ウィザード・ディポーター(エピローグ)

 日も高い昼のさなか、歩みを進める男の肌には、汗が滲んでいた。


「ふう……。いくら村のモンじゃねえからって、こんな外れに墓を作らせんなっての……」


 草を刈っただけの、デコボコだらけの田舎道。しかし男は、確かな足取りで歩いていた。そもそも少し前まで冒険者だった男にとって、多少の野道はたかが知れている。こたえるのは、むしろ暑さの方だった。


「やれやれ。久方ぶりになっちまったなあ」


 村外れはおろか、森の手前まで来て、ようやく男は腰を下ろした。そこには三つの墓があった。盛られた土に、ドッグタグの掛けられた柱が刺さっていた。粗末な作りだったが、彼にとっては精一杯だった。


「向こうで仲良くやってるかい。戦士ウォリアー闘士ファイター聖職者プリースト……」


 しゃがみ込み、手を合わせる。そう。彼はかつて、斥候スカウトだった。仲間を【ウィザード】に殺され、自身もまた危うくなり、奇跡的に生還した。


「聖職者……」


 斥候……いや、元斥候は聖職者の墓に近付き、ドッグタグを指でなぞった。刻まれた名前が、訴えかけてくる錯覚を得た。無論忘れるつもりはない。一生涯、胸のうちに置き続ける。彼は決意していた。


「死に目にも会えず、解決もできず。屍も持ち帰れなかった。ホント、ダメな冒険者だったよ、俺は」


 三つの墓を前に、ぶつぶつと呟く斥候。【帰らずの館】からギルドに生還した彼は、しかしすべてを失った。いや、得たものはあったが、彼にとっては無意味だった。


『忘れろ』

『え』


 ウィザードの暴虐と大火から逃れ、ほうほうの体で冒険者ギルドへと帰り着いた斥候。彼を待ち受けていた言葉は、心なく、冷たいものだった。


『ウィザードも、ウィザードを殺すという者も、お前が見た幻だ。【帰らずの館】はまやかしを扱うモンスターによるもので、お前はモンスターを倒し、館に火を放ち、破壊した。そういうことだ』

『そんな! 戦士と闘士、聖職者の犠牲は……』

『モンスターは強力かつ陰険で、力が及ばなかった。そういうことだ』

『っ……』


 当時のやり取りを思い出し、斥候は手の平を握りしめた。支部長の言い分は認め難いものだったが、彼は最後には受け入れた。破格の報酬と、冒険者からの引退。少々吹っ掛けた要求だったが、意外にも支部長は受け入れてくれた。


「それほどまでとは、思わなかった」


 ポツリと、言葉を吐き出す。本音を言えば、金などいらなかった。仲間を返してほしかった。あくまで代わりに過ぎず、いっそのこと「それは無理だ」と突っぱねてほしかった。にもかかわらず、ギルドはあっさりと斥候の要求を飲んだのだ。


「そうまでして、なにを隠したかったんだ」


 思い当たるフシはある。あるが、貰い受けた報酬は口止め料でもある。おそらく誰かに語ったが最後、自分は無様に死ぬだろう。

 だが、三人がいないのに冒険者をやるよりはマシだった。他の面々とパーティーを組み、やがて彼らを忘れ、新しい生活を始める。そんな自分は、想像できなかった。


「未練だな……」


 斥候はつぶやく。夢破れ、ふるさとへ帰った彼は、決していい顔では受け入れられなかった。農家の三男坊だった彼は、なかば口減らしで冒険者への道を歩んだ。いまさら戻ってきたところで、耕す畑さえもない。ひたすらに頭を下げ、ギルドから得た金を差し出すことで状況を変えたが、代償は大きかった。


「聞いてくれよ。今度、村長むらおさに婿入りすることになったんだ。凄えだろ?」


 おどけるように、彼は言った。せめて三人の前では、明るく振る舞いたかった。二言三言、言葉を続ける。しかし、涙はとめどなかった。


「うう……。やっぱり、お前らと……」


 膝を落とし、泣き崩れる。後悔が脳を満たす。やはり自分は、【帰らずの館】で死ぬべきだった。そうしていれば――


「あなた!」


 思考に沈みかけた斥候の耳を、雷が叩いた。顔を上げれば、許嫁――村長の娘が彼のもとへと向かっていた。遠くからでもよく分かる、大柄な体型。足音までもが、聞こえてきそうだ。容姿はお世辞にも美人と言い難いが、父を敬う姿はいじらしく、斥候も納得していた。


「お父さんがカンカンよ! 早く作業に戻ってこいって!」


 再び大声が響き、斥候は立ち上がった。どうやら彼には、仲間を想う暇はないらしい。苦笑いを浮かべつつも、彼は過去を振り切ることにした。


「また来るわ。いつになるか、わからんけどな」


 静かに口を開くと、斥候は未来に向けて大地を蹴った。


(完)



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