第2話

 第6話


『エネ・ア=レカ・イカ・イサム=イ』 (Ene(エネ) a=reka(アレカ)-ika(イカ) isam-i(イサミ))

[この・我ら(お前も)・褒(ほ)め・過ぎ・無い・事]

        《これ以上、褒めようも無い事》

惑星レーベルテにおけるアヌイ語において、

転じて『完全無欠』の意。



・・・・・・・・・・

 ゴリラさんは困っていた。

 隠れ飲み会の件で困惑していたのもあるが、メリル・ママが突然、居なくなってしまったのである。しかも、憎きイシュアと一緒に。

 必死にメリル・ママの匂いを辿ろうとするゴリラさんだったが、追跡は不可能だった。

 それもその筈(はず)、メリルとイシュアは時空演算器による空間転移により移動してしまったからである。

 同じく困っていたのは背嚢ちゃんもである。

 彼女もメリル・ママを必死に探していたが、どうにも近くには居ない事を感じ取っていた。背嚢ちゃんは召喚者であるメリルの位置が大まかには分かるのだが、今回ばかりは距離が遠すぎて探知不能だった。

 ゴリラさんと背嚢ちゃんはどうしてよいか分からず、学院の隅でシクシクと泣いていた。

 その間に女悪魔イラナが戻って来て、レオネスやサイオン達と旅だったのだが、ゴリラさん達は気付いて居なかった。

 しかし、ゴリラさんは運命に見捨てられていなかった。

 あまりにも憔悴しきったゴリラさんを心配した学院長ウェイスが医務室に行くように勧めたのだ。(ちなみに、学院長もメリル達二人の事を心配してはいたが、二人で新婚旅行にでも行ってしまったのだと解釈していた)

 そして、医務室の前まで来たゴリラさんは、中でホリー先生と誰かが話しているのを感じた。どうにも、それはもう一人の用務員リーフであった。

 リーフは深刻そうな声でホリーに告げた。

「どうか、何か知っておられるなら、彼らの事情を教えて欲しいのです。私は暦博士ルネ・ハリスティル様より秘密裏に遣わされた者なのです。陰ながら、お孫さんであられるイシュア・ハリスティル君を見守っていたのですが、ご存じの通り、突如として彼はメリル寮長と共に消えてしまった。恐らくは転移魔法を使ったのでしょうが。このままでは私はルネ様に顔向けが出来ません。これがルネ・ハリスティル様よりの書簡です。万一の時に、身分の証明になるように、と」

 この事実にゴリラさんは首を傾げた。どうやら、用務員リーフは学院に潜入して来た奴らしい。何て奴だと、ゴリラさんは自分の過去を棚にあげてプンプン怒った。

 しかし、とりあえず敵では無さそうなので、ゴリラさんは扉越しに話を聞くことにした。

 すると、ホリーが口を開いた。

「なる程。確かに暦博士の印が押されていますね。なら、お話しますが、イシュアとメリルは精霊の国エレ・シアに転移してしまったようです。そして今、どうにも危機的な状況にあるようでもあります」

 これを聞き、ゴリラさんは跳び上がった。本来ならば詳しく話を聞くべきだったのだろうが、ゴリラさんの頭にはエレ・シアでメリル・ママが自分の助けを求めている光景しか映らなかった。

 そして、ゴリラさんは急いで駆けて行った。

 さらに、事情を地面に突っ伏している背嚢ちゃんに話すと、背嚢ちゃんも飛び上がり、すぐにエレ・シアに行こうとジェスチャーした。

 これに頷いたゴリラさんは校門に向かおうとした。

 その時だった。

 ゴリラさんは一人の少年がいじめられているのを見かけた。

 その少年をゴリラさんは良く知っていた。少年は剣の院の初等部に属しており、そこで勇者を目指していた。しかし、少年は15になるのに小柄で、しかも、あまり剣術が得意ではなかった。さらに、少年はあまり整った顔をしておらず、むしろ偏見的な言い方をすれば猿顔と言えた。

「やーい、小猿、小猿!」

 と、いじめっ子達は少年を馬鹿にしていた。さらに、少年を小突いたりしていた。

 これに少年、彼の名はヒデュだとゴリラさんは思い出したのであるが、少年ヒデュは目に涙を浮かべて耐えていた。何かを言い返せば余計に悪口を言われるし、怒って殴りかかっても多勢に無勢であるし、一対一ですら敵わないからである。先生に言おうにも、学年主任は例のメガネの教師であり、全くイジメの件を取り合ってくれなかった。

 その時、ゴリラさんは独りでに体が動いていた。

 本来ならば一刻も早くメリル・ママのもとに向かいたかったのだが、それよりも目の前のイジメへの怒りが先に立った。

「ウホッウホッッ!」

 怒れるゴリラさんがやって来て、いじめっ子達は恐れおののき逃げ出した。

「わー、逃げろ!親猿が来たぞッッッ!」

 逃げていくいじめっ子達の背をゴリラさんは怒りの眼で見ていたが、少年ヒデュの方へ向き直った。ちなみに、この時に背嚢ちゃんは、いじめっ子達に追いつき、彼らをキックして震え上がらせていた。

「ウホッウホッホ?」

 と、優しくゴリラさんは少年ヒデュに声を掛けた。

 しかし、ヒデュは怒りの声をゴリラさんに浴びせた。

「お前のせいで、昔以上に馬鹿にされるようになったんだ。どうせ、僕は猿顔だ。ワーンッッッ!」

 そして、少年ヒデュは泣き出した。

 これを必死にゴリラさんは否定した。

 ゴリラさんは木に掴まっている本物の猿を指さした。(ワルシ・アゼがゴリラさん化してから、学院の森に何処からともなく猿が出没するようになっていた)

 さらに、自分を指差し、ゴリラさんは必死に説明した。

「ウホッ、ウホッホ、ウホウホウホッッッ!・・・・・・」

 だが、悲しむべき事に、少年ヒデュには全く伝わって無かった。

 しかし、少年ヒデュはゴリラさんの身振り手振りで彼の言わんとしている事を必死に推測した。そして、次のような事を言ってると思った。

『本物の猿とは、あの木に掴まっている猿の事を言うのだよ、少年よ。君はどう見ても、人間だし、人間の心を有している。対して、私は魂がゴリラと化したので、ゴリラと言えるかもしれない。だが、少年よ、君は君であり、人間なのだ。もう一度言うが、どう見ても、君は人間にしか見えない。さらに言えばだ。彼らは、悪口として猿を用いているが、それは猿に対しても失礼にあたる。人間は尺度を人間に置きがちであり、自分達が美しく猿が醜いとしているが、猿からしてみれば、そのような凝り固まった観念は愚かに映るだろう。だから、私を嫌いになっても構わないが、どうか猿全体を嫌いにならないでおくれ。少年よ』

 まぁ、実際の所、ゴリラさんはパニクっており、自分でも何を言ってるか良く分からない感じで少年ヒデュを慰めていたのだが、まぁ、言わんとする事は同じだったかも知れない。

 ともあれ、少年ヒデュはゴリラさんの言葉(推測)にいたく感激した。

 その両目からはポロポロと涙が零れていた。

 それを見て、ゴリラさんはオロオロしてしまった。

 すると、いじめっ子達をやっつけた背嚢ちゃんがキリッとして帰ってきた。

 背嚢ちゃんは『そろそろ行かねば』と足ぶりで示した。

 対して、ゴリラさんは頷き、少年ヒデュに綺麗なハンカチ(メリル・ママから貰った大切なハンカチ)を渡し、別れを告げた。

 そして、校門を通り過ぎようとするゴリラさんの背に、少年ヒデュは大声を掛けた。

「ありがとう、用務員さん。ありがとう、ゴリラさん!」

 手を大きく振る少年ヒデュに対して、ゴリラさんは振り返って親指をグッとして元気づけるのだった。

 こうして、ゴリラさんは校門を出るや背嚢ちゃんと共に全力疾走を開始居た。

 それを少年ヒデュは誇らしげに見ていた。

 もはや、少年にとって、悪口は怖くなかった。いや、悪口は褒め言葉に転じたとさえ言えただろう。

 後に、孤児の少年ヒデュは成長し、有能な智将(ちしょう)となる。

 彼は小猿将軍ヒデュと民衆から敬愛を持って呼ばれる事となる。

 そして、小猿将軍ヒデュは、アレルカンのゴリラ王ワルシ・アゼにより最も信頼された将軍となり、同時に義理の息子ヒデュ・アゼとなるのだった。

 だが、それは遠い未来の話。

 ゴリラさんは駈ける。背嚢ちゃんと共に駆けて行く。

 その後を、学院に来ていた猿達が必死に追っていく。

 さらに、野山の動物たちも、ゴリラさんを感じとり、その後を追っていった。

 ゴリラさん達は荷馬車や駅馬車を追い越して行くも、未だエレ・シアは先である。

 イモ虫列車すら、ゴリラさんは追い越していく。

 壮大な自然の風景は凄まじい勢いで流れていく。

すると、爆発音が響いた。

 前方で橋が落ち、列車が停止しているのが見えた。

 さらに、ゴリラさんは嗅(か)ぎ覚(おぼ)えのある匂いを感じた。

 そして、レオネス達が苦戦しているのが見えた。

 

 一方、仮面の道化師は妙な男が近づいて来るのが見えた。

 だが、今まさに相対する青年(サイオン)に深い一撃を与えんとする所であり、遠くに居る男から視線を外した。男の相手は後ですればよいと、仮面の道化師は考えた。

 しかし、それが間違いだった。

 ゴリラさんは加速した。加速度が加速し、さらにそれが加速した。

 気づけば、目の前にゴリラさんが迫っており、その猛々(たけだけ)しい拳が仮面にめりこみ、そのまま結界に叩き付けていった。

 仮面の道化師は結界の中に吹っ飛び、地面を転がった。

 その後をゴリラさんが追い、時間軸はようやく戻るのである。


 ゴリラさんは怒りで全身を震わせた。

 だが、仮面の道化師・・・・・・いや、今や仮面は砕け散っており、ただの道化師と言えただろう、その道化師は何のダメージも受けてないかのように体を起き上がらせた。

 その顔は少し腫れていたが、ニヤリと笑顔を見せた。

「やれやれ、思ったより素早いね。だけど、僕は攻撃を喰らえば喰らう程、触手が増えていく能力を持つのさ。つまり、君が僕にダメージを与える度に、僕は強くなっていくゥ!」

 そして、確かに道化師の背には新たな触手がガチッと生えてきた。

 対して、ゴリラさんは静かな闘気をみなぎらせていた。

 特にアデミナを捕まえていじめている事は、ゴリラさんには許しがたかった。

 他の女子生徒がゴリラさんを無視する中、アデミナはゴリラサンに挨拶してくれる唯一の女子生徒だからである。しかも、アデミナはニッコリと微笑み挨拶してくれるのだ。それはゴリラさんにとり、一つの大きな癒やしとも言えた。

「ウホッウホッホ!(アデミナさんを放しなさい)」

 と、ゴリラさんは告げるも、仮面の女は首を傾げた。

「何を言ってるか分からないけど、この方は魔女だと知っていて、助けるのですか?」

 その言葉に、意識が朦朧(もうろう)となりながらも戻りつつあったアデミナは反応した。

「魔女・・・・・・私は、魔女・・・・・・」

 アデミナは虚ろな目のまま呟いた。

 すると、アデミナの周囲に精霊コロポックル達が現れ、首を横に振った。

『違うよ、ミナは魔女じゃ無いよ。僕たち仲間だよ』

 と、必死にコロポックル達は慰めるも、その声はアデミナに届いていなかった。

 そんな中、一体のコロポックルは、現れたゴリラさんが何者か、仲間に尋ねた。

『あれは何なんだろう』

『分からない。人間(アヌイ)や外の人間(シサム)じゃなさそうだよ』

『じゃあ、神様(カムイ)?』

『うーん、少し違う気がする』

『分かった。あれは熊さんだ。山の翁(キム=ウン=エカシ)(kim=un=ekashi(キムネカシ))の熊さんだ!』

コロポックルはゴリラを見た事が無いので、熊さんに勘違いしてしまったのである。

『そっかぁ!完全無欠の熊さんだ!(エネ・ア=レカ・イカ・イサム=ペ、キムネカシ!)』

『よーし、みんな。神様(カムイ)が助けに遣(つか)わして下さった熊さん(キムネカシ)をお手伝いするんだ!』

 そして、アデミナを守護するコロポックル達は数体を除いて、ゴリラさんの周囲に移った。彼らはゴリラさんの周りに手を繋いで円の陣を敷いた。

 すると霊なる術式が発生し、ゴリラさんは謎の力がみなぎるのを感じた。

 それを知らぬ道化師は手をクイクイッとして挑発した。

「来なよ。もう、さっきのようにはッ!?」

 刹那、神速でゴリラさんは道化師に迫り、次の瞬間、無数のゴリラ拳が道化師を乱打した。ボコボコにされた道化師は弧を描いて飛んでいき、地面に激突した。

「だが、僕はダメージを受ければ受けウホウホ・・・・・・・」

 次の瞬間、再びゴリラさんは迫り、拳を打ち付けた。

「ウボーーーーーーッッッ!」

 再び空中に吹き飛ばされた道化師の全身から、その果てしないダメージ分の触手が生えだし、それは触手の毛玉のようになって、地面にぶつかりコロコロと転がっていった。

「ウホッ。(邪魔だ)」

 と、ゴリラさんは触手毛玉と化した道化師に渋く告げた。

 もっとも、その声が届いていなかったかも知れないが。

 これを見て、コロポックル達は『やったー!』と喜びあった。

 そして、ゴリラさんはビシッと空中の仮面の女を指さすのだった。

 すなわち、次はお前だと。

 この頃には、背嚢ちゃんやレオネスやサイオンも、ゴリラさんが作った裂け目から結界の中に入ってきていた。

 形勢は明らかに逆転していた。

 だが、仮面の女は余裕を見せており、禍々しい魔力を発した。

「追い詰められたのは、どっちですかね・・・・・・?」

 さらに、仮面の女は親指に付けていた指輪を外し、それを握り潰して天に放った。

『Iacta(ヤクタ) alea(アーレア) est(エスト)(死の賽(さい)は投げられた、The die has been cast.)』

 次の瞬間、結界内の天が渦巻き、そこから何かが現れ、赤い無数の眼が覗いた。

 そして、暗黒の波動がそこから発され、周囲は深き闇へと呑(の)み込(こ)まれていった。

 そんな中、従者トールズの意識は薄れていった。

 彼の記憶は走馬燈のように巡る。

 幼い頃に育ったティウィニ諸島(Tiwi-ni islands)のングジュニ島(nguiu-ni island)での記憶。

 父の死。長い雨季。クラム祭(Kurlama ceremony)Ngirawiyakaの煙・・・・・・。

 外来者による侵略・・・・・・無条件降伏。そして、母と妹と共に奴隷として買われた事。

 奴隷商人から、奴隷を肯定する理論を延々と聞かされた事。それは家畜への愛。

 母の死。反抗心と死の恐怖。

 奴隷商人の所から妹と共に命懸けで逃げ出し、物乞いのように食べ物を探した時の事。


『Ngiya nguwur(i)=timarti yinkiti. 』

I sorry want food

(申し訳ありませんが、食べ物を下さい)


 サイオンの父に拾われ、逃亡奴隷から解放された時の事。

 職業として、サイオンの従者となる事を、自由意志で志願した時の事。

 

 同じ奴隷として育った、愛しき少女。

 一緒に連れて行けず、彼女は未だに残ったまま。

 無理にでも連れて行けばよかったと、幾度となく後悔した事か・・・・・・。

 彼女が家族を見捨てられなかったとしても、何か方法があったのでは、と果てなく自問し続ける。

 

 幼い頃に聞いたティウィ-ニ語の曲。もはや、途切れ途切れにしか思い出せず、その語句が正しいかどうかすら確証が無い。

『Wakayi ! muwa , mwarra ngiya nginja puranji ngiri(mi)-miringarra.』

(Oh dear ! you and I , pale I you love I do - exist )

愛しき貴方、あなたと私、青ざめた私は貴方を愛する、永遠に。


ただ、確証を持って言える。

『Ngiya nginja puranji ngirimiringama.』

私はあなたを愛する、永遠に



 ・・・・・・・・・・



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