第3話 元凶たる存在
ヴィランを倒し、村を通り抜ければ山はすぐだった。
村に接するようにして聳える山は道こそあるものの、坂は急で所々地面が抉れている。足場は最悪と言っていい。
山の方はまだヴィランの姿は見受けられないが、いつ襲ってくるかも分からない。そのため、五感に優れたシェインと常葉が先行していた。
「ヴィランが通り抜けた村はヴィランが現れていたというのに、この辺りは静かですね」
「一応、妖狐の縄張りには入ってるから、その影響なのかな? 侵入者には厳しいって聞くよ」
「ちなみに、縄張りはどのくらいの範囲なんですか?」
妖狐の縄張りは、てっきり常葉と遭遇した辺りから村までだと思っていた。だが、この山は村に接していたため、縄張りだと言われても頷ける。
確認のために聞いてみたシェインだったが、常葉から返ってきたのは想像を上回っていた。
「えっと、シェインお姉ちゃんと会った山と、村の周りの田畑や草原とこの山かな。村は人間の住処だから、縄張りとはちょっと違うかも」
「……広いですね」
「僕の母様が強いからね」
山の斜面が急なお陰で、振り返れば村や周囲を眺望できる。村の周辺を見れば、かなりの広さだ。田畑の端から広がる草原に至っては、途中から山の木々に遮られて見えない。
常葉がさらっと口に出した発言から察するに、縄張りの広さと妖狐の長の強さは比例するようだ。
やはり、常葉の母親はこの想区で敵に回してはいけない人No.1だ。
話を聞き終えたところで、シェインは下の方にいるレイナ達を見た。
「と、いうことらしいですよ」
「ぜぇっ、はぁっ……な、にが……『と、いうことらしいですよ』、よ! はぁっ、はぁっ……!」
「レイナお姉ちゃん、大丈夫?」
最後尾にいるレイナは、肩で大きく息をしている。途中で拾ったらしい木の棒を突きながら登っているが、足は棒で支え切れていないほど震えていた。
そんなレイナの少し先を歩くタオは、心配する常葉に軽く説明しておくことにした。
「見てのとおりだが、お嬢は体力がねぇんだ。最初に出た山がそんなにキツくなかったから甘く見てたな」
「ここはこの辺りでもかなり急だけど、もう少ししたら楽になるよ」
「ヴィランも嫌な場所に逃げ込んだね……」
まさか、これほど急で険しい山道だとは想像もしていなかった。かつて、エクスのいた想区で登った山道を思い出す。
ただ、今いる山が特別急なのだと知り、エクスは苦笑いしか出なかった。レイナより体力はあるものの、さすがに少し疲れた。
すると、棒が折れる音と同時にレイナがその場に崩れ落ちた。
「も、もう、無理……。ちょっと、休憩、しましょ……」
「ヴィランを退治する前に体力使い果たしたら駄目だしね。シェイン、常葉。戻っておいで!」
「はーい」
「了解です」
「なんであの二人はあんなに元気なの……」
二人は会話をしながらひょいひょいと登っていた上、下りも難なく出来ている。
目を疑う光景に、レイナは溜め息を吐きながら近くの石に座った。登っているときにも疲労は強く感じていたが、座るとさらに襲いかかってくるようだ。果たして、この後動けるのかと不安になってきた。
すると、背後で茂みが動く音がした。
「レイナ、後ろ!」
「え?」
近くにいたエクスが異変に気づいて声を上げる。
だが、レイナが振り向くとほぼ同時に、今度は常葉が叫んだ。
「しゃがんで!」
常葉の姿が一瞬でシューターであるアランへと変わり、放った火の塊がレイナの後ろに現れたヴィランに命中した。
すぐに常葉は元の姿へと戻ると、レイナのもとに駆け寄った。
「大丈夫!?」
「え、ええ。ありがとう」
「近くにいた坊主より反応が速いなんてな」
「うっ。ご、ごめん」
エクスが叫んだとき、既に常葉は自身の『運命の書』に栞を挟んでいた。
揶揄するようなタオにエクスは肩を縮こまらせるも、シェインがフォローに入ってくれた。
「常葉は妖狐ですからね。気配の察知にも優れていますし、何より栞を完璧に使いこなせています。元々、変化が得意な種族だからでしょうか?」
「適応能力が高いとも言うわね」
導きの栞は自身の姿もヒーローへと変えるが、妖狐が扱う変化とは似て非なるものだ。ただ、変化でいろいろと変わるからこそ、状況に順応しやすいということもある。
さすがにもう座ってはいられないため、レイナはゆっくりと立ち上がって石から離れた。
タオはヴィランが出てきた茂みを向いたまま、疲労が多少は抜けたか彼女に確認する。
「お嬢。もう行けそうか?」
「ええ。もうちょっと休みたいところだけれど、ゆっくり休ませてはもらえないみたいだしね」
「クルルル……」
ヴィランが出てきた茂みから、新たなヴィランが姿を現す。
気配がしていたからこそ、レイナは石から立ち上がったのだ。また、タオも体を向けたままだった。
すると、常葉は一瞬だけ感じ取ったある気配に構えを解いた。
「あれ?」
「どうかしたの? 常葉」
「この群れの奥から、秘伝の書の気配がする」
「え?」
ヴィランの群れの方を見たままだったが、常葉が見ていたのはさらに奥だ。
気配を逃がすまいと、常葉は地を蹴った。ただ、ヴィランの群れには突っ込まず、少し脇に逸れた茂みに身を投じた。
「すぐそこだ!」
「あ、ちょっ、常葉!?」
「馬鹿! 一人で飛び出すな!」
常葉の姿はあっという間に木々の向こうに消えてしまった。元々、身軽だったこともあり、ヴィランの群れを避けるのは容易なのかもしれない。
タオも同じように脇から進もうとするも、ヴィランが先を阻んだ。それも、常葉を追うヴィランの姿はない。
「どういうことだ? 常葉を追いかける気配がねぇぞ」
「もしかして、常葉を何かに利用しようとしているんじゃないでしょうね……?」
「マジかよ。じゃあ、尚更、あいつを一人にさせとくわけにはいかねぇな」
「そうですね。ちゃちゃっと倒しちゃいましょう」
思わず問いかけたレイナだったが、ヴィランから答えが返ってくるはずもなく、ただ唸る声だけが辺りに響いていた。
タオとシェインが一足先に戦闘に入り、エクスも応戦するために栞を本に挟む。だが、レイナが動かないことに気づいた。
「レイナ? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫。嫌な予感がするだけよ」
「……早く常葉を追いかけよう」
虫の知らせとも言うべきか。この手の予感はよく当たるのだ。
エクスは表情を引き締めると、ヒーローの力を身に宿した。
* * *
(妖怪さんがたくさん。でも、誰も僕を見てない。なんでだろう? さっきまでは僕も狙われてたのに)
一方、ヴィランを避けて先に行っていた常葉は、辺りにいるヴィランがこちらを見ないことに違和感を覚えつつ奥へと足を進めた。
すると、秘伝の書の気配は忽然と消えてしまった。
「あ、あれ?」
もしや、周りのヴィランに気を取られている内に過ぎてしまったのだろうか。それにしても、ぱったりと途絶えるはずがない。
足を止めて辺りを見回していた常葉は、一人の青年が木の陰から出てきたことに気づいた。
「うわぁっ!?」
「おや。これはこれは、愛らしい子狐さんが出てきましたね。驚かせてしまってすみません」
「お兄さんは誰? 黒い妖怪さんの仲間?」
ゆったりとした話し方の青年だ。左目を覆うように着けられた仮面が目を引く。
だが、こんな山奥に人がいるのは珍しい。もしや、姿は人間だが、エクス達が「ヴィラン」と呼ぶ妖怪の仲間なのかと警戒しつつ問いかける。
すると、青年は怪しい微笑みを浮かべたまま答えた。
「いいえ。通りすがりの吟遊詩人ですよ」
「ぎんゆう……?」
青年の口にしたものが何かは分からなかったが、ヴィランとは違うようだ。攻撃してくる気配もない。
ならば、彼もあのヴィランにされてしまう前に逃げてもらわなければならない。
「えっと、ここは危ないよ。今、お姉ちゃん達が『ヴィラン』って呼んでる黒い妖怪さんがたくさんいてね。僕、大事な物を盗られちゃって、お姉ちゃん達と探してるの」
エクス達といることで人間には慣れたかと思ったが、どうやらそう上手くはいかないようだ。彼の独特な雰囲気のせいもあるかもしれないが。
どうやって危険を知らせればいいかと言葉を選びつつ言ったものの、彼は顔色ひとつ変えることなく、常葉が咄嗟に出してしまった大事な物という言葉に食いついてきた。
「大事な物?」
「そう。妖狐に伝わる本でね、端がちょっと破れた白い本なの。多分、中は見ても分からないだろうけど……お兄さんは見てない?」
もしかすると、ヴィランがどこかに本を落としている可能性もある。
この辺りにいたであろう青年なら見かけたかもしれないと訊ねたものの、返ってきたのは予想だにしなかったものだった。
「妖狐に伝わる本……ああ、あの『秘伝の書』ですか」
「お兄さん、知ってるの!?」
秘伝の書とは一言も口には出していない。また、人間にも存在は知られていないはずだ。今日で知られただろうが。
だが、それを一発で当ててみせたということは、彼は既に秘伝の書の存在を知っていたということだ。
「ええ。あなたのお父上から聞いていますよ」
「父様から?」
「以前、この地に来た際にお会いしましてね。いろいろと術を学んでいると仰っていたので、私が知っているものをお伝えしたことがあるのです」
「じゃあ、父様と親しかった人間って、お兄さんのことだったんだね」
人間の文字で書かれた術は、どうやら彼によるものだったらしい。ならば、記された術について分かるはずだ。
常葉が術について訊ねるよりも先に、青年は「クフフ」と独特な笑いを零した。
「お話をしてくれていたようで嬉しいですよ。しかし、あの方も残念な最期を迎えられたそうですね」
「え!? な、何か知ってるの?」
術を知るよりも、父の死について知れるならそれでも構わない。
そもそも、レイナが父の死に術が関係しているかも知れないと言っていたのだ。ここで術が関係ないと分かれば、秘伝の書に罪はないと思える。安心して仲間の元に持ち帰れる。
だが、青年から語られた父の最期は、予想していなかった――元より、予想できなかったものだった。
「ええ。あの方は、『運命の書』に疑問を抱いてしまったからこそ、この世界に喰殺されてしまったのですから」
「え……?」
ストーリーテラーが書いた物語に、疑問を抱く者はいないはず。
だからこそ、両親は『運命の書』に従って結ばれ、常葉が生まれたのだ。
それが、何故、父は疑問を抱いたのか。
愕然とする常葉を見て、青年の瞳に同情の色が滲んだ。ただ、それは作られたようなものではあるが、今の常葉に見抜けるほどの余裕はない。
「可哀想に。物語に縛られた親の子であるが故に、葛藤も多かったでしょう? 何故、自分には役割がないのかと。親にはあって、子である自分には何故ないのかと」
「そ、そんなこと……。で、でも、母様も父様も、気にしなくていいって……」
何故、青年が常葉の『運命の書』が空白であると知っているのか、痛いところを突かれた今は疑問に思うことすらできなかった。
両親は、『運命の書』はストーリーテラーが描いた物語を生きるための道筋だが、ないならないで気にせずに過ごせばいいと言っていた。ただ、他人には明かすなとだけは強く言われたが。
狐の嫁入りの物語の主役たる母は、仲間の妖狐達に雨乞いをしてもらい、降らせた雨で花嫁行列を隠して村を通り抜け、父に嫁いだ。そして、父と共に幸せに暮らしていた。
父が突然、亡くなったあとも、周りの仲間の支えもあって不自由なく暮らせている。それでいいのではないのか。
だが、青年の追究が止むことはなかった。
「ええ。そうですね。ここはいくつもの伝承が集まり創り出された想区。『運命の書』に記された物語はそれぞれが短く、だからこそ、何も書かれていない『運命の書』を見てもさして問題はないのでしょう。けれど、それならば、何故、彼らは『運命の書』の道筋を守るのです?」
「っ!」
たった一瞬にしか過ぎないかもしれない。だが、狐の嫁入りには妖狐が強い力を持っているという証にもなる。
人々に、“ここにいるのだ”と示すことが出来る。
ただ、それも他の方法があるのではないのか? 村を守り、祠に供え物をしてもらえる。それだけで存在は示せていないのか?
両親を見ていて、いつか過ぎった疑問が再び浮かんでしまい、慌てて考えを消し去ろうと頭を左右に振った。
明らかに動揺している常葉を見て、青年は畳みかけるように言葉を続けた。
「意味がないのであれば従う必要もないでしょう? そうすれば、誰もが自由を得られる。あなたも考えたことがあるのでしょう? 自分と同じように、何の物語もない空白の書の持ち主だけならば、どれだけ今より自由に生きられるかを」
「僕は、そんなこと……」
常葉の脳裏に、過去に繰り返した自問が浮かぶ。
両親や仲間と違って、常葉に託された『運命の書』は真っ白だった。短くとも運命が記されている両親達とは違って。役割がある両親達と違って。
――僕は、何のためにここにいるんだろう?
――僕は、何をすればいいのだろう?
――だって、母様と違って、僕には『物語』がない。
――なんで、僕の物語は“真っ白”なんだろう?
――ねぇ、母様の本には、なんで文字があるの?
何度、その疑問が母の前で口から出かけただろうか。
そのたびに喉の奥に押し込んで、母や仲間を視界に入れれば考えそうで、一人で離れて特訓を重ねていた。特訓をしている間は、余計なことを考えないで済んだ。
まるで、そこに自分の役割があるかのように錯覚していた。
――早く一人前になって、母様を守ってあげたい。
それが、自分の役割であると思い込んでいた。
「あなたに役割などはないのですよ。ああ、でも……」
「…………」
「空白の書の持ち主は、周りの『運命の書』にも強く影響を与えやすいのだそうです。あなたの本が空白であるが故に、運命に縛られた仲間はどんどん歪んでいってしまう。これが何を意味するのか、幼いあなたでも分かりますね?」
「僕が、父様の物語を、歪めた……?」
死ぬはずのなかった父の運命を、夫を失うはずのなかった母の運命を、子である自分が捻じ曲げてしまったというのか。
愕然としてその場に膝をついた常葉に、彼はさらに言葉を続けた。
「村の少年も、少年の父親も、持っている『運命の書』は同じ。中身は違えども空白ではない。互いに運命を歪めることもない。けれど、『空白の書』を持つあなたは、そこにいても影響を及ぼしてしまうのですよ」
「僕の、せいで……」
(これならば、問題はないでしょう)
俯いたまま動かない常葉の周りに、黒い影が浮かび始めた。
空白の書の持ち主がヴィランやカオステラーに変貌するかは試したことがないが、主役の子であるならば素質は十分なようだ。
しかし、邪魔はすぐに入った。足止めのためにヴィランを仕向けていたが、どうやら彼らの成長は想像を遙かに上回るようだ。
「常葉から離れろ! 『ロキ』!」
剣の切っ先が青年、ロキと常葉を切り離すように間をすり抜け、ロキは間一髪のところで身を躱した。
間を取って態勢を整えると、顔色ひとつ変えずに現れたエクスを見て笑んだ。
「おや。予想より早かったですね。けど、いいのですか? 私に気を取られていては、あの『白い子狐』さんが手遅れになりますよ」
「っ!? ……常葉?」
ぎゅ、と服の裾を掴まれた感触に、エクスは剣を構えたまま振り向く。
そこにいたのは、黒い影を纏いながらも何かに抗っているような常葉だった。
ただならぬ状況に頭が追いつかない。
すると、
「坊主! 常葉!」
「二人とも、大丈夫!?」
「皆! あれ? いなくなってる……」
ロキの姿は既になくなっていた。
しかし、今は追いかけている暇はない。
レイナは常葉の周りに浮かぶ影を見て表情を強ばらせた。
「大変! 常葉、私が分かる? レイナよ」
「お、姉ちゃん……。ううっ。ぼ、僕、あんなのに、なりたくない……! でも、でも、僕、母様と違うから……! 僕だけ、『真っ白』だから……!」
頭を抱えてうずくまる常葉は、泣きながらも必死に何かに抵抗している。
ロキは「早かった」と言っていたが、エクス達からすれば「遅かった」のだ。
「ロキがいたんだ。何を話してたかは分からないけど、常葉の異変には関わっているはずだ」
「ちっ。こざかしい真似しやがって。こっちはまだヴィランも倒し切れてねぇってのに!」
タオがやって来た方を向いたままぼやけば、証明するようにヴィランがぞろぞろと現れた。
レイナは常葉がすぐにヴィランに変わらないことに疑問を覚えつつも、それならば先に周りを片づけてしまえ、と立ち上がった。
「常葉はまだヴィランに変わっていないわ。今ならまだ間に合うかも」
「では、さっさと追い払って、元凶と思しき秘伝の書を見つけましょう」
ヴィランに変貌しない理由は後で考えればいい。
四人は周りを片づけるために地を蹴った。
ジャックの力を借りたエクスが先陣を切り、タオもといハインリヒがヴィランの放つ矢を盾で防ぎつつ槍で刺す。シェインはアンガーホースの力で遠距離から魔法を放って敵を牽制し、すり抜けてきたヴィランはレイナがアタッカー側のヒーロー、アリスにコネクトして斬り伏せた。
ぼやけ始めた視界でそれを見ていた常葉は、いつの間にか手にしていた自らの『運命の書』を胸に抱え込むように抱き締めた。
シェインの放った魔法の塊が最後のヴィランに命中し、発生がないと分かるとエクスは真っ先に常葉に駆け寄った。
「常葉!」
「お、兄ちゃん……」
「しっかりしろ! 常葉!」
タオも常葉の肩を掴んで揺すれば、常葉は涙声になりながらも、ずっと抱えていた疑問を口にした。
「僕、なんで母様達と違うの? あの男の子は、お父さんと何も違わないのに。なんで、僕の本は真っ白なの?」
「そういうことですか」
「シェイン?」
常葉の言葉を聞いて、今までの違和感にすべて合点がいった。
どういうことだ、と視線を寄越すのはタオだけでなく、エクスやレイナもシェインの言葉を待つ。
「あの少年を助けたときの常葉の様子が、少しおかしかったように見えたんです。その前も、初めて栞を使ったあとに『頑張る』と言ったときも」
「おかしかった?」
「あ……」
レイナやタオは気づかなかったようだが、エクスには思い当たる節があった。
その理由が、常葉の言葉と紐付いた。
「とても寂しそうでした。それは、物語がある両親と違って、『運命の書』が空白だからこそ、まるで二人の子供ではないような錯覚に陥っていたのでしょうね。仲間から離れて特訓をしていたのは、“『主役』の子であること”から目を背けたかったのではないでしょうか?」
「そんな……」
それこそ、自分の『運命の書』に疑問を抱いているようなものだが、常葉はそれからすらも目を背けた。
ひたすら押し隠し、母のために強くなりたいと、強くなって驚かせたいと理由をつけていたのか。
常葉は縋るようにエクスの袖を掴む。
「ねぇ、お兄ちゃん。僕は、どうしたらいいの……?」
「『空白の書』の持ち主は、ストーリーテラーからしたら、確かに異質な存在かもしれない。でも、書かれていないからこそ、役割なんて自由に選べると思うんだ」
「自由に……」
『運命の書』に意味がないというわけではない。ただ、空白のページしかないならば、脇役なりにやれることはあるのではないのか。
エクスは自身の想区を出る前を……幼馴染のシンデレラが物語をきちんと歩めるよう、影ながらヴィランと戦ったことを思い出す。もし、あのとき、自分が物語を書かれていたなら、シンデレラを救うことは出来なかったかもしれない。
また、常葉は偽っていたと思っているが、目指して努力を重ねているものがある。
「常葉は、お母さんを守りたくて強くなろうとしているんでしょ?」
「う、うん」
「なら、今はそれでいいんじゃないかな?」
「え……?」
「誰かを守るための努力に嘘はない。もし、偽っていたのなら、歩きながら秘伝の書なんて読まないし、木の根に気づかないで躓くこともないだろ?」
「うっ」
痛いところを突かれてしまった。
目を背けていただけだと思っていたが、確かに、母を守りたい気持ちに嘘はない。
エクスは言葉を続ける。常葉と同じ真っ白な『運命の書』を持つエクス達だが、それぞれが意味などにはまだ辿り着けてもいない。
「空白の書を持つ意味は僕にもまだ分からない。でも、レイナ達と旅を続けていれば、いつかきっと、分かるときがくると思うんだ」
「…………」
「だから、常葉。君は、君の存在を否定しないでいいんだ」
「僕は、僕でいい……」
「そう。君はここで生きている。お母さんを守るために強くなろうと特訓だってしてる。真っ白なページしかなくても、常葉はちゃんと生きているじゃないか」
エクスの言葉が、胸にすとんと収まった。自分がやっていたことは意味のないことではないと、漸く誰かに言ってもらえた。
いくつもの感情が絡まり、声にならない。
代わりに、常葉はエクスに飛びついた。
「っ!」
「おっと」
常葉の周りを漂っていた黒い霧が晴れ、レイナが安堵の息を吐いたのを見て、危険は去ったのだと分かった。
ぎゅう、と回された腕に力が入る。僅かに震えている体に、エクスは小さく笑みを零しつつ頭を撫でてやった。
「僕、ここにいていいんだよね……?」
「もちろん」
「……ありがとう、エクスお兄ちゃん」
エクスから離れた常葉は、まだ目尻に涙を浮かべつつも漸く笑顔を浮かべた。すべてを吹っ切った、晴れ晴れとした笑顔を。
それを見ていたタオは、微笑ましい光景に緊張を和らげた。
「村で大人びたところは見たけど、ああしてると、やっぱりまだまだ子供だな」
「そうね」
「そうでしょうか?」
「「え?」」
レイナも頷いたというのに、シェインは何故か疑問系だ。
一体、何が引っかかっているのか。
その理由はすぐに判明した。
「所謂、『妖怪あるある』です。相手は妖狐ですからね。常葉、歳は分かりますか?」
「僕? えっと、たしか、四百歳くらいだったかなぁ?」
「「「……ええっ!?」」」
あっさりと明かされた年齢に、シェインを除く全員が声を上げた。
もはや数えるのも億劫になりそうな年齢だ。あやふやな言い方であるのはその表れだろう。
「人間の年齢に換算したら幼いでしょうけど、人間とは時間の流れが違いますからね」
「えっと、常葉さんって呼んだほうがいい?」
「なんで?」
「……ううん。やっぱり、いいや」
五人の中で最年少かと思いきや、まさかその反対だとは思わなかった。一瞬、それならばシェインも……と思ったが、あとが怖いので聞かないことにした。
閑話休題、とシェインは柏手を打って軌道修正を計った。
「さて、常葉も元通りになりましたし、本題にも戻りましょう」
「そ、そうだな」
「年齢なんて気にしなくていいのよ」
どこかぎこちないタオとレイナは暫く尾を引きそうだ。
本題は何だったかと思考を巡らせる二人に、エクスは言い表しようのない不安を覚えつつ、自身が本題に戻すことにした。
「常葉。秘伝の書は見つかった?」
「あ! そうだった! えっと、秘伝の書の気配はさっきは消えてたんだけど、今はすぐ近くに……あ。あった!」
常葉が辺りを見渡せば、奥に見える大木の下に一冊の古い本が落ちていることに気づいた。
そちらに駆けて行く常葉の後をエクス達も遅れずに追う。
元々、秘伝の書は長く受け継がれていただけにやや古びてはいるが、今回の件で悪化している恐れもあった。
だが、見える範囲では特に変化はなく、常葉は安堵の息を吐いた。
「良かった。他に破れたりしてな――」
「待って! 触っちゃ駄目!」
「え? わわっ! 秘伝の書が!」
秘伝の書を拾い上げようと手を伸ばした常葉をレイナが制する。
何故、止めるのかと振り返った常葉の傍らで秘伝の書が浮かび、勝手に開かれた。
触れてもいないのにページがぱらぱらと捲れる。そして、あるページで止まったかと思いきや、紙の表面から黒い靄が溢れ出した。
やがて、中から現れたのは巨大なドラゴンだった。
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