駆け出しの冒険者ですが、美しい先輩冒険者に甘やかされてしまいました

 十五歳になった暁に冒険者になり、ギルドに登録を済ませた。

 優しいお姉さんが声をかけてくれて、二人でパーティーを組んだ。

 駆け出し向けのダンジョンで冒険し、優しく導かれた。それなりの成果を得た。楽しかった。


 なのに、どうして。


「るぅーしぃーくん。あっそびましょー?」


 僕は宿屋で、部屋の隅に追い詰められているのだろうか。迫られているのだろうか。それもモンスターではなく、仲間だったはずのお姉さんに。鼻にかかった、猫なで声で。


「ねーえー」


 再びの、甘えるような声。僕は思い直す。これはある意味ではモンスターだ。また一歩下がると、背中が壁に当たった。もう下がることはできないと悟り、僕は改めてモンスターを見た。


 毛先から足の爪先まで、美しいモンスターだ。

 男女問わずに目を向ける、うねるようなポニーテール。銀色のそれは、馬の尾というよりも、光り輝く川の流れのようだった。

 ギルドでも注目を集めていた、鼻の高い美しい顔。獲物を狙う獰猛さと、駆け出しを導こうとする優しさが入り混じった、月のような瞳。

 出るところが出ていて、引っ込むところが引っ込んでいる……なんて言葉では足りず、今も僕の理性を殴りつけてくる、暴力的なプロポーション。


 そんなモンスターが僕に向かって四つん這いになって、襲ってこようとしている。物理的にではない。性的な意味でだ。興奮しない理由がない。恐れる心とは裏腹に、視線は、彼女に釘付けにされていた。美しい女体を、脳裏に刻もうとしていた。


「あそぼーよー」


 三度目の声。モンスターが身をよじり、胸……おっぱいが大きく揺れた。じゅうたんに向けて重そうに垂れ下がるおっぱいは、まさしくたわわに実った果物だった。

 さらに言うと、彼女はあまりにも無防備な薄着だった。そこかしこから素肌が垣間見え、吸い寄せられる。きめ細かく、傷さえもない肌。

 はっきりと言えば、もう理性は限界だった。


「っ……」


 だが耐える。奥歯を噛みつつ、壁から隅へと身を動かす。呼吸が荒いのは、必死にへばりついているからか。それとも興奮しているからなのか。僕の下半身はもう痛いぐらいにみなぎってしまっていた。自分でも分かっている。分かっているが、モンスターが恐ろしいのだ。


「んー……」


 恐れる僕を見かねたのか、モンスターは吐息を漏らし、舌なめずりをした。上目遣いになった。彼女の視線が、僕の股ぐらの辺りへ伸びる。下半身を見られている事実と、その仕草の艶めかしさが、尚更僕をひるませた。もう一歩隅へと、身体が動く。汗が一筋、頬を垂れていた。


「そ、その。アンナ、さん」


「んー?」


 状況をなんとかしたくて、苦し紛れに声をかける。するとモンスター――アンナさんが僕の顔へと視線を変えた。頬を赤らめている。ほとんど反射で、喉が鳴った。だけど。


「そ、その。こういうのは、その……もっと、お互いをよく知ってから」


「うん、そうだねぇ。ルーシーくん」


 ほとほと苦し紛れ、意識がそれたら儲けものみたいな僕の言い分に、アンナさんは意外にもあっさりと同意した。しかし四つん這いによる誘惑は変わらない。むしろ獲物を狙うように頭を下げ、大きな、みずみずしいお尻を突き上げた。ズボンが小さいのか、今にも破けそうなほどにパツパツだった。

 服の隙間からは背中がのぞく。長いポニーテールは、彼女の動きに合わせてじゅうたんに広がっていた。鼻がかぐわしい匂いを拾い、頭がぐるぐると唸りを上げる。気を抜くと、今にも自分から飛び込んでしまいそうだった。


「ルーシーくんの言ってることは、たぶん正しいよ」


 わずかな希望が、アンナさんから差し出される。すがりつくように、僕の口から声が漏れた。


「じゃ、じゃあ」


「でも間違い。私達はもう、一日パーティーを組んだもの。お互いのこと、分かったでしょ?」


 しかしアンナさんは、静かに首を横に振った。


「私は分かったわ。あなたが駆け出しなりに強いこと。お母様が餞別にくださったパンを、美味しそうに頬張っていたこと。ゴーストタイプの敵には、ちょっと震えていたわね。強くて、可愛くて。私の差し出した据え膳に、すぐ飛び込まないだけの理性はある。ストライクよ。もう押さえ切れない」


 一気にまくし立てるアンナさん。その瞳が、潤んでいた。思わずうなずいてしまうほどの、正しい答えだった。たった一日で、ここまで見られているとは思わなかった。


「で、でも僕は。アンナさんのこと……」


「それはこれからわかればいいの」


 それでも、迷う。僕にはアンナさんのことがわからない。わかるのは美しいこと。そして強いこと。ダンジョンの攻略に精一杯で、アンナさんが性的な目で僕を見ていたことにすら気づけなかった。


「だから、ね?」


 遂にアンナさんの手が、僕の身体へと伸びてきた。その指は白く、きれいだった。身体が強張り、冷や汗が流れる。


「嫌じゃ、ないんでしょ?」


 指が僕の身体をなぞり、やがて手のひらがやって来る。壁と僕の体をうまく使って、アンナさんは僕と視線を合わせた。

 たわわな果実が、僕の肌に触れる距離。かぐわしい匂いが汗と入り混じり、脳を焼いていく。


「……はい」


 頭のどこかで、ぷつんと音がした。僕の同意する声とほぼ同時に、彼女は柔らかい唇を、僕のそれへと重ねて来た。


「んむ……」


 ピチャピチャと、水音が鳴る。蕩けそうな声が、耳を刺激する。アンナさんの両手がするりと、寝間着の隙間へと入っていく。焼き切れた脳では、それ以上考えられなくなって、あとは流されるままだった。


 ***


 目を見開くと、すでにお昼近くになっていた。


「……」


 身体を起こしてなお、僕はベットで呆然としていた。未だ夢を見ているようだった。それほどの体験だった。


「おはようございます」


 アンナさんの優しい声を、僕の耳が拾った。必死に首を振り、なんとか意識を引き起こす。


「おはようございます」


 ワンテンポ遅れた、間の抜けた返事。彼女を見れば、何一つとして変わっていない。まるで、昨日のことがウソだったかのようだ。いや、普通の服にエプロンだから、冒険する姿ではない。そういう意味では、変わっているのか。


「昨日の報酬もありますし、今日はお休みにしましょう。もう少しで、お料理もできますので」


 ああ、そうだ。アンナさんに予約を任せたから、部屋で料理もできちゃうんだった。なにからなにまでしてもらって、僕は大丈夫なんだろうか。

 そう思った時、アンナさんが不意に近付いてきた。頬に柔らかい感触がした後、僕は耳を溶かされた。


「昨日は凄かったですよ?」


 うん、大丈夫じゃない。どうやら僕は、今後も甘やかされてしまうらしい。

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