第4話 本当の敵


 都の中心地は、静かな街路に、大きな敷地を持った家々が並ぶ区画になっている。

 都のうち、外郭が一般の町人が住む場所だとすれば、ここは貴族のための場所だと言えた。


「このあたりが、貴族の住まいなのね」


 レイナは、辺りを眺めて言った。

 町人の姿が目に見えて少ないこの一帯に……エクス達はやってきた。

 目的は勿論、ここの住人。

 タオが拳を掌に打ち付ける。


「さぁて。じゃあ、ここまで来たら、正面から行くか」

「正面から、っていうと?」


 エクスが少々怪訝な面持ちで言うと、シェインが引き取るように続ける。


「一件一件総当たりでいく、ということでしょう」

「えぇ? 時間かからないかな……」


 とはいえ、貴族の内の誰か、というところまでしかたどり着いていないのだから仕方ないことではある。

 四人と、安全のためと同行しているかぐやは、まっすぐに通りを歩き始めた。


「考えたとおりなら、カオステラーのすぐ近くにまで、迫っているってことだよね……」


 エクスは小さく独りごちる。


 カオステラーの力は、強大だ。

 文字通り、世界を歪めてしまうほどに。

 戦うたびにそれを実感し、慣れない。

 それでも、自分達はそれを倒さねばならないのだ。


 かぐやは、そんなエクスの顔を見ていた。


「もしも、その、カオステラーを倒したら……皆さまはどうされるのですか?」

「次のカオステラーを探して、他の想区にまた旅をすることになるでしょうね。要は、別の世界、ということだけど」


 レイナが応えると、そうですか、とかぐやは静かに言った。

 エクスはかぐやを見る。


「その頃には、もうヴィランみたいな化け物は出なくなって、平和になってるだろうから。それまで、辛抱してくださいね」

「……。はい……」


 そう応えるかぐやは、どこか神妙な面持ちだった。


「お、あれを見ろ。ちょうどよく、貴族っぽい連中が集まってるぞ」


 タオが指差す先に、複数の男達がいた。

 言葉の通り、身なりのいい男達で……身を寄せ合って、何かを話しているようだった。

 シェインが、違和感を覚えたように、足を止める。


「何か様子が変ですね」


 身を隠して窺うと、男達の話し声が聞こえてきた。


『かぐや姫が結婚相手を決めたらしいな……』

『もしそれが本当であれば、どうする』

『私は認めないぞ。今からでも姫の元へ』

『こうなれば、力尽くでも姫を……』


「あの人達……何だか、雰囲気が変じゃない?」


 エクスが眉をひそめると、タオは、早々に歩いて近づいていた。


「ったく、いい大人が集まって何やってるかと思えば、女に振られて逆切れか?」

「カオステラーの可能性もあります、急ぎましょう」


 シェインもそれに続いている。

 レイナも運命の書を取り出して、駆け出した。


「あなた達!」

「なんだ、お前らは……」


 男達が振り向く。

 だが、その目はどこか虚ろのように見えた。

 ヘンゼルにコネクトしたタオが、鎚の先を向ける。


「カオステラーがいるなら、出てこいよ。ぶっ叩いてやる」

「……カオス、て、らー……?」


 男達は、しかし、その言葉に……視線の定まらぬ表情を浮かべるばかりだった。

 一瞬前より、明らかに様子が異なっている。


 それは確かに、世界の歪みのせいではあった。

 男達の体は黒色に変化し、異形へと成り果てていく。

 それは、しかし……。


「こいつら――」

「カオステラー……かと思ったのですが。どうやら、外れのようですね」


 シェインが戦闘態勢へ入る。

 男達は、確かに魔物へと変わっていた。

 しかし、そこにはカオステラーの気配はない。

 エクスもコネクトしながら、素早く男達の姿を確認していた。


「全員、ヴィランか……!」


 直後、ヴィランと化した貴族達は、地を蹴ってエクスたちに躍りかかってきた。


『クルルゥ……ッ!』


 宙を舞って攻撃を仕掛けてくるヴィランを――しかし、鎚の力のこもった一撃が、真横に吹っ飛ばす。

 タオの放った痛烈な打撃だ。


「こうなった以上は……ひとまず、片付けるぞ!」

「合点承知です」


 地面を走り込んでくるヴィランに対しては、シェインが竜巻攻撃を発射。一掃していく。


「そんな……たった今まで、普通の方達だったのに……」


 かぐやが、ショックを受けたように立ちつくす。

 その背後からヴィランが近づくが――

 モーツァルトとなったエクスと、アリスへコネクトしたレイナが、同時攻撃。

 そのまま打ち砕いた。


 すぐに、辺りには静寂が戻ってくる。

 タオは見回す。


「他の貴族は――」

「タオ兄。今の戦闘、途中参加してきた数も含めると、相当の数のヴィランがいましたよ。それが全て、貴族だとしたら……」


 その言葉は、実際、的を射ていた。


 貴族街とも呼べる、さほど大きくない一角を、五人は改めて調べてみた。

 そうすると、貴族と呼べる人間は、一人残らずいなくなっていた。

 レイナはその結果に、眉をひそめた。


「貴族は、カオステラーじゃなかったということね……」

「考え方が、違っていたんだね」


 エクスも思考を巡らせるが、整理が追いつかない。

 しばし、途方に暮れたように、立ちつくしていた。





 五人は一度、かぐやの家に戻った。

 居間で、タオが軽く伸びをする。


「これで振り出しか。ったく、貴族じゃなきゃ、どこにカオステラーはいるんだよ」

「皆さん、その、大丈夫ですか? お疲れのように見えます……」


 かぐやは、そんな四人を見て、どこか申し訳なさそうにしている。

 自分のいる世界が、この異邦人に迷惑をかけているのではないかと、心配に陥っているようだった。


 僕らは大丈夫です、と、エクスが応えていると、シェインが今一度考えるようにかぐやを見た。


「かぐやさん、何度も聞いて申し訳ないですが……カオステラーの原因に心当たりはないんですね?」


 カオステラー自体がどういう存在であるかは、かぐやには話してある。

 それでも今までかぐやは何も知らないと言ってきたのだから、今更ではあったが――

 かぐやは胸の前で拳を小さく握って、考え込んでいた。


「……そのことなんですが」

「何か、あるんですか?」


 エクスに、かぐやはかすかに俯く。


「人を疑うようなことはしたくありませんが……。皆さんの話を聞いて……私が結婚ができないことを、快く思わないであろう殿方が……貴族の方々の他に、まだ――」

「貴族以外の、男の人?」


 エクスがきょとんとしていると、レイナが、はっとした。


「まさか、帝?」

「あ……!」


 エクスもようやく考えが及ぶ。

 都で一番の権力者であり、かぐやのことに興味を持っていると聞いていた人間である。

 帝も貴族と言えばそうだろうが、さすがに捜査対象には入れていなかった。


「そうか。僕らは会っていないけど……帝も、同じように結婚を望んでいるのだとしたら……」

「何にしても、帝さんがかぐやさんと結婚できないという事実自体は、本人も知っているでしょうしね」


 権力の頂点に立つ、帝。

 それでも思い通りにならない一人の女性。

 その運命を呪う心。

 そこに、カオステラーが憑依したとすれば……。


「失礼つかまつる!」


 と、そこで急に外から声が響いた。

 一瞬、びくっと跳び上がった五人だったが……。


 気を取り直して、警戒しつつも出ると――目立たない服装をした若い男がいた。

 そしてその男の言った言葉に、五人は驚く。


「帝様から、お手紙を預かって参りました」

「帝って、あの帝か……?」


 タオがそれを受け取ると、呼び止める間もなく、男はすぐにいなくなる。

 どうやら使者であったらしい。

 かぐやも含め、皆でその手紙を、開けてみてみることにした。

 すると――


「これは……えっと、歌が書いてある、のかな?」


 エクスは困惑半ばに手紙を眺める。

 予想していたようなものと違って、反応しかねたのだった。

 だが、かぐやは真剣な顔をしていた。


「……いえ。これはただの歌ではありません。『自分と結婚し、帝の后として暮らして欲しい。それが互いの幸せになる』というような意味のある歌です」

「それって――」


 レイナが慌てたように言うと、エクスもかすかに目を細めた。


「なりふり構わず、かぐやさんを自分のものにしようとしてるってこと……?」

「つまりあれか。要は、向こうからケンカを売ってるってことか? 面白えじゃねーか」


 タオははん、と笑みを浮かべた。

 堂々たる宣戦布告――ならば話は早い。

 向こうから誘ってくるのならば、こちらも、出向くまでだ。


 五人はそれから、取って返すように家を出て、一路、都の中心――

 宮廷へと向かうことになった。





 宮廷は、朱の門を幾重も通った先にある、豪壮な建築物だ。

 貴族が軒並みいなくなってしまったからか、そこにたどり着くまでに邪魔をしてくるものも、ほとんどなかった。

 あるいは、カオステラーたる帝が意図的にそうしているのか――


「……何だか、妙じゃない? 静かすぎる、というか」


 エクスの言葉に、レイナ達も同意の色を浮かべている。

 貴族街から門を抜け、宮廷の中を通っている今になっても、誰とも会っていない。

 シェインが抜け目なく見回す。


「カオステラーの考えていることは、わかりませんが。自分の近くにいる人間でもヴィランにして、今ここでシェイン達にけしかければ、有利になる筈でしょうが」

「それをしないってことは、よほど戦いに自信があるか。あるいはそれもわからねーくらい、感情がやられちまってるか、ってところか」


 タオが運命の書を片手に前方を見据える。

 正面には扉があり、それを通れば、間もなく宮廷の中枢にたどり着くというところだった。

 レイナは、ふうと息をつく。


「何にせよ、この目で見ればわかるわ」


 皆の頷きと共に、エクス、そしてレイナが先頭で、扉を開けた。

 そこは、中庭を挟んだ、寝殿の正面だ。

 警戒をしながら庭を横切り奥をのぞくと、寝殿の奥に繋がっている。


 その奥で、何かが蠢く音がした。


「あの音は、いったい……?」

「かぐやさん、気をつけてくださいね」


 かぐやを守るような位置につきながら、エクスはコネクトの準備。

 皆と息を合わせ、一気に奥へ駆け込んだ。


 すると、そこにいたのは――


「う、ぐ……」


 寝殿の一角、薄暗い空間でうずくまる、高貴な格好をした男性。

 一見して、他の貴族よりも、さらに身分のある人間とわかった。


「あんたが、帝か?」


 タオがおそるおそる近づくと、彼は顔を上げる。


「そう、だ……私が帝……だ……苦しい……」


 彼――帝は、脂汗を浮かべて、タオを見上げて来た。


「おい、平気か!」


 タオは、駆け寄ろうとする。

 そのときだ。

 帝は、苦悶の末に、あああっ、と声を上げる。


 直後、帝の体は――一瞬にして、黒色に変化した。

 そして、体の組成が根本から変化したかのような、くぐもった音が体内に響く。

 次の瞬間には……帝だったものは、ゴーレム状の魔物になっていた。


 エクス達は巨体を見上げながら……一瞬、混乱に見舞われる。


「カオステラーじゃ、ない……!」


 レイナが驚きの声を上げる中、既にコネクトしたタオが、シェインとともに武器を構えて叫んだ。


「話は後だ、来るぞ!」


 ほぼ同時。

 腕を振りあげたヴィランの、猛烈な拳の一撃が四人を襲った。

 間一髪のところで、エクスとレイナもモーツァルト、アリスにコネクトし、跳躍。

 事なきを得たが――その威力に、床は弾け飛び、衝撃の余波が四人を軽く空中で煽るほどだった。


「ちっ、しかも、雑魚じゃねーのか」


 タオはヘンゼルとして鎚を構えながら、様子を窺う。

 ただ、シェインは素早く動き回り、既にヴィランの背後を取っていた。


「……いいえ、タオ兄。攻撃力は中々のものですが、この敵はやはり、強くはありません。四人とも攻撃を避けられたのがその証拠です」


 言いながらも、冷静に地を蹴り、ヴィランの背に刺突を喰らわせる。

 ヴィランはのけぞるようにダメージを受け、苦悶していた。


「観察すればわかります。おそらく、攻撃力に全振りしたようなタイプでしょう。一撃も打たせぬ間に、挟み撃ちすればすぐですよ」

「まったく、うちの妹分は頼りになるな」


 タオは、それに笑みを浮かべている。

 そしてもう、シェインと共にヴィランを前後から挟んで攻撃を開始しているのだった。


「エクス! 私達もやりましょ!」

「うん! わかった!」


 エクスは頷いて、タオと共に正面から攻める。

 そしてヴィランが攻撃を打とうとすると、タイミングよく、後ろからレイナが剣での切り上げを喰らわせるのだった。

 それを四人で繰り返すと――あっけなくヴィランは倒れ、消滅した。


 一転して、静寂。

 しばし、四人は息を上げる。


 確かに敵は強くはなかった。

 だが、弱くもなかった。

 そして、この敵はカオステラーですらないのだ。


 完全な静寂に包まれた宮廷で……敵を倒した四人の表情は、明るくなかった。

 タオは、帝がいなくなったあとを見下ろしていた。


「帝は、ただ単にかぐやと結婚したくて、あんな手紙を書いてたんだろうな」


 帝だけではない。

 多くの人間が、ヴィランに変えられ、運命を狂わされ、物語から姿を消されてしまった。

 きっと、それは無念に違いない。

 なればこそ、この歪みを“調律”しなければならない。


 エクスは、再度考え直すように、腕を組んだ。


「でも、それならカオステラーは、いったいどこにいるんだろう」

「確かに、気配はあるのに……」


 レイナは悔しそうに唇を噛んでいた。

 あてが外れることは多くあるが、ここまでのことは、ついぞないと言ってよかった。

 タオは頭をぽりぽりとかく。


「シェイン、どう思う?」

「そうですね。こうなると、結婚云々は関係無いと見るべきでしょう。シェインの考えが間違っていましたね」

「じゃあ、他に運命を歪ませる理由があるってことになるよな」

「ええ。そうなると……かぐやさんが月に行くという運命、それ自体について考えるべきかも知れません。つまり……かぐやさんが月に行くことで、困る人、という考え方ですが」


 すると、皆の視線はかぐや本人にむいた。


「……え? 私、ですか……?」

「かぐやさんは、自分で、月に行くことが悲しい、と言っていましたよね」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 と、そこで止めに入るのはエクスだ。


「かぐやさんがカオステラーだって言ってるの? かぐやさんは、月に行くことは納得しているって言ってたじゃないか」

「あ、あの。私じゃありません……」


 かぐやも困った様な表情だ。

 ただ、これに関してはシェインも、知っている、というように頷く。


「そうですね。嘘でもないようですし、かぐやさんは違うでしょう。一応、可能性を潰したまでです」

「なんだ、紛らわしいな。じゃあ、他に誰が――」


 タオが面倒くさそうに、視線を空に仰ぎ……。

 そこで、固まったように止まる。


 それは、気付いたからだ、あることに。

 エクスも、レイナも、そして、かぐやも。

 どこにも見つからないカオステラー、だがどこかには必ずいる、という事実。

 それらが示す答えに。


「……そんな、まさか」


 エクスは疑うような声を出すが、シェインは既に確信しているようだった。


「シェイン達、重要なことを忘れていたようですね。――一番、かぐやさんに月に行って欲しくない人が、いたことを」

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