーの方向に歩いた。彼女は指先から魔法を飛ばして応戦するが、重鎧のヴィランは魔法に対して高い耐性がある。歩みを止めるには至らない。

 驚いて、攻撃の勢いを殺してしまった。ヴィランへの攻撃が中途半端となり、相手が怯むに留まる。すぐに次の攻撃に入れず、相手の斬撃を回避することを優先した。

「ミリー、大丈夫⁉」

「なわけない!」

 と、ミリーの魔法がヴィランの盾を跳ね上げた。槌の一撃を危ういところで躱し、光の柱を相手の真下に発生させる。

 すさまじい一撃だ。高さ四メートルはくだらない柱が、ヴィランの足下から頭の上まで貫通して吹き飛ばした。そのまま、煙になる。

 エクスはすぐさまミリーの近くに戻って、残っている二体のヴィランを見た。片方は傷つき、もう片方は盾をなくしている。

 押し切ってしまえる。エクスはそう判断して、二体の間に向かって駆け出す。装甲の薄い剣武装ヴィランの頭部を横薙ぎで吹き飛ばして、返す一撃で盾を落としたヴィランの肩を砕く。剣も弾かれたが、踏ん張って体勢を崩さない。ヴィランは完全に姿勢を崩している。

「おわりっ」

 少し安堵を浮かべたように思う。左から右上に向かって剣を振り上げ、頭部を砕いた。煙となって、消える。

「ふー……何とかなった」

 疲労が溜まっている。エクスは姿をもとに戻して、その場で膝をついた。汗をぬぐい、顔を上げる――すると、真正面に少年の姿が見えた。狐のような耳がある、小柄な少年だ。

「あ、君……」

「わ、わしは……」

 少年がその場で膝をついた。近づいてみると、体が震えている。エクスが「大丈夫?」と問うと、もう一度大きく震えた。顔が青くなっている。

「君……」

「お、お前さんは誰じゃ……」

 狐の少年が震えた声で問いかけてくる。エクスの声が届いているのかどうかはわからない。

「僕はエクス。君は?」

「わわわ、わしはごんじゃ。お前さんは猟師なのか?」

「猟師?」

 エクスはすぐに、赤ずきんを思い浮かべた。しかし、彼は猟師に怯えているような様子を見せている。追及するのは良くないかもしれない。

「違うよ。僕は旅の者で、エイトの荷物を返してほしいんだけど……」

「あ、あれならわしの家にある! その代わり撃たないでくれ!」

 ごんは必死の形相で手を合わせてきた。ミリーは何も言わないが、表情は困惑であふれている。

「まさか子鬼どもがやられるとは……」

 ごんが呟いた。エクスには大きく聞こえたが、ミリーは聞き直したそうに首をかしげている。

「あのヴィランは君が操っているの?」

「そ、そうだ! ある日突然だったが……それ以来猟師とも合わなくなったから……」

 ということは、ここまでのヴィランはごんを撃とうとしていた猟師なのだろうか。悲鳴を上げるような告白に、エクスはやや面食らってしまう。

 どちらにしろ、エイトの荷物はごんの家にあるらしい。案内を頼んでみると、予想以上に素早く了の返事が来た。――怯えた様子はぬぐえないが。

 エイトたちと合流するのは後にしたほうがいいだろう、とのミリーの提案で、エクスたちは先にごんの家に戻ることにした。途中、何度も「あの娘っ子はおらんな……」とつぶやいていた。後ろでミリーがため息をついていたのは気づいていないだろう。

 ごんの家は、意外ときれいな木造平屋である。ひとりで済むのには十分な大きさだと言える。テーブルがひとつあって、椅子が四脚……その椅子に、エイトたちが座っていた。

「な、ななななな、なんでっ!」

 ごんが驚き飛び上がり、逃げ出そうとする。その背中を、エイトが捕まえた。

「はーい捕まえた~……別に怒ってないから、そんな今にも自害しそうな顔やめてよ」

(めちゃくちゃ怒ってたような……)

 エクスはのど元まで出かかったこの言葉を、何とか飲み下す。その代わりに、

「エイトの旅荷物はもう戻ったの?」

 と問いかけた。

「え? 旅荷物なんて取られてないよ」

 今度は彼女の方からキョトンとした返事が来る。

「え……?」

 一同が「まさか」という雰囲気に包まれる。その中で、ごんひとりだけが顔を青ざめさせていた。

「わたしがとられたのは、本心を話すことができるっていう水なんだ……。ミリーが飲むと、少しの間だけ言葉があべこべにならないんだよ」

「まさかそれを……」

「わしは飲んだ……。本当に後悔しておる……」

「そういうことか……じゃあ、今このごん狐が言ってんのは、全部本心なのか」

 タオがごんを見下ろす。目が合った瞬間、ごんはあからさまに顔をそらした。

「そういうこと。全部飲んじゃったの?」

 ごんは小さく頷いた。エイトはちいさくため息をついて、ごんの肩をたたく。

「そっか。じゃあ仕方ないや、また集めるだけだよ」

「いいのですか?」

「無くなったものは仕方ないからね、シェインも失くしものは諦めない?」

 エイトがわずかに笑みを浮かべて問う。シェインは一瞬考えてから、「ものによります」と答えた。

 タオが席を立ちあがる。

「じゃーこの話は終いだな。どうやらカオステラーはいなさそうだ」

「そうね……ごん、どうしたいの?」

 レイナがしゃがんで問う。

「生きていたい……」

「なら、頑張ることね。人に恩返しをして、でも家には入らないように」

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