稼ぎ屋のいっとさん

 昔々。まあ大体百年とちょっと前頃、大魔王ってのが、勇敢な冒険者によって討ち取られた。大魔王は世界のど真ん中にあるとんでもねえ渓谷……大渓谷ってのに城を構え、魔物を束ね、世界のあちこちに迷宮――ダンジョンって言うんだったか。西の言葉はよく分からねえ――を作って侵略をしていた。しかし王が居なくなっちゃあソイツも型なし、力を失って片っ端から冒険者どもに攻略された。そんな中で大渓谷にも飛船とびふねとかで往来が生まれ、世界の東西が繋がり、未踏の地が消え、世界は晴れてめでたしめでたし……と行ったら誰も苦労はしやしねえんだ。

 そうだ。共通の敵が消えた世界は、今度はテメエらの縄張りシマ争いをおっ始めた。ダンジョンがもたらした技術とか、西の文物とか、単純な土地争いとか……国と国の争いだけじゃねえ。人と人もだ。とにかく、陰陽大小に争いがはびこっちまった。んで、冒険者も仕事をなくして、争いに巻き込まれて……。


 ……で、現状がこれだ。大渓谷にほど近い超絶大都市・大江城だいこうじょうの端の端、人っ子一人通らないであろう裏路地にて。冒険者の成れの果ての果て、稼ぎ屋ハンターを務めるオイラの前には、でっぷり肥えた商人あきんどが一人。髪と髭がぼうぼうのゴロツキまがいが六人。商人は西と密貿易をしてるって噂のある輩だ。クソッ、寄合……ああ、今はギルドって言うんだったか……ったく……を通さない仕事にはロクなことがねえ。金五十枚に釣られるんじゃなかったぜ。

「するってぇとなんだい。お代を踏み倒そうって心算かい」

「さっくり言うと、そうなりますな」

 確認じみて問答を交わすと、商人は肥え太った欲をあからさまにしやがった。嫌だ嫌だ。こんなことで切った張ったは御免被る。オイラは顔をしかめて、ゴロツキ共に問うた。

「で? そちらさんはご同業かい?」

「……」

 返ってきたのは、あからさまな無視。刀を構えてオイラを囲む。なるほどなるほど。商人は商人なりに、無頼を調教せしめたか。オイラは息を一つ吐くと、刀の音をシャラリと鳴らした。特に銘はない。あちらさんと同じ、無銘の数打ち。だが、くぐってきた場数が違う。

「稼ぎ屋の『いっとさん』、ナメてもらっちゃァ困るぜ」

 恥ずかしながら、オイラはとうに肉も細いし頭もとっくに結構白い。だが、ナメたことをしくさる輩にはまだ負けねえ。キッと六人を睨みつけてやった。すると、ズザッと連中が動きやがった。その動きだけで、オイラには手にとるように分かる。敵さん、連携はともかく腕もおつむも足りちゃいない。オイラは刀を正眼に構え、まずは商人からキッと睨みつけてやった。

「か、かかれ! かからぬか!」

 すると案の定、奴さんは音を上げた。豚のような体を揺らして、声を張り上げる。応えるのは、めいめいの声。

「とりゃあ!」

「せりゃあ!」

 六人一斉の襲撃。前段で三人、後段に三人。一応順序と連携はあるようだが、全くもってなっちゃいない。オイラは構えを強くする。すると黒い靄が、オイラの腕から、全身から立ち上った。

 魔力。あるいは法力。全ての知的生命体が体内に持つという、内なる力。コイツの使い方一つで、人は大魔王までも打ち倒してきた。そしてオイラの使い方は。

「うむ」

 魔力を目に集中させると、敵さんの動きが泥のように遅くなる。視力を強化することで、相手の動きが手に取るように分かるって寸法だ。一人目、二人目、三人目。全部を避けて叩き伏せる。ちなみに全員峰打ちだ。こんなところで切り捨てても、銅一枚にすらなりゃしねえ。

「あがっ!?」

「ぐえっ!」

「ぎゃびい!」

 攻めかかったはずがバタバタと倒れる三人に、商人も残りの無頼も、さぞ驚いただろう。特に三人は上段に振り上げていた武器を中段に下げ、ジリリと距離を取る。オイラは、ここぞとばかりに前へ出た。

「ご同業さんよ、まだやるかい?」

 刀を下げて、言葉を一つ。それだけで連中は決壊した。首振りが三つ、ほとんど同時に重なって。

「ジジイ一人消すだけって言ったじゃねえか!」

「割に合わん!」

「お助け!」

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。オイラは背が消えるまで見送り、息を吐く。まったく、最近の『稼ぎ屋』ときたら。これで残るは商人一人。『交渉』でもってどうにかなるか……と思ったら。

「おのれ……これだから安金で雇った奴はアテにならん! 先生、先生ーっ!」

 全くもって意外なことに、大音声で新手に声をかけ始めた。しかも先生ってぇことは。

「おいおい。オイラは当て馬かい?」

「そうでもないぞ」

 ぬぅらり。

 俺より若くて活きが良い刀持ちが、闇の中から現れた。身の丈はオイラと同じくらいだが、覇気が違う。漲っている。髭も装いも整えられていて、いかにも羽振りのいい暮らしをしているのが見て取れた。

「旦那ァ。お遊びはほどほどにと仰ってるじゃないですかぃ」

「先生だけで安心できるほど、アタシゃ不用心じゃないんですよ」

 なるほどなるほど。さしずめ、オイラは見極めに使われたって寸法か。道理で、話がウマかったわけだ。護衛一日で金五十枚。そんな上手い話が、そうそう転がってるわけねぇもんなあ。ともあれ、さっきのようにはいかねえってぇのはよく分かる。オイラは、密かに覚悟を決めた。下段に構え、相手の出方を窺う。

「ご老体。今回の件を黙っててくれるなら、あっしから旦那に取り成しまさァ。ここは引いちゃくれませんかねェ」

「おいおい、そっちが謝って金を弾ませるのがスジだろう?」

 男とわずかばかりの言葉を交わす。もっとも、コイツはほとんど通過儀礼だ。オイラはメンツを汚されてるし、商人は商人で実入りがなさすぎる。先生――用心棒を呼んだ時点で、オイラを闇に封じたいのは丸見えだ。

「アンタに払う金はねえ、って言ってるんですよ」

 ズイッと男が足を踏み出す。流れるように、刀を抜いた。赤色。魔力の輝きが仄かに見える。やはりさっきまでとは桁違いだ。

「そうかい。金五十枚にゃ割に合わなんだか」

 オイラは足を引き、間合いを取る。襲い来る直前、ここしかない。オイラは下段に構えた刀を、正円状にぐるりと回した。

「ん?」

 黒衣の男が訝しむ。これが合図。刀が辿った線から、蛇じみた魔力の靄が吹き出した。


 ***


「ここは……」

「さあな」

 黒衣の男に、オイラは応える義理を持たなかった。事実オイラでさえ、この空間をよくわかっていない。ただし。

 神棚。

 壁に掛けられた木刀。

 額に飾られた小難しい言葉。

 どこまでも懐かしい、かつて剣を振るい続けた道場の姿を象っていることは知っていた。後は。

「刀は……」

「ねえよ、コイツを使いな」

 腰のものをなくして戸惑う男に、オイラは木刀を渡す。『そういう空間だ』としか説明できないが、この空間に手持ちの武具は持ち込めないらしい。事実としてオイラも、丸腰だった。

「オイラに勝てば、生きて帰れる。オイラに負ければ、死ぬのが結果」

 オイラも木刀を手に取り、正眼に構えた。身体は軽い。腕も若々しい。この空間だけでは、オイラは全盛期の姿を取り戻せる。そして。

「なにを抜かすかぁあ……」

 全盛期、若かりし頃の姿で、オイラが負ける道理はほとんどない。青筋を立てた男からの、真っ向勝負。大上段の一撃に。

「ふん」

 滑り込んでの、胴の一発。

「ああ、あっ……!」

 男が膝をつく。無防備の腹に木刀を叩き込まれて、痛みを覚えぬ訳がない。勝負あり。同時に、道場の姿が消えていく。過程が消え、結果だけが残る。その結果は――


 ***


「な、なにが起きたのだ」

 商人がへたり込む。オイラの刀が朱に染まる。傍らには、用心棒の死体。恐らく商人には、『円を描いた刀につられて勝負を挑んだ男が、一刀のもとに斬り捨てられた』ようにしか見えないだろう。実際問題、そういうことになる技だ。

「オイラの『奥義』だ。昨今じゃ呼ばれ方も変わっちまったらしいが、なにを言われようがオイラの奥義だ」

 やれ『ユニークスキル』だ『ハイスキル』だ、西の連中は低俗な名前を付けたがる。しかしオイラにとっちゃ、たった一つの奥義だった。たとえそのせいで、過去のすべてを失ったのだとしても。

「お、おうぎ」

「そうだ、奥義だ。『円陣殺法』。オイラの刀が円を描いた時、相手は倒れる。覚えとけ」

「は、はい」

 オイラは敢えて商人に冷たい顔を見せ、脅しをかける。だが商人はへたり込み、わなわなと震えている。このままだと小便でも漏らして余計にコトを拗らせそうだった。だから意図的に、相好を崩した。

「なぁに。これ以上、こっちからはなにもしやしねえ。旦那はまっすぐおたなへ帰って、商売の差配をしてればいいんでさ。もちろん、こっちも最低限以外はなんにも話さん。それなら、お互いトントンだろう?」

 商人は黙って首を縦に振った。オイラは軽く笑うと、これで十分とばかりに背を向けた。

「ほんじゃ、一件落着だ。そうそう、そこの屍。アンタがけしかけたんだから、後はよろしく」

 オイラはスタスタと、来た道を帰っていった。


 ***


 小さな飲み屋には、仄暗い明かりと、安酒と、女将とオイラだけがあった。ここが大江城の、稼ぎ屋ギルドの第四支部だと聞いても、誰も信じない。そんな確信がオイラにはあった。

「で、いっとさんはその商人を」

「斬らんでも、そのうち潰れるだろうしな」

 オイラはぐいっと、安酒をあおった。目の前でオイラに酒をつぐ女――女将兼ギルド長兼オイラの保護者――をじっと見る。今や四十路よそじだった記憶があるが、十ぐらいは若く見える。美しいと言えば、そうなのだろう。

「その辺はカネさんのほうが詳しかろ? 本部の動向はどうなんでぇ」

「いっとさん正解。本部は秘密裏に稼ぎ屋を集めてる。お上からの依頼クエストだってんで、だいぶ気を使ってるみたいよ」

「だろうな。派手にやり過ぎた」

 オイラは今日一日を振り返る。奴さんが白昼堂々西の公館へ乗り込み、抜け荷の密談に洒落込んでいた記憶を思い出した。アレじゃいくら報酬で口止めをしようと、他んところから水が漏れる。どうにもならん。

「いっとさんも、志願したら? 腕はあるんだし、役に立てるでしょ」

「やだね」

 オイラは一息に安酒を飲み干した。据わった目で、女将をにらみつける。

「オイラは楽して金が稼げて、安酒が飲めりゃちょうどいいんだ。切った張ったなんて、冗談じゃねえ」

 昔の記憶が頭によぎり、オイラはかぶりを振った。嫌だ嫌だ。悪目立ちなんて、冗談じゃねえや。

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