稼ぎ屋のいっとさん
昔々。まあ大体百年とちょっと前頃、大魔王ってのが、勇敢な冒険者によって討ち取られた。大魔王は世界のど真ん中にあるとんでもねえ渓谷……大渓谷ってのに城を構え、魔物を束ね、世界のあちこちに迷宮――ダンジョンって言うんだったか。西の言葉はよく分からねえ――を作って侵略をしていた。しかし王が居なくなっちゃあソイツも型なし、力を失って片っ端から冒険者どもに攻略された。そんな中で大渓谷にも
そうだ。共通の敵が消えた世界は、今度はテメエらの
……で、現状がこれだ。大渓谷にほど近い超絶大都市・
「するってぇとなんだい。お代を踏み倒そうって心算かい」
「さっくり言うと、そうなりますな」
確認じみて問答を交わすと、商人は肥え太った欲をあからさまにしやがった。嫌だ嫌だ。こんなことで切った張ったは御免被る。オイラは顔をしかめて、ゴロツキ共に問うた。
「で? そちらさんはご同業かい?」
「……」
返ってきたのは、あからさまな無視。刀を構えてオイラを囲む。なるほどなるほど。商人は商人なりに、無頼を調教せしめたか。オイラは息を一つ吐くと、刀の音をシャラリと鳴らした。特に銘はない。あちらさんと同じ、無銘の数打ち。だが、くぐってきた場数が違う。
「稼ぎ屋の『いっとさん』、ナメてもらっちゃァ困るぜ」
恥ずかしながら、オイラはとうに肉も細いし頭もとっくに結構白い。だが、ナメたことをしくさる輩にはまだ負けねえ。キッと六人を睨みつけてやった。すると、ズザッと連中が動きやがった。その動きだけで、オイラには手にとるように分かる。敵さん、連携はともかく腕も
「か、かかれ! かからぬか!」
すると案の定、奴さんは音を上げた。豚のような体を揺らして、声を張り上げる。応えるのは、めいめいの声。
「とりゃあ!」
「せりゃあ!」
六人一斉の襲撃。前段で三人、後段に三人。一応順序と連携はあるようだが、全くもってなっちゃいない。オイラは構えを強くする。すると黒い靄が、オイラの腕から、全身から立ち上った。
魔力。あるいは法力。全ての知的生命体が体内に持つという、内なる力。コイツの使い方一つで、人は大魔王までも打ち倒してきた。そしてオイラの使い方は。
「うむ」
魔力を目に集中させると、敵さんの動きが泥のように遅くなる。視力を強化することで、相手の動きが手に取るように分かるって寸法だ。一人目、二人目、三人目。全部を避けて叩き伏せる。ちなみに全員峰打ちだ。こんなところで切り捨てても、銅一枚にすらなりゃしねえ。
「あがっ!?」
「ぐえっ!」
「ぎゃびい!」
攻めかかったはずがバタバタと倒れる三人に、商人も残りの無頼も、さぞ驚いただろう。特に三人は上段に振り上げていた武器を中段に下げ、ジリリと距離を取る。オイラは、ここぞとばかりに前へ出た。
「ご同業さんよ、まだやるかい?」
刀を下げて、言葉を一つ。それだけで連中は決壊した。首振りが三つ、ほとんど同時に重なって。
「ジジイ一人消すだけって言ったじゃねえか!」
「割に合わん!」
「お助け!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。オイラは背が消えるまで見送り、息を吐く。まったく、最近の『稼ぎ屋』ときたら。これで残るは商人一人。『交渉』でもってどうにかなるか……と思ったら。
「おのれ……これだから安金で雇った奴はアテにならん! 先生、先生ーっ!」
全くもって意外なことに、大音声で新手に声をかけ始めた。しかも先生ってぇことは。
「おいおい。オイラは当て馬かい?」
「そうでもないぞ」
ぬぅらり。
俺より若くて活きが良い刀持ちが、闇の中から現れた。身の丈はオイラと同じくらいだが、覇気が違う。漲っている。髭も装いも整えられていて、いかにも羽振りのいい暮らしをしているのが見て取れた。
「旦那ァ。お遊びはほどほどにと仰ってるじゃないですかぃ」
「先生だけで安心できるほど、アタシゃ不用心じゃないんですよ」
なるほどなるほど。さしずめ、オイラは見極めに使われたって寸法か。道理で、話がウマかったわけだ。護衛一日で金五十枚。そんな上手い話が、そうそう転がってるわけねぇもんなあ。ともあれ、さっきのようにはいかねえってぇのはよく分かる。オイラは、密かに覚悟を決めた。下段に構え、相手の出方を窺う。
「ご老体。今回の件を黙っててくれるなら、あっしから旦那に取り成しまさァ。ここは引いちゃくれませんかねェ」
「おいおい、そっちが謝って金を弾ませるのがスジだろう?」
男とわずかばかりの言葉を交わす。もっとも、コイツはほとんど通過儀礼だ。オイラはメンツを汚されてるし、商人は商人で実入りがなさすぎる。先生――用心棒を呼んだ時点で、オイラを闇に封じたいのは丸見えだ。
「アンタに払う金はねえ、って言ってるんですよ」
ズイッと男が足を踏み出す。流れるように、刀を抜いた。赤色。魔力の輝きが仄かに見える。やはりさっきまでとは桁違いだ。
「そうかい。金五十枚にゃ割に合わなんだか」
オイラは足を引き、間合いを取る。襲い来る直前、ここしかない。オイラは下段に構えた刀を、正円状にぐるりと回した。
「ん?」
黒衣の男が訝しむ。これが合図。刀が辿った線から、蛇じみた魔力の靄が吹き出した。
***
「ここは……」
「さあな」
黒衣の男に、オイラは応える義理を持たなかった。事実オイラでさえ、この空間をよくわかっていない。ただし。
神棚。
壁に掛けられた木刀。
額に飾られた小難しい言葉。
どこまでも懐かしい、かつて剣を振るい続けた道場の姿を象っていることは知っていた。後は。
「刀は……」
「ねえよ、コイツを使いな」
腰のものをなくして戸惑う男に、オイラは木刀を渡す。『そういう空間だ』としか説明できないが、この空間に手持ちの武具は持ち込めないらしい。事実としてオイラも、丸腰だった。
「オイラに勝てば、生きて帰れる。オイラに負ければ、死ぬのが結果」
オイラも木刀を手に取り、正眼に構えた。身体は軽い。腕も若々しい。この空間だけでは、オイラは全盛期の姿を取り戻せる。そして。
「なにを抜かすかぁあ……」
全盛期、若かりし頃の姿で、オイラが負ける道理はほとんどない。青筋を立てた男からの、真っ向勝負。大上段の一撃に。
「ふん」
滑り込んでの、胴の一発。
「ああ、あっ……!」
男が膝をつく。無防備の腹に木刀を叩き込まれて、痛みを覚えぬ訳がない。勝負あり。同時に、道場の姿が消えていく。過程が消え、結果だけが残る。その結果は――
***
「な、なにが起きたのだ」
商人がへたり込む。オイラの刀が朱に染まる。傍らには、用心棒の死体。恐らく商人には、『円を描いた刀につられて勝負を挑んだ男が、一刀のもとに斬り捨てられた』ようにしか見えないだろう。実際問題、そういうことになる技だ。
「オイラの『奥義』だ。昨今じゃ呼ばれ方も変わっちまったらしいが、なにを言われようがオイラの奥義だ」
やれ『ユニークスキル』だ『ハイスキル』だ、西の連中は低俗な名前を付けたがる。しかしオイラにとっちゃ、たった一つの奥義だった。たとえそのせいで、過去のすべてを失ったのだとしても。
「お、おうぎ」
「そうだ、奥義だ。『円陣殺法』。オイラの刀が円を描いた時、相手は倒れる。覚えとけ」
「は、はい」
オイラは敢えて商人に冷たい顔を見せ、脅しをかける。だが商人はへたり込み、わなわなと震えている。このままだと小便でも漏らして余計にコトを拗らせそうだった。だから意図的に、相好を崩した。
「なぁに。これ以上、こっちからはなにもしやしねえ。旦那はまっすぐお
商人は黙って首を縦に振った。オイラは軽く笑うと、これで十分とばかりに背を向けた。
「ほんじゃ、一件落着だ。そうそう、そこの屍。アンタがけしかけたんだから、後はよろしく」
オイラはスタスタと、来た道を帰っていった。
***
小さな飲み屋には、仄暗い明かりと、安酒と、女将とオイラだけがあった。ここが大江城の、稼ぎ屋ギルドの第四支部だと聞いても、誰も信じない。そんな確信がオイラにはあった。
「で、いっとさんはその商人を」
「斬らんでも、そのうち潰れるだろうしな」
オイラはぐいっと、安酒をあおった。目の前でオイラに酒をつぐ女――女将兼ギルド長兼オイラの保護者――をじっと見る。今や
「その辺はカネさんのほうが詳しかろ? 本部の動向はどうなんでぇ」
「いっとさん正解。本部は秘密裏に稼ぎ屋を集めてる。お上からの
「だろうな。派手にやり過ぎた」
オイラは今日一日を振り返る。奴さんが白昼堂々西の公館へ乗り込み、抜け荷の密談に洒落込んでいた記憶を思い出した。アレじゃいくら報酬で口止めをしようと、他んところから水が漏れる。どうにもならん。
「いっとさんも、志願したら? 腕はあるんだし、役に立てるでしょ」
「やだね」
オイラは一息に安酒を飲み干した。据わった目で、女将をにらみつける。
「オイラは楽して金が稼げて、安酒が飲めりゃちょうどいいんだ。切った張ったなんて、冗談じゃねえ」
昔の記憶が頭によぎり、オイラは
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