第3話

 第7話・間話


『来て、見て、勝った。』

    ―――奴隷商人にして魔導伯爵ディルゲスが、

 影海・沿岸の覇者ネヴァルジャ7世と諸部族連合を

 瞬く間に打ち破った後、故事にちなんで、友人へと

 遠距離念話で送った短い全文。


『友よ。征服する事は易(やす)いかも知れない。

だが、征服したモノを維持するのは難儀

な事なのだよ』

   ――――レギンヘイブの元老院議員ガイナスが、

 友人である魔導伯爵ディルゲスへと返答した書簡の

 一節。

  この言葉も古事にちなんでおり、魔導伯爵ディル

 ゲスは、友よりの諫言(かんげん)を深く受け止め、悪夢のよう

 に勤勉に、奴隷制度を新たに再構築した。


 ・・・・・・・・・・


 物語と現実の区別が付かない人間というのは馬鹿にされるものではあるが、物語が現実に与える影響というのは無視できないものである。

 特に、奴隷に関しては、それを否定できる者は居ないだろう。

 一冊の本により奴隷解放運動が起き、それは成功した。

 ならば、逆もまた起きうるのではないか?

 惑星レーベルテにおいては、それが実現してしまったのである。

 長い間、閉鎖大陸では奴隷が禁止されていたが、一冊の本『奴隷の飼い方』という本が出され、それはレギンヘイブの金持ち達の間で回し読みされ、写本に次ぐ写本がなされ、さらには劇場で公開されるやレギンヘイブの市民達すら絶賛した。

 劣等民族を優等民族が奴隷として飼い慣らすのを、その本は肯定してあり、さらに虐待せずに大切に飼ってあげる事は奴隷にとっても良い事だと説(と)いていた。

 さらに、奴隷の女を妾(めかけ)にしてハーレムを作る楽しさを、その本は語っており、これを愚かな男達は夢見だした。

 そして、奴隷復権運動(個人が生まれながらに持つ基本的人権として、奴隷を復活させる権利を正統に声高に要求する運動)が開始され、レギンヘイブ国の元老院は南部限定でこれを承認した。

 こうして、南部において、奴隷は公認となり、南部において、奴隷商人が生まれた。

(もちろん、世界連盟は激しい懸念を示したが、レギンヘイブは五大国であり、さらにはレギンヘイブと犬猿の仲のはずのスタルフォン共和国も、これに関しては不当な内政干渉は良くないと擁護(ようご)し、五大国の内の二国も賛同してしまった政策を罰する事は世界連盟には出来なかった。ちなみに、この件に関してはレギンヘイブ本国も二分しており、北部は奴隷制復活に反対が主流であったが、元老院は国が南部と北部に完全に二分して内乱になる事を恐れ、南部限定で承認した次第であった。また、スタルフォン共和国側としては、宿敵が愚かな政策をして世界から孤立するのを、あえて促進(そくしん)させたのである。いずれにせよ、この件を阻止できなかった世界連盟の名ばかりの盟主シェハネアは怒りを抑えきれず、数週間、地下にこもって出てこなかったという。)


 一つのビジネス・モデルが生まれ、南部奴隷会社が設立された。

 となると、商品である奴隷を供給せねばならないワケで、奴隷商人や奴隷販売会社が目を付けたのは、レギンヘイブのさらに南の影海周域である。

 ここには大小多数の島々が存在しており、文明の技術レベルはレギンヘイブに比べて低く、その人民を攻めて奴隷として奪ってくるのに適していた。

 久々の戦(いくさ)に、南部に限定的に残されていた貴族達は奮い立った。

 レギンヘイブでは貴族の地位は低く、伯爵が最高位であり、その権力も乏しかったが、それでも領内で騎士や魔導士を育成しており、来(きた)るべき日に備(そな)えていたのだ。


 こうして奴隷獲得戦争が起きた。

 その総大将は四大伯爵の一人、魔導伯爵ディルゲス・ゴメリー(ロズベリー伯爵(はくしゃく))であった。

 彼は幼い頃から甘やかされて育ち、しかし、自分以上に優秀で美しい兄や姉をいたく憎んでいた。ディルゲスは異常な性癖を幼い頃から有しており、彼の愛読書は『魔王列伝』や『アルカナン悪逆皇帝伝』などであり、魔王や悪逆皇帝のおぞましい性的行動が描かれたシーンを繰り返し読みこんだ。(たとえば、とある皇帝は美少年の歯を全て抜かせた上でプールに並ばせ、そこを皇帝が裸で泳ぎ、ゆっくりと通り過ぎる自らの一物を舌や口で触れて戯れるように教え込んだ。ある皇帝は妹全員と寝たり、罪人を野獣に食わせたり、夫の居る女を夫の前で嬲(なぶ)ったりした。ある皇帝は気に入った少年を強制的に肉体改造して女にし、無理矢理に結婚したという。この際に人々は『皇帝の父がこのような妻を持っていたら人類も幸せだったろうに』と嘆いたという。同皇帝はSでありMであり、受けであり攻めであり、女も男もいけ、ある遊戯を考案した。そこで皇帝は獣の如(ごと)くに野獣の毛皮をまとい、あえて檻(おり)に入って野獣そのものと化した。そして、檻が開け放たれるや、杭に縛り付けていた男達や女達めがけて唸(うな)りながら突進し、全身の器官を用いて、その獣欲を堪能(たんのう)した。さらに仕上げとして、解放奴隷にして処刑人なる腹心の部下に自らの肉体を嫁(とつ)がせ、悲鳴や絶叫を暴行された処女のようにあげたと言う。)

 熱心に古(いにしえ)の本を読みふけるディルゲスを見て、無教養な祖父はその中身も知らずに、『なんと賢く勉強熱心な孫なのだろう、彼は!』と、ひどく感激したそうである。

 この魔王や悪逆皇帝の残虐さがディルゲスの幼い心に歪(ゆが)んだ影を植え付けた事は想像だに難(かた)くない。

 さらに、彼は幼い頃から遠視をする事ができ、両親の夜の営みや一族の不義密通などをジッとこっそり眺めていた。

 

 そして、色々とあり、ディルゲスは兄を暗殺し、憧れの兄の嫁を第2婦人(法的には妾(めかけ)となる)に無理矢理した。恐れを抱いた姉は聖職者になろうとしたが、聖堂に駆け込む直前に、暴漢に襲われて酷(むご)たらしく殺された。

 この頃にはディルゲスは魔導の術をそれなりに極めており、彼に逆らえる者は周囲に居なくなっていた。特に彼の部下も優秀であり、彼の第一夫人は世界連盟の盟主シェハネアに仕(つか)えた事もある魔導騎士で、異様な力を有していた。

 

 そんなディルゲスは腹心の部下達や、同じ貴族仲間達と、奴隷を獲得する為に侵略していったのである。これでディルゲスが愚かでまぬけなら良かったのだが、彼はズル賢く、抜け目が無く、準備を万全にして挑んだ。

 彼は影海周域において最大の島であるアジニス島の攻略を目論(もくろ)み、その一帯の覇者であるネヴァルジャ7世に、上陸してから宣戦布告した。表向きはネヴァルジャ7世の圧政から解放する為に来たと周辺部族に言い、部族間の連合を弱めた。

 ディルゲスの軍は総勢7000名、対してネヴァルジャ7世の軍は直属は3万に、諸部族の連合軍が12万も居た。だが、ディルゲスの軍は一人の戦士に対して一人の従者しか居なかったのに対して、ネヴァルジャ7世の軍は戦士一人に対して10人の従者が付いていた。故に戦闘員の数という意味においては、見かけほどは差が無かったが、それでも数の上ではディルゲスは劣っていた。

 しかし、ディルゲスは魔導砲(火砲の一種。一般的に銃が運用されていないような中世レベルの世界でも、惑星アースにおける15世紀初頭・百年戦争で聖女が活躍した頃には、大砲は攻城戦などに運用されていた)を揃(そろ)え、決戦に備(そな)えた。

 そして、決戦の火ぶたは落とされ、数刻も経(た)たずしてネヴァルジャ7世の首は討ち取られ、諸部族連合は離散していった。ネヴァルジャ7世が用意した戦象も、大砲の音に怯(おび)えて逃げ出し、その多くがディルゲスの部下に捕まり、喰(く)われてしまったと言う。

 

 その後、ディルゲスは本性を見せ、次々と部族を一つ一つ制圧していった。

 各地でゲリラ的な反攻は起きたが、ディルゲスを止める事は出来なかった。

 さらに、ディルゲスは早めに降伏した部族には比較的に優しくし、反抗的な部族は凄惨(せいさん)に痛めつけた。

そして、残された部族も無条件に降伏していき、アジニス諸島はディルゲス達レギンヘイブ南部の手に落ちた。

盟主シェハネアは陰で諸部族に武器を提供したりしていたが、それも無駄に終わってしまった。

 この時、シェハネアは「これ程までに一つの人間達を憎んだ事も無い」とまで言ったという。

 

 ティウィニ島が制圧されたのは12年前、トールズが5歳の時である。

 以降、現在に至るまでティウィニ島を含むアジニス諸島は、南部の奴隷商人達の手に落ちたままである。ディルゲスは法治国家を築き、言語や単位などを強制的に統一し、個々の先住民の文化を劣るものとして徹底的に破壊していった。

 その現状を、何も出来ぬ自分を、トールズは忸怩(じくじ)たる想いで耐えていた。

 考え無いようにしても夢に出て来るのだ。

 魂達の声が聞こえるのだ。

 しかし、トールズには何も力が無かった。


 弱き者は強き者の圧政に耐えねばならないのか?

 否、武力の強弱など愚かな側面でしか無い。

 必ずや徳低き者は自滅し、徳高き者は栄(さか)える。

 だが、それにも契機、時代の流れがある。

 運命にも転換点が存在する。

 それは何か、それはイシュアだ。

 

 一つの未来が存在する。

 不確定性の原理が支配する世において、未来を語る事など本来は無意味かも知れないが、一つの道として、その未来がある。

 イシュア・ハリスティル、彼がアレルカンの国王となる未来。

 そして、彼を補佐する六大将軍の一人にトールズは就(つ)くという未来。

 その未来において、トールズは悩んでいた。

 友人でもあるイシュアに対し、アジニス諸島、そしてティウィニ島を含めた諸部族を、そして最愛の女(ひと)を解放する為に、力を貸してもらうように頼むべきか否かを。

 その未来において、新生アレルカンの政情は不安定であり、他国を解放する為に軍を派遣(はけん)する余裕など本来はなかった。

 もし、軍を派遣するにせよ、一万が限界と言えた。

 そんな数の軍隊で、増強されたレギンヘイブのアジニス駐在軍6万に勝てるのかどうか。

 

 それは賭(かけ)だった。

 トールズ自身だけで無く、アレルカンの国防も左右するような。

 そもそもアレルカンにとり、アジニス諸島を開放するメリットがほとんど無い。

 それでもイシュアに頼みこんで良いものかどうか、トールズは悩み苦しんでいた。

 だが、心が告げるのだ。

 今だ、今がその時なのだ。今しかないのだ、と。

 

 しかし、トールズは決めかねていた。

 賭けてしまってよいものか、と。

 そんなトールズから相談を受け、一人の数物理学者にして哲学者は静かに告げた。

「なる程。しかし、賭(か)けねばならないでしょう。

私達の魂というのは、空間・時間的な広がりの中、

それに基(もと)づき推論し、自然・必然を無意識の内に

見出(みいだ)すのです。

 それはもう、意のままになるようなモノでも無い

のです。

あなたは既に乗船しています。

もはや、途中下車は許されないのです。

 さすれば、どちらを取るか。

 さぁ、見てみましょう。

 私達はどちらかを選ばねばならないのですから。

 どちらが、あなたの利益を損(そこ)なわずに済むのかを

考えてみましょう。

 あなたには失う恐れがあるモノが二つあります。

 それは真と善です。

 あなたは賭けるモノを二つ持っている。

 一つはあなたの理性であり、あなたの意志。

 もう一つはあなたの認識であり、あなたの幸福です。

 しかし、生まれつき人は過(あやま)ちを避けるように出来て

おり、どのみち選ばねばならない条件下においては、

一方より他方を選んだとて、あなたの理性が激しく傷

つく事も無いでしょう。

 では、あなたの幸福はどうか。

 《神》が存在する方を選んだとして、損得を考えて

見なさい。

 もし勝てば、あなたは全てを獲得する。

 負けても、あなたは何も失う事は無い。

 だから、迷う事なく、あなたは《神》の居る方を

選ぶべきでは無いですか?」

 この言葉にトールズは胸を打たれた。

 そんなトールズに哲学者はさらに続けた。

「思考(パンセ)こそが、人間を偉大たらしめています。

 ですが、その思考(パンセ)こそが、あなたを苦しめ、

あなたを《神》のおはします道から外れさせ

ようとするのなら、その思考(パンセ)を捨ててしまい

なさい。

 愚かな人間は、時として、目の前の何かで

目隠しをして、断崖(だんがい)を見えないようにして、

断崖へと駆け込んでいくものです。

 ですが、時として、その愚かしさも必要で

は無いのですか?」

 ここの至り、トールズの心は定まった。

 トールズはイシュアに全てを打ち明け、助力を乞(こ)うた。

 対し、イシュアはトールズの両手を取り、こう告げるだろう。

「喜んで」と。

 

 トールズ、彼は親友であるジェイドと共に出撃するだろう。

 一万の兵を率いて。

 今、奴隷解放戦争が始まる。

 そして、大河を挟んで、レギンヘイブ南部軍の駐在軍と相対する事となるだろう。

 敵戦力は4万。そこにはディルゲスこそ居ないが、相当の戦力差となるだろう。

 世界最強とも謳われるレギンヘイブの軍隊を前に、トールズの軍は戦う前にして恐れを見せる。

 そんな彼らに解放者トールズは告げるだろう。

『Iacta(ヤクタ) alea(アーレア) esto(エストー) (死の賽(さい)を投げろ! Do the die to be cast !)』と。

 

 これを聞き、トールズの全軍はその怯(おび)えを武者震いへと変えて、死を恐れる事も無く、突撃していくだろう。

 今度は影海・沿岸(河口)での戦いは真逆の形で瞬く間に終りを告げるだろう。

 レギンヘイブ南部軍の敗北という形で。

 そして、トールズはイシュア達に、友人の哲学者に遠距離念話で短く報告するだろう。

『Veni(ウェニー), vidi(ウィディー), vici(ウィキー) (来た、見た、勝った。 I came . I saw. I overcame.)』

 と。

 対して、友人の哲学者は書簡で答えるだろう。

『平定を維持する事こそ困難でしょう。

 理性の最後の歩みが最も困難なように。

 その歩みとは自らを越えるモノがある事を

無限に認める事なのです。

 彼我(ひが)において、互いに自らを越えるモノが

ある事を認め合う事なのです。

 そこに至り、ようやく理性は弱きから強きに

なりて解放されると言えるでしょう』

 と。

 

 いや、だが確かに平定は苦難でもある。

 残された2万の兵力でディルゲスは猛然と反撃を開始する。

 そして、その悪意に満ちた戦術・謀略により、トールズやジェイドは窮地(きゅうち)に立たされる事となるだろう。

 そこに駆けつけるのが、アレルカンの金猿(ゴールデン・モンキー)軍のゴリラさんことワルシ・アゼと彼の腹心の部下であるヒデュであり、その配下の農民出身兵と、猿たちである。

 アレルカンの宰相となった大魔導士アルグリッドは、奴隷とは人間が獣のように扱われる事であり、ゴリラでありながら人間であるゴリラさんは奴隷解放戦争には行かない方が良いと進言し、ゴリラさんは泣く泣くアレルカン国内に留(とど)まっていた。だが、トールズ達が心配になったゴリラさんは背嚢(はいのう)ちゃんや部下達と一緒に、イシュアには内緒で進軍してしまったのである。もちろん、メリル・ママには内緒で報告しており、メリル・ママは餞別(せんべつ)にバナナをくれ、ゴリラさんは勇気百倍となるのだ。

 窮地(きゅうち)に陥るトールズ達。一方、勝利を確信したディルゲス。

 怒り狂うゴリラさんは悪しきディルゲスに対し、ゴリラ・パンチをお見舞いする。

 吹っ飛び、ゴリラ化しかけるディルゲスだが、そのアバター能力は一人の部下が身代わりに引き受け、その部下がゴリラ化する。

「無駄だぞ!」

 と、高笑うディルゲスに対し、再びゴリラさんは一瞬にして拳を叩き込んでいくのだ。

 

そんな未来。

そんな未来が確かに待ち受ける。

だが、その未来は分岐点の先の一つ。

そして、その分岐路へと進むには、イシュアの力が必要であった。

勇者が姫を助けるように、イシュアを助けねば、その未来は築かれない。

今まさに、運命の時。

しかし、トールズの心は仮面の女の力により、未(いま)だ暗黒の中にあり、その心は走(そう)馬(ま)燈(とう)のように過去を巡っていた。


 ・・・・・・・・・・




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イシュア・サーガⅡ キール・アーカーシャ @keel-a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る