イシュア・サーガⅡ

キール・アーカーシャ

第1話

 イシュア・サーガ Ⅱ


《Nil(ニル) desperandum(デスペランダム)》    (Nothing to be despaired .)

 絶望されるべきもの無し


『諦(あきら)むるなかれ。失望するなかれ。

絶望の縁(ふち)にこそ希望は潜(ひそ)むのだから』

――――剣の院、第七代学長ウェイス・A・ドーロン

    「回想録・第二章、死霊の谷」にて


 プロローグ


 やれやれ、俺の名はイシュア。

最強魔導士イシュアと呼んでくれて構わない。

 ・・・・・・のはずだったんだが、どうも今の俺は最弱な気もする。

 色々とあって俺は魔力のほとんどを失ってしまっている。

 あの戦争もどきが終わってから、俺は数週間ほど努力を続けて来たが、全く魔力は戻る気配が無い。酷い話だ。

 正直、絶望的な気分だ。

 しかも、肉体がゾンビ化したせいか、体がダルイ。

健康の大切さを失ってから知る今日この頃だ。

 さて、そんな俺の最近の楽しみは風呂だ。

 風呂に入ると体が温まって心地良い。決して爺臭いなどと言うなよ。

 ともかく、風呂、風呂だ。まぁ、風呂というか温泉だが。

 男女の交代時間に気を付けて入らねばならない。以前、それを怠り、ミスったからな。

 だが、魂は最強である俺に抜かりは無い。

 部屋に魔導水時計を設置して時間のチェックも完璧だ。

 まぁ、温泉の前には男子と女子のどちらが入ってるか分かるような表示があるから問題は無いのだが、もしかしたら係が間違えるかも知れないからな。

 念には念をだ。ここら辺も常人とは違い、慎重深いと言えるだろう。

 戦場ではいい加減な奴ほど死んでくからな。

もっとも、俺は二度と戦場には行かないがな。

 あんな事が再び起きたら、死んでしまう。いや、既にゾンビだから半分死んでるようなものかも知れないが・・・・・・。

 おっと、時間だ。さぁ、レッツ風呂タイム。


 そして、俺は着替えやタオルを持って温泉へと向かった。

 どうも、この体は弱いらしく清潔にしてないと体がむずかゆくなる。

 だからこそ毎日、風呂に入らないといけないのだ。

 最近では一日二度、入浴しようか悩んでいる程だ。

 また、それとは別の話だが、最近、寝付きが悪くて仕方ない。

「はぁ、そう言えばレオネスが武器として眠り薬を持ってたなぁ。少し分けて貰おうかなぁ?いや、やめとくか?」

 などと歩きながら考える。少したりとも時間を無駄にしない俺は流石だ。

 まぁ、そんなこんなで風呂に辿り着いた。

 扉には《男子》の表示。よし、問題ないようだ。それから脱衣所に入るも中には誰も居なかった。そして、裸になり奥へ進むも、入浴所にも誰も見当たらない。

 貸し切り風呂か・・・・・・。自然と顔がほころんでしまう。

 この広い浴槽を俺一人で独占してるかと思うと、王侯貴族にでも成った気分だ。素晴らしい。

 そして、体を丹念に洗って、いよいよ温泉に浸かる。

「ふぅぅぅ」

 思わず吐息が漏れる。

「いやぁ、今日もいい湯だ」

 と呟くと、思わぬ返答が来た。

「そうなのじゃ。いい湯なのじゃ」

 その聞き慣れた声に、俺は戦慄した。恐る恐る声のした右方へと首を向けると、そこには湯煙に隠れたメリルの姿があった。丁度、岩の陰に隠れていて、気づかなかった。しかし、これはどういう事だ?

 少女寮長と呼ばれる彼女が何故か、ここに居る。

 冷や汗が俺の全身から噴き出す。ともかく言っておかねば。

「待て、今は男湯の時間のはずだ」

「へ?」

 と、メリルは首をキョトンと傾けながら答えるのだった。

「だから、なんでお前が居る?」

「・・・・・・もしかして、間違えちゃった?」

「俺に聞くな、俺にッ!」

 だんだんと頭が痛くなってきた。

 すると、メリルが目をパチクリさせながら口を開いた。

「え、えぇと。イシュア。どうしたらいいのじゃ?ワチシ、凄く眠くて、でもお風呂に入らないといけないと思って・・・・・・」

「事情は分かった。だが、今は男湯だ。女人は禁制だ。分かるな」

「わ、分かるのじゃ。あの時とは逆じゃな」

 とのメリルの言葉に、過去のトラウマが蘇る。

「あ、ああ。その通りだ。お前にはあの時の恩もあるしな、助けてやる」

「おお、ありがとうなのじゃ。流石はワチシの彼氏なのじゃ。頼りになるのじゃ」

「だーかーら・・・・・・」

 しかし、こいつに説明しても埒(らち)があかない可能性が高い。

 それよりも一刻も早く、メリルを外に出さねば。こんな光景を誰かに見られたら、色々と誤解されかねん。ただでさえ、俺とメリルが付き合っているという噂もあるというのに。いかん、不純異性行為は退学の危険もある。

 まぁ、学院長は俺とメリルをくっつけたがっているので、悪いようにはならない気もするが、ともかくマズイ。

「ともかく、今は人が居ない。急いで出るぞ、メリル」

 しかし、メリルは俺の言葉に答えようとしない。

 彼女は体を小刻みに震わせながら、前方を凝視している。

「おい、どうした。急がないと」

 と声を掛けつつ、気になってメリルの視線の先に目をやる。

 すると、そこには半透明な人型が揺れていた。

 待て、待て待て。これは幽霊とか言う奴じゃ無いのか?

 やめろ、俺はこういうのは苦手なんだッ!

「あ、あわわわわ」

 と、メリルは気が動転しているようだった。

 ここで俺はある事に気付いた。

 その幽霊っぽい存在は銀髪をしていると。

 体がぼやけてよく見えないが、ボーイッシュな女性に見える。

 恐らくは美人だ。しかし、幽霊とは美人ほど怖いもので・・・・・・。

 すると、幽霊がおもむろに口を開いた。

『闇が溢れる・・・・・・。どうか、全てを精霊の導きの下へ・・・・・・』

 切ない響きが幽霊から漏れる。

「待て、今なんて言った?おい、あんたはッ!」

 と俺は恐怖心に勝った好奇心で尋ねた。

『イシュア・ハリスティル。あなたに全てを託すわ。どうか』

 刹那、浴場の全てを黄金の光が包んだ。

「な、なんなのじゃぁぁッ!」

 メリルの叫び声が響く。

そして、メリルが俺の腕を掴むと、なんと時空演算器リコル・エレ・アークレイが発動しやがった。

 幽霊の力なのか、半ば強制的に転移魔法が展開する。

「おいぃッッッ!」

 裸のまま、俺は悲痛な声をあげる。

 そんな中、風景は流転していく。

 見た事が無いくらい澄んだ青空の下、見た事が無いくらい神聖な少女が佇(たたず)んでいた。

《来るのか?》

 虹色の髪をしたその可愛らしい少女は、遙か遠方のはずの俺達に手を差し伸べた。

 刹那、転移魔法が完成し、裸の俺とメリルは時空の歪みに巻きこまれた。

「のあああああぁぁぁぁぁぁッッッ!」

 との絶叫の中、俺とメリルは落下するように地面へと転送されていった。



 ・・・・・・・・・・

 小鳥のさえずりの声がする。

 しかし、おもむろに俺が起き上がると、小鳥たちは怯えたように飛び立っていった。

「・・・・・・」

 無言で俺は周囲をキョロキョロと見回す。

 隣では裸のメリルが転がってるが、これは放置だ。スヤスヤと寝息をたててるし、心配はいらないだろう。

「それよりも、ここは何処だ?草原って感じだが。・・・・・・転移魔法で飛ばされてしまったようだが。まさか、アレルカン(国)を越えて、別の国に来ちゃったわけじゃないだろうな。カルギス(国)とかだったら最悪だぞ。あの星渡りの魔術師とかいう変人が俺を狙ってるみたいだし」

 とブツブツと俺は呟くのだった。

 すると、背後から草をかき分ける音がする。魔物とかならマズイ。

 振り返れば、そこには先程の虹色の髪をした少女が居た。

「お前は精霊か?」

 少女はおもむろに言葉を投げかけてきた。

「違う。というか、俺が精霊に見えるか?」

「どうだろう?でも、ただの人間には見えない。奇妙な感じ。私と対極のオーラを感じる。ねぇ、お前は誰?誰なの?」

 と言われても困ってしまう。しかし、誰と聞かれたら答えるのが道理だろう。

「俺か?俺はイシュア。イシュア・ハリスティルだ。最強の魔導士と覚えておいてくれて損は無いだろう」

「ふーん、イシュアか。でも、魔力はほとんど無いんだね」

 との言葉に、グサッと来た。

「う、うるさいッ!魔力の量で人を判断するなッ!」

「それもそうだね。ところで、イシュア。そっちの人は?」

「こいつはメリルだ。少女にしか見えないが、大人の女性なんだぞ」

「ふーん。そうか、大人なのか。だから、二人は裸なんだね」

 と少女は無表情に言ってくる。これには思わずむせてしまった。

「ゴホッ、ゴホッ。待てッ!違う、裸なのは違うぞ。風呂に入ってたんだッ!」

「風呂?私も好きだよ。でも、二人で風呂に入るって仲が良いんじゃないの?」

「馬鹿ッ!これは偶然が重なった結果だ」

「ふーん」

 そう、興味なさ気に少女は受け流した。何だか馬鹿にされている気分だ。

「ところで、虹色の髪をした少女よ。お前こそ誰だ?そして、よければ服をくれないか?いや、ください。お願いしますッ!」

 と叫び、俺は東方の島国イェルヘスに伝わるという《土下座》を行った。

「ふーん。私は・・・・・・あれ、私の名前なんだっけ?」

 キョトンと可愛らしく首を傾げてくる。やばい、この少女、頭が悪い子だった。

「いや、俺に聞かれてもな」

「そうだね。でも、私は私だから」

「お、おう・・・・・・まぁ、なんでもいいから服をくれ」

「服か。うん、いいよ」

 すると、少女は指を振った。次の瞬間、何らかの術式が発動し、俺とメリルの体に服が纏われていた。

「嘘だろ・・・・・・。おい、虹色の髪の少女。お前は何者だ?この服、魔力で出来ている」

「そうだね」

「しかも、俺とメリルの体にピッタリと合っている。こんな事を一瞬でやってのけるなんて、かつて最強魔導士だった頃の俺ですら難しいぞ。もっとも、俺の力は破壊に特化してたからな」

「物騒だね」

「うっさい」

 とはいえ、服を貰えたのは事実だ。礼を言わねば。

「まぁ、ありがとな。おかげで助かったよ」

「いいよ。これくらい楽勝だから」

「そ、そうか・・・・・・。ま、まぁ、以前の俺に比べれば大した事は無いがな」

「ふーん。じゃあ、今は?」

「・・・・・・うっさい、それより、ここは何処だ?何処の国だッ!」

 と、上手く話題を逸らす俺。

「ここ?エレ・シアだけど」

「待てッ!エレ・シアだとッッッ!あの秘境と呼ばれ、入国の審査が非常に厳しい《精霊の国》か?」

「そうだけど」

 などと軽く答えてくれる、この少女は。

「素晴らしいッ!一度、俺も行ってみたかったんだ。精霊は魔術の基本だからな。うん、うん」

「魔術・・・・・・イシュア。お前は今も魔導士か?」

「ああ、そうだ」

 すると、少女は顔を露骨にしかめた。

「魔導士は嫌いだ」

 そう言い残し、少女は駆け去って行ってしまった。

 しかも、少女が遠ざかると、服となっていた魔力が散っていき、俺とメリルは裸に戻ってしまった。

「待てッ!おいッ!せめて、服は残してってくれーーーーーーッッッ!」

 との俺の切なる声が、草原に響くのだった。


 ・・・・・・・・・・

 しばらくすると、メリルが目を覚ました。

「む・・・・・・イシュア?はれ?ワチシ、温泉にいて」

「そうだ。まずい事になった。外国に飛ばされた上、服が無い」

「服。あっ、本当なのじゃ。こ、これは運命なのかも知れぬのじゃ」

「待て、何の運命だ」

「そ、それはワチシの口からは言えぬのじゃ」

 と頬を赤らめモジモジしながらメリルは告げてきた。

「待て、あり得ないからな。と、ともかく服を探してくる。そこでじっとしてろよッ!」

 そう言い残し、俺はこの場から必死に逃げ出そうとした。

 すると、メリルは俺の背に声を掛けてきた。

「イシュア。ワチシ達、まるで人類の始祖のリヴとリーフみたいじゃの」

 かんべんしてくれ・・・・・・。


 とはいえ、行く当ても無い。

 半ば腰をかがめながら、草原をあてもなく進み続ける俺。

もちろん、裸だ。

学校で教わった第一匍匐(ほふく)前進がこんなところで役に立つとはな。

 杖を持ってないから特に楽でいい。結構、この動作は体力を使い、人生に疲れ切った俺にはキツイからな。


 しかし、メリルも言っていた人類の始祖リヴとリーフか。

 この二人は神話時代の人物で、俺達のご先祖様らしい。

 始誕神話によれば、リヴとリーフ=ズラシルは第2アルカナ世界に住んでいたらしいが、その世界が人間と神々との最終戦争(ラグナロク)で壊れてしまい、大樹ユグドラシルの種子と共に、新たに創世されたレーベルテ世界へと来たらしい。

 そして、リヴとリーフはホドミミルの宝林に住まい、大樹の種をその地に植え、世界を再建させたそうだ。どうにも、大樹ユグドラシルは世界樹とも呼ばれ、次元やマナに干渉して、世界を安定化させる力があるらしい。

 正直、神話を俺は信じていないけど、大樹は現存するし、第3アルカナ世界も実在していたし、あながち嘘ではないのかも知れない。

 賢なる巨人にして《物織(ものお)り巨人》とも称され、運命の糸を紡ぎ見るヴァフズニルも、旧世界からの来訪者であるとされ、今もこの世界の何処かに居るそうだが、大魔導士アルグリッド並の神出鬼没で、本当に彼が居るのかも分からない。が、このヴァフズニルに聞いて見れば、何か分かるかも知れない。まぁ、あまり興味は無いけど。

 大体、ヴァフズニルは《物(もの)識(し)り巨人》とも呼ばれ、不用意に近寄って来た者に謎かけをして、その者が明らかに自分より知識が劣る場合、捕まえて食ってしまうとも言われている。やれやれ、そんな奴に近づこうとするなんてバカだと思うね、俺は。

《神々の影を踏むべからず》と言うだろうに。まぁ、ヴァフズニルが旧世界の神々だったかは知らないけど。

 ともあれ、ヴァフズニルが強大な力を持っていたのは事実のようで、彼には娘?が三体居て、それぞれ長女ウルズ・次女ヴェルザンディ・三女スクルドと言い、過去・現在・未来を司るとされたが、旧世界の崩壊と共にレーベルテ世界に来て、暴虐の限りを尽くしたとかなんとか。この三体は魔女とも呼ばれ恐れられたが、これを退治したのが父親?であるヴァフズニルだったとか。まぁ、ヴァフズニルさんも根は悪いヒトじゃないんだろう、きっと。

 とか、なんで第一匍匐前進で考えてるんだ、俺は・・・・・・。悲しくなってきた。

 しかも、裸だし・・・・・・。

 いかん、もっと気を引き締めねば。ヴァフズニルを探してもしょうがない。

それよりも真面目に人間を探さないと。服とかの方が重要だ。


 すると、前方に人影を発見した。バッと身を伏せて、観察すると、中年の男性らしい。民族衣装を着ている。もちろん、ヴァフズニルでは無さそうで、ただの人間だ。

仕方ない、恥を忍んで接触をするか。

 と思ったら、そのオジサンはおもむろにズボンを下げだした。

 どうも、用を足すようだ。それが済んだらにしてあげようと、気の利く俺は思った。

 その時だった。何かの吼(ほ)える音がした。

「ま、まさかッ!」

 オジサンは動揺の表情を見せた。

 刹那、ピンクの影がオジサンに迫った。そして、オジサンに襲いかかったのは、ピンクの狼だった。とはいえ、その狼は体が丸く、牙も生えていない、どうにも間延びした狼に見えた。

 ともかく助けにいかねば。流石に目の前で人が食い殺されたら寝覚めが悪い。

「とりゃあああッッッ!」

 裸である事を忘れた俺は、狼に向かい駆けて行った。

 すると、狼は俺の方を向き、品定めをするように俺をジロリと眺めた。

 この刹那、俺の全身を悪寒が覆った。

『ソドーーーーッッッ!』

 と咆哮をあげ、ピンクの狼は俺に狙いを定めたようだった。

「ヌォッ」

 必死に狼の突進を避ける俺。すると、オジサンが声を掛けてきた。

「危ない、君。そいつはソド狼。男の尻を狙う、危険な魔物だッ!かつて、ムソドの町で悪しき住民が聖なる男性を強姦しようとして、天罰で狼にされたという逸話があってな。ちなみに、よく男色の者をソドと呼ぶがそれは間違いで、本来は男を無理に強姦する者をソドと呼ぶべきであり、そして、こいつらはまさにソド狼と呼ぶべきなのだ」

 との切実な情報に俺は戦慄する。

 今、ソド狼は俺のバックを取ろうと、グルグルと回り出した。

 それに合わせて、俺も尻の安泰を守ろうと、クルクルと回転する。

 ・・・・・・チクショウ、隠れてればよかった。

 すると、ソド狼は面倒になったのか、直接に襲いかかってきた。

「チクショウッ!守るッ、俺の非貫通をッッッ!」

 叫び、俺は魔眼を発動する。奴の動きがスローモーションのようになる。

 そして、パンチをすると、俺の手に激痛が走るも、奴を吹っ飛ばしてやった。

『ソドッッッ・・・・・・!』

 妙に色っぽいのにゴツイ声をあげ、ソド狼は草原を転がった。

『ソドッ、ソドッッッッッ!』

 と遠吠えをするソド狼。

「あぁ、マズイ。奴め、仲間を呼んだようだ。ソド狼は団結力が強く、集団で襲いかかって来る事もあるんだ。神話のように」

 そうオジサンが親切に説明してくれる。

「な、なッ!ともかく、逃げましょうッ、オジサン!」

「あ、ああ」

 そして、猛然と逃げ出す俺とオジサン。

 対して、執拗に襲い来るソド狼たち。

 草原にて尻を巡る死闘が始まるのだった。

 すると、オジサンが脇腹を押さえた。

「オジサン、大丈夫ですか?」

「あ、ああ・・・・・・。昔、病気で腎の辺りをやられてな。それ以来、走ると痛むんだ」

「そ、そんな」

「青年、君は先に行け。前途ある若者がソド狼の手に掛かることは無い。ここは私が引き受けるッ!」

「オジサン・・・・・・」

 と、少し俺は感動した。

 すると、ソド狼たちは間近に迫っていた。

 その時だった、予期せぬ味方が来るのだった。

「こらぁぁッッッ!ワチシの彼氏をイジメルなぁぁぁッ!」

 現れたのは木の棒を持ったメリルだった。要所は木の葉で隠しているが、ほぼ全裸の彼女の出現に、俺は頭を抱えたくなった。

「とりゃあああ、なのじゃッッッ!」

 と叫び、メリルはソド狼たちに木の棒を振り回した。

『ソ、ソドッ?!』

 戸惑うソド狼たち。どうやら女性は苦手らしい。

「ふん、ふん、なのじゃッッッ!」

 メチャクチャに木の棒を振り下ろすメリルに、ソド狼たちは恐れを成したのか、一斉に逃げ出していった。

「やったのじゃ!」

 エッヘンと無い胸を突き出しながら、メリルは言うのだった。

「お、お前。なんで」

「それはイシュアのピンチな予感がしたからなのじゃ!」

 などとメリルは誇らしげに答えてくる。

「そ、そうか。ありがとな」

「嫁として当然なのじゃ」

「だから、嫁じゃないからね!」

「ふふふ、照れなくてよいのじゃ。イシュアは照れ屋さんなのじゃ」

 そう、妙に分かりきったように言うメリル。

 すると、オジサンが目から涙を零していた。

「あ、あのオジサン。どうかしました?どこか痛むとか」

「・・・・・・いいなぁ若いって。私は今年で45になるが、半年前に妻に出て行かれて、母親と二人暮らしで羊を飼っているんだ」

 と、経歴を紹介してくれるオジサンだった。

「そ、そうですか・・・・・・」

「くぅ、どうせさっきまで草原でやっていたんだろう?そうなんだろうッ!」

 そう詰問するオジサン。

「い、いや、違いますって」

「誤魔化さなくていいんだ。さぁ、私に構わず楽しんで居てくれ。私は家に帰って、ふて寝するからぁぁぁッッッ!」

 と叫び、オジサンは泣きながら走って行ってしまった。

「ちょ、ちょっと・・・・・・服を貸して・・・・・・」

 しかし、そんな俺の声は、土煙をあげる程の速さで駆けるオジサンに届くはずも無い。

『だけど、あんなに早く走れるなら、最初っから逃げてれば良かったのになぁ。そうは思わないか、イシュア?』

 突如として現れた女悪魔イラナに言われ、《確かに》と思わざるを得ない俺であった。というか、走ると脇腹が痛むんじゃ無かったのか・・・・・・?



 第1話


 それから俺はメリルが草と葉っぱで服を作るのを眺めていた。

「出来たのじゃ!」

 メリルは魔力で繋いだ草の服を見せてきた。

「おお、思ったより良い感じじゃ無いか。やるな、メリル」

「えへへ、なのじゃ。イシュア。着てみて欲しいのじゃ」

「ああ」

 そして、俺は草の服を纏った。なかなかに着心地もいい。

 ちなみに、メリルも既に同じく草の服を着ている。

「イシュア、お揃いなのじゃ」

「お、おう・・・・・・」

 と適当に返事を済ます事にする。

『似合ってるぞ、イシュア。プフッ』

 などとイラナはニヤニヤしながら言ってきやがる。しかし、無視だ。

「ともかく、あのオジサンの逃げた方に民家があるはずだ。そこを目指そう」

「おー、なのじゃ!」

 こうして、俺とメリルは黄昏の草原を進んで行く。

 幸いな事に周囲には魔物はおらず、スムーズに移動が出来た。

 そして、ついに前方に半球のテントみたいな家を見付けた。

 

「すいません、どなたかいらっしゃいませんか?」

 そう扉越しに俺は言うと、中からはあのオジサンが出てきた。

「あ・・・・・・」

「ど、どうも」

 刹那、オジサンは扉を閉めてしまった。

「ちょっと!開けて下さいよッ!」

「うるさいッ!嫁持ちは帰れッ!オフッ」

 その時、何かが倒れる音が家の中からした。なんだか物騒だぞ。

 すると、扉が開かれた。そこに居たのは、一人の老婆だった。

「馬鹿な息子で悪かったね。入りなさい。もう遅いしね」

「は、はい。ありがとうございます」

 こうして俺とメリルは老婆とオジサンの家に招かれる事となったのだった。


 夜の草原は冷えるため、暖炉が焚かれていた。

 炎が薄暗く室内を照らしていた。そんな中、老婆が尋ねかけてきた。

「お前達は一体、何処から来たんだい?ここのものじゃ無いね」

「あ、はい。アレルカン国から来ました。色々とあって・・・・・・」

 との俺の返答に老婆は納得したのかしてないのか、ため息を吐いた。

「そうかい。深くは聞かない事にしよう。お前達は悪い人ではなさそうだ。精霊も大人しいしね」

「お婆さん、精霊を感じ取れるんですか?」

「それはね。少し見る事が出来るくらいさ。お前達の周りにも風の精霊が微かに漂っているよ。風に愛されているんだね」

「はぁ・・・・・・?」

 しかし、よく考えて見ると風の魔法は昔から好きだった気がする。

 今はつむじ風しか起こせないけどなッ!

「ところで、ここからアレルカンに戻るにはどうしたらいいですかね?」

「そうだね。この草原を東に抜けると、タル・カンの街に出る。そこに行けば、飛行船があるからね。それに乗れば、アレルカンへの国境線に連れて行ってくれるんじゃないのかね?」

「な、なる程。ありがとうございます」

 すると、気絶していたオジサンが起き上がった。

「む・・・・・・あぁッ、なんでお前らが俺の家にッ!」

「こら、この馬鹿息子。お客様に向かって何て口を」

「で、でも母さん」

「でもじゃ無いよ!まったく」

 などと家族でのやり取りがなされた。

 一方、メリルは眠いのか、ウツラウツラしていた。

「お連れさんも疲れてるようだね。狭い家で申し訳ないけど、そっちの方で眠っておくれ」

 と言い、老婆は服と寝床を用意してくれた。それらは見慣れぬ民族衣装で、オジサンと嫁さん(かつて)の若い頃の衣服だそうだ。ちなみに、その民族衣装を着て、メリルは「可愛(かわい)いのじゃ」と大喜びをしていた。気楽なものだ。

「あ、はい。ありがとうございます。ほら、メリル。向こうで寝るぞ」

「うぅ、イシュアも一緒に寝るのじゃ・・・・・・」

「分かった、分かった。ともかく、移動するぞ」

「イシュア・・・・・・」

 俺は抱きついてくるメリルを頑張って運んだ。

 オジサンの面白く無さそうな視線と歯軋りの音を感じたが気づかない事にした。


 こうして夜は更けていった。俺自身も疲れていたから、すぐに眠ってしまっていた。

 そして、目を覚ますと家には俺と眠るメリル以外、誰も居なかった。

 体感時間的には結構早い気がするのだが、オジサンとお婆さんはどうも早起きらしい。健康的でうらやましい。

 妙に目が冴えてしまったので、俺は外に行ってみる事にした。

 すると、オジサンが仁王立ちして、遠方の岩を眺めていた。

「お、おはようございます」

 とりあえず挨拶をしてみる事にする。

「おう。青年か」

「は、はい。何を見てたんですか?」

「岩だ。あれは亀岩と言ってな。何千年も前から在ったらしいぞ」

「へぇ・・・・・・」

 よく見れば、確かにあの大きな岩は亀に見えない事も無い。

「ところで青年。あの少女はお前の嫁なんだろう?」

「いや、違いますって。俺は学生ですし。大体、彼女は俺より年上ですよ」

「な、なにッッッ!マジかッ!いやぁ、人は見かけによらないな」

「・・・・・・ところでオジサン。実は虹色の髪をした少女に会ったんですけど、知ってます?」

 との俺の発言に、オジサンは驚き後ずさった。

「お、お前ッ!それは本当かッ!お、おいぃッ!」

「え。本当ですけど。なんか俺が魔導士って話したら、逃げちゃいました」

「なぁにぃぃぃッ!お前、魔導士なのかッ!このぉッ、成敗してくれるわ!」

 と叫び、オジサンは俺に襲いかかってきた。

「ちょ、ちょッ。危ないですから。殴りかからないでください」

 なんとかオジサンの攻撃を躱(かわ)しながら俺は言うのだった。

「黙れッ!オウフッ」

 すると、オジサンは石につまずき盛大にこけた。

「だ、大丈夫ですか」

 少し心配になってきた。

「・・・・・・うっさい!」

 ムスッとした顔でオジサンは答えた。

「あのですね。もしかして魔導士って、ここらで嫌われてます?」

「嫌われてるも何も、奴らは敵だ!侵略者だ!西の山で魔導士の集団が妙な研究をしてるんだ。そのせいで、今まで見た事も無い魔物が出たりしてる。あのソド狼もその一つだ。あれのせいで、多くの男の尻が犠牲になっている」

「せ、切実な問題ですね」

「まぁ、家畜を喰わないだけマシだが」

 と言い、オジサンはため息を吐いた。

「だから虹色の髪の少女にも嫌われたのか・・・・・・」

「お前、本当に何も知らないんだな。その方は恐らく巫女様だぞ」

「巫女?」

 そう俺は聞き返す。

「そうだ。大樹エレ・システィアの化身とも呼べる巫女様だ」

「え?失われた大樹ですか?」

「ああ。だが、その言い方は正確では無いな。聖なる大樹は未だに存在している。その力を失っているだけだ」

「へぇ、そうなんですか」

 思わぬ話に興味が引かれる。

「・・・・・・本当は秘密の話なんだ。外の人間は大樹の力をむやみに利用しようとするからな。もしかしたら、あの魔導士達も大樹を狙って」

「それってマズイじゃないですか。政府は何をしてるんですか?」

「退去するように勧告してるだけだ。この国は軍隊を持たないからな。強制力を持たない」

 とのオジサンの説明に納得する。世の中なんて、そんなものだ。

 力が無ければ、腐った相手につけ込まれる。善意だけでは決して世の中は回らない。

「ところで、じゃあ巫女様とかは狙われないんですか?その魔導士達に」

「それだ。だからこそ、巫女様はあちこちを渡り歩かれているのだ。元々、巫女様は精霊のような方であり、姿を自由に消し隠し出来る。だから、今の所は捕まっていないようだ。もっとも、あの魔導士達が巫女様を狙っているかは分からん。しかし、そういう噂があるというのも事実だ」

「はぁ、大変なんですね」

「お前、他人事みたいだな」

「いやぁ、他人事ですからね。まぁ、何とかなるように祈ってますよ」

 すると、オジサンは急に怒り出した。変な奴め、俺が何か言ったか?

「この薄情者が!そこは《私が奴らを成敗します》、とか言うところじゃ無いのか?」

「いや、そんな事を言われても。命が惜しいですし」

「くぅ、この自分勝手な奴め!」

「そんな事、言われても・・・・・・。大体、敵の力も分かりませんし」

 と答え、俺は肩をすくめた。

「もういい、お前に頼まん。俺が奴らを倒しに行く。そうすれば、もしかしたら妻も私の勇気に惚れ直して帰って来るかも知れないしなッ!」

「はぁ・・・・・・?」

 何だか妙な事になってきたので、俺は家に戻る事にした。ていうか、出て行ったという奥さんがどうやってオジサンの行動を知るのだろうか?もはや理論・理屈を越えている気がする。

 だが、オジサンの方はというと、やけに盛り上がっていて本当に行きかねなかった。まぁ正直、どうでもいいけどな・・・・・・。


 それから俺は二度寝に戻り、起きれば昼になっていた。

 お婆さんが用意してくれた朝食というか昼食をメリルと一緒にとっていると、扉が荒々しく叩かれる音が響いた。

「何かね?精霊も怯えているよ・・・・・・」

 老婆は険しい顔で呟いた。確かに扉の向こうから禍々しいオーラを感じる。

 しかし、しばらく放っておくと気配が突如として消えた。

「見てきます」

 一応、唯一の男子として、外の様子を見に行く事にした。

 そして、恐る恐る扉を開くと、そこには気絶した裸のオジサンが居た。

「オジサンッ!」

 しかも何と、オジサンの尻には大根が無惨にも突き刺さっていた。

「う、嘘だろ」

「どうしたのじゃ、イシュア」

「来るな、メリル」

 しかし、静止は遅く、メリルの目にはショッキングな光景が映った。 

 すると、お婆さんも惨状を見てしまったのか、息子に駆け寄った。

「ボース、しっかりおし。ボース」

 と息子の名を呼びかける様は、あまりに痛ましかった。そして、お婆さんがオジサンの尻を貫く大根を無理に引き抜くと、《オフッ》との呻き声と共にオジサンはわずかに意識を戻したようだった。

 そして、オジサンは口を微かに開いた。

「しょ・・・・・・触手・・・・・・」

 とだけ言い残し、オジサンは崩れ落ちるのだった。


 ・・・・・・・・・・

 その夜、オジサンは目を覚まして、事の顛末(てんまつ)を話し出した。

「・・・・・・私は魔導士達をやっつける為に、奴らの居る山に向かったんだ。こっそりな。途中にはソド狼も居たが、上手く隠れて先に進んだ。すると、一人の魔導士が現れたんだ」

「そ、それで?」

「その魔導士はピエロのような化粧をしていて、いきなり触手を体から出してきた。そ、そして・・・・・・アァァッァアァァァンッ!」

 とオジサンは泣き出した。

「か、可哀相なのじゃ」

 そうメリルが慰めるとオジサンは少し落ち着きを取り戻した。

「ありがとう少女よ。だが、実はよく覚えていないんだ。気づけば家に戻っていた」

「災難でしたね」

 と、俺は言葉を掛けた。

「青年。頼む、私の仇をとってくれ」

 オジサンは俺の両肩を掴み、哀願してきた。

「いや、一刻も早く学院に帰りたいんで。俺も自分の尻は惜しいんで」

「イシュア。あんまりなのじゃ。オジサンが哀れなのじゃ」

 などとメリルに言われても困ってしまう。

「だがな、メリル。尻だけならいいけど、命まで取られたら困るだろ?まぁ、相手もそんなに非道な感じでは無い気もするけど」

「うぅ、イシュアぁ」

 と潤んだ瞳でメリルは見つめて来やがる。正直、困る・・・・・・。はぁ。

「分かった、分かったよ。少し様子を見に行くだけだからな。危なかったら、すぐに帰ってくるから」

「おお、青年。やってくれるか」

「まぁ、一応、そうなりますね。一夜の恩もありますしね。あと服も」

「流石なのじゃ、イシュア」

 そうメリルに褒められるのも悪く無い気分だ。

 こうして俺とメリルは、魔導士の居る山へと向かう事になったのだった。


 ・・・・・・・・・・

「気を付けるんだよ・・・・・・・」

 心配そうにお婆さんは俺達に言うのだった。

「はい。でも安心してください。俺達もそれなりの修羅場をくぐり抜けてるので」

「そうなのかい。すまないね、馬鹿息子の尻ぬぐいをさせてしまって。あぁ、それとお弁当だよ。道中でお腹が空いたら食べるといい」

 と言って、お婆さんは俺に弁当と皮製の水筒を渡して来た。

「ありがとうございます。では行って来ます」

 そして、俺達は夜の草原を進む。


 とはいえ、歩いている内に、どんどんとやる気は失われていく。第一、その魔導士達の居る山って、すごく遠くにそびえて居る気がする。いや、距離的には大した事は無いかも知れないが、今のゾンビ化してダルイ俺にとり、これは苦行そのものだった。

 一方で、メリルはというと元気そのものであり、スキップまでしてる。

「山に入ったら静かにするんだぞ」

「分かったのじゃ。お口に閉じとくのじゃ」

 などと脳天気なものだ。

 すると、女悪魔イラナが前触れも無く出てきた。心臓に悪い奴め

「あ、イラナちゃんなのじゃ」

『やぁメリル、こんばんは』

「こんばんはなのじゃ」

 と二人は挨拶を交わしている。ちなみに、メリルは俺と時空演算器を使ってから、能力を共有してしまったのか、イラナを見る事が出来ている。

『ところでイシュア。分かっているのか?敵は触手使いの魔導士らしい』

「え?ああ、分かっているさ。しかも男色のな。やれやれ、困ったものだ」

『そう言えば、お前も触手を使えたな。あれには酷い目にあったぞ』

 などとイラナは言ってきた。

「ああ、そんな事もあったな・・・・・・」

『ともかく気を付けろ、イシュア。まぁ私は基本、見てるだけだからな』

「分かってるよ」

 そう答え、俺は足を前に進めた。


 思ったより山は近く、俺達は正面からでは無く、獣道を行くのだった。

 遠くからソド狼の遠吠えが聞こえてくる。妙な緊張感に包まれる。

 尻もムズムズする・・・・・・。なんだか凄く帰りたくなってきた。

 とはいえ覚悟を決めて進み続けると、何かの気配を感じた。

『見てきてやろうか?』

「頼む」

 そうイラナに答えると、彼女は無言で奥へと進んでいった。

 しばらく経つと、イラナは無事に戻って来て報告し出した。

『この先に洞窟がある。かなり広く、中からは瘴気が溢れていた。そして、一人のモノクルを付けた魔導士が見張りをしていた』

「モノクルを付けた魔導士?そいつが触手使いか?」

『恐らくは。ただ、見た目、あんまし強そうじゃ無かったな。お前でも何とかなるんじゃないか?』

「・・・・・・まぁ、やるだけやってみるか。案内してくれ」

『ああ』

 こうして、俺達はイラナの導きの下、洞窟へ向かうのだった。


 茂みからソッと外を覗くと、確かにモノクルを付けた魔導士の男がつまらなそうに立っていた。年齢は良く分からないが、二十代か三十代だろう。遠目には格好良く見えない事も無い・・・・・・か?

(やるしか無いか。俺の能力で記憶操作をするには触れる必要がある。ともかく敵に触れれば良い。よしッ)

 そして、覚悟を決めた瞬間、魔導士は見張り位置から森の方へと去って行った。あまりに拍子抜けだ。

『イシュア。今の内、中に入れば』

「分かってる。行くぞ、メリル」

「うむ、なのじゃ」

 それから急ぎ俺達は茂みを出て、洞窟へと無音で駆けた。

 魔導士の男は俺達に気づかなかったらしく、俺達は無事に洞窟に入ることに成功した。

「よし、先を進もう」

 そして、薄暗い道を進むと、急に視界が開け、目の前にトロッコがあるのだった。

「なんだ・・・・・・ここは」

 目を凝らして見ると、地下に向かって螺旋状に線路が敷かれているようだ。

 その線路の中心は巨大な空洞になっており、明らかに普通の洞窟とは異なっていた。

『ふむ。これはトロッコに乗るしか無いだろうな』

 とのイラナの言葉に、仕方ないが同意せざるを得ない。

 とはいえ、嫌な予感もヒシヒシとしており、メリルは俺の体に密着して震えている。怖いなら付いて来なければいいものを・・・・・・。

「しかし、本当に乗るのか、これに」

 トロッコを目の前にすると、どうにもためらってしまう。

 だが、色々と考える暇は残されていなかった。

「こらーッ!お前達、何をやっているかッッッ!このダンディーなる私が雉(きじ)を射りに行っている間にッッッ!」

 と、モノクルを付けた魔導士が、必死の形相で駆けてきた。

「キ、雉さんを射ってしまうのか?」

 などとメリルは震えながら言うのだった。

「違うぞ、メリル。雉を射るとは、気持ちを和(やわ)らげ、トイレに行ってたという意味で」

 そう俺が丁寧に説明すると、魔導士の男は叫びだした。

「きーさまッッッ!解説せんでいいッッッ!この高潔なる私がトイレなどと言う不浄な場に縁があるはずもあるまい」

 どうにも、この魔導士は沸点が低いらしい。ともかく、逃げるか。

「メリル、トロッコに乗るぞ」

「分かったのじゃ」

 そして、俺とメリルはトロッコに乗り、レバーを引いた。

すると、トロッコはガタゴトと音を立てながら、進みだした。

「あっ!貴様らッ!なんちゅう事をッッッ!」

 しかし、俺達を乗せたトロッコは加速を始め、魔導士の姿は遠ざかっていく。

「わーい、速いのじゃッッッ!」

「お、おう・・・・・・」

 段々とトロッコの速度は上がってきており、ゾンビ化して弱った俺には、正直この速さは恐怖だった。

 その時、背後から何かの叫び声が近づいて来た。まさかと思い、振り返ると、それは先程の魔導士の男だった。

「待(ま)ぁてぇぇぇぇぇいッッッ!」

 なんと男は触手に乗って、こちらに猛速度で迫っていたのだった。

「ゲッ、しょ、触手ッ!」

 思わず、俺は顔を引きつらせた。正直、尻が不安だ。

「侵入者どもよ。我が名はゼクトロスッッッ!この高貴なる名を、胸に刻むが良いッ!」

「え?ゼクトン?」

 風音でよく聞こえなかった俺は、そう聞き返した。

「違うッ!ゼクトロスだッッッ!」

「ゼクポン?」

「お前、わざとやってるだろうッッッ!いいだろう、もし私が負けたら好きに呼ぶが良い。ゼクトンでも、ゼクポンでもなッッッ!」

 などと妙な事に成ってきた。

 すると、イラナが声を掛けてきた。

『おい、イシュア。どうするつもりだ?あの触手にどう対抗するつもりだ?』

「うーん、そうだ。俺も触手を使おう」

『正気か?私は少し離れさせて貰うぞ』

 そう言い残し、イラナは姿を消した。まぁ、あいつに構わず始めよう。

「出でよ、触手よッッッ!」

 簡易の魔方陣をトロッコに描き、俺は召喚魔法を発動した。

 すると、十本ほどの触手が出てきた。

「ほう、貴様も触手使いという事か?」

 妙に嬉しそうにゼクト・・・・・・名前を忘れたからゼクトンという事にしておこう、彼が言ってくる。

「え、いや。別に・・・・・・」

「ふはは、照れるな、照れるな。さぁ、互いの触手を懸けた戦いを始めようではないかッッッ!」

 そして、ゼクトンは触手を繰り出してくる。

「ええい、やけだッ!」

 対して、俺も触手で、ゼクトンの触手を防いだ。

 多数の触手がぶつかり、火花を散らす。

「ほう、やるでは無いか。中々の触手魔法の使い手のようだなッ」

「え、えぇ・・・・・・?」

 どうにも嬉しくない話だ。というか、もっと別の魔法が使えて欲しい。

 まぁ、しかし今は戦いに集中せねば。案外、この触手魔法は俺との相性が良いようで、比較的スムーズに触手を動かせる。

 とはいえ、敵は触手が本職であり、にわか触手使いである俺が敵う相手では無い。徐々に押され気味となってきた。

「フッフッフ、どうした?その程度か?とりゃぁぁぁッッ!」

 すると、触手がトロッコにまで伸びてきて、メリルを縛った。

「キャアア、なのじゃ」

「メ、メリルッ!クソッ、お前、そっち系じゃ無かったのかッ!」

「何を言う。私をあいつらと一緒にするな。私は女性を犯し尽くす為にッ、触手を得たのだッッッ!だが、その代償として、自身のキノコは勃たなくなったがなッ!」

「自業自得すぎる・・・・・・」

 と、思わず突っ込みを入れてしまった。

「黙れッ!まぁいい。ほーれ、ほーれ。お前の仲間が触手にいたぶられる様(さま)を見ているがいい」

「いやぁ、なのじゃ」

 メリルの悲鳴が響く。

「てめぇッ。許さんッ!」

 妙にむかついて、俺はトロッコから飛び出し、ゼクトンへと殴りかかった。

「な、なにぃぃぃッッッ!」

 そして、ゼクトンの触手に上手く飛び乗り、奴の胸にパンチする。

 刹那、奴の記憶に侵入が始まる。

 だが・・・・・・。

『こいつ、触手とエロしか頭に無いぞ』

 いつの間にか現れたイラナが哀れみを込めながら呟くのだった。

「・・・・・・ともかく、触手魔法の制御方法を勘違いさせよう」

『なる程。まぁ、他にも適当にいじっておこう。こいつは女性の敵だ』

「まぁ、好きにしろよ」

 そして、記憶の改竄が始まった。

 一方、急いで俺はトロッコに跳び移った。

「ん・・・・・・私は何を?んッッッ!」

 意識を取り戻したゼクトンだが、すると触手が言う事を聞かなくなったようだ。

「な、なんだッ!こら、触手。言う事を聞けッ!ゴヘッッッ」

 制御を失った触手ごとゼクトンは壁に激突した。しかし、惨劇はそれからだった。急に触手がゼクトンに纏わり付き出したのだ。

「こ、こらッッ!触手よ。な、なんで私を襲い出すッッ!ぎゃあああッッッ!」

 などとゼクトンの断末魔の悲鳴が後には残された。

 

 そんな中、俺とメリルを乗せたトロッコは疾走していく。

「大丈夫だったか、メリル?」

 と、一応は心配してやる事にする。

「う、うむ。間一髪だったのじゃ。流石はイシュアなのじゃ。強くて頼れる彼氏が居てくれてワチシは幸せ者なのじゃ」

「はいはい。まぁ、無事で良かったな」

「うむッ!」

 満面の笑みを浮かべ、メリルは答えるのだった。

 そして、そうこうしている内に、トロッコは最下層へと辿り着いた。


 第2話


 トロッコから降りた俺達だったが、その時、ふと俺はある事に気付いた。

「あれ・・・・・・これ、どうやって帰るんだ?トロッコじゃ戻れないんじゃ」

『確かにな、まぁ歩いて上まで戻ればいいだろうな』

 などとイラナは気楽に言ってくれる。このゾンビ化して体力を失った俺がそんな事をすれば、マジで死にかねないぞ。

「というか、そもそもどうやってトロッコを上まで持ってくんだ?まさか、一度使って置きっぱなしというわけでも無いだろうし」

「きっと力持ちさんが、トロッコを押してるのじゃ」

 とメリルが謎な発言をしてくる。

「ふっふっふ、その通りですよ。お嬢さん」

 すると、奥から声が掛けられた。見れば道化師のメイクを施した男が歩いて来た。

「あ、ピエロさんなのじゃ、イシュア」

「馬鹿。敵だ」

 そして、俺は身構えるのだが、道化師の男はニヤニヤと笑みを見せるだけで襲ってこない。

「付いてらっしゃい。面白いモノを見せてあげますよ」

 と道化師の男は言ってくるが、正直、怪しすぎる。

『イシュア。確かに面白そうだ。乗ってやれ』

 そうイラナは脳天気に言うが、こちらとしては尻が懸かってるわけで。

「というか、お前。ボースのオジサンを酷い目にあわせた奴か?」

「ほう、あの羊飼いの男ですか。いえ、あれは私ではありませんよ。大根を尻に入れるのは私の趣味ではありません。私なら触手でやりますからねぇ」

 すると、道化師の男から触手が生えだした。急に悪寒がしてきたぞ・・・・・・。

「というか、お前達は何者なんだッ!」

「それを知りたくば、どうぞこちらへ」

 そして、道化師の男はゆっくりと奥へと歩いて行った。

「・・・・・・なぁ、メリル。やっぱり帰らないか?」

「どうしてなのじゃ?ピエロさんが誘ってくれてるのに?きっと、サーカスか何かが始まるのじゃ!」

「い、いや、あれは敵で。えぇい。もう知らん。行くか」

「流石、イシュアなのじゃ」

 こうして、俺達は道化師の男に付いていくのだった。

 しかし、奥に行くにつれ、瘴気は濃くなっていき息苦しさを感じる。

 ただ、メリルは何も感じないようで、ルンルンと鼻歌を唄ってるくらいだ。

 すると、道化師の男が立ち止まった。どうも岩壁で阻まれているようだ。

「おい、行き止まりだろ?」

「まぁ、見てなさいな」

 そう言うと、道化師の男から触手が出てきて、岩の窪みに入っていった。

 すると、岩壁が青く光り、扉のように二つに割れて、道を形成しだした。

 その先には、青白い神殿のような光景が広がっていた。

「さぁ、こちらですよ」

 と告げ、道化師の男は先を進むのだった。

「地下にこんな空間があるなんて・・・・・・」

「古代の封印ですからねぇ」

 などと意味深な事を道化師の男は語ってくる。

「封印、いったい何の事」

 と言いかけると、猛烈なオーラが前方から吹き荒れた。

「な、なんなのじゃーッ?」

 メリルの悲鳴も霞む程の奔流が俺達を襲う。

 すると、祭壇らしき場所から一人の筋骨隆々の男が姿を現わした。

「何かと言われれば、答えるしか無いでしょうッッッ!私の名はァァァッァ、グレート・エオゼルッ!偉大なる神官でありますよッ!」

 やけにピチピチの神官服を纏ったその男こそ、オーラの元凶だった。

「ふふふ、このままでは会話もままならない。少し存在感を潜めましょう!」

 とのグレート・エオゼル?の言葉と共に、オーラは突如として静まりかえった。逆に怖すぎるくらいの静寂が場を満たす。

「お、お前は何者だッ!その服、神官か何かか?」

 そう俺は尋ねた。

「然りッッッ!古の六柱神に仕えし者なりッッ!対し、貴方は何者ですか?いや、私は貴方を知っている、知っていますよォォッッッ!」

 段々とテンションが上がって来たのか、再びエオゼルの周囲からオーラが巻き起こってきた。

「キャアァァ、なのじゃ」

 再び、メリルが声をあげる。

「おっと、つい存在感を出し過ぎましたねぇ。そう、銀髪の青年。貴方の名はイシュア・ハリスティル。先程のアレルカンとカルギスの国境戦において、大活躍をした者ですねぇ」

「お、お前。なんでそれを・・・・・・」

 すると、エオゼルは急に低く笑い出した。

「それは私達は、その時のドサクサにまぎれて、この精霊の国へと侵入したからですよ。そして、そのまま戦争が起きてくれれば、世界連盟はこちらに構う余裕は無かったというのに。あなた達のせいで戦争がすぐに終わってしまったから、危険な状況なのですよ。私達はぁッ!」

「知るかよ。大体、精霊の国で何をしてるんだ、お前達は」

「フッフッフ、それは見てのお楽しみですよ。しかしッ、イシュア・ハリスティル。貴方は想像以上の美青年ですねぇッ!実に私好みですよッ!」

 とのとんでも発言に、背筋が凍るどころでは無い。

「ふ、ふざけんなッ!マジで止めろよ。俺は大根なんて突き刺されないからなッ!」

「ふふふ、それはどうですかねぇ」

 すると、俺達が入って来た岩の扉が独りでに閉まっていった。

 それをポカンと眺める事しか俺には出来なかった。

「閉まっちゃったのじゃ・・・・・・」

「嘘、だろ」

 と俺は愕然としながら呟くのだった。一方、イラナはさぞ可笑(おか)しそうにしている。

「トリアッッッ!あなたは見ていなさい。彼は私の獲物ですからねッッッ!」

 そうエオゼルは道化師の触手使いに言うのだった。

「では、私は隅で見ていますよ。フッフッフ」

 と答え、トリアと呼ばれた道化師は影を潜めるのだった。

 刹那、エオゼルから途方も無い魔力が吹き荒れた。

 正直に言おう。勝てるわけが無い。とはいえ、やるしか無い。俺の尻を守る為にも。

「さぁ、かかって来なさい。イシュア・ハリスティルゥゥゥッッッ!」

「チクショウッッッ!」

 そして、俺はエオゼルに向かっていくのだった。

「エオゼルッ・グレートッッ・アッパーァァァッッッッ!」

 などと必殺技を叫ぶエオゼル。次の瞬間、エオゼルは何も無い空間に拳を突き上げた。俺と奴には距離があり、とても当たるはずも無い。

 しかし次の瞬間、俺の真下から魔力の拳が迫り、顎(あご)に直撃した。

 そのまま俺の体は上方に飛ばされていった。

「フッ、もう終わりですか?まぁ、仕方ないでしょうがね」

 倒れる俺にエオゼルは言葉を掛けた。

「うるせぇ・・・・・・俺は打たれ強いんだよ」

 唇から零れた血を拭い、そう答えてやった。

「イシュアッッ!」

 メリルが悲痛な声を漏らす。

「心配するな、ちょっと唇を切っただけだ」

「ほう、素晴らしい。脳しんとうの一つも起こさないとは」

 妙に上から目線でエオゼルは言って来やがる。

「ふむ、グレート・エオゼル。彼は貴方の拳が見えているようですよ。そして、恐らくは並外れた動体視力か何かで直撃を避けたのでしょう」

 などと道化師のトリアが解説しやがった。まぁ、当たりだけどな。

 魔眼で体感時間を遅らせていたから、この程度で済んだわけで。直撃してたらと思うとゾッとしない。

「ほう、目は良いようですね。しかし、悲しきかな、それに見合う身体能力は有していないようだッ!」

「どうかな・・・・・・?」

 図星だが、敵に教えてやる必要は無い。

「まぁいいでしょう。ならば、我が聖剣ッ!エオゼル・グレート・ダイコン・ソードをお見せしましょうッッッ!」

 とエオゼルは叫ぶと、何も無い空間から地響きを立てて、2本の大根が生えてきた。それを思い切り引き抜くエオゼル。

「さぁ、喰らいなさい。我が二刀流をッッッッ!」

 そして、今度は一気にエオゼルは迫って来た。極太の大根が俺を襲う。

 これらをかろうじて躱(かわ)していくが、エオゼルの動きはあまりに速く、段々と追い詰められていった。

 そして、ついに俺の左右の胸に大根が突かれるのだった。

 激痛が両胸に走る。地面を転がり、何とか起き上がると、なんと胸の部分だけ服が焼き焦げており、俺の両方の乳首が露になっていた。

「キャッ!」

 とメリルは頬を染めた。

「ほほう、中々に良い眺めですねぇッ!」

 などと満足そうにエオゼルは言ってくる。

「さぁ、続きをしましょうかッッッ!イシュア・ハリスティルッッッ!」

 対し、俺は土下座をした。

「すいませんでしたッッッ!俺の負けです。許してください」

 すると、場が再び静まりかえった。

「・・・・・・イシュア・ハリスティル。今、なんと?」

「俺の負けです。ごめんなさい」

「・・・・・・そうですか。潔くて宜しいッッッ!ですがッ」

 すると、エオゼルは大根を俺に向けてきた。

「ここで見た事は忘れてもらいますよ。大丈夫、このグレート・ダイコンには記憶を失わせる効果があります」

「ま、まさか尻に突き刺すと発動するのか・・・・・・?」

「ええ、その通りです」

「ふざけるなッ!なんて下品な能力なんだ」

 との俺の言葉を聞き、エオゼルはムッとした表情を見せた。

「下品とはなんです。もういい、お仕置きの時間ですよッッ!」

 だが、エオゼルより俺の方が早かった。俺の手が奴の腕に触れたのだ。

「ヌゥォォオッッッ!」

 驚きの声をエオゼルはあげる。対して、俺は時間が無いのでメチャクチャに奴の記憶を消去していく。

「ガァァッァァァッッッ!」

 しかし、怒号と共に、エオゼルの全身から膨大な魔力が吹き荒れ、俺の体を吹き飛ばした。壁に思い切り叩き付けられた俺は、さすがにダメージで身動きが取れなくなった。

 一方、エオゼルはフラフラとしながらも、意識を保っているようだった。

「・・・・・・こ、これは妙な術を。油断しました。何と言う怖ろしい能力。私と似た力、記憶を消去する能力ですか?素晴らしい。これは是非とも手に入れねば。考えが変わりました。イシュア・ハリスティル。そこで、見ていなさい。我々の目的が果たされる、その瞬間を。なんという偶然か、貴方はまさに最高のタイミングで訪れたのです」

 と告げるエオゼルに対し、俺は何かを反論しようと思ったが、体がダルかったので今は様子見に徹する事にした。

「イ、イシュア。大丈夫なのか?」

 心配そうに、駆け寄ってきたメリルが声を掛けてきた。

「あ、ああ・・・・・・」

 とはいえ、マズイ状況なのは事実だ。何とか隙を突いて逃げるなり何なりしないと。

「かつて、この神殿にて戦いが繰り広げられました。知っていますか?」

「知るわけが無いだろう」

 そう素っ気なく答えてやる。

「いいえ、イシュア・ハリスティル。あなたは知っているはずですよ、その戦いを。終末戦争・・・・・・・。邪神レプソディアの因子が世界に解き放たれ、それを封印するための戦争。その最後の舞台が、この神殿なのです」

「馬鹿な、いつの時代の話だ。だ、大体、それは失われし時代の前の話で、勇者も魔王も存在が不確かな頃の物語だろう?」

「ええ、その通りです。そして、遙かな時は過ぎ、今のアレルカンの中心部にてゲートは開かれた。すなわち異世界××××との接続」

 すると、急に頭が痛み出した。奴は話を続けるが断片的にしか聞き取れなかった。

「私と弟はゲートを通り異世界から来たのですよ。多くの移民と共に。そして、ゲートは閉ざされた。時計の針を進める事を拒んだ人間達。それが私達であり、この世界の先祖達なのです」

「お、お前は・・・・・・・。俺は・・・・・・」

 何か変だ。俺の体、心、グラグラする。知っているのか?全てを。でも、それに気づいてはいけない。そんな気がして・・・・・・。

「ですが、私の弟は違った。時計の針を進めようとした。そして、私と弟は大樹を懸けて激しい戦いを繰り広げたのです。その結果、大樹は激しく損傷し、深い眠りについたのです」

「お前が大樹を傷つけた?」

「そうとも言えるでしょう。全ては世界の為。人類はこの大陸より出でるべきでは無いのです。しかし、科学技術が発展してしまえば、人類は宇宙へと旅立ち、そしてヴァン・アレン帯を突破し、外大陸リーン・ハーツへと辿り着いてしまうでしょう。そこは白卑(はくひ)の波動に満ちた狂いし世界。そこよりの狂気がこの大陸へと流れこめば、世界は終わりです」

 などとエオゼルは説明を続けた。何を言ってるか分からないのに、理解している自分が居る。それが怖ろしくてたまらない。俺は一体・・・・・・。

「ですが、我が弟の力は必要なのです。ですから、私は数百年をかけ、この神殿にて弟の魂を浄化し続けて来ました。封印の中において。おお、我が愛しの弟よ。今こそ蘇るのです。かつてのように共に世界を救おうでは、ありませんか。あなたの敬愛する皇子はおりませんが、兄である私が居ます。

さぁ、蘇るのですゥゥゥッッッ!」

 と叫び、エオゼルは祭壇に魔力を流しこんだ。すると、床が割れ、下から巨大な青白い結晶が現れだした。

 その結晶の中心には一人の大男が閉じ込められていた。

「弟よぉぉぉぉッッ!」

 さらに絶叫しながら、エオゼルは現れた結晶に拳を突き出した。

 それを見ている事しか俺達には出来なかった。

 今、結晶にはヒビが入っていき、結晶の封印が解かれていく。

 そして、中からエオゼルの弟であろう男がスタリと降り立った。

「おお、我が弟ザイゼルよ。久しいですね。私ですよ、お兄ちゃんですよ」

 と言うエオゼルを、ザイゼルという名らしい弟はジロリと見据えた。

「兄(あに)・・・・・・者(じゃ)・・・・・・?」

 そうザイゼルは確かに呼びかけた。

「おお、そうですよ、ザイゼルゥゥゥッッッ!」

 やけに興奮しだしたエオゼルから、再びオーラが吹き荒れていく。

 俺やメリルは顔を上げてられない程のオーラが吹き付ける中、ザイゼルは涼しい顔をしている。

「あれから、何年だ?」

 と、ザイゼルは兄に尋ねた。

「そうですね。321年になりますよ。私の記憶違いで無ければ」

「そうか・・・・・・ずいぶんと掛かったものだな」

 などとザイゼルは感慨深げに呟くのだった。

「ええ、ええ。かつては争いもした我らですが、弟よ。時間が無いのです。世界に危機が迫っています。力を貸して下さい。それを皇子も望んでいるはずですよ」

 と言うエオゼルに対し、ザイゼルは手を差し伸べた。

「何です?握手ですか?いいですねぇ。触れ合う事は素晴らしきかな。今こそ、お兄ちゃんと握手をしましょうねッッッ!」

 そして、エオゼルはガッシリとザイゼルの手を握った。

 しかし次の瞬間、兄であるエオゼルの悲鳴が響いた。

 なんとエオゼルの手が握りつぶされているのだった。

「ザ、ザイゼルッ、な、何を・・・・・・」

「兄者。貴様が皇子殿下を気安く語るなァァァッァアッッッッ!」

 刹那、エオゼルとは比べものにならない程のオーラが爆発した。

「キャアァッァ」

 耐えきれずにメリルが吹き飛ばされる。

「メリルッ!」

 なんとか地面にしがみつく俺は叫ぶも、何も出来ない。

 すると、触手使いトリアが触手でメリルを受け止めてくれた。

「ふふふ、貸し一つですよ。しかし、生きて出られるかは分かりませんが」

 そうトリアは冷や汗でメイクを滲(にじ)ませながら言うのだった。

「ヌグゥゥゥ。何故です、ザイゼル。あなたの心の汚れは、大樹の力により浄化されていたはずなのにッッッ!」

 と、エオゼルは痛みで顔をしかめながら問うのだった。

「はっ、知れたこと。我が魂の慟哭は、何人にも止められぬのだッッ!邪神だろうが、精霊だろうが六柱神だろうが大樹だろうが、俺の心に干渉はさせぬッ!しかし、世界に危機が迫るか?なればこそ、俺は大樹を手にし、世界の敵を滅ぼそうでは無いかッッッ!」

 そうザイゼルは高らかに告げた。

「いけませんッッッ!それをすれば、敵を討つことが出来ても、世界の均衡が崩れるのですよッ!」

「黙れッ!何人たりとも、俺の邪魔はさせぬ。それが出来るとすれば、皇子殿下か、あの方の愛した者のみだッッッ!」

 そして、ザイゼルを中心にして、強大なオーラが吹き荒れた。

ここに来て思う。正直、わけが分からない。しかし、一つだけ分かる。このままじゃ全滅だ。一刻も早く、逃げないと・・・・・・。

「この馬鹿弟がッッッ!このダイコン・ソードで再びの眠りにつきなさいッ!」

 と言い放ち、エオゼルはダイコンを構えた。

「大根ごときで、この俺を止められると思うなッ!大根おろしにしてくれるわァァァッァッ!」

 そう叫び、ザイゼルは両手から魔力を放った。

 エオゼルはそれを大根で必死に防ぐのだが、徐々に大根は削れていくのであった。しかし確かに、地面にこぼれるそれは大根おろしかもしれん・・・・・・。

「あぁ、焼き魚に大根おろしを付けて食べたいのじゃ」

 などとメリルは呑気な事を言ってやがる。

 そんな中、エオゼルとザイゼルの兄弟対決は続く。

 両者の膨大な魔力がぶつかり合い、衝撃波が発生しており、戦いの行方はよく見えないが、やはり弟ザイゼルの方が優勢のようだ。

「ラァァッァァァッァァァッッッ!」

 獣の如き咆哮をあげ、ザイゼルは渾身の魔力をこめし拳を突き出した。

 次の瞬間、大根は真っ二つに折れ、エオゼルの体は後方に弾き飛ばされていった。

「グッ・・・・・・相変わらずの馬鹿力ですね・・・・・・」

 壁に叩き付けられたエオゼルは、口元の血を拭いながら言った。

「ふん、兄者の力はずいぶんと弱まったようだな。それでよく俺を御せると思ったな」

「兄弟愛の力で何とかなると思ったのですがね・・・・・・」

「・・・・・・くだらん。確かに兄者、お前は麗しの兄ではある。だがッ!それも我が皇子殿下への忠誠と崇拝には劣るッ!今こそ、この腐った世界を再誕させようでは無いか。新たなる魂の循環を紡ぎ出し、皇子殿下が再誕できるようにせねばならぬのだッ!だが、同時に邪悪なる魂を排除せねばならん。その魂の一つ、それこそが兄者、お前に他ならぬッッッ!そして、これこそが兄者のためでもあるのだッ。腐った魂は腐った世界に赴くがいい。だが、安心しろ、兄者。皇子殿下さえ再誕なされれば、恐らく腐った兄者をも救って下さる事だろう。救世主(メサイヤ)の出現を待つ事こそが至高なのだ」

 とザイゼルは兄へと指差し宣言した。

「ザ、ザイゼル・・・・・・。お兄ちゃんに向かって何て口をッ!もう、怒りましたよ。激オコ・プンプンですよッッッ!お尻叩き百回でも許しませんからね!覚悟しなさいッ!」

 そうエオゼルも弟に対し、ビシッと指差し言うのだった。

 こうして両者のオーラはグングンと膨れあがっていく。

「あ、あの・・・・・・ちょっといいですか?」

 仕方なしに俺は口を挟む。

「なんだ、小僧。家庭の問題に口を出すな」

 そうザイゼルが不機嫌そうに答えてくる。

「いえ、僕と連れは関係無いんで帰っていいですか?」

「ふん、好きにしろ。目障りだ」

「で、ですけど出口が無くて」

 との俺の言葉に、ザイゼルは辺りを見渡して顔をしかめた。

 そして、無言で魔力をあちこちに放ち、壁に穴を開けていった。

「そら、そこらの穴から出て行け。とっとと失せるがよい」

「あ、はい。どうもすいませんでした」

 頭を下げて、俺はその場を後にする事にした。

「ほら。メリル、行くぞ」

「わ、分かったのじゃ」

 そうメリルは頷いてきた。

「私もご一緒しましょう。ここに居たら、命がいくつあっても足りそうにないですからね」

 などと触手使いトリアが言ってくる。

「もう、好きにしろよ・・・・・・」

 こうして、俺とメリルとトリアは穴をくぐって、急いでその場を後にした。

 一方、俺達が出て行った祭壇の部屋ではエオゼルとザイゼルの兄弟対決が繰り広げられるのだった。

 だが、ザイゼルと思しき圧倒的な魔力が爆発的に広がり、戦闘は終了した。

 恐らくはエオゼルが敗北したのだろう。

 すると、周囲が震動しだした。

「マズイですね。洞窟が崩れかかっているようです・・・・・・」

 そうトリアが呟いた。

「クソッ、早く脱出しないと」

 と俺が焦っていると、背後から何かが飛び出した。

 それこそボロボロとなったエオゼルだった。

「って、こっち来るなよッ!」

 思わず俺が言うと、エオゼルは俺の顔をジッと見据えた。

「イシュア・ハリスティルッ・・・・・・後は頼みましたよ」

 そして、エオゼルは俺の手に、1本の大根を手渡した。

「え、えっと?」

「奴はこれから大樹の下(もと)に向かうでしょう。そして、奴が大樹を手にすれば、世界に混沌が満ちる。それを私の代わりに阻止してください。どうか」

「い、いや、あんな化け物、無理なんだけど」

 すると、エオゼルが親指を立ててきた。

「ガッツですッ!」

「んな無茶な」

 頭を抱えたくなる事態だ。しかも、ゆっくりとザイゼルが近づいて来やがった。

「おいぃぃぃッ!こっちに招き寄せないでくれよ」

「大丈夫です。さぁ、トロッコに乗りなさい」

「えぇ・・・・・・?」

 とはいえ、大人しく従う俺達であった。

「トリア。彼らをサポートしてやりなさい。いいですね」

「ええ。任せて下さいな、グレート・エオゼル」

 そして、トリアとエオゼルは頷き合うのだった。

「さぁ、行きなさい。若者達よぉぉぉぉッッッ!」

 と叫びながら、エオゼルは全身の筋肉を隆起させ出した。それと共に、奴のピチピチの服が破れていく。

 なんだか嫌な予感がしてきた。

「フンヌゥゥゥゥゥゥッッッ!」

 エオゼルは何と思い切りトロッコに手の平で押したのだった。

 次の瞬間、猛烈な加速が生じ、トロッコは火花を散らしながら来た道を逆に戻っていった。

「ヒィィィィィィッッッ!」「キャアァァッァァ!」

 俺とメリルは絶叫と悲鳴をあげる事しか出来なかった。

 そして、いつの間にかトロッコは終点に到着していた。

「ひ、酷い目にあった・・・・・・」

 げっそりとしながら呟くと、最下層の方にて爆発音が響き、急に静かになった。

「さぁ、急ぎますよ、皆さん」

 と触手使いトリアが何故か仕切り出すも、あえて突っ込むまい。そんな事よりも洞窟の鳴動は増しており、あちこちが落盤しつつあった。

 そして、俺達3人は少しエオゼルの身を案じながらも、洞窟の外へと脱出するのだった。

「ぜぇ、ぜぇ・・・・・・・」

 全速力で駆けたら思ったより疲れて、俺は息を荒げていた。

 そんな中、洞窟の入り口すら崩れつつあった。その時だった。何かが入り口から出てきたのだった。

 思わず身構えると、それは最初に遭遇した触手使い・・・・・・ゼクトンだったか?である。

 ヒビ割れたモノクルを付けたゼクトンは、間一髪で洞窟から脱出したのだ。

 ずいぶんとしぶとい奴め・・・・・・。

 しかし、ともかく俺達は生き残ったのである。まぁ、何とかなるものだな。



 第3話

 

 俺とメリルは羊飼いのオジサンの家へと向かっていた。しかし、俺達の後ろには、奴らが居た。

「なんで、お前達が付いて来るんだよ」

 そう俺は触手使いのゼクトンとトリアに言うのだった。

「いやぁ、グレート・エオゼルに頼まれましたしねぇ」

 などと妙な笑みを浮かべながら、道化師の触手使いトリアは答えるのだった。さらに、モノクルを付けた触手使いゼクトンが口を開いた。

「・・・・・・私は頭を強く打ったのか、記憶が定かでは無いのだ。故に、お前達に付いて行ってやろう。感謝しろよ、このダンディズムあふれる私が居れば、百人力だろう」

 とのゼクトンの発言に頭が痛くなった。というか、こいつらのキャラが濃すぎて、俺の存在が霞んできている気がする。まぁ、深く考えないでおこう。

「はぁ。それより、あのザイゼルとかいう弟は兄貴と一緒に、洞窟に埋もれちまったのかな?」

「どうでしょうねぇ」

 そうトリアが言うや、山が突如として噴火した如くに爆発した。

「な、なんだッッッ!」

 しかし、よく見れば、それは見た事のある魔力であり・・・・・・。

「ザイゼルの魔力ですねぇ、あれは」

 トリアの言葉に、俺は冷や汗が止まらなかった。

「ちょっと、待て。あんな化け物、世に放っていいのか?」

「それは良くないでしょう。グレート・エオゼルもおっしゃっていた通り、世界に混沌が訪れる事となるでしょう」

「勘弁してくれよ・・・・・・」

 頭を抱えながら俺は呟くのだった。すると、メリルが口を挟んできた。

「あ、イシュアッ!大変な事を思いだしたのじゃ」

「おお、メリル。何だ?重要な事なら早く言ってくれ」

「うむ、なのじゃ。ワチシ達、ここに転送される前、銀髪のお化けさんを見たじゃろう?」

「ああ、おかげで大変な目に合ってるな」

 ため息混じりに俺は答えた。

「それで前に、ワチシがイシュアにお風呂を覗かれたと皆に言った事があったじゃろ?」

「あったなぁ。あれは災難だったぞ・・・・・・」

「うぅ、ごめんなさいなのじゃ。許して欲しいのじゃ。でもあの時、お風呂で本当に銀髪の何かを見たのじゃ。ただ、顔はよく見えなくて、丁度、イシュアがお菓子を作ってくれなかったし、イシュアのせいにしてみたのじゃ」

「そ、そうか・・・・・・。その時に出た何かが、再び俺達の前に出てきたと?」

「多分、そうなのじゃ!」

 などと胸をエッヘンと突き出しながら、メリルは言うのだった。

「で、重要な話ってそれか?」

「うむ」

「お前なぁ。今はザイゼルを何とかする方が先だろう?あぁ、どうすれば」

「うぅ、ごめんなさいなのじゃ、イシュア・・・・・・」

 そうメリルはしょんぼりとした。

「ま、まぁ。あんまし気を落とすな。しかし、困ったな」

 すると、ゼクトンが手を挙げてきた。

「ところで、私の名前は何だったか、青年、知っているか?」

「え?ゼクトンだろ?」

「ほう、ゼクトンか・・・・・・あまり格好良くないな。まぁ、仕方ない。親から貰った名だからな、ゼクトンという事にしておこう」

 などとゼクトンは納得したようだった。

 一方、触手使いのトリアは俺達の会話をニヤニヤしながら聞いているのだった。本当に、こいつは何を考えているのか良く分からない。

「本当はゼクトロスなんですけどねぇ・・・・・・」

 と、ボソッとトリアは呟いていたのだった。


 ・・・・・・・・・・

 崩落した洞窟より無理矢理に脱出したザイゼルは天を見上げていた。

 周囲の全てはザイゼルの魔力により吹き飛ばされており、荒野の如くと化していた。

「虚しいものだ。仕えるべき主が居ないと言うのは。いや、皇子殿下、あの方は俺のような身分の卑しい者すら対等に扱ってくれたか。だが、それでも永劫の忠誠を誓ったのだ、俺は。・・・・・・大樹エレ・システィアよ。今、行くぞ。巧妙に隠されているようだが、俺の目はあざむけんッ!ハァッッッ!」

 そして、ザイゼルは天に向けて極大の魔力を放った。

 わずかな間を置き、その魔力は空に直撃した。

 刹那、空がヒビ割れていき、リンと音を発しながら、何かが出現した。

 それは重力に抗い宙に浮遊する島であり、そこには傷ついた大樹が生えていた。

「そのような浮島(うきじま)に大樹を隠していたとはな。誰の仕業か?兄者では無かろう。まぁいい。さぁ、道よ開けッ!真の求道者の前には、自ずと道は現れるのだッッッ!」

 との叫びに呼応するように、虹色の道が浮島へと架かっていくのだった。

「さぁ、いざ行かんッ!」

 そして、ザイゼルは一歩を踏み出すのだった。


 ・・・・・・・・・・

 この少し前、俺は疲れたので草原で休んでいた。

「ところでさ、お前達って結局、何がしたかったんだ?」

 そう根本的な所を触手使いの二人に聞いてみた。

 これに答えたのはトリアだった。

「守秘義務に反するので、詳しくは話せないんですがねぇ。まぁ、私達はグレート・エオゼルに雇われたんですよ。まぁ、それで彼に協力してたんですねぇ」

「つまり、何も知らないと?」

「まぁ、基本そうなりますねぇ。あ、でもソド狼をここらに放ったのは私ですよ。この草原なら、彼らも育ってくれそうでしたしね」

「その元凶はお前かッッッ!」

 と思わず叫んでしまった。いかん、心を落ち着けないと。

 すると、モノクルを付けた触手使いゼクトンが立ち上がり言った。

「それよりも、何か大切な事を忘れている気がする・・・・・・。そうだッ!女性を触手で犯さねばならないんだった!我がリビドーの赴くままに。え、アァァッァアッァッッッ!」

 ゼクトンがアホな事を口にしていると、奴の触手が勝手に動き出し、奴自身を襲いだしていた。

「やめ、やめてッッッ!青年、助けてくれッッッ!」

「自業自得だ、馬鹿。絶対に、メリルには手を出すなよ」

「私はもっとグラマーな女性がッ、アァッァァッァァッッッ!」

 とうとう触手に完全に覆われたゼクトンは何も言葉を発せなくなった。

 まぁ、放っておこう。

「イシュア。ありがとうなのじゃ」

 とメリルが礼を言ってくる。

「ん?別に気にするな」

 そう素っ気なく答えてやる。

「えへへ、イシュア。大好きなのじゃ」

 などと言いながら、メリルは甘えてきた。

「仲が宜しいですね、グッフッフ」

 すると、触手使いトリアがニタリと笑みを浮かべながら、声を掛けてきた。

「うるせ。それよりも、本当に何も知らないのか?大樹がどうとか言ってたが」

「そうですね、グレート・エオゼルは大樹の力を少し利用できたようですよ。本人の話によると。それでその大いなる力を使い、弟のザイゼルを封印してたんじゃないですかねぇ?」

「なる程。でも、弟の力が必要になって、封印を解いたらやられたと」

「そうなりますねぇ」

 とのトリアの言葉に、俺はため息を吐く事しか出来なかった。

「そう考えると、少し可哀相な奴だな」

「ですねぇ」

 しみじみとトリアが相づちを打ってきた。

「まぁ、オジサンの尻に大根を入れるような奴だから、自業自得だが。しかし、エオゼルから貰ったこの大根、どうすればいいんだ?」

 俺の手には未だに大きな大根が握られていた。

「大根おろしにして食べるのじゃ!」

 とメリルが手を挙げて発言してきた。

「お、お前なぁ。流石にそれは・・・・・・」

「うぅ、でもそれだけ大きければ端っこくらい大丈夫なのじゃ、イシュアぁ」

 などと、うる目で哀願してきやがった。

「わ、分かった、分かった。端っこだけな。今、取るから」

 そして、俺はナイフを出して、大根を少し切り取った。

「ほら、メリル」

「わーい。なのじゃ。後で大根おろしにするのじゃ」

 ニコニコとしながら、メリルは袋に大根の欠片を大切そうにしまった。

 何と言うか微笑ましい気分にさせる奴だ。

 その時、轟音が空から響いた。

「な、なんだッ?」

 仰ぎ見れば、空に浮いてる島らしき物が姿を見せていた。

「あ、あんなもの有ったか?」

「いえ、私の知る限りありませんねぇ。しかし、あれこそ大樹なのでは?」

 触手で指差し、トリアは言うのだった。確かに、巨大な木みたいのが生えている・・・・・・。

「ん?なんだ、あれは?虹が架かって行くぞ」

 と言うのは、顔だけ触手から出すゼクトンだった。しかし、今のゼクトンの状態は、何て言うか触手が赤ちゃんを覆う《おくるみ》みたいになってるな。残念な奴め。

「どうも、あの虹の道を渡り、エオゼルが大樹へと向かうようですねぇ」

「へぇ・・・・・・」

 嫌な予感がしつつ、俺はトリアに生返事した。

「さぁ、イシュア君。今こそ勇者の如くに大樹を救う時ですねぇ。グッフッフ」

 などとトリアが妙に嬉しそうに言ってくる。

「勘弁しろよ。大体、どうやってあんな上空へと行くんだ。飛行魔法なんて基本、現代の魔導士には使えないんだぞ。他には飛行船とかが使えれば良いだろうが、それも現状じゃ無理だろ?かも、あの虹の道、少しずつ地面の方から消えてってるし。もう、どうしようも無いだろ」

「そうでもありませんよ。私に名案があります」

 とトリアは自信満々に答えた。

「へぇ、どんな?」

「今こそ、触手の真価をお見せしましょうッ!」

 そして、トリアは触手を天に伸ばしていった。

「ま、まさか。このまま、浮島まで触手を届かせようって言うのか?」

「ええ。そのまさかですよ、グッフッフ」

 ここに来て、俺は道化の触手使いトリアを見直しだした。ただの変人では無いようだ。

 しかし、触手は100フィス(25メートルくらい)まで伸びたら、急に力を失い地面に落ちてきてしまった。

「ふむ、ここらが限界のようですね」

「おいッ!全然、駄目じゃ無いか」

 やはり、トリアは頼りにならなかった・・・・・・。

「まぁ、もう一度やってみましょう。さぁ、ゼクトン、共に触手を天に伸ばしましょう」

 ゼクトンも触手操作の記憶を改竄されたものの、人を襲おうとしない限りは普通に使えるようで、ニョキニョキと天に向かって伸ばして行くも、途中でやはりヘタってしまい、やはり全く届きそうに無かった。

 しかし、俺やメリルはそれを見ている事しか出来ないのだった。


 ・・・・・・・・・・

 その頃、世界連盟においては緊急会合が開かれていた。

 常駐している各国の連盟大使は慌ただしく、その場に集まっていた。

 そして、議事進行役である議長が会議を進めていった。

 また、これとは別に事務総裁という役職があるのだが、現在においてこれは議長と兼任となっていた。

 さて、連盟議長である初老の男ケルサは、ドルナ国の出身であった。

 この国は東の小国であり、カルギス王国の実質的な属国だった。

 そして、カルギス王国とはアレルカンの国境線を越えてきた軍事大国である。イシュアの働きにより、何とか事態は治まったが、世界連盟の間において、カルギスの立場は相当に悪くなっていた。それと共に、属国であるドルナ国も肩身の狭い思いをしているのだが、表面上は何食わぬ顔で議長国として尊大に振る舞っているのだった。

「さて、皆さん。本日は突然の会合によくぞ集まってくれました。いやぁ、お忙しかったでしょうが、本当にありがとうございます」

 と、ケルサ議長は大げさに手を広げながら言った。

「それよりも事態は急を要しています。大樹の封印が解かれたのですから」

 そう冷たく告げるのは、最強の軍事大国とも称されるレギンヘイブ国大使であるカッツィアであった。中性的な外見の彼女は、鋭く議長を見据えていた。

 これに気圧され、ケルサ議長はしどろもどろに成りながらも、説明をし出した。

「え、えぇと。レギンヘイブのカッツィア連盟大使のおっしゃいます通り、精霊の国エレ・シアにおいて、空中神殿に封じられていた大樹エレ・システィアが脅威にさらされているとの報告が入っています。アレルカンに存在する共鳴結界塔の探知能力者の話によりますと、空中神殿の封印が破られたとの事です、はい」

 とのケルサ議長の言葉に、場は騒然となった。

「お、落ち着いて下さい。しかし、恐らくは誤報でしょう。この数百年間、大樹の封印は無事だったのですから。探知能力者の勘違いと考えるのが妥当であると私は思いま」

 すると、ケルサ議長の言葉を遮る声があった。

「何を血迷っているか!」

 凜とした女性の声が辺りに響いた。

「まさか・・・・・・」

 誰とも無しに、その声の正体に気付き、呟いた。

 数人の護衛官を従え現れたのは、長く透き通るような銀髪の女性であった。

「世界連盟・盟主、シェハネア・エル・アーシア様・・・・・・」

 そう誰かがその名を畏怖と共に口にするのだった。

「精霊の国エレ・シアは世界連盟の非加盟国です。その自治は守り人により行われています。大樹の守り人たる彼らは、どうも責務を果たしていないようですね」

 盟主シェハネアは微かに残念そうに告げるのだった。そして、彼女は言葉を続けた。

「彼の国は実質的な鎖国を維持しており、他国の干渉を拒んでいます。確かに、それは一つの国家が有する権利ではあるでしょう。ですが、自由や権利とは責任を果たせる者のみが有する事が許されるのです。事態は一刻を争います。エレ・シアの政府へ、大樹の守り人達へ伝えなさい。世界連盟は大樹の保護のため、飛翔艇ハイン・アークを派遣すると。もちろん・・・・・・異論はありませんね?」

 との断定的に言うシェハネアに対し、ケルサ議長は口を挟んだ。

「盟主様。しかし、それはあまりに乱暴すぎます。もう少し、様子を見てからでも」

「様子を見て、世界が滅んだらどうするのです?それにあなたの意見を聞く必要はありません。拒絶権を持つ五大国さえ賛同すれば。五大国の大使は今すぐに、賛成ならば起立し、手を挙げなさい」

 この盟主の言葉に、レギンヘイブを含む、四つの大国は起立し手を掲げた。

 残るはアレルカンの国境地帯に侵攻してきたカルギス王国の大使のみだった。

「カルギス王国大使アクスマン。先日の件に引き続き、連盟に泥をかぶせるつもりですか?いかに拒絶権を有するからといい、あまりに無体な事を繰り返せば、あなた達の立場は無くなりますよ」

 すると、苦々しい面持ちでアクスマンは立ち上がり、ゆっくりと挙手をするのだった。

 それを見て、シェハネアは満足そうに頷いた。

「よろしい。では、我が隷下にあるオルタナ魔導騎士団を出動させます」

「お待ち下さい、盟主閣下」

 盟主を止めたのは、レギンヘイブの連盟大使カッツィアだった。

「盟主閣下、まさか御自身も赴かれるのですか?」

「ええ。そうなります。オルタナの魔導騎士達は私の目の届かない所では、やんちゃをする事がありますから」

 薄い笑みを浮かべ、シェハネアは答えた。さらに、シェハネアは加えて告げた。

「それに、私は不死者です。ご心配は無く」

 と言い残し、盟主シェハネアは髪を後ろで束ね、颯爽と場を後にするのだった。


 ・・・・・・・・・・

 精霊の国エレ・シアにおいて、守り人達が急遽、集まっていた。

「厄介な事となった。世界連盟がこうも強行をしてくるとは・・・・・・」

 そう忌々しげに言うのは、守り人の長であるギル・セであった。

「しかし、大樹の封印が破れたのも事実。現在、飛行船の準備をしていますが、そもそも飛行船の速度は遅く、到着には時間が掛かるかと」

 と槍を手にした守り人は説明した。

「・・・・・・となると、やはり世界連盟の飛翔艇ハイン・アークが先に着くか。それを受け入れるしか無いとは」

 守り人の長ギル・セは重苦しく嘆息した。

 その時、異様なオーラが守り人達の中心に渦巻いた。

 現れたのは霧かガスで出来た何かだった。その何かは明確な意志を持って、蠢きだした。

《長きに亘る平穏と伝統が、外部の者の手により砕かれようとしている。嘆かわしいですね・・・・・・》

 その言葉は確かに霧状の何かから念話として発せられた。

「ミスティス・・・・・・失われし霧の生命体」

 と、守り人の誰かが思わず口にした。

「これは、ミスティス・ハサンナ殿。貴方が現れるからには、何か理由がおありなのでしょう?」

 一縷の望みにすがるように守り人の長は言うのだった。

《私の力をお貸ししましょう。さすれば、今まさに大樹を襲わんとする忌まわしい輩を、止める事も叶うやも知れません》

 とのミスティスの発言に、場はざわついた。

「それは一体」

《ミスティスである私は精神体を遠方に飛ばす事が出来ます。一種の転移魔法のようなものです。ただし、それは霊体であり、特殊な環境でしか物理的な作用を及ぼす事は出来ません。その特殊な環境とは、膨大なマナに満ちた場であり、すなわち大樹の付近もこれに適用します》

 そうミスティスは守り人の長に答えた。

「えぇと、つまり大樹へと一瞬で移動する事が出来るのですか?」

《可能です。しかし、私自身はロクな魔力を持ちません。ですので、皆さんの内の誰か数名の精神を、大樹へと転送するのが良いかと》

「なる程。誰か、我こそはという者はおらんか?」

 すると、槍を持った守り人を含めて、5人の男が手を挙げた。

《いいでしょう。5名ならギリギリ可能です。今すぐ行っても?後遺症などが起きる可能性もゼロではありませんが》

「彼らも守り人として覚悟はしておりましょう。そうだろう、お前達?」

 との長の声に、守り人達は頷いた。

《では、共に参りましょう。大樹エレ・システィアへと》

 刹那、周囲の空間が暗黒面に接続し、湾曲し出すのであった。


 ・・・・・・・・・・

 その頃、浮島に到着したザイゼルは、自身に迫る奇妙な気配を感じ取っていた。さらに、ザイゼルの前方の空間が突如として歪み出した。

「ほう、何事だ?」

 獰猛な笑みを浮かべ、その歪みをザイゼルは見据えた。

 すると、守り人達の精神体が転送されてきた。

 その守り人達の姿は黒く暗く、影そのものと言えた。

『何者かは知らぬが、排除させて貰う』

 と、守り人カル・ケルは槍を構え、宣告した。対し、ザイゼルは口を開いた。

「貴様らは何だ?いや、その衣装・・・・・・見た事がある。そう、守り人とやらだったか?だが、その影の如き姿、それは」

その時、彼らの背後には霧状の生命体、ミスティスが出現した。

 これを見て、ザイゼルは怒りを爆発させた。

「そういう事かッ!何と言う事、誇り高き守り人が、ミスティスと手を組むかッ!理解しているのか、守り人どもよッ?その霧の化け物どもが、かつて失われし時代において何をしでかしたかをッ!奴らこそ世界の敵。なる程、兄者が言っていたのは、こいつも含まれるか?」

《惑わされてはいけません。この男は狂っています》

 と、ミスティスは冷静に守り人達に囁いた。

『承知』

 そう答え、槍の守り人カル・ケルは同僚と共に魔力を高めだした。

「いいだろう、その世界の敵ともども葬り去ってくれるわッッッ!」

 と吼え、ザイゼルは魔力を解放し、一気に守り人達へと襲いかかるのだった。


 ・・・・・・・・・・

 この頃、俺は段々と飽きだしており、メリルと一緒に、お婆さんから貰った弁当を食べていた。

「いやぁ、おいしいなぁこれ。なっ、メリル」

「うむ、なのじゃ。イシュアと一緒に食べるとさらにおいしいのじゃ」

「はいはい」

 適当にメリルを受け流して横を見れば、トリアとゼクトンの二人が必死になって触手を天に伸ばそうとしている。しかし、やはり途中で触手はヘタってしまい、少しも浮島に届く気配は無い。

「今回は出番が無さそうだな」

 そうボソッと呟いた。すると、それを聞いていたのか女悪魔イラナが出てきた。

『イシュア。方法はあるぞ。転移魔法を使えばいい』

「あのなぁ、そう簡単に言ってはくれるけど、あれ使い方も良く分からないし、制御も出来ないし。なるべくなら二度と使いたくないんだけど」

『そうも言ってられないぞ。上を見てきたが、大変な事になっている』

 とのイラナの言葉に、俺は嫌な予感を覚える。

「大変って?」

『ザイゼルが影みたいな男達と戦っている。しかも、男達のバックにはミスティスが居た』

「ミスティス?なんだ、それ?」

『お前は何も知らないんだな、イシュア。かつて世界を支配していた霧状の生命体だ。まぁ、詳しい事は私も知らないんだがな。とはいえ、奴らはこの閉鎖大陸においては絶滅したはずだが、生き残りが居たとは』

 などと説明されても、正直よく分からない話だ。

「しかし、その男達とミスティスとかが居れば、何とかなるんじゃないのか?まぁ、彼らに期待するという事で」

『イシュア。お前は本当に怠け者だな・・・・・・』

「指揮官とはそんなものさ」

『誰が指揮官だか。もういい。大変な事になっても私は知らんぞ』

 そう言い残し、イラナは消えて行ってしまった。

 しかし、妙な胸騒ぎがする。もしかしたら、また戦わなきゃいけないのだろうか?正直、戦いたくないんだが・・・・・・。

「ん?」

 とはいえ、運命は俺を追いこむのが好きなようだ。

 なんと突如として、時空演算器が出現して勝手に発動し出しやがった。

「ま、待て。やめろ、この展開はシャレになってないって!アァァッァ!」

 次の瞬間、俺やメリル達は転移魔法に巻きこまれていくのだった。


 ・・・・・・・・・・

 一方、浮島において、壮絶な闘争が繰り広げられていた。

「ルォォォォオッッッッ!」

 咆哮をあげ、ザイゼルは四方に魔力を放っていく。

 その魔力を守り人達は器用に躱していき、ザイゼルに剣や槍などそれぞれの武具で攻撃を放っていく。それらの武具は幼い頃より鍛錬を共にした愛具であり、体の一部とも言えた。

 だが、長い年月をかけて習得した妙技は、ザイゼルにかすり傷しか負わせられなかった。

(この男、強い・・・・・・)

 そう槍使いカル・ケルは冷静に敵を認めた。

(しかしッ!)

 刹那、カル・ケルは槍の先端に渾身の魔力をこめ、ザイゼルに無数の突きを放った。神速の刺突をザイゼルは巨体に似合わぬ俊敏さで、避けていく。

 これにはカル・ケルも目をわずかに見開かずには居られなかった。

 そんな中、ザイゼルの反撃が来る。烈風を巻き起こす程のザイゼルの拳がカル・ケルに迫る。

 対しカル・ケルは防御結界を槍を中心に張り、ザイゼルの拳を受けた。

 次の瞬間、猛烈な衝撃が伝わり、カル・ケルは後方に飛ばされていった。

 だが、大振りにより生まれたザイゼルの隙を、他の4人が見逃すはずも無い。それぞれ別の方向から、ザイゼルに4人は迫った。

 四方向よりの不可避の攻撃が繰り出される。

 しかし、その刹那、なんとザイゼルの体から腕がさらに2本生え、合計4本の腕を有したのだった。そして、それら4つの拳で4人の攻撃を防ぐのであった。

 拳に張られた強大な魔力と、武具にこめられた渾身の魔力がぶつかり合い、衝撃波が生じる。だが、吹き飛ばされたのは守り人達の方だった。

 そして、4人の守り人達は力を失い、姿を消していった。彼らの精神は遠く離れた肉体へと戻って行った。

 一方、残った槍使いカル・ケルは実質的な勝敗が決した事を理解していた。

(どうする・・・・・・。相討ちを狙うか?いや、それさえ通じる相手では無い。こうなっては連盟の飛翔艇が来るまで時間稼ぎをするというのが、現実的な線だろう)

 そうカル・ケルは瞬時に結論した。

『お前は何者だ。何故、大樹を狙う?分かっているのか、その意味を?』

 と問いかけ、時間を引き延ばそうとした。

 対し、ザイゼルは鼻で笑った。

「フンッ、敵わぬと分かれば時間稼ぎか?みっともない限りだ」

『違いない。しかし、魔力を交えてみて分かる事もある。お前は単なる破壊者では無く、何か志を有しているのでは無いか?その瞳にこめられた決意からもそれは覗える』

「・・・・・・面白い、それを感じ取るか。だが、今お前の相手をしている暇は無いのだ。後でゆっくりと話ならしてやろう。もっとも、次に会う機会があればだがなッッッ!」

 そう叫び、ザイゼルはさらなる魔力を解放した。

(あれが・・・・・・本気では無かったのか)

 予想を上回るザイゼルの力量に、カル・ケルは絶望した。

 しかし、守り人として背を見せるわけにはいかなかった。

 覚悟を決め、カル・ケルは自身の最大の魔力を解き放った。

 その時であった。

 これより始まるであろう両者の死闘に水を差す者が現れたのだ。

 彼女こそは虹色の髪を有する、大樹の巫女であった。

『まさか・・・・・・巫女様?』

 カル・ケルは思わず呟いていた。しかし、巫女はそれに答えず、代わりに名乗りをあげた。

「私の名はえぇと・・・・・・なんだっけ」

 すると、カル・ケルが口を開いた。

「大樹の巫女エレ・シフィア様ですよね?」

「あ、そうだった。うん、忘れてた」

 これを受け、ザイゼルは興味深そうな表情を見せた。

「ほう、大樹の巫女・・・・・・いや、大樹の化身か。すなわちアバターッ!なる程。この閉鎖大陸における限定的な力で、俺に立ち向かうか?」

「ッ、私は戦う力など持ってない。お前は何故、大樹を苛(いじ)めようとする?なんで母様をッ!」

 と涙目で叫ぶのだった。

「母様?なる程、確かにお前を生んだのは大樹。なればこそ母親と言っても違いは無いだろう。しかし、どういう事だ?どうせならば、もっと守護者としてふさわしいアバターを作ればよいものをッ!」

「そ、それは・・・・・・」

「ふん、人形は答えを知らぬか。まぁいい。刃向かう力が無いのなら、そこをどいておれッ!力なき者は無理に抗わぬ事だ。痛い目を見たくなければな」

 そうザイゼルは警告するのだった。だが、少女シフィアは従わなかった。

「嫌だッ!母様を守るんだ、私はッ!絶対にッ」

 涙をポロポロと零しながら、シフィアは叫んた。

「ならばッ!覚悟しろッッッ!」

 そう吼え、ザイゼルは拳に魔力をこめた。

「ヒッ」

 と、悲鳴を漏らし、シフィアは思わず目を瞑ってしまった。

 その時、上方に何かが突如として現れた。

「アァッァァァ」

 情けない声をあげて落ちてきたのはイシュア達であった。

 ちなみに、モノクルの触手使いゼクトンも同時に転移してきており、彼は不運な事にザイゼルの真上から落下してしまい、ザイゼルの拳を喰らって遠くへと吹っ飛んでいった。

「ほう、小僧。貴様かッッッ!」

 狂喜の笑みを浮かべ、ザイゼルは言い放った。


 ・・・・・・・・・・

 転移してきた俺は周囲を見渡すと、やばい状況だった。

「え、あれ?もしかして、浮島に来ちまったのか?クソッ、大樹に引き寄せられたのか?っていうかザイゼルも居るし」

 あまりの事態に腹が痛くなってきた。

「魔導士、お前なんで?」

 そう尋ねてきたのは、虹色の髪の少女だった。

「ん?っていうか、お前こそ何でここに?」

「それは私は大樹の巫女で」

「あぁ、なる程ね。しかし、早く逃げた方がいい。いくらお前に魔法の才能があるとしても、奴は別格だからな。子供が敵う相手じゃ無い」

 と、優しく俺は忠告してやった。

「あ、ありがとう・・・・・・」

 そう言い、虹髪の少女は後ろに下がるのだった。この程度のアドバイスで礼をされるのも、照れるものだ。さて、俺も逃げるとしようかな。

「いやぁ、流石ですねぇ。少女の代わりに戦おうなんて」

 後ろから触手使いトリアの言葉が聞こえる。しかし何を言ってんだ、こい

つは?誰が誰と戦うって?

「凄いのじゃイシュア。その勇敢さは、やっぱりワチシの勇者様なのじゃ!」

 そうメリルが追い打ちをかけてくる。

「い、いや待て。お前達、何かを勘違いしてるぞ。あれはそういう意味で言ったのでは・・・・・・」

 だが、俺に向かってザイゼルが問答無用で近づいて来ていた。

「小僧。いい度胸だ。せめて苦しみ無く倒してやろう」

「え、えぇと・・・・・・。えぇい、やけだッッッ!」

 そう叫び、俺は大根を構えた。

「ほう、我が兄の意志(ダイコン)を継ぐかッ!いいだろう、ならば俺も剣を見せようッ!」

 とのザイゼルの言葉と共に、奴の上方の空間が鳴動を始めた。

 そして、空間がヒビ割れ、漆黒の二刀の剣が現れたのだった。

「皇子殿下より授かりし二刀の剣術を受けるがよいッッッ!」

 などと言い、よく見たら4本腕のザイゼルは2本の腕でそれぞれの剣を掴み、妙な構えを示した。

 とはいえその構えはヤバイ程の威圧感を有しており、全く勝てる気もしなかった。

「では行くぞッッッ!」

 そんな事を言われても、このままじゃ一刀両断でゲーム・オーバーだ。

 しかし、俺はついていた。わずかに後ずさった時、偶然、こけたのだ。

 地面に倒れる俺の真上をザイゼルの2刀が唸りをあげる。

 さらに偶然は続く。

 突如として浮島が揺れ出し、ザイゼルの方に傾いたのだった。

「チィィッ!」

 構わずにザイゼルは、地面の俺に向けて剣を振り下ろしてくる。

 しかし、重力に流されるままの俺は、ザイゼルの股を通り抜ける感じで滑っていった。この時、俺は魔眼を発動した。

 そして、周囲の状況を冷静に分析する。

(見えた。我が勝利への方程式がッ!)

 俺は全力でダイコンを突き上げた。狙うはザイゼルの尻だ。

 正直、あまりに下品な戦術だが、今はこれしか無い。

 いや、別に触れて記憶操作するのでもいいけど、それは兄のエオゼルでやった時に失敗してるし。やはり、ダイコンを有効活用せんとな。ダイコンによって記憶を失えば、ザイゼルも大人しくなるだろう。

 こうしてスロー・モーションの中、ダイコンは吸込まれるようにザイゼルの尻へと向かう。

 そして、上手く目標に命中した・・・・・・そう思ったんだけどな。

 何故か、それ以上は突き刺さらなかったのだった。

(やばッ)

 と思うも、ザイゼルの蹴りが俺に炸裂し、俺は吹き飛んで行くのだった。

 ゴロゴロと床を無惨に転がっていく俺。しかし、ゾンビなのですぐに立ち上がる。とはいえ、体力的にはかなり厳しい。これは本当にピンチだぞ。

 すると、ザイゼルは何を思ったか急に笑い出した。

「フッハッハ!小僧、面白い、面白いぞッッッ!だが、残念だったな。俺はかつて兄者にカンチョーをされて以来、尻の周囲は魔力で防御しているのだ。その程度のダイコンが突き刺さるはずも無かろう、この愚か者がッ。ハッハッハ!」

「あ、そうですか・・・・・・」

 悲しい過去を知り、俺は少し可哀相な気持ちになった。

 一方、何がおかしいのか、ザイゼルは高笑いを発し続けている。

「こらぁ、ワチシのイシュアを馬鹿にするなぁぁ、えいッ!」

 と叫び、メリルはザイゼルに対し何かを投げつけた。

 それは上手い具合にザイゼルの口に入りこんだ。

「ん?」

 すると、ザイゼルはその何かを飲み込んでしまったようだ。

「小娘?我が口に何を入れたッ?思わず飲んでしまったでは無いか?まぁ、俺はあらゆる毒に耐性があるから、問題は無いがなッ!」

 と勝ち誇ったように言うのだった。

「えっと、今のはダイコンの欠片なのじゃ?」

 そのメリルの言葉を聞き、ザイゼルは凍り付いたようだった。

「ま、待てッ!兄者のダイコンかッッッ!」

「う、うむ、なのじゃ」

「しまったァァァァッァッッッッ!」

 とのザイゼルの絶叫が響く。

「ヌォオォォォッ、き、記憶がッッッ!」

 頭を抱えるザイゼル。この隙を見逃すわけにはいかない。

 俺は奴の胸に拳を突き出した。

 そして、大根の記憶消去に加え、俺の能力による記憶改竄が始まる。

 今、俺とイラナはザイゼルの記憶空間に入っていた。

『ここは・・・・・・』

 目の前の光景に俺は思わず言葉を漏らした。

 そこは砂漠であり、幼いザイゼルが一人の青年と旅をしていた。

「皇子殿下ッ!」

 とザイゼルは無邪気な声で言うのだった。

 逆光で皇子らしき青年の顔はよく見えないが、相当に端正なのでは無いかと思われた。もしかしたら、ザイゼルにとり皇子は後光の差すような存在と言えたのかも知れない。

「ああ、ザイゼル。もう少しでオアシスだ。頑張ろうな」

 そう優しく言葉を掛けるのだった。

 場面は変わり、夜のオアシスとなっていた。

「星を見ると思い出す、あの人の事を・・・・・・」

 夜空を仰ぎながら、皇子は呟くのだった。

「皇子殿下。泣いてるんですか?」

「え?ああ、そうだな。もう涙なんて涸れ果てたものと思ってた」

 そうザイゼルに答え、皇子は頬を伝う涙を拭うのだった。

「ザイゼル、ありがとな。君が居ると寂しさがまぎれるよ」

「こ、光栄です、皇子殿下!」

 と本当に嬉しそうにザイゼルは言うのだった。

 しかし刹那、周囲の風景が白く塗りつぶされていった。

『記憶消去が始まったな』

 そう告げるのはイラナであった。

『・・・・・・なぁ、イラナ。大根の記憶消去を止める事は出来ないのか?』

『何を言っている、イシュア?出来るが、それに力を割けば記憶改竄は終了してしまうぞ。このチャンスを棒に振るのか?』

『それは分かるよ。でも、今まで色んな人の記憶を見てきたけど、これ程までに強く響いた思い出は無かった。この記憶は本当にザイゼルにとり、大切なものじゃないのかな?』

 との俺の言葉に、イラナは考えこんだ。

『甘いな、イシュア。だが、今回はお前に従おう。ただ、後悔はするなよ』

『ああ。記憶を復元しよう』

 そして、俺とイラナはザイゼルの記憶を修復していくのだった。

 

 意識が現実に戻ると、ザイゼルの頬から涙が伝っていった。

 まさに、鬼の目にも涙という奴か?

「お前なのか?これはお前の力か、小僧?」

 そのザイゼルの声には、どことなく優しさがこめられていた。

「ああ、あんたの記憶を修復した。だけど戦うってのなら容赦はしない」

「そうか・・・・・・忘れていた。皇子殿下との記憶。あの悲劇と共に、多くを俺は自ら忘却していたのだ。しかし・・・・・・駄目だな。どう考えて見ても、今の俺を見て皇子殿下は笑いかけてくれる気がしない」

 と涙声で言い、ザイゼルは両膝を着き、男泣きに泣いた。

 突然の事態に、俺はどうすればいいか分からなくなった。

「さ、さすがなのじゃ、イシュア。改心させてしまったのじゃ!」

 などとメリルが言ってくる。

「いやぁ、少しキュンと来ましたねぇ」

 そう呟くのは道化の触手使トリアだった。

「あ、いたた。ん?どうなった?」

 と今頃になって目を覚ましたモノクルの触手使いゼクトンも尋ねてきた。

「すごい・・・・・・」

 虹色の髪の少女も目をパチクリさせながら、そう賞賛してきた。

「もしかして、なんとかなった?」

 そう誰にとは無く、俺は言うのだった。

《ええ、最高の形に》

 ゾッとする声が響き、霧状の何かがザイゼルの襲いかかった。

『ミスティスッ!』

 とのイラナの言葉が響く。

 一方、霧状の何かはザイゼルの体に吸込まれていった。

「や、やめろッ、グォォォォッッッッ!」

 ザイゼルは苦悶の絶叫を発していく。

「な、なんだッ?」

 あまりの展開に、俺は戸惑いの声をあげる。

 刹那、ザイゼルの体から禍々しい混沌のオーラが吹き荒れた。

《素晴らしいッ!この肉体。これならば、私の覇道を成すに足ります。あぁ、どれ程の時を待っていたか。連盟の影に怯え、辺境に棲みつき、守り人どもに頭を下げ・・・・・・しかし、これは天恵とも言えましょう。これならば、大樹に干渉も可能》

 そして、ザイゼルに憑依したミスティスとやらは、嫌な高笑いを発した。

『待て、ミスティス。お前は一体!』

 と槍を持った男(守り人の影)が叫ぶも、これがまずかった。

《黙りなさい》

 そうミスティスが言うや、槍の男は何処かへ消えて行ってしまった。

《さぁ、大樹よッッッ!その力、頂きましょうッッッ!》

 と叫びながら、ミスティスは大樹に対し手を向けた。その手から今まさにミスティスの魔力が大樹に放たれんとしていた。

「やめてッッッ!」

 虹色の少女の悲痛な声が響く。

 その時・・・・・・。


「彼(か)の敵を焼き払いなさい」

 飛翔艇ハイン・アークにて、壮麗なる盟主による冷酷な命(めい)が発された。

 そして、飛翔艇より無数のレーザーが浮島に目がけて放たれるのだった。

 閃光とそれに続く爆発がイシュア達を襲った。

「な、な、なんだッッッ!」

 と叫ぶも、イシュアは吹き飛ばされて意識を失うのだった。

「イシュアッッッ!」

 倒れるイシュアにメリルが駆けつける。

 また、レーザーは大樹の根にも直撃し、大樹の悲鳴が念話で木霊した。

「母様がッ!やめて、やめてッッッ!」

 虹髪の少女シフィアは泣き叫ぶも、その声は飛翔艇まで届くよしも無かった。いや、仮によしんば届いたとしても、無慈悲なる盟主は聞き遂げるはずも無い。

《これは・・・・・・飛翔艇ハイン・アーク。クッ、こんなにも早く辿り着くとは。

銀の盟主シェハネアッ、吸血鬼ふぜいが私の邪魔をするかッ!》

 怨嗟の声をミスティスは漏らすのだった。

 だが、容赦なくレーザーは周囲に降り注ぐのだった。


「盟主様。これ以上の攻撃は大樹に影響がでるやも知れません」

 と砲撃手が告げた。

「構いません。大樹はこの程度なら再生します。むしろ、この邪悪なる気配。ミスティス・・・・・・。必ず、滅すのです」

「了解!」

 そして、さらなるレーザーの砲撃が続くのであった。


「これは年貢の納め時やも知れませんねぇ」

 冷や汗を伝わらせながら、道化の触手使いトリアは呟くのだった。

 この時、モノクルの触手使いゼクトンは爆発に巻きこまれ、再び気絶していた。

《だが、今ならばッッ!》

 ザイゼルに憑依したミスティスは、その体を操り、一気に大樹へと跳んだ。

 しかし次の瞬間、ミスティスの体にレーザーが直撃した。

 そして、大樹の根元に落ちていった。

《あ、あと少し・・・・・・あと少しで・・・・・・不完全な形でもせめて》

 ミスティスは手を大樹の根に伸ばした。震える手の中、ようやくミスティスは大樹の根に触れるのだった。

 刹那、大樹への浸食が始まる。

 しかし、その浸食が突如として弾かれた。

《なッ、私の力に抗うッ?そんな、ま、まさか。これは大樹であって、大樹でない?あ、ああ・・・・・・嘘・・・・・・そんなはずは。これは生命の樹(セフィロト)だと言うの?そんな、でもだとすれば辻褄(つじつま)が》

 次の瞬間、大樹からまばゆい光が発されていった。

 そして、大樹の内から新たな光の樹が現れていった。

「母様・・・・・・?」

 突然の事態に、虹髪の少女シフィアは声を漏らした。

『に、げ、て・・・・・・』

 との大樹の声が響き渡った。

 そして、崩壊が始まる。浮島と元の大樹が崩れていく。

「あ、ああ。母様ッッッ!」

 シフィアの絶叫も、崩落に消えていく。


「これは・・・・・・」

 空中に出現した光の樹を目撃し、盟主シェハネアも驚きを禁じ得ないようだった。

 しかし、光の樹より聖なる波動が吹き荒れ、飛翔艇を襲った。

 何もかもが浄化の光に包まれ、世界の秩序が砕けていく。


『お、ねが、い、です。めいふ、のおう、のむすめ。どうか、ききを、しらせて。《あえれ》のちから、をもつ、ゆうしゃ・・・・・・・。そのひと、に』

 との大樹の切なる声が響く。

 それは女悪魔イラナに確かに届き、彼女の体を結界で守った。

 そして、イラナは光に飲まれること無く、光の衝撃に吹き飛ばされていった。


 どれ程の時間が経っただろうか。

『う・・・・・・あ』

 目を覚ました女悪魔イラナは、起き上がり向かうのだった。

 剣の院に居る勇者候補生レオネスのもとへ。

 

 

 その頃、崩れた洞窟の山は静寂に満ちていた。

 すると、地面がわずかに盛り上がっていき、なんと人の首が出てきた。

 彼こそは兄者ことエオゼルであった。

「フンッ!」

 と声をあげ、エオゼルは周囲の土を吹き飛ばし、中から跳び出て来るのであった。

「ふむ・・・・・・大変な事になってしまったようですねぇ」

 そのエオゼルの声には弱冠の震えが混じっていた。

 彼の視線の先にはオーロラが広がり、その下(もと)には光輝く生命の樹(セフィロト)が空中に幽出しているのだった。

「強すぎる光は、大いなる闇を生む。危険ですね。やれやれ、まぁそれも運命(さだめ)なのですかね?」

 そう呟き、エオゼルは生命の樹(セフィロト)へと、ゆっくりと歩いて行くのだった。



第4話

 

 剣の院、医務室にて勇者候補生レオネスは医術師であるホリーとチェスをしていた。

「しかし、イシュアとメリル寮長は何処に行ったんでしょうね?居なくなってから、数日が経ちますけど」

 そうレオネスは少し心配そうに言うのだった。

「さぁな。大方、新婚旅行にでも行ったんじゃないのかな?」

 とホリーはニヤリとしながら答えた。

「えぇ、まさか」

「いやいやあり得る話だぞ。まぁ、心配は要らないだろう」

 などと事態を知らないホリーは口にした。

 その時、医務室の扉が叩かれた。

「どうぞ」

 そうホリーが扉の外へ声を掛ける。

 入って来たのは少女に見える魔導士ヘクサスであった。彼女はイシュアに記憶を操作されて、大人しく学院で過ごしているのであった。

 そんな彼女は気絶する女悪魔イラナを抱えていた。彼女は記憶こそないものの、元々がアバター使いなので、イラナを視認する事が出来た。

 これを見て、ホリーはガタッと椅子から立ち上がった。

「彼女はイシュアと契約した悪魔のイラナだな。何があった?」

 そうホリーは尋ねかけた。

「えぇと。森を散歩してたら倒れてたんです。でも、この子、少し変なんです。実体が無いと言うか、そんな感じで」

「分かった。ともかく、ベッドに寝かせよう」

 そして、ホリーは女悪魔イラナをベッドに運ぶのだった。

「えぇと、そこにイラナ?が居るんですよね」

 とレオネスがホリーに聞いた。

「ああ。お前は見えないだろうが、確かにここに彼女が居る」

 そのホリーの言葉に、ヘクサスも頷いた。

「しかし、これはただ事では無いだろうな・・・・・・」

 と、ホリーは眉をひそめながら呟いた。


 女悪魔イラナが目を覚ましたのは半日後であった。

 そこにはホリーとレオネスのみが居た。

『あ・・・・・・私は学院に辿り着けた・・・・・・?』

 囁くようにイラナは尋ねた。

「ああ。森の所で倒れていたみたいだ」

『イシュア達が・・・・・・・危ない。大樹が暴走をして・・・・・・いや、大樹に似た何か、あれは危険・・・・・・』

 と言いかけ、イラナは咳き込んだ。

「イラナ。順番に話してくれ。それに無理にしゃべるな。もちろん、急ぎ話さなければならない事情があるなら仕方ないが。しかし、だとしても焦りは禁物だぞ」

 そうホリーはたしなめた。

 これを聞き、イラナはコクリと弱々しく頷き、少しずつ話し始めるのだった。


 全てを聞き終わったホリーはレオネスにその内容を伝えた。

 イシュア達の危機を知り、レオネスは驚きを禁じ得なかった。

「まさか、そんな事態になってたなんて。どうすればいいんでしょう、先生?」

「大樹は助けを呼んでいたのだろう?《アエレ》の力・・・・・・勇者・・・・・・。レオネス、恐らくは君の事だろうな」

 と、難しい顔をしてホリーは告げるのだった。

「ならば、急いで精霊の国エレ・シアに行かないと」

「そう焦るな、レオネス。少し考えて見る必要があるだろう。まず、精霊の国エレ・シアに行く手段だ。元々、あそこは出入国の審査が厳しい。入国許可証を得なければならないだろう。あの国は高地に位置しており、飛行船を使わないと入れないようになっている。その飛行船は一週間に一度くらいしか出ていないと聞く。ともかく、そちらの方は私が明日、情報を集めよう」

「お願いします・・・・・・」

 と答え、レオネスはため息を吐いた。そんな彼にホリーは告げた。

「もう一つ、問題は誰が行くかだ。私やシェルネやヘクサスは学院の外にはいけない。カルギス王国の裏切り者である私達が剣の院の外に行けば、追っ手が掛かるだろう。しかし、イラナをレオネスは見る事が出来ないんだよな・・・・・」

「はい・・・・・・。アバター能力を持つ者しかイラナを見る事は出来ないんですよね」

「そうなる。となると、やはり私が行くしか無いか?」

 ホリーは難しい顔で考えこんだ。

 すると、扉がいきなり開かれた。現れたのは勇者候補生であるサイオンであった。

 彼こそはイシュアを弱き者と勘違いしている存在であった。

「話は聞いたぞ、イシュアの危機らしいなッ!あいつは弱いから心配だ。さぁ、行くぞ、レオネス。案ずるな、私の家の権力を持ってすれば、精霊の国エレ・シアだろうと、簡単に入国できるだろう!」

 そう高らかに言うのだった。この突然の来訪者にレオネス達は驚きを隠せなかった。

「えぇと、サイオン?どうしてここに?」

 と、レオネスは尋ねた。

「フッ。私は地獄耳でな。イシュアという単語が聞こえたので、急ぎ駆けつけて、聞き耳を立てていたのだ。あいつはここ数日、見えなくて心配していたのだ。奴を守ると約束したしな」

すると、これを聞いたホリーは納得して頷いた。

「ふむ、サイオン君か。まぁ、丁度いいかな。じゃあ、入国許可証に関しては君に任せた」

「任されましたよ、先生」

 と、誇らしげに答えた。

 すると、レオネスが心配そうに口を開いた。

「大丈夫なんですか、ホリー先生?」

「ん?まぁ、仕方ないだろう。戦力は多い方がいい」

 その時、サイオンの従者である愛らしい少女が手を挙げた

「あ、あの。よく分からないのですが、サイオン様に万一の事があると私達、非常に困るのですが。いえ、戦争とかなら仕方ないところがあるのですが、その・・・・・・」

「こら、アデミナッ!余計な事は言わんでいい」

「サイオン様、す、すみません・・・・・・」

 その時、イラナは従者アデミナと目が合ったのを感じた。

『待て、お前、私が見えるのか?』

「え?い、いえ・・・・・・」

『って、会話も出来ているじゃないか』

 とのイラナの突っ込みに、従者アデミナは口を急いで押さえた。これを見て、ホリーは興味深げに言うのだった。

「・・・・・・ふむ、サイオン君。君達はまさに大樹を救うために選ばれたようなものだな」

「え?そうですか。いやぁ、照れますな。ハッハッハ!大樹だろうと何だろうと、この選ばれし勇者サイオン、救ってみせますよ」

「うむ、期待している。それより、アデミナさん。君はどうしてアバターを見る事が出来る?君もアバター能力者なのか?」

 そうホリーは詰問した。

「え?アバター・・・・・・?よく分からないのですが、じ、実は私ッ、魔眼を保有してるんです。それで普通じゃ見えないものが見えたり、聞こえたりして・・・・・・。それで母が心配して、アルグレイフ家へとご奉公に私を出したんです。そういう特異な能力者を王の槍であらせられるサー・クルストフ様の下(もと)で引き取って頂けるとの事でして・・・・・・」

 とのアデミナの話に、ホリーは納得したようだった。

「なる程。事情は分かった。ならば、問題はない。サイオン、彼女達とレオネスと一緒に精霊の国へ向かってくれ」

「はい、先生。よしッ、行くぞ、お前達。ワッハッハッハ!大樹を世界を救うのだ。この勇者サイオンと仲間達がな!」

 そうサイオンは従者達に有無を言わせずに告げた。

 この後ろで、浅黒く日焼けした背が高く細身の従者トールズは溜息をつき、一方で、若いのに少し陰のある従者ジェイドは肩をすくめていた。


 ・・・・・・・・・・

翌日、支度を調(ととの)えたサイオンと従者達3人とレオネスは、ホリーに見送られて旅立つのだった。

「気を付けろよ、お前達。これは遊びじゃないのだから」

 そうホリーは少し心配そうに言った。

「はい。ではホリー先生、行って来ます」

 とレオネスは力強く答えた。

「さぁ行くぞ者(もの)共(ども)ッ!エイエイオー!」

 などとサイオンが声をあげ、彼らは旅立っていった。

 遠ざかる彼らをホリーは目を細めて見送った。

 しかし、妙な胸騒ぎがホリーを襲った。

(レオネス・・・・・・私は不安だよ。アエレの力、それは最後の魔王の有していた恐るべき力。もし、お前が本当にその力を持っているとしたら・・・・・・いや、今は考えても仕方ない。私には見送る事しか出来ないのだから。でも、レオネス。必ず帰って来い。サイオン達と、そしてイシュアとメリル寮長を連れて・・・・・・・必ず)

 そう心の内で告げるのだった。


 一方、サイオンはピクニック気分で脳天気に歩いていた。

「いやぁ、今日は天気もよくて、いい冒険(ぼうけん)日和(びより)じゃないか。アッハッハ!」

 とのサイオンの声が道中に響く。

「確かにね。何事も無く着けばいいけど・・・・・・」

 そうレオネスは周囲を微かに警戒しながら呟いた。

 こうしてレオネス達は西にあるカーシュの街へと向かうのだった。


 途中で中型の駅馬車(都市間を結ぶ馬車)に乗ったレオネス達は順調にカーシュの街へと進んでいた。そして、ようやくカーシェの街へと到着した。

「おお、やっと着いたな」

 窓から顔を出し、サイオンは満足そうに言うのだった。

「快適な旅だったね。アレルカンは道路がきちんと舗装されてるから、揺れも少なかったし」

 そう語るのはレオネスだった。これにサイオン達も頷いた。

とはいえ、それでも道中の揺れはあまり少なくなく、しかも狭い車内に詰められたので、乗り合わせた一般乗客は疲れ果てていた。もっとも、安い駅馬車に乗ってしまえば、過労で死ぬ者も居るくらいである。

ただし、駅馬車が存在するという事はそれなりの技術レベルがある事を意味する。

中世レベルの技術しか存在しなければ、道路網のインフラも弱く、さらに馬車の値段が非常に高く、さらに商人でない人々が遠方に行く必要も無いので、駅馬車は存在しないか、存在しても廃れる。一方、この世界・この時代では惑星アースにおける近世レベルの技術はあり(ただし銃火器の技術レベルは低く蒸気機関も存在しない)、故に駅馬車があるのだった。


すると、従者アデミナが尋ねかけた。

「レオネス様は外国を旅された事がおありなのですか?」

「え、ああ。父さんと一緒にね。昔の事だけど」

「それは剣聖シオネス様でしょうか?」

「うん。偉大すぎる父を持つと大変だよ」

 とレオネスは苦笑するのだった。これを聞き、サイオンは共感を示した。

「ふむ、分かるぞ、レオネス。私の父も中々に偉大だからな。まぁ、私の将来に比べたら霞んでしまうだろうが」

「はは、サイオンは凄いな。僕もそのくらい自信を持てたらな」

「まぁ、そう褒めるな。アッハッハ!」

 そうサイオンはいつも通りの高笑いを発するのだった。


 駅馬車から降りたレオネス達は目的地の列車へと歩いていた。

「えぇと、この先に列車の駅があって、そこにある列車に乗れば精霊の国エレ・シアへの国境線に着く」

 と、レオネスが確認の説明をした。これを聞き、サイオンは興味深げに口を開いた。

「ほう。しかし、列車か。鉄の箱が走るのだろう?面白いな」

「うん。先頭を魔獣が牽引してるって話だけど」

 すると、巨大な駅が見えて来た。

「よーし、いざ進まんッ!」

 と叫び、サイオンは駆けて行くのだった。


 切符を買い、構内に入れば、そこの線路には3両編成の大きな列車が止まっていた。

「ほう、これが列車か。ふむふむ、馬車よりは相当にでかいな」

 などとサイオンが感想を呟いていた。

「キャッ!な、何か居ますッ!」

 そう従者アデミナは叫んた。思わず身構えるレオネスであったが、彼女の見たものを知り、力を抜いた。列車の前には大きな生物が転がっているように見えた。

「あれは列車を引っ張る魔獣だよ。大きなイモ虫みたいな形をしているんだ」

 とのレオネスの説明で、アデミナも少しは安堵したようだった。

 一方でサイオンは目を輝かせ出した。

「なんだ、あれは。素晴らしく可愛いぞ。おーーーーいッッッ!」

 そして、サイオンは芋虫の魔獣へと走って行ってしまった。

「サイオン様は大きな生き物を好まれるのです。象さんとか」

 と従者の一人が説明した。

 その頃、サイオンは芋虫の前に立っていた。

「ほう、なんとつぶらな瞳だ。まるで象さんのようだ。うむ、可愛さマックスだぞ、これは」

 と興奮するサイオンを、イモ虫はキョトンと見つめるのだった。

「ほーら、ほーら。バナナをあげような。食べてごらん」

 そう語りかけ、サイオンは袋から取り出した高価なバナナをイモ虫の前に、惜しげも無く差し出すのだった。

 すると、イモ虫は触角のようなものを使い、バナナを器用に掴み、口に運んだ。

 刹那、イモ虫の顔が喜びに満ちた。

「よーし、よーし。おいしかったか?また後であげるからな」

『イモッ!イモムー!』

 と、イモ虫は鳴き声をあげるのだった。その様子をレオネスは感心しながら眺めていた。

「へぇ、完全に懐いてるなぁ」

「サイオン様は大きな生き物に愛される才能をお持ちなのです」

 と従者の一人トールズが説明した。


 それからレオネス達は構内にある宿屋に泊まり、出発の時を待った。

 翌日の早朝、レオネス達は列車に乗り込み、席に座った。

 そして、しばらくすると念話のアナウンスが流れ、列車は徐々に動き出した。

「ふむ、イモ虫さんは頑張り屋さんのようだな。後でオヤツをあげにいかねばな」

 などとサイオンは腕を組みながら言うのだった。

 そんな中、車掌が乗客の切符を確認していった。切符はサイオンが全員分を預っており、車掌はその切符を拝借して、サイオンに返した。

「よい旅を」

 と朗らかに言い、車掌はアクビをしてから、その場を後にするのだった。

 

 列車は緩やかに(魔獣がよく休憩をするので)、国境線に向かい進んで行く。

 その揺れ心地のせいか、いつの間にかサイオンは眠っていた。また、他の乗客達も同じく疲れているのか、安らかに寝ていた。

「はぁ、何とか無事に国境まで着きそうだね」

 と、レオネスは呟いた。

 すると、女悪魔イラナが突如として現れた。それを見た従者アデミナはびっくりして、声をあげそうになった。

『おい、お前達。敵だ!アバターの気配を感じる。近づいているぞ。おい、従者。皆に伝えろッ!』

 そうイラナは焦りを滲ませながら、アデミナに告げた。

「え。あ、はい。レオネス様。敵のアバター能力者が近づいていると、イラナ様がおっしゃっています」

 これを聞き、彼らは臨戦態勢に入った。ただし、眠りこけているサイオンは除く。

「起きて下さい、サイオン様。サイオン様ッ!?」

 必死に従者の男トールズがサイオンを揺さぶって起こそうとするも、サイオンは全く起きる気配を見せなかった。すると、レオネスが抜刀しながら尋ねた。

「イラナッ!敵は何処に居るんだ?」

『前の方からだ』

「前方だそうです!」

 とアデミナがイラナの言葉を伝えるのだった。

 その時、サイオンを起こそうとしていた従者が突如として床に倒れた。

「え?トールズ。どうしたんです、トールズ?ね、寝てる?」

 そうアデミナは倒れた仲間に声を掛けるのだった。

「まずい、敵の能力だ。サイオンとトールズを連れて、後ろの車両に待避する。急げッ!」

 とのレオネスの命令に、アデミナともう一人の従者ジェイドは頷き、従った。

 そして、レオネス達が一つ後ろの車両に移った時、アデミナともう一人の従者も気絶するように眠りだしたのだった。

 残るはイラナとレオネスだけだった。

「これは・・・・・・。しかし、なんで僕だけが起きてられる?・・・・・・まさか、ホリー先生の能力みたいに、対象に触れると発動する能力?つまり、眠りが連鎖していく力。僕も眠る彼らに触れたら、眠ってしまうのか?でも、だとすると最初に眠ったサイオンはいつ能力を受けた?・・・・・・まさか、あの車掌。切符を受け取る時にサイオンに触れていた?」

 などと思考していくのだった。

「いや、考えても仕方ない。ともかく敵の本体を討とう。敵のアバターに触(ふ)れるか、アバターに触(ふ)れられたモノに触(さわ)らなければ問題は無い。よし、あの車掌を倒そう。イラナは彼らを見ていてくれ」

 そう見えないイラナに告げ、レオネスは来た道を戻った。

扉を開ければ、まさにそこには車掌が鋭い目つきで立っていた。

「お前かッ!お前がアバター能力者なんだなッ!」

 怒気をこめて、レオネスは叫んだ。

 これを聞き、車掌はその顔を歪めた。

「剣聖シオネスの子レオネス・・・・・・・しぶとい」

 その発言はレオネスの問いへの暗の肯定であった。一方、さらにレオネスは続けた。

「大人しく投降しろ。僕はお前のアバターを把握している。その輪郭を。太陽の如き頭部を持った一つ目のアバター、それが正体だ」

「なる程。確かに、見えているようだね。しかし、アバター能力を有してはいないのだろう?アバター能力者同士の共鳴を感じないからね。私は特にそれを強く感じるタイプなのだから」

「・・・・・・お前はカルギス王国の人間か?」

 すると、車掌は薄い笑みを見せた。

「さぁ、どうかねぇッッッ!」

 刹那、車掌のアバターがレオネスに迫った。しかし、レオネスは剣技を発動して、迎え撃つのだった。対し、アバターは拳で刀を受ける。

 そして、アバターの拳とレオネスの刀がぶつかり合い、火花を散らしていく。

 ここで周囲で眠る乗客に被害が生じるかも知れない事に思い至り、レオネスは一気に跳び、天井を斬り裂きながらそのまま上に移動した。

「面白いッ!」

 そう叫び、車掌は追撃を開始した。

 今、両者の戦いは列車の上へと舞台を移したのである。

「フフハッ!灼熱の炎弾よッッッ!」

 と軽く詠唱をし、車掌は炎の魔弾を次々と放っていった。さらに、アバターもレオネスに迫っている。

 しかし、レオネスは剣技護衛陣にて、そのことごとく全てを防いだ。

 さらに、遠距離用の剣技飛燕を車掌に向けて放った。それは車掌の足下にぶつかり、その衝撃で車掌はよろめいた。

 この隙に、レオネスは車掌へと一気に距離を詰めた。

 レオネスの神速の刃が車掌に迫る。次々に繰り出される剣撃を車掌はかろうじて躱していくが、しまいには一撃を斜めに喰らいかけるのだった。

 その風圧を受け、車掌は列車の屋根をゴロゴロと転がり、列車から落ちかけるのだった。

 なんとか屋根の端を掴む車掌であったが、彼の喉元にはレオネスの刀が突きつけられていた。この事態に、車掌は嫌な汗を滲ませるのだった。

「は、はは。流石だね」

「少しでもアバターを動かせば、斬る」

 そう無慈悲にレオネスは宣告した。

「わ、分かった、分かった。そ、それより上にあがってもいいかな?このままだと落ちてしまうよ」

「嘘を吐くな。お前の筋力はまだ保(も)つ。しばらくそのままで僕の質問に答えろ」

 とのレオネスの言葉に、車掌はコクコクと頷いた。

 その時、レオネスは足下から異様な殺気を感じ取った。とっさにレオネスは優位な立場を捨て、横に跳んだ。次の瞬間、レオネスには見えていなかったが、新たなアバターの腕が列車の屋根をすり抜ける形で突き出ていた。

「よっと」

 と口にし、この隙に車掌は列車の屋根の上に戻って居た。この事態に、レオネスは焦燥を抱いていた。

(まずい。敵は二人居たのか?だとすると、新たな能力が来る。しかも、屋根越しに攻撃されると演算が難しくて、避けるのが難しい・・・・・・)

 そうレオネスは瞬時に思考するのだった。すると、車掌は余裕の表情で言うのだった。

「2対1は不利と思ってるだろう?だけど、実はもう詰んでるんだな、これが!」

 次の瞬間、車掌の持つ太陽のアバターが光輝いた。

 すると、レオネスの視界が失われるのだった。

(これはッ・・・・・・)

 突然の事態に、レオネスは愕然とした。

「特別に私の能力を教えてあげよう。まぁ、お察しの通り、敵の視界を一定時間奪う能力だ。ちなみに、能力を敵に説明する事で、発動時間が3倍となる。ちなみに発動条件は、敵から一定以上のダメージを受ける事だ。まぁ、視界など見えずとも魔力探知は出来るだろうが、避けるのは難しくなるんじゃないのかな?」

 との車掌の言葉に、レオネスは無言で答えた。すると、車掌は呑気な事にアクビをするのだった。

 一方、レオネスは暗闇の中、考えを巡らしていた。

(しかし、どういう事だ?この車掌は人を眠らせる能力を持つんじゃ無かったのか?いや、違う。そうか、勘違いをしていた。敵の能力は眠りを連鎖させる力。つまり、車掌に触れると寝てしまうのは事実だが、車掌は能力の使い手ではなく、能力を使われた側なんだ。だからこそ、車掌も実は相当に眠いのかも知れない。恐らく、車掌に対しては眠る能力を弱めているのだろうが・・・・・・)

 すると、何者かが穴から屋根の上に跳んできたのをレオネスは感じた。

 そこに現れたのはパジャマ姿で枕を持った少女だった。彼女の背後には、月の形をした頭部を持つアバターが控えていた。

「・・・・・・兄さん、無駄話をし過ぎ」

 と、少女は車掌をたしなめるのだった。

「おっと、そうだったね。まぁ、レオネス君。案ずる事は無い。私達は君達を殺す気は無い」

 そう妙に優しげに車掌は告げるのだった。しかし、レオネスは余裕の笑みを浮かべた。

「でも多分、僕の勝ちだと思うけど」

 と、レオネスは不敵に言うのだった。対し、車掌は怪訝(けげん)な表情を見せた。

「何を言っている?」

「そろそろ魔獣の休む時間だ」

「何ッ?」

 まさにその時、列車が停止した。魔獣のイモ虫は疲れてしまったのか、動きを止めて体を少し丸めだしていた。

 止まる列車の上にて、レオネスは小袋を車掌に向けて投げつけた。小袋の中には黒い粉が入っており、それを微かに車掌は吸ってしまった。

「な、なんだ、これはッ!」

 すると、車掌の目がトロンとし出した。

「う・・・・・・急に眠気が。まさか・・・・・・」

「眠り薬だよ。万全の状態なら大して効かないだろうけど、今のお前は元々が眠いのだから。でも、列車が止まってくれて幸いだった。動いていると風で粉が流れていってしまうから」

「クソ・・・・・・」

 と呟き、車掌は完全に眠ってしまった。

 それと共に、レオネスの視界が回復したのであった。

 両目を見開いたレオネスは、パジャマ姿の少女を鋭く見据えた。

「さぁ、どうする?まだやるのか?」

 と、レオネスは凄んた。

「・・・・・・ごめんなさいでした」

 そう少女は頭を下げた。しかし刹那、彼女は穴から列車の中に戻り、屋根越しにアバターで攻撃していくのだった。

「読んでたよ」

 次の瞬間、少女のアバターはレオネスの刀によって屋根ごと一刀両断されていたのだった。これにより砕け散っていく月のアバター。そして、アバターを破壊され、少女は成すすべも無く気絶した。

「はぁ・・・・・・終わったか」

 そうレオネスはため息混じりに呟くのだった。


 ・・・・・・・・・・

「ほう、私が寝ている間に、敵が来ていたのか。それは災難だったなぁ、レオネス」

 と、目覚めたサイオンは言葉を掛けた。

「はは。まぁ、何とかなってよかったけどさ」

 そうレオネスは苦笑混じりに答えた。

「しかし、この二人どうしたものか・・・・・・」

 と、レオネスは縄で縛られた車掌と少女を見て言うのであった。すると、従者トールズが口を開いた。

「一応、他の乗客に見えないように、この二人の周りには隠匿の結界を張ってます。ですから、人目を気にする必要は無いかと思われます」

「ありがとう、トールズ。とはいえ、この二人にアバターを使われると危険だな」

 そうレオネスは呟くのだった。これを聞き、従者アデミナが手を挙げた。

「あ、あの。女悪魔のイラナ様が、彼らの能力を吸い取って無効化してくれてるそうです。というか今、食べてます」

 とのアデミナの説明の通り、女悪魔イラナは二人の頭にかじりつき、アバターの力を吸収しているのだった。霊体のイラナに噛みつかれても肉体的な外傷は無いが、二人は悪夢を見ているかにうなされていた。

『こいつらの力はホリーやシェルネやヘクサスと違って、奪いやすいな。感じとしては、彼女らを天然型とすれば、こいつらは量産型と呼ぶべきかな?しかし、ようやく力が戻って来たな。イシュアと離れてはいるが、これなら多少は戦えるかも知れないぞ』

「だ、そうです」

 と、アデミナはイラナの言葉を伝えるのだった。

「それは良かった。でも、彼らが何者かが問題だな。少なくとも、僕らの旅路を邪魔する者、邪魔したがっている者が居るようだ」

 そのレオネスの言葉に、イラナは反応した。

『イシュアが居れば、こいつらの記憶を読むことが出来るが、あいにく今の私一人では、

ろくに記憶を読むことは出来ない。ただ、何となく伝わってくる感じだと、カルギス王国の者じゃないな、こいつらは』

「と、イラナ様は申してます」

 そうアデミナは告げた。

「なら、彼らは一体・・・・・・」

 と、レオネスが呟いた瞬間、前方の橋が爆破されて落ちていった。

「なッ!」

 レオネス一同は突然の事に、驚愕した。

 これにはイモ虫の魔獣も驚いてしまい、列車は急停止した。

「ともかく外に出よう。敵が近くに居る。他の乗客を巻きこむワケにはいかない」

「待て、レオネス。捕まえた二人はどうする?列車の中に置いておけば、敵に奪われてしまうかも知れんぞ」

 そうサイオンはレオネスに言った。対して、レオネスは即断した。

「仕方ない。この二人も連れて外に出よう。あまり良くない事だが、二人を盾にすれば、敵も攻撃をしてこないかも知れない」

『そんな甘い連中だと良いけどな・・・・・・』

 と、イラナはボソッと呟くのだった。


 車掌と妹の二人を、サイオンの従者トールズとアデミナが易々と抱え、レオネス達は外に出た。他の乗客達も次々と外に出て、前方の橋が谷底に砕け落ちている様子を、驚嘆と恐怖と共に眺めていた。

 レオネス達はこれらの乗客達と離れるように、前方の橋へと近づいていった。

 すると、風が渦巻き、そこから一人の男が現れた。

 彼は仮面をつけた道化師のように見えた。

 だが、彼がただの道化では無い事は、彼に纏わり付く禍々しく強大な魔力から容易に察せた。

「だ、駄目です。あれは桁が違います。化け物ですッ!」

 と、魔眼で何かを視たアデミナは体を震わせながら告げた。

 しかし、恐怖というモノを知らないサイオンは全く臆する事は無かった。

「だとしても、やるしか無かろう!レオネス、やるぞッ!」

「ああ!」

 こうして、レオネスとサイオンは道化師へと立ち向かっていった。

 対して、仮面の道化師は嬉しそうに唇の端を歪めた。

「若いねぇ。そして、おいしそうだ」

 道化師はレオネス達の攻撃を避ける素振りを全く見せなかった。

 だが、次の瞬間、道化師の背から8本の半硬質化した触手が生え、レオネスとサイオンの刃を防いだ。さらに、道化師は楽しむように、レオネスやサイオンの衣服を触手で切りさいていった。

「うーん、そそるねぇ」

 と、仮面の道化師は舌なめずりをした。

「ええい、邪魔だ!」

 そして、サイオンは上着を無理矢理に千切って脱ぎ捨てた。

 すると、道化師は少し残念そうな顔をした。

「君はチラリズムというものが分かってないね」

「フッ、褒められてしまったようだな」

 と、上半身裸のサイオンは何も分かっていなかった。

 こうして、仮面の道化師とレオネス達の戦いは続く。


 一方で、従者アデミナとトールズは、サイオン達に加勢しようかどうか迷っていた。

 仮面の道化師とサイオン達の戦闘は激しさを増しており、並の使い手ならば加勢をしても逆に足手まといになりかねなかったが、従者アデミナとトールズならば問題なく助勢できた。

 ただ、従者である自分達が無理に加勢をすれば、サイオンの機嫌は悪くなるだろう事が予想され、アデミナ達は困っていた。

 とはいえ、徐々にサイオン達が押され出したのを見て取り、アデミナ達は戦闘の意を決した。

 その時だった。

 背後からポンと手を鳴らす音が響いた。

「傾注、傾聴!」

 振り返れば、列車の上に、一人の女が立っていた。

 また、彼女は道化師の男と同じく仮面をつけていた。

 さらに、その仮面の女は見知らぬ少年を片手で掴んでいた。

 いや、厳密に言うならば、蜘蛛の糸のようなおぞましき魔力によって少年は捕まっているのだが、幸運か不運か少年は気絶しており、その禍々しさを感じずに済んでいた。

 その少年は恐らくは一般乗客であり、彼の両親らしき人物は遠くで倒れ、気絶していた。

「さて、状況は少しは飲み込めたかな?ただし、君達が思っているより状況は悪い。何故ならば、私の能力は生命体を爆弾に変える力だから」

 刹那、仮面の女の背後にアバターが現れ、そのアバターは機械仕掛けの人型にも見えた。

 さらに、そのアバターが少年に軽く触れるや、少年の頭上に時計が浮かぶ上がった。

 その時計には目盛りが三つ用意されていた。

 ちなみに、この時計もアバターの一種なのだろうが、それは一般人でも視る事が出来た。

 いや、機械仕掛けのアバターの方も、微かであるが見えるのである。これは他のアバターと大きく違う特徴と言えた。

「3秒だ。私が手を離せば、この名も知らぬ一般乗客の子供は心臓が3回鼓動(こどう)するほどの時間で爆発する。もちろん、この子も死ぬし、周囲の者達も死ぬ。ただし、私には爆発は効かない。私自身の能力だから」

 この仮面の女の言葉に、乗客達はワッと逃げ出した。

「さて、どうする?剣の院の子供達よ。大人しく投降すれば、君達を殺しはしない。ただし、君達は全てが終わるまで、監禁させて貰うけどね」

 あまりに無茶な要求に、従者アデミナは固まった。

 また、レオネスとサイオンも仮面の道化師との戦いを中断し、仮面の女を睨み付けていた。一方、仮面の道化師はと言えば、戦闘というお楽しみが中断されてしまい、つまらなそうに肩をすくめていた。

「卑怯だぞッ!無関係の子供を人質に取るなんてッ!」

 思わずレオネスは叫んだ。

「若い・・・・・・若いね。ともかく、武器を捨てなさい。この子を殺されたくなければね」

 これにレオネスは怒りで顔を歪めた。

 そんなレオネスに対し、サイオンは肩を叩いた。

「安心しろ、レオネス。問題ない。見ていろ、私の従者が居る」

 この言葉に、仮面の女は後ろを振り返った。

 そこにはアデミナ、トールズに続く三人目の従者ジェイドが忍び寄っていた。とはいえ、サイオンの発言により奇襲がばれてしまったワケであるが。

「サ、サイオン様・・・・・・何で言っちゃうんですか?」

 と、従者アデミナは呆れた風(ふう)に言った。

「ムッ・・・・・・。ま、まぁ、ジェイド!何とかしろ!おい、頼む!このままだと私のせいでマズイ状況になってしまう!」

 そうサイオンに言われ、ジェイドは苦笑した。

「やれやれ。困った人だ、本当に」

 と呟き、ジェイドは拳を開いて構えを示した。

 対して、仮面の女は嘲笑った。

「この手を離せば、この子の爆発を止める事は出来ない。それでも戦うのかな?」

「どうにも・・・・・・雇い主の安全が最優先なんで」

 このジェイドの言葉に、サイオンは怒りを見せた。

「こらッッッ!子供を見捨てるなど、言語道断だぞ、ジェイド!そんな事したら、首だ、首ッ!絶対、許さんからな!」

「やれやれ・・・・・・まぁ、善処しますけどね」

 と、ジェイドは溜息を吐くのだった。

 妙な緊張が場に走った。

 そして、次の瞬間、ジェイドは迷い無く仮面の女へと向かった。

 対して、仮面の女は魔力の糸を霧散させ、子供を列車の下へと放り捨てた。

 それと共に、子供の頭上にある時計が一つ次の時を刻んだ。

 あと二つ秒を刻めば、無慈悲な爆発が襲う。

 時は凍れるかに人々には感じられた。

 ジェイドは仮面の女へと蹴りを浴びせた。これを腕で防御する仮面の女だったが、想定以上の威力に列車から落ちていった。

 奇しくも、それは子供が落ちていった側であった。

 これをジェイドは追った。さらに・・・・・・。

 一つの時が終り、子供に残された時はあと一つ。

 そんな中、ジェイドは落下する子供を抱きしめた。これを好機と思ったのか、仮面の女は後ろからジェイドに攻撃を仕掛けようとした。

 次の瞬間、爆発と女の拳が同時にジェイドを襲うはずだった。

 だが、刹那、ジェイドは子供に波動を通した。

(爆発の波動を足にッ!)

 そう思考し、ジェイドはさらなる波動を駆使した。

そして、その波動を通して、子供の爆発の波動を自らの体に移し替えた。さらに、その爆発の波動を足へと移し替え、仮面の女へとその足で蹴りを叩き込んだ。

 結果、爆発と蹴りが仮面の女を襲った。

 パリン、と音が響き、仮面は半ば砕け散った。

 女の端麗な顔が半ば露(あらわ)となり、その額(ひたい)からは一筋の血が降りた。

「よ、よく分からなかったが、でかしたぞ、ジェイド!流石は我が従者だ!父上に給料を増やすように言っておくぞ!」

 と。サイオンは遠くから叫んでいた。

「ハハ、ありがとうございます」

 子供を地面に寝かせ、ジェイドは子供に結界を張った。

 これを見て、仮面の道化師の男はヒューと口笛で賞賛した。

 しかし、仮面の女にキッと睨まれ、仮面の道化師は顔を背けた。

「だけど、その足、完全に爆発を受け流せなかったみたいだね」

 と、仮面の女は悔し紛れにいうのだが、それは正しくもあった。

 ジェイドの右足は血まみれで、これで機動力は大きく損なわれていた。

「別に。どうでもいいさ。子供も守れたしな」

 そうジェイドは微笑みを見せた。

 これも仮面の女には気にくわなかったらしく、彼女は膨大な魔力を解放し出した。

「やれやれ・・・・・・夏のボーナスは弾んで貰わないとな」

 ボソッと呟き、ジェイドは再び構えを示すのであった。

 

「さて、僕たちも始めようか?」

 と、仮面の道化師はレオネス達に告げ、こちらも死闘が再開された。


 ジェイドは次々と爆発を避けていた。

 仮面の女は袋から生きたスライムを取りだし、それを爆弾として放り投げていた。

 スライムによって爆発までの時間が微妙に異なり(3目盛りなのは同じ)。ジェイドは徐々に追い詰められていった。

 恐らくは橋を爆発させたのは、これらのスライムなのだろうと、ジェイドはフト思っていた。

 だが、問題なのは爆発だけでなく、猛烈な勢いで飛んでくるスライムの断片でもあった。

 このスライムは比較的に硬い種類らしく、先程から断片がジェイドの体に突き刺さっていた。

 あちらこちらで、カチカチとアバターの時計の音が響き渡る。

(参ったな・・・・・・)

 と、ジェイドは困っていた。

 その時だった。

 高速で何かが飛んできて、あちこちのスライムの核を貫いていった。

 それは従者トールズの仕業だった。

 トールズは石の飛礫(つぶて)を指で弾いて放ち、正確にスライムを沈黙させた。可哀相ではあるが、死んでしまうと、爆発も止まるのだった。すなわち、生きている対象しか爆弾に出来ない能力なのである。

(しゃべり過ぎたか)

 そう仮面の女は後悔したが、すぐに気を取り直した。

 2対1や3対1など、彼女は想定していたのだから。

 しかし、その想定は一気に崩れた。

 死したはずのスライムの核が自動的に修復され、スライムが蘇っていったのである。

 さらに、怒ったスライムは仮面の女へとまとわりついてベシベシと攻撃をし出した。

 スライムの攻撃は貧弱で全くダメージは無いが、この奇妙な現象に、仮面の女は距離を取った。

(馬鹿な・・・・・・何が起きている?治癒魔法か何かか?いくらスライムの生体構造が単純とはいえ、この数を一瞬で蘇らせるなんて。誰が・・・・・・)

 すると、答えは簡単に出た。見れば、従者アデミナが魔眼と共に妙な術式を発動していたのだ。これを仮面の女は忌々しげに睨み付けた。

「少女。君がやったのかな?」

「はい。あなたがどれ程まで誰かを何かを傷つけようと、私はそれを無かった事にします。

時を巻き戻すのです」

 アデミナのこの言葉に仮面の女は『嘘だ』と思った。

(そもそも、蘇るスライムと蘇らないスライムが居る。私が爆発させたスライムは死んだままで、あの少女の仲間が核を砕いたスライムは蘇っている。第一、時を戻せるのなら仲間の傷も治せるはずだが、それは出来ていな・・・・・・い?)

 だが、仮面の女は驚愕した。なんと徐々にではあるが、爆散したスライムが集まり出し復活していったのだ。さらに、ジェイドの足の傷も心なしか和(やわ)らいでいるようにも見えた。

「何をした」

「言った通りです」

 と、アデミナは仮面の女にきっぱりと答えた。

 しかし、仮面の女は決して信じようとしなかった。

(有り得ない。何か裏がある。こいつの言う事が本当ならば死者をも蘇らせれる事に・・・・・・。

死者、まさか!)

 そして、仮面の女は足下に近づいてくる蘇ったスライムを掴んだ。

 さらに、そのスライムにアバター能力を使用しようとした。

 だが、何も起きなかった。何も・・・・・・。

(アバター能力が発動しない。私の爆発能力は死者には効かない。つまり、このスライムは死んでいる。生きながらにして死んでいる。ハッ、ハハッ!)

 仮面の女はスライムを放り投げ、壮絶な笑みを浮かべた。

「これは・・・・・・これは。思わぬ収穫だ。まさか、ノーライフキングと同じ能力を人間が持つなんて。強制的な蘇り。反魂の術式、死霊魔術の頂点!ああ、何て事。君は、いえ貴方は貴方様は魔女だったのですね。貴方の力は決して回復などでは無い。物を直しているに過ぎないのですね。そして、単純なスライムの魂は、生き返ったと勘違いして、肉体に憑依したのですね。時を戻す。言い得て妙ですね。肉体は過去、魂は未来。生きながら死んでいる。死にながら生きている。自然の摂理に反する能力。何ておぞましく、何て美しい。貴方様をお連れします。貴方様こそ、我らが新たな主(あるじ)にふさわしい。ご安心を。その人格も魔女にふさわしく闇に染めましょう。夜の時は訪れる」

 次の瞬間、仮面の女の周囲から漆黒の波動が吹き荒れ、辺りの空間は変異し出した。

 気づけば、アデミナ達3人の従者と仮面の女は、異様な夜の空間に閉じ込められていた。

 空には有り得ない程に大きく鋭い三日月が浮かび上がり、赤い光を世界に投げかけていた。

「これは・・・・・・マズイな」

 と、普段飄飄(ひょうひょう)としたジェイドでさえ、冷や汗をかいた。

「私・・・・・・私、私は魔女。私は・・・・・・」

 精神的に強いショックに揺り動かされたアデミナは、ぺたりと地面に両膝をついた。

「ジェイドッ!アデミナを守るぞッ!」

 従者トールズは恐れを戦意で掻き消しながら叫んだ。これにジェイドも頷(うなず)くのだった。

 一方、大変な事に巻きこまれたスライム達は、プルプル震えていた。

 すると、仮面の女は見えない糸に吊されたかのように空中を浮上していった。

「我がアバターよ。永久(とこしえ)の夜にて、その真なる姿を現わせッ!」

 刹那、仮面の女のアバターは変形しだし、その形状は機械仕掛けの巨大な蜘蛛(タランチュラ)と化した。さらに、それに呼応するかに、地面が生きてるかに脈動した。

 今やトールズ達にすら、その強大なアバターを見る事が出来た。

「死が連鎖する」

 仮面の女の言葉と共に、蜘蛛のアバターの眼と足の先端から幾条ものレーザーが放たれた。

 これをジェイドは上手く躱し、トールズもアデミナを抱えて避けた。

 レーザーは地面に線を描いていく。すると、その線から時計のアバターが発生し出した。

 カチカチと時計の音が刻まれていき、それはレーザー攻撃と共に増え続けた。

「嘘だろッ!?」

 トールズが叫ぶや、離れた地面が爆発し出した。さらに、次々とアバター能力による爆発が生じていく。

「この夜の空間は生きている。闇と共に生きている。ようこそ、私の空間へ」

 と、嬉しそうに仮面の女は言った。

 だが、それどころでは無く、ジェイドとトールズは必死にレーザーと爆発を躱していくも、あちこちの地面が時計だらけで、避けるスペースが無くなって来ていた。

 さらに、トールズにレーザー攻撃が迫り、それはトールズの腕にかすった。

 ジェイドは叫んだ。

「トールズッ!」

「大丈夫だ・・・・・・・?」

 そう答えるトールズだったが、全く大丈夫でない事を自覚した。

 レーザーによる怪我はかすり傷だったが、そこに時計のアバターが出現したのだ。

「ッッッ!」

 ジェイドはトールズに駆け寄り、爆発する瞬間、その波動を地面に移した。

 だが、上手く爆発の波動を受け流せず、ジェイド達は地面を転がった。今、アデミナは地面に投げ出されていた。

 この隙を仮面の女は見逃さなかった。

 仮面の女は手から蜘蛛の糸を放ち、アデミナを一瞬で巻き取った。

「アデミナッ!」

 トールズの叫び虚しく、アデミナは仮面の女の手に絡め取られていた。

「そんな・・・・・・」

 この状況に、ジェイドですら放心しつつあった。

 上空の仮面の女は、美しく忍び笑いを発した。

「クフフフフッ。終わった、終わったね。これで、君達は何も出来ない。生殺与奪は私の手の中。さぁ、投降しなさい。命まで取る気は無いのさ。でも、脳さえ残っていれば構わないという考えもある。さぁ、どうする?今度は放しはしない」

「・・・・・・チクショウ」

 怒りで肩を震わせるジェイドであったが、それ以上は何も出来なかった。

 子供を助けた時のような奇襲はもう通用しない事が予想された。

 絶体絶命の状況。

 そんな中、何かが聞こえた。その音は段々と大きくなっていく。

 その音は近づき、響いていく。

『ウホーーーーーッッッッッ!』

 絶望の中、肺腑(はいふ)をえぐるような咆哮(ほうこう)が、確かに響き渡った。

 ドドドドドドという怖ろしき足音が迫り、そして・・・・・・夜の空間は砕けた。

 仮面の女が作り出した夜の空間の外から、闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れたのだ。

 最初に、仮面の道化師の男が吹っ飛んできた。

「なッ!?」

 思わず、仮面の女は変な声をあげてしまった。彼女にとって、仮面の道化師は相棒であり、その戦闘力は高く評価していたのだ。その彼が成すすべも無く、吹っ飛ばされたのだ。

 仮面の女にとって、それは有り得ない事だった。

 だが、これは序の口に過ぎなかった。

 次に来たるはゴリラ・・・・・・いや、ゴリラを彷彿(ほうふつ)させる存在感とオーラを発する中年の男だった。

 彼は告げた。

「ウホ、ウッホッ(我、来たれり)」と。

そんな彼に全ての視線が集まった。

「ゴ・・・・・・ゴリラさん?」

 トールズとジェイドは救いの主(ぬし)の名を呟いた。そう、彼の名はゴリラさん、すなわち、ワルシ・アゼと呼ばれし用務員だった。

 ボロボロの二人、さらには捕えられたアデミナを見て、ゴリラさんは怒りの咆哮をあげて、激しく自らの胸を叩いて敵を威嚇した。

「ウホーーーーッッッッッッッ!」

 夜の空間を咆哮とドラミングが揺るがし、さながら空間は震え上がった。

 今、野生の反撃が始まる。


 ・・・・・・・・・

 第5話


《Nil(ニル) admirari(アドミラリ) prope(プロペ) res(レース) est(エスト) una(ウーナ) solaque(ソーラケ)》

( To be surprised at nothing is close to the thing that is one-only.)

            何事にも動ぜぬ事こそ、唯一無二への道である。


『夜の密林は一点の光も無く、闇が世界を支配する。

そんな中、むせかえるような匂いが満ちる。

 ゴリラだ。だが、有り得ない。彼らは夜行性でないはずだ。

 そう、ゴリラは夕方になると寝床を作り眠るのだ。

 しかし、この鼻に残る匂いこそはゴリラに他ならない。

 しかも、むせかえる匂いは強まり、近づいて来る。

 ガサガサと草木を揺らす音が迫る。

 その時、低木の隙間から黒々と輝く瞳が覗いた。

 ゴリラだ・・・・・・。ゴリラの瞳だ・・・・・・。

 他の動物と違い、そこからは表情が覗える。

 森の賢者たる畏怖がそこからは覗える。

 その瞳の奥には、深淵と人間の絶望が潜んでいる。

 すると、その巨体が我々の前にノソリと姿を現わした。

 やはり、絶望しかない・・・・・・。

 剛毛に包まれた暗黒色のボディが威圧感を示す。

 その暗黒色は夜の闇と同化せず、その存在感を示し続ける。

 ゴリラ・・・・・・その背には白い毛並みが覗えるはずであるが、

ここからは見る事は叶わない。

 だが、彼・・・・・・このゴリラは何をしに来たのか。

 猿(モンキー)の(・)聖地(サンクチュアリ)を訪れて数年、このような事態は無い。

全身を悪寒が包み、冷や汗が密林の滝の様に流れ落ちる。

 すると、ゴリラはあくびをした。その恐るべき犬歯はむき出しとなる。

 ゴリラは威嚇する時、戦闘前にリラックスする為かあくびをする。

 非常に危険な兆候だ。

 だが、隣の助手は恐怖で気が狂ったのか、その研究心からか、

 高価な魔導撮影機でゴリラを撮ってしまった。

 魔導の光が暗黒を照らし、そのゴリラの巨体の異様さが浮き彫りになる。

 その時、絶望的な咆哮がゴリラから発され、ゴリラは我々に突進してきた。

 死・・・・・・逃げようとした傍(かたわ)らの助手が成すすべも無く吹き飛ばされる中、

 私は諦念(ていねん)を覚えた』

     ――――カルギス州国の冒険者ワガイ・アゼ《密林探検記》より


 ・・・・・・・・・・

 時を少し遡(さかのぼ)る事にする。

 ゴリラさんこと学院の用務員ワルシ・アゼは剣の院で困っていた。

 どうにも、ゴリラ化してから以前に比べて男子生徒からの人気は上がったのだが、一部の女子生徒からは白い眼で見られており、何より悲しいのは女性事務員が冷たく接してくるようになった事だ。

 いや、元々ワルシ・アゼは女性事務員に人気は無かったのだが、それにしても酷い待遇だった。

 さらに、新たにダンディーな用務員リーフが来ると、状況はさらに悪化した。

 女性事務員は表面上はワルシ・アゼと仲良くするのだが、用務員リーブが気づかないように意地悪をしてきて、ワルシ・アゼの立場を無くすように働きかけたのだ。

 決して《悪口(わるくち)》を言わずに他者を追い詰めていく女性事務員達。

 女性の恐ろしさを身に染みるワルシ・アゼ・・・・・・。

 トイレ掃除や高い場所の魔石灯の交換など嫌な仕事ばかりを事務から押しつけられるワルシ・アゼ。

 本来ならば、別の機会にでも語るべきなのだろうが、もう少しだけ語らせて貰う。

 元々、ワルシ・アゼは自分が女性事務員達に馬鹿にされている事を知っていた。

 彼女らの中には階級制度(ヒエラルキー)があって、この学園においた話ではあるが、教師>(講師)>事務員>用務員というモノだった。

 この最下層・・・・・・さらにその中でも最下層にワルシ・アゼは位置してしまった事になる。

 しかし、ワルシ・アゼはめげなかった。

男子生徒達が心の支えだった。彼らは自分に対して非常に良くしてくれる。

お菓子や果物をくれたりする。

イメージアップの為にも頑張って掃除していると、お礼を言ってくれたりする。

《それだけで十分ではないか》、そうワルシ・アゼは自分に言い聞かせていた。

 それに言うではないか、《職業に貴賎は無いと》、《神々や精霊の前でヒトは(ゴリラも)平等である》と。馬鹿にするヤツこそ馬鹿なのだ。

 そして、ゴリラさんは心の平静を何とか保っていた。

 だが、事件は起こった。

 ここ数日、女性事務員達が妙だった。

 やけにニヤニヤしているし、いつもに比べて機嫌が良い。

 何かとんでもない事が起きるのでは無いかと身構えるワルシ・アゼであったが、業務の間は特に何も無かった。

 さて、ワルシ・アゼはティエネの街にある食堂、その真上に部屋を借りて、そこに住んでいた。剣の院では用務員は他の事務員などの仕事に比べて早く帰れるので、ワルシ・アゼは夕方前に家についていた。

 その時、ワルシ・アゼはある事実を思い出した。

 昨日、自分の誕生日だったという事実に・・・・・・。

 自分ですら忘れていたという事実に・・・・・・。

 数時間ふて寝をして、ワルシ・アゼは夕食を下の食堂でとる事にした。

 今日は昨日の誕生日を兼ねて盛大に一人で祝おうとワルシ・アゼは心に決めていた。

 しかし、階段を降りると食堂(夜は居酒屋を兼ねてる)が妙に騒がしい。

「ウホ?」

 階段からコッソリと様子を伺えば、そこには団体客が居た。

 そして、その団体客にワルシ・アゼは深く見覚えがあった。

 そう、女性の事務員達、それに用務員リーフ、さらにメガネを掛けた若き教師が乾杯をしていた。ただし、用務員リーフは気が進まないようで、少し表情が硬かった。

(これはどういう事だろう?)

 一瞬、ワルシ・アゼは意味が分からなかった。

 用務員リーフの歓迎会は先週やって、そこにはワルシ・アゼは一応呼ばれて居た。

 そして、事務員が教師などと一緒に飲み会をやる時、用務員にも声を掛けるのが礼儀である筈だった。

 ここに至り、ワルシ・アゼは悟った。

「ウホ?ウホウホ?」(はぶられた・・・・・・)、と。

 涙がポロポロとワルシ・アゼのつぶらな瞳から落ちた。

 自分が何をしたというのか。

 すると、既に愕然としているワルシ・アゼにさらなる心痛が襲った。

 女性事務員達がワルシ・アゼの陰口を言い出したのだ。

 ワルシ・アゼが居るのを知らずに・・・・・・。

 それはあまりにおぞましい会話であった。メガネの教師は嬉しそうに相づちを打っていて、女性事務員達は調子をこいて、さらに酷い悪口(あっく)を発しだした。

 一方、用務員リーフはつまらなそうに酒をあおっていた。

 ワルシ・アゼは職場に自分の居場所が消えつつあるのを悟った。

 彼女らは徒党を組んで、ある事ない事をわめき散らし、ワルシ・アゼを剣の院から追い出そうとしているのだ。何て怖ろしい事だろう。彼女らは虫も殺せぬ振りをしておきながら、ワルシ・アゼの生活を破滅に追いやろうとしているのだ。

 目の前で悪口を言わない代わりに、陰で工作をしてワルシ・アゼを滅ぼそうとしていたのである。そして、ついに我慢が効かなくなり、陰口が爆発したのである。

 ちなみに、このメガネの教師は若くとも将来有望とされ、次代の校長候補ともされていた。

 もし、校長でなくとも管理職に彼が就いたら、ワルシ・アゼは剣の院から放り出され、もしかすると動物園か見世物小屋に売られてしまうかも知れない。

 いや、現にそうすると、彼は女性事務員達に宣言していた。

「ウホッッッ」

 ワルシ・アゼは声を殺して、自室に駆け込んだ。

 

そして、ワルシ・アゼことゴリラさんがショックのあまりベッドで寝転んで泣いていると、お腹が鳴った。

 すると、扉がノックされた。

「ウホ?」

 扉を開ければ、そこには足の生えた背嚢(はいのう)が居た。恐らく、足でノックしたのだろう。

 《背嚢(はいのう)ちゃん》である。彼女はメリルの召喚獣であり、ゴリラさんの戦友でもあった。

 時々、背嚢ちゃんはゴリラさんの所に遊びに来て、メリル・ママからのバナナを渡したりする。(背嚢ちゃんからすると、メリルは生みの親でママであった。ちなみに、ゴリラさんもメリルの事を実の母親のように慕っており、メリル・ママとゴリラ語で呼ぶようになっていた。ただし、ゴリラさんはイシュアの事をパパと認めておらず、その心境は母親が再婚しそうなのを嫌がり、再婚相手の男へと敵意を示す子供のようなものである)

 ちなみに、メリルは学園の温室でバナナを栽培しており、それが上手く収穫できると渡してあげるのであった。また、メリルはサイオンに対しては高値で売りつけるしたたかさも有していた。


 背嚢ちゃんの背に乗せられたバナナをゴリラさんは貪(むさぼ)るように食べた。

 泣きながら食べた。メリル・ママや背嚢ちゃんの優しさが身に染みた。

 何やら様子がおかしいのを背嚢ちゃんは感じ取ったのか、ジェスチャーで尋ねてきた。

《ど・し・た?》

 対して、ゴリラさんは事情を泣きながら説明した。

 これを聞き、背嚢ちゃんは怒りで体を震わせ、ゴリラさんを慰めた。

《き・に・す・ん・な。げ・ん・き・だ・せ》

 そう背嚢ちゃんはジェスチャーで告げて、前足の親指をグッとした。

 それを見て、ゴリラさんは心が軽くなるのを感じた。

 今、ゴリラさんの心は子供に帰った。

 ゴリラさんはベッドを飛び跳ねて遊びだし、それに背嚢ちゃんも続いた。

 ピョンピョンとゴリラさんと背嚢ちゃんはベッドを飛び跳ね続けた。


 一方、用務員リーフは不機嫌の頂点に居た。

 自分の職場の人間がこんなにクズとは思いたく無かった。用務員リーフはゴリラさんを陰で高く評価していたのである。しかし、対して、この事務員達と言えば・・・・・・。

 表向きは教育に関わる者として嘘や悪口は言っちゃ行けませんとか言っている癖に、一皮剥(む)けばこの有り様である。見えない形でヒトを嘲笑いおとしめる行為・・・・・・それは表に見える悪行よりも卑劣と用務員リーフは考えて居た。たとえば、イジメという行為があるが、悪口を皆の前で言ったり暴力を皆の前で振るえば、教師も対応できる。しかし、裏で徒党を組んではぶったりすれば、教師も対処のしようが無い。ある意味、最も下劣な行為と言えた。

 それを教職に関わる者達がしているのである。怖ろしい限りであった。

 しかし、用務員リーフは何も言えなかった。ただ、こみ上げる怒りを酒と共に胃に流していた。


 また、この頃、食堂の主人夫妻も悩んでいた。

 二人はゴリラさんと親しくしており、ゴリラさんの悪口を言っている客を許しがたかったのである。

 厨房で主人夫妻は話し合っていた。

「いくら客とは言え、我慢できねぇぞ、ありゃ」

「そうね、お引き取り願いましょうか」

 と、二人は結論に達しつつあった。

 

「ウェェェェェイ」

 上機嫌のメガネの教師は、杯を掲げ一気に飲み干した。

 女性事務員達もほろ酔いが進み、頭も言動も支離滅裂になってきていた。

 しかし、どうにもドン、ドン、という音が上からする気がしてきた。

 その時だった。

 バキッ、という音が天井から響いた。

 そして、天井が抜け、そこから何かのゴツい下半身が見えた。

 さらに、それがズルッと真上から落ちてきて、食卓を直撃した。

「ウホーーーーーーーーッッッ!」

 それこそはゴリラさんだった。ベッドから床にジャンプしてしまったら2階の床が抜けたのである。彼の落下の衝撃は凄まじかった。

 食事や食器が散乱し、長い食卓も二つに割れる中、ゴリラさんは無傷で起き上がった。

 既に全ての者の酔いは覚めていた。奇妙な沈黙が辺りを包んだ。

 さらに、背嚢ちゃんも上から振ってきて、メガネの教師の頭に直撃した。

 そして、メガネの教師は飲み過ぎたのか、直撃が厳しかったのか、青い顔で口を押さえるも、我慢しきれなくなった。

 吐瀉物の異臭が辺りに満ち、その横の女性事務員が青ざめ連鎖した。

 さらに、連鎖は続き、辺りは阿鼻叫喚と化した。

 周囲がゲロまみれになるのをゴリラさんは成すすべも無く見るしかなかった。

 こうして、ゴリラさんは何も悪く無いのに、以降、女性事務員は誰もゴリラさんと口を聞こうとしなかったのである。


 また、ゴリラさんは壊してしまった床を、超人的なパワーと身体能力で修繕した上に、

さらに色々な場所が腐っていたので、建物全体をすぐさまリフォームしてしまった。

 壁一面には南方の青い空、碧(あお)い海、白い砂浜に白く輝く美しい貝殻が散りばめられており、中央にはヤシの木のようなバナナの木が描かれていた。その席に座れば、母なる大自然に抱かれているような安らぎを感じられた。

 そこには大自然の具現者たるゴリラさんの超自然的なセンスが見受けられた。

 これに食堂の主人夫妻は喜び、家賃や食事を数年分タダにしてくれた上に、盛大に料理をふるまってくれ、さらに慰めてくれ、ゴリラさんは人間の優しさを改めて知るのだった。


 ちなみに、女性事務員達は誰がゴリラに飲み会がある事をチクったのか、裏切り者は誰なのかを、互いに疑心暗鬼になり、勝手に容疑者を決めて魔女狩りを始めたのだが、それこそは別の物語であるし、別の機会に話されるべきであろう。

 また、メガネの教師が夫の居る女性事務員と不倫をしており、それが明るみになり、さらにそれだけでなくメガネの教師が17歳の女子生徒と肉体関係にある事が明るみに出て、大変な騒ぎになり、捜査が進む内に教師と女性事務員が業務上横領をしていたのも明らかになり、さらなる波紋が起きるが、それも同様に別の機会であるべきであろう。


        To be continued …

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