勇者の品格(プロトタイプ)

 選ばれし十二人の審査委員による、勇者審査会議。開始より一刻半の時を経て、いよいよ佳境を迎えようとしていた。


「この男、ですか」


 一枚の羊皮紙を手に、やたら背の高い帽子をかぶった男がううむと唸る。彼は大陸中央に位置する聖教国の法王。この会議の決裁役だ。


「南の蛮地にて、五度の魔族成敗。東の湖にて、祀ろわぬ女神より聖剣の授与。以前の実績を含め、強さそのものは勇者たるに十分」


 同じく羊皮紙を手に、金銀宝石のちりばめられた王冠と、やたら豪華な服飾に身を固めた男が述べる。こちらは大陸の三分の一を占める強国の王。されど、この場における権限は平等である。そのため、衣服で他者を威圧しているのだ。


「されど」


 強国の王の言葉が切れたと見るや。黒衣に身を包み、顔さえもヴェールに隠した、砂漠の女王が口を挟んだ。彼女は最近委員会に加わった。しかしその目利きは厳しくも正確であり、早くも他の委員の信任を勝ち取っていた。聖教国でも囁かれる女傑の噂に、狂いはなかったのだ。


「酒場における酒色乱痴気。各所における乱闘の疑惑。倒した敵対者への、過剰な暴力・殺害行為。勇者と言うにはいささか、品格が足りないものと思われます」


 居並ぶ国王や法王、有力者の男どもを相手に、一歩も引かない砂漠の女王。それもそのはず。彼女は男系が消え果てた自身の王国を、わずか数年で砂漠地帯屈指の大国に押し上げていた。


「ううむ」


 法王が、また唸った。一昨年、二人の魔王を倒して推挙された『この男』。勇者ブルードラコ。しかし確かに、砂漠の女王の言う通りであった。

 勇者認定を行った際の会議でも、最後まで議論は紛糾した。だが、規定である『魔王二人の打倒』は果たしていたために、第六十八代勇者となった。


 更にその後も強さは十分。極北魔王の討伐や、本来は協同を要する重大ミッションの単独制覇等もやってのけた。しかし一方で同郷の冒険者との軋轢や、ミッション中の悪辣な態度を指摘する声など、悪評が度々上がっていたのも事実である。


 議論はここで停止した。いずれにしても、決め打つ材料に欠けていた。そもそも勇者とは、全ての冒険者の代表である。品格と力量を要求され、勇者から一冒険者に戻ることは許されない。勇者が勇者を降りる時、勇者は他の冒険者に道を譲らねばならない。如何に品格に不足があろうと、勇者審議委員会がその道を断ち切るのは難しいものがあった。



 ひとまず、ここで一旦勇者ブルードラコについて語るとしよう。彼は異教徒の国出身でありながら、幼少より戦闘と魔術において高い適性を有していた。若くして国内同世代随一の冒険者となり、推挙されて聖教の冒険者登録を受けたのである。


 その後も冒険者としての活躍は枚挙に暇なく、北嶺の魔王討伐の功績をもって、わずか四年で勇者認定を受けた。近年稀に見る、超スピード昇進であった。


 しかしながら、常より粗暴短気の定評が多い男でもあった。かつてはとある大勇者との教導戦において、僅かなミスで負けたことから激高。「古傷を狙ってえぐれば良かった」と言い放つという事件を起こしたこともある。


 こと品格において、ブルードラコが勇者に足るのか。その声は常にあった。そして否定派かつ急進派こそが、かの砂漠の女王であった。彼女はかねてから彼の粗暴ぶりに対して厳しく言及しており、今回の会議でも隙あらば厳罰という姿勢を崩していなかった。


 ちなみに当人は現在故郷に帰っていた。砂礫魔王の単独討伐に失敗して重傷を負い、傷を癒しに帰郷したのだ。



 閑話休題。ここで会議の方に話を戻す。膠着状態に陥った会議は、しかしながら突然の使者によって大きく動くこととなる。


「法王様! 急報でございます!」

「なんだ!」


 枢機卿の一人が議場に飛び込み、叫ぶ。法王も応じて大声を出してしまう。それに応じて、枢機卿はさらに声を張り上げた。


「勇者ブルードラコ、故郷にて激しく遊びに耽っているとの報告あり!」

「なんだとっ!?」

「なんですって!?」


 全審議員が立ち上がり、枢機卿を見る。もはや議論の余地はなく、衆議一決した。詐病による怠慢は、許し難し。そういうことだ。


「勇者ブルードラコを、謹慎処分とする!」



 ~~~~~~~



 後日談

 謹慎処分となった勇者ブルードラコ。しかしながら、遊興事件は故郷における過剰な英雄歓待(事実として、本人は当初辞退していた)が真実だったことが判明。異教国の国王自身による釈明などもあり、この時点での勇者剥奪は免れた。


 しかし本事件後からのブルードラコは、全盛期に比べて不安定さが目立つようになった。強引なダンジョン突破で負傷する。同郷の冒険者とあわや乱闘寸前の騒ぎを起こす。審議委員会でも問題視されるような行動が、度々に渡って出るようになったのだ。


 そして三年後。最悪の事件が発生する。一般市民(後に悪辣な市民団体の構成員と判明)への暴力行為が発覚したのだ。勇者審議委員会は臨時の会合で認定剥奪相当の沙汰を下し、その一日前にブルードラコは引退の届を提出していた。


 この後彼は異教国へと帰国し、事業や政治への進出で生きていく。また冒険者の問題事件がある度に独自の意見を発信したり、大陸で発表された異教国の英雄の風刺画に憤慨して問題となるなど、今なおその発言力には定評がある。



 なお、余談と前置きしておくが。ブルードラコに対して厳格に接していたとの評が高い砂漠の女王。だが彼女はこうも言っている。


「私は冒険者としてのブルードラコは認めていた。実のところ、好きな人物でもある。されど、冒険者としての彼が好きだからこそ。『勇者』としては一切認めない。勇者には勇者たる精神、道というものがある」


 また、ブルードラコ自身も、彼女についてはこう残している。


「砂漠の女王の辛口も、俺を強くしてくれた要素の一つだ」


 なんのことはない。結局の所、二人はわかり合っていたのである。分かり合っていたからこそ、一人は職責に、一人は己の信じる道を。突き進んだのである。


 最後に、ブルードラコが残した言葉を添えて。この文を閉じる。彼はかつて。『勇者の品格』についてこう残している。


「品格とか言われてもわからない。まず魔王を倒せる強さじゃないのか。強いだけじゃいけないのか。勇者の品格と言っても、結局は皆に合わせることとしか思えなかった。俺は、俺の生き方を信じたんだ」

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