バフ魔女エイラさんと17年の付き人

「えいしゃあ!」


 とある街道の外れ。魔女が盗賊のボスを、片腕一本で持ち上げていた。魔女は決して筋骨隆々ではない。むしろ細身で、メリハリの付いた体型だった。黒の三角帽から伸びた、三つ編みの金髪が眩ゆい女性だった。


「い、命だけはお助け!」


 盗賊のボスが悲鳴を上げる。すでにその顔は見るも無惨に膨れていた。今の状況になるまでに、散々に殴られたせいである。二人の周囲には、ズタボロにされた軍隊崩れがいた。先年の敗戦で、逃げ出した面々だろう。魔女はこっそり、当たりをつけた。


「さてどうするね。商団のお方。この脱走軍人は、恥知らずにも助命を求めているのだが」


「どちらも得ではありませんな。骨を折って捨て置きましょう」


「なるほど。後は日頃の運と。よかろう。腕力強化、四」


「や、やめ、あああーっ!」


 ぐしゃあッ!


 鎧の砕ける音が、街道外れの森に響き渡った。


「まったく、魔女様がいなかったらどうなっていたか。助かりました」


「なに、前金分の働きを果たしただけさね」


 一刻後。交易も通報も全てを済ませて、魔女は依頼人と言葉を交わしていた。


 魔女はすでに酒を飲んでいた。仕事は終わらせたので、これは問題のない行為。彼女は自己弁護の構築を済ませ、悠然としていた。


「ご謙遜を。こちら、働きの分を合わせた礼金になります」


「おお、いただこう。……って、これは?」


 礼金と称して魔女に手渡されたのは、包丁に鍋などの調理器具一式だった。魔女は目を白黒させる。商団の長は、いかにも申し訳無さそうに切り出した。


「あいすみません。実はお付きの方から言付かってまして。『先生への礼金は金を渡すと酒に変わる。ならばいっそ』と、ご希望を頂いたのです」


「アイツ!」


 魔女は舌を打った。己のすることを見越されていた。前金で飲んでおいてよかった。持ち帰っていたら、貯蓄に回されていただろう。


「ちょっと急ぎの用ができた。これにて失敬する」


 魔女は腰を落とした。今にも帰り着き、かの者に分からせねばならぬ。己にとって、いかに酒が大事かを。しかし。


「これは残念ですな。ささやかながら、ねぎらいの酒宴をご用意していたのですが……」


「なんだと? うむ、急用などどうでも良くなったぞ!」


 酒が出された以上はどうでも良くなってしまった。魔女はニコニコと依頼人へ駆け寄り、すべてはうやむやとなった。


 ***


 翌日。


「うむ! この頭痛が心地よい!」


 魔女は二日酔いさえも楽しんでいた。足取りは決して軽くはない。だが楽しげに、ゆっくりと家路を進んでいた。そもそも彼女は魔女である。耐毒魔法さえ駆使すれば、この手の痛みはいかようにでもできるのだ。ではなぜ、彼女の飲酒は止められかけたのか? 答えは居宅にあった。


「帰って来たぞ付き人よ!」


 調理道具の入った袋を投げつけ、魔女はソファに座る。付き人は居間にほうきを掛けている最中だった。しかし。


「エイラ様。他人に物を投げつけてはいけませんよ」


 付き人は背を向けたまま、袋に向けて指をさした。すると袋は中空にピタリと止まった。


「ぐぬ」


 魔女が唸る。唸るが、それを尻目に袋はテーブルへ下ろされた。


「ぐぬぬ」


 さらに唸る。袋がひとりでに開き、中身の調理道具がきちんと整頓された。


「見事なもんだ」


 魔女は呆れ、ソファに寝そべった。完全敗北である。しかし付き人は、こともなげに言ってのける。


「操作魔法の中級、というところですかね。エイラ様だって覚えてしまえば楽でしょうに」


「やだね」


 付き人の提案を、魔女は一笑に付した。紙巻タバコを取ろうとして、宙に浮かべられる。掃除中だと、目で牽制された。


「アタシは今までバフ強化魔法一本でここまでやってきたんだ。おまえさんがやってくるような名声も手にした。今更変えらんないさね」


 右手に魔法抵抗のバフを掛け、魔女はタバコを摘み取る。摘み取ったタバコは、すぐにしまわれた。


「エイラ様。そろそろボクに転がされていることを悟りましょうよ」


「転がされてやってるんだよ。調子に乗るんじゃない」


 魔女はシュルシュルと髪をほどいた。うねるような金髪が、ソファへと広がっていく。


「ちょっと、毛が落ちるじゃないですか」


「じゃあ魔法でまとめるかい?」


 魔女がくすりと笑う。付き人は、大きな瞳をくりくりとさせた。その後赤面し、そっぽを向いた。魔女はその顔を見て、ニコリと笑った。


「お前さんを拾ってから、まだ十七年だ。もうしばらくは、勝たせやしないよ」


「もう十七年なんですけどねえ」


 付き人が口を尖らせる。魔女はケラケラと笑うと、あっという間にほうきを奪い取った。付き人にはわかる。速力強化のバフを、重ね掛けしたのだ。


「しょうもないことにバフを使わないでください」


「しょうもないことじゃないな。今アタシは頭痛が痛い」


「頭の悪い言い回しですね」


「そうだよ。今のアタシは頭が悪い。久方ぶりにおまえさんを侍らせたいのさ」


 言われて、付き人は頬をかいた。


「やれやれ。本当に頭が悪くなったんですね」


「そこは、大人と大人のやり取りだと思ってくれ」


「仕方ありませんね。少しだけですよ」


 魔女は満足げにうなずいた。





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