鉄人探偵ジョーンズ

【これまでのあらすじ】

 悪の科学者、強盗団、テロ組織に怪盗……『彼』を巡って発生した数多の争いが危険視され、遂に『鉄人探偵ジョーンズ』の管理は警視庁に移行されてしまった。

 これにわだかまりを残す『彼』の主人・少女探偵サワラビは、警視庁への潜入を決行。道中親切な職員の援護を得て、ジョーンズのもとに到達する。しかし親切な職員の正体は、テロ組織『ブラック結社』の構成員だった。襲われかけたサワラビだったが、己の機転と一課長の援護によって窮地を脱出する。

 組織への脱出を試みる潜入職員と、逆襲に燃える警察・少女探偵のカーチェイスが、近未来都市ネオトーキョーで今、始まった!


 ***


 近未来都市ネオトーキョー、深夜のハイウェイ。

 時ならぬ車同士の争いが、アスファルトを痛めつけていた。

 たった一台の黒塗り改造車を追いかけて、十数台ものノーマルパトカーがハイウェイを蹂躙しているのだ。


「一課長、もっとスピードを」


 冷たい声が、パトカー内部にこだまする。声の主は女性。姿を見るからに、十代半ばぐらいか。

 クマの濃ゆい顔に、一つ縛りの金の髪。

 年相応の身体を、少し大きめの白衣に包んでいた。


「サワラビくん。自分も襲われ、『彼』を盗まれかけた気持ちはわかるつもりだ」

「でしたら、速度を」

「うう。だが、パトカーにも限界というものがあるのだよ。ましてや、今の我々はおっとり刀の通常仕様だ! それよりも、『彼自身』は、まだなのかね?」


 一課長と呼ばれた髭面の男性が、抗議の声を上げた。

 しかしサワラビと呼ばれた少女は、にべもなく拒絶する。


「連中――ブラック結社の狙いは、『彼』と『操縦装置』です。そんな中で、現状『彼』を呼び出す意味はありません。それに」

「わかっている。今や『彼』は警視庁ウチの管理下だ」


 少女の冷静な発言に、一課長は唸らざるをえない。

 それもこれも、すべてが『彼』を巡る争奪戦と、いくつかの事件が原因だった。

 そして少女は、『彼』の本来の管理者にして、優秀極まりない捜査補助者――私立探偵である。今回の事件にも、絡む必然性があった。


「じゃあ大人しく追ってください」

「くううっ!」


 歯噛みをしつつも、一課長が自らアクセルを踏む……その瞬間、後方から隊列に割り込むパトカーがいた。

 そのフォルムは一課長のものより洗練されており、スポーティーである。スピードも早い。

 すなわち、ハイウェイ仕様のパトカーだ。そこから顔を乗り出すのは、サングラスを付けた、いかにもなチャラ男!


「おーい、サワラビのお嬢ちゃん! さっさとこっちに乗り移るといい。悪いようにはしないし、ハイウェイ仕様のイチモツを持って来た。エスコートしてやるぜぇ」

「シガラキ、貴様いつの間に!」

「おっと。一課長の旦那じゃないですか。いくら忙しいとはいえ、おウチの管理がちょーっと雑じゃないですかねぇ? ハイウェイパト一台なら、チョチョイのチョイでしたよ」


 シガラキと呼ばれたチャラ男が、同じく顔を乗り出した一課長をおちょくる。

 それもそのはず。このチャラ男、こんなナリでも天下の大泥棒なのだ。

 本人の宣言通り、こちらのハイウェイパトカーは盗品である!


「ぐぬうううっ!」

「一課長すみません。今回だけは!」

「ああ、サワラビくんっ!」


 歯噛みする一課長を尻目に、サワラビはいたく冷静だった。

 怒りの炎に灼かれていても、パトカーの性能差ぐらいは瞬時に判断がつく。

 パトカーが止まるのを待たずに飛び降りると、スピードを緩めたシガラキ車へと飛びついた!


「ヒヒッ、いただきぃ!」

「畜生っ! 今回は貸しだぞっ!」


 器用にサワラビをさらったハイウェイパトカーが、一気にスピードを上げる。

 それはブラック結社が乗り込む黒塗り車を、瞬く間に追い詰めた。

 シガラキは後方から抜き去らんと左右に煽り、悪漢から判断力を削いでいく。


「ククッ。奴さん焦ってる焦ってる」

「焦らさなくてもいいので、早くトドメをですね」

「せっかくのデートなのに、つれないねえ。まあ、姫がお望みとあらばやってやるけどさあ」


 シガラキは右に乗り出し、銃を構える。

 こう見えてこの男、銃の名手でもある。

 もちろん違法だ。


「ボクもやりますけどね」


 サワラビも左に乗り出し、銃を構えた。

 こう見えてこの少女も、銃の名手だ。

 ただし警視庁の特別許可を持っている。合法だ。


「フヒッ! こりゃあいい! 愛の共同作業だ!」

「それは気持ち悪いのでノーセンキューです」

「ガッデム! このウサは連中で晴らすぜ!」

「そこに限ってはサンキューです」


 ズキュン!


 タイミングの噛み合った二つの弾丸が、ほとんど同じ速度で悪漢車の両輪を撃ち抜く。

 突然のバーストでハンドルを取られた黒塗り車は、あっという間に中央分離帯へ突っ込んでいった。


「やった! これで一件……」

「ケケッ。ああいう手合がそれで済んだら、あのオッサンも苦労しないだろうよ」


 ズズゥン!


 刹那、ハイウェイが、地響きに揺れる。

 ハイウェイパトカーでさえ、大きく揺れた。


「え、なに?」

「どこからかと思ったら上かい! 静音ヘリはちょっと予想外だなあオイ」


 地響きの正体は、黒塗りの無限軌道キャタピラ重砲兵器。

 二人の前方三百メートルに、鎮座ましましていた。

 その姿、さながら両腕を大砲に置き換えた無限軌道ロボ!


「静音ヘリで吊るして運び、アスファルトの粉砕はお構いなし。悪逆結社の、思いつきそうなことだなあ」


 ドォン!


 シガラキの言葉を合図にしたかのように、一回目の発砲音が響く。

 二つの砲弾は二人を飛び越え、後続パトカーとの間に着弾。

 ハイウェイに大穴が空き、二人は退路を阻まれてしまった。


「きゃあああっ!? そんな、『操縦装置』はボクの手持ちなのに!?」

「嬢ちゃんの悲鳴ゲット! SSR! ついでに『操縦装置』も……」

「あげません!」


 砲火と轟音に揺れる車体でも、二人は気丈に言葉を語る。

 しかし拒絶の直後には、チャラ男は調子を取り戻していた。


「ケケッ、つれないねえ。ま、今回の俺様は嬢ちゃんの味方だ。さて、来るぜ。守護神が」


 そう言って彼は、パトカー無線の音量を上げる。

 するとそこから、一課長の声。

 雑音は混じっているが、内容は聞き取れた。


『――本部、なぜ……シガラキによる盗難事件で稼働許可!?』

「これは」

「ハードな鋼鉄造りのタフな奴。『探偵大戦』の残り香。そして俺様のターゲット」


 その時、サワラビたちの上に『影』が訪れた。


「ジョーンズ!」


 サワラビは叫ぶ。いつの間にか訪れていたヘリの編隊から、鋼鉄の塊が舞い降りている。

 サワラビは、服から小型の操縦機を取り出した。

 二つの操縦桿と、二つのアンテナ。シンプルな作りの、古びた『操縦装置』だ。


「来い、ジョーンズ! 鉄人探偵!」

「――!」


 反響音にも、雄叫びにも取れる咆哮が轟き、その鋼鉄は片膝立ちで着地する。

 逆台形に引き締まった身体部に、鋼鉄を繋ぎ合わせた四肢。指先はしっかり五本に分かたれている。

 まさしく、『鉄人』――鋼鉄の人形――だった。


 しかし『彼』の要諦はそこではない。

 首の部分――頭部と身体の接合部に掛けられた赤いネクタイと、身体部を覆う茶色のトレンチコート。そして頭頂部に小さく乗った、古びたハンチング帽。

 古の探偵を模した姿。これこそが、『鉄人探偵』の意味だった。


「行くよ!」

「ッ!」


 サワラビの指示に短い反響音を響かせ、鉄人探偵は進んでいく。

 およそ三メートルほどはある巨体は、ずいずいとハイウェイを進んだ。

 一方鈍重な無限軌道兵器は、方向転換さえもままならない。


 ドォン、ドォン!


「ジョーンズ、跳べ!」


 闇雲に放たれた砲火の光を見て、パトカーの影からサワラビが操縦桿を動かす。

 すると巧みに、ジョーンズが動いた。操縦桿で為せる、機動ではない。


「ふぅん。アンテナで思考波も送られてる、かぃ」

「……」

「黙秘でも構わんさ。そいつを解き明かすのも、楽しみだからなぁ?」


 無言のサワラビをよそに、鉄人探偵は一息に間合いを詰める。

 もはや砲撃が意味をなさない距離で、彼女は宣言した。


「ジョーンズ、叩き折りなさい!」

「――!」


 ブゥン!


「砲門を振り回す? ジョーンズ、防御!」

「ッ!」


 反響音。直後、鈍い重低音。

 両の腕を固めた探偵の鋼鉄が、無限軌道兵器の砲門をひしゃげさせたのだ!


「父の造った特殊鋼鉄が、この程度の攻撃で壊れるわけはないんです!」

「お、嬢ちゃんの胸張りレアポーズ! いただき!」

「やめてください!?」


 テンションを上げるサワラビに、シガラキがスマートフォンで食い付く。

 慌ててポーズを解除するも、時すでに遅しだった。

 苦虫を噛み潰したような顔をしたいが、それよりも先に、やることがある。


「……貴方も倒される時には後悔させますから。トドメだ、ジョーンズ!」


 サワラビが操縦桿を倒すと、鋼鉄の右腕が大きく引かれた。

 そして直後。見事なまでのストレートパンチが、ブラック結社の悪しき兵器を粉砕する。

 鋼鉄同士のぶつかる音の直後、爆発音が響いた。決着である。


「これにて、一件落着!」


 爆発を背にジョーンズが残心を取り、サワラビは小さく右親指を立てた。


 ***


 数日後。

 サワラビは、一課長に呼び出されていた。


「それで結局、シガラキの行方は」

「掴めてませんね。ボクの不徳の、致すところです」


 サワラビは素直に詫びを入れる。

 しかし一課長は、首を横に振った。


「いや。あの状況では仕方ない。ブラック結社の捕縛と、状況の修繕が先決だったからね。だけど」

「ええ。わかっています。ジョーンズ争奪戦は、もっともっと激化する」

「わかっているのなら構わない。だが」


 一課長が次の言葉を発する前に、サワラビは割って入った。

 次に言われる言葉に、彼女は察しがついていた。


「……お気持ちは頂戴します。でも。父さんから『彼』を預かった人間として、それだけは承服しかねます」

「やはり、か」

「ええ。それが、ボクの責任ですから。それでは」


 サワラビは背を向け、警視庁の応接間を去っていく。

 一課長はその姿を、どこか寂しげに見送った。

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