第3話 夜光虫と名残り紙
少年が目を覚ますとそこは文明を失った未来で、村のはずれに住んでいる知らない姉妹に助けてもらい、恩返しのために王都へお金を稼ぎに旅立つ、そこで語り部として過去の技術の再生のために奮闘して財産を築くと、かつて救ってくれた姉妹の元に帰り、三人で幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。
日本昔話にでも出てきそうな、一部の隙もないパーフェクトな計画だ。
普通に昔あったものを話すことが、技術の復活のための貴重な情報源になるのだから、未来人は案外ちょろいのかもしれない、夕食を終えて食器を洗うトルテとエリを見ながら、大河は思った。
「それで、どこに王都ってあるんだ?」
「はぁー、本当に何も知らないのね、この過去人は」
くそう、こんな姉妹を幸せにする意味があるのか!
早くもそう後悔した。
「大河が本当に王都に行くなら、馬車に乗るのが一番いいわね。ここから少し離れた所に私たちの村があって、週に一度、お昼過ぎに王都行きの馬車が出ているの。それに乗ればだいたい2日くらいで着くわね」
「だったら、村まで一緒に行こうぜ。道も分からないし、トルテたちがいた方が何かと話が早いだろ」
「そうね、私たちがいれば
村の風習、フウシュウ、その言葉に仏教の国とはいえ無神教が多い日本出身の大河には、普段楽しんでいる漫画やアニメの世界の話のようだった。
それを当たり前のように話すトルテが、やはりどこか浮世絵離れしているように感じて、今でも映画の収録中なのではないか? と勘ぐってしまう。
だけれど、エリが「寂しいけれど、きまりだから仕方ないのだ」とおどけなく話す姿を見ると、その風習がまるで彼女の人生の一部のような、不変の存在感を
「さあ、王都に行って、大河にしかできないことをするんでしょ! そうと決まれば、準備をするわよ!」
そう元気よく言い放つトルテの右手には、一つのガラスのビンがあった。
……準備?
× × ×
「私たちの集落にはね、人の旅立ちの時は祝いと同時に帰る場所を提供する習わしがあるの。『
そう言ってトルテは一通の便箋を差し出した。コピー機に使うような、凹凸のない真っさらな紙ではないが、今まで見てきたどの便箋よりも綺麗だった。
手紙を書くのなんて年賀状を出す時の年に1回だけだ、スマホもメールもないなんて不便な生活しているな、と大河は思う。
そういえば未だに、年賀状や初詣みたいな文化は残っているのだろうか? そんなことを考えながら、郷に入れば郷に従え、これもフウシュウ、と渡された便箋にペンを走らせた。
ここに俺の城を建てる! あとトルテとエリにテレビを見せる、と。
「なんて書いたの?」
「後世に残る俺の偉業を讃えるための第一歩、その心意気をこの便箋に封じ込めた。後々、伝説の語り部『佐倉大河』の手紙としてプレミアが付くから期待してな」
「ほほう、この一行しか書かれていない文章が高く売れると」
「おい! 人の手紙の中身を見るのは犯罪だぞ! 一番やっちゃいけないやつだからな!」
トルテは大河から渡された
その慣れた手つきを見て、大河は初めて、トルテたちが風習を大切にしていることを実感した。
「ほら、出来た! あとはこれを埋めるだけだけど……」
折角だから綺麗な所に埋めたいわね、変な形の瓦礫の中? 菜園の近くにある木の下? と呟きながらあごに手を当ててしばらくすると、閃いた顔をして俺の手を引っ張り始めた。小さくて柔らかいトルテの手の中に、硬いマメがあった。
どうやらついてこい、とのことらしい、やれやれ、モテる男は辛いね。
5分ほど歩いた先は、大河が水汲みに行った井戸だった。
そのすぐ傍にテニスコート2面分くらいの浅そうな池があり、傾き始めた太陽が
「ちょっと見ててね……」
トルテがビンを池の中に差し込むと、その波紋が緑色に輝いた。
その波打つ様子は、まるでオーロラのようで、薄く幻想的な風景だった。
昔、母ちゃんが好きでテレビで見たことがある、確か――
「夜光虫……?」
「あら、夜光虫のことを知っているの? なんだ、驚かせようと思ったのに残念。でも綺麗だよね、太陽の光も、月の光も、星空も、青空も、夕焼けも、いろんな輝く色があるけれど、緑色に輝くのは私は夜光虫しか知らない。大好きな色なんだ」
「いや、緑色に輝く夜光虫なんて初めて見たよ……。こんなに綺麗な光、イルミネーションでも見たことない」
夕焼けと波を打つたびに宝石のように輝く水に見惚れて、思わず口を閉じるのを忘れてしまう。
「そう? じゃあ、大河も気に入ってくれたようだし、ここに埋めようか」
青色ダイオードもノーベル賞もない、光彩の少ないこの時代だから見れる輝きと、少女の古き慣習を行う姿のアンバランスさが、大河にとって印象的だった。
× × ×
「んがー……んがー……」
「にーちゃがイビキかいて寝てるのだ……」
「んがっ……やべっ……ヨダレが……」
「エリ、やっちゃいなさい」
翌朝、俺は突如エリのアタックによって起こされた。
目を覚ますとトルテが「決めた! 俺、王都に行ってみる。それで技術の進歩に役立って、お金稼いでくる」と昨夜のモノマネをしていたので軽くイラッとした。あんなに素敵な景色を一緒に見たじゃないですか! ねえ! ねえ?
× × ×
「ここがトルテたちの村かー!」
朝食後、大河はトルテとエリと一緒に村まで下りていた。
大河の時代と変わらない、田んぼの遠くに森が見える、地方のさらに田舎といった感じの村だった。
勝手のわからない大河の代わりにトルテが馬借と話をつけにいき、自動的にエリのお守りとなってしまう。
お守りといっても、久しぶりに帰ってきたエリは村で可愛がられているようで、逆によそ者の大河がじろじろと好奇の目を向けられていた。
いったいどこからやってきたのかね、村で美味しい魚が取れたから食べるがいい、変わった服を着ているがどうやって作ったのか、なかなかいい体じゃないか、と引っ切り無しに質問が行き交う。
ああ、もう早くトルテさん帰ってきてくれと、ただただ願うしかなかった。
「お待たせ、馬借に話つけてきたよ……なんか大河やつれた?」
トルテの村のみんなって以外と若い人が多いし、気さくなやつが多いんだな、としか言えなかった。
栗毛色と白色のどっしりとした体格の二頭の馬たちに、ハイエースくらいの大きさの
「立派な馬車だなー。馬は健康的で大きいし、これなら快適な旅になりそうだ」
馬借に軽く挨拶をして、ヒヒンと鳴く馬を撫でながら荷台に乗り込む。
これで2日経てば王都だ。
「じゃあ、トルテ、エリ、俺の天才的な頭脳でしっかり稼いでくるから、ちょっと待っててくれよ。少し王都で仕事のアテができたら伝えに戻るよ」
いや頭脳が天才なわけじゃなくて、経験が貴重なだけでしょ、と毒づくトルテ。エリも「はやく帰ってくるのだ」とトルテの後ろからひょっこり顔を出した。
「しばしのお別れの前にね、大河に隠していたことがあるんだ」
馬車を覗くトルテが、意地悪そうに笑う。
その表情はなぜだかいつもより幼く見え、
「実は私は12歳なの! ずっと隠していてごめんね、おにーちゃん♡」
バーン!!
左胸に銃弾を受けた音がした。
12歳……だと!?どう見ても俺と同じ歳にしか見えないのに……いや、いや、いや、俺はロリコンじゃない!
「ごめーんね♡」
「……がはっ」
追撃のウィンク! ダメージは更に加速された!
ガタガタと揺れる幌馬車の中、大河は仰向けになったまま、トルテの笑顔を記憶に焼き付けて、すっかり温かくなった心を感じながら目を閉じた。
大河にとって、トルテとエリの最後の笑顔だった。
終焉の魔女と騎士 星野涼 @Tangaro
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