第2話 想区に潜む影


「うーん。尻尾、どうしましょう……」


 耳は隠せたが、肝心の尾は出たままだ。

 ふさふさの尾は常葉の身長の半分より少し短いくらいで、体の後ろに隠しておくには少々、無理がある。

 常葉の尾を眺めていたタオは、閃いた事を真剣な表情で言う。


「腰に巻いて飾り的な?」

「なるほど。最先端のファッションですね」

「それ、流行はいつ来るのかしら?」


 一生、来ない気がする。

 想像した姿はやたらと腰回りが目立つが、確かに、誤魔化そうと思えばできなくはないやり方だ。


「けど、それ以外に隠しようがねぇだろ」

「そうだけど……。常葉、できそう?」

「うーん、暑いのとダサ……動かすの我慢したら大丈夫かも?」

「今、ダサいって言いかけなかったか?」

「え? そんなことないよ?」


 素直故に口から出かけたのだろうが、それならばさっくり言ってくれていたほうがマシだった。

 否定する常葉はきょとんとしており、タオも常葉の言い替えについては記憶から消すことにしておいた。

 ひとまず、尻尾に関しては村に入る直前で大丈夫だろうと、一旦は隠さないままで五人は村に向かって歩き出す。

 その時、エクスは常葉が母親について語っていたが、父親についてはほとんど言っていないなと思い、軽い気持ちで訊ねる。


「そういえば、常葉のお母さんのことは分かったけど、お父さんはどうしてるの?」

「いないよ」

「えっ」

「ちょっと前にね、死んじゃったの」

「死んだ? 病気か何かか?」


 あっさりと返した常葉は、父親がいないことを受け入れているようにも見えた。

 だからといって、死について追究するのもどうかと問いかけてから気づいたが、口から出た言葉は戻せない。「余計なことを聞かないの」とレイナに背中を叩かれた。

 だが、常葉は父親の死について何故か首を傾げる。


「よく分かんない。皆、他の妖怪の奇襲に遭ったんじゃないかって言ってたけど、結局、他の妖怪さん達も知らないって言ってて……」


 この辺りは妖狐の縄張りだが、少し離れれば他の妖怪も住んでいる。

 各妖怪の頭領がしっかりしているおかげで、妖怪同士で縄張りを巡って争うことはほとんどない。

 では、何か病を患っていたのか? と調べた妖狐もいたが、特に異常はなかったと言う。また、何者かに襲われた痕跡もない以上、原因を特定するのは困難だった。


「そっか……。ごめん、辛いことを聞いて」

「ワリィな……」


 話を聞いたエクスは、突然、原因も分からずに亡くなった父親を思い出させてしまったことを後悔した。原因について問いかけたのはタオだが、切っ掛けを作ったのはエクスだ。

 謝るエクスとタオに常葉は首を左右に振った。


「ううん。父様から貰った大太刀もあるし、母様や皆がいるから平気だよ。僕が困ってたらすぐ助けてくれるし、遊んでくれるし……あ。でも、悪戯したら怒られるかな」

「良いお仲間さんですね」


 『空白の書』を持っていることは、ストーリーテラーから見放された子として忌み嫌われることもある。両親からの言いつけによってその事実が隠されているのだとしても、常葉が真っ直ぐに育つことができたのは周りの環境が大きいのだろう。

 一瞬、故郷を思い出したシェインだったが、すぐにそれを振り払った。比べたところでどうしようもないのだ。


「あとね、早く一人前になって母様の力になりたいから、寂しくたって泣いてなんかいられないもん」

「偉いわね」

「えへへ。そうかな?」


 幼いながらに頼もしいことを言う常葉を褒めれば、謙遜しつつも嬉しそうな笑みが返ってきた。つい頭を撫でたくなるのは、彼自慢の毛艶の良さのせいだろうか。

 常葉は秘伝の書を持って行かれた時を思い返し、血の気の引いた感覚が蘇ったせいで服の裾をぎゅっと握りしめる。


「でもね、盗られた秘伝の書は父様の形見みたいな物だから、持って行かれたときは頭が真っ白になったよ。早く取り返したいなぁ」

「その秘伝の書って、妖狐にしか読めないの?」

「うーん……。他の妖怪さんに見せたことがないから分かんないけど、字は僕達が使っているものだし、多分、そうだと思う。あ、でも……」

「何かあるの?」


 秘伝の書が他の者に読めないのなら、悪用される心配は軽減される。だが、必ずしも読めないと断言できないのなら、やはり奪取は急いだほうがいい。

 すると、秘伝の書の中身を頭の中に浮かべていた常葉は、あるページに記された文字を思い出した。


「最後の方に、人間の文字もあったよ」

「人間の?」

「妖狐に伝わる書物に、何故、人間の文字が?」


 時代の流れと共に追記されることはあるかもしれないが、妖狐に伝わるのならば人間の文字はあるはずがない。

 しかし、常葉も人間の文字がある理由は分からなかった。


「分かんない。でも、父様は人間とも親しくしていたみたいだから、特別に教えてもらったのかも」

「人間の字ということは、きっと人間が扱う術ですよね? どんな術でしょうか?」

「僕達も読めないから使えなかったの。父様なら分かったはずだけど……」


 人間から教わったらしい術について聞いている者はおらず、肝心の父親は亡くなっているため、聞こうにも聞けないのだ。

 仲間の妖狐も人間とは距離を置いて暮らしてきたため、人間の字を学ぶ術もない。

 話を聞いていたレイナは、常葉の父親の謎の死と秘伝の書に書かれた人間の術から、『とある可能性』に辿り着いた。


「もしかして、その術がヴィランの発生に関わっていたり、常葉のお父さんの死にも繋がりがあるのかも」

「ええ!? で、でも、秘伝の書は術を記しただけの本だよ!?」


 本で妖怪を生み出したり、妖狐一人を殺めるほどの効力はないはずだ。ただし、誰かがそれに記された術を用いて攻撃しない限りは。


「妖狐達は、人間の字で書かれた術を使ったことはないのよね? でも、常葉のお父さんは読めたはず。なら、術を使おうとして何か起こったのかもしれないわ。例えば、ヴィランを生み出していたりとか」

「それじゃあ、あの本がカオステラーなの?」

「いえ。気配はないから、ストーリーテラーが異物を取り除こうとして生み出させているのかもしれないわ。運命の書どおりなら話は別だけど、妖狐に伝わる本に人間の字があるなら、誰かに……常葉か、常葉のお母さんには話しておくんじゃないかしら?」


 秘伝の書に人間の術があることを誰もが知らないことから想定するに、恐らく誰の物語にもそんな事実はないのだ。

 そうなると、ここの想区ではない者の関与も考えられるのだが、あくまでも仮説にしか過ぎない上、単に妖狐達の物語にはないだけなのかもしれない。


「術を使って、ヴィランが生まれてしまって、そのまま襲われたのかも」

「そ、そんなぁ……。だって、父様には傷一つなかったって……」

「そう。分からないのはそこなのよねぇ……」


 父から譲り受けた秘伝の書が、ヴィランを生み出していたり、父を殺した犯人とは思いもしなかった。

 だが、常葉の父の死を確認していない以上、断定するのは早い。

 タオは涙を浮かべる常葉の頭を軽く叩いて、気持ちを切り替えさせることにした。


「まあまあ。とにかく、先にその秘伝の書とやらを取り返そうぜ。俺達なら読めるかもしれねぇし、お嬢なら術のことも分かるかもだろ?」

「そうね。確かめてみないことには正確な判断は難しいわね」

「村まではそう遠くないし、ヴィランも目立つだろうから、人に聞いたらすぐに分かるよ」

「うん……」


 ヴィランは異様な外見をしているおかげで意外と目立つのだ。しかも、太陽が高い位置にある今、場所にもよるだろうが、村を通れば村人の誰かしらは目にするだろう。

 常葉の表情はまだ暗いが、涙はもう引いている。

 ふと、レイナは常葉の父と親しかった人を探してもいいかもしれないと思い、訊ねてみることにした。


「ちなみに、そのお父さんと親しかった人はあの村の人?」

「ううん。各地を旅しているみたいだから、一カ所に長居はしないんだって」

「そう。なら、その『親しかった人』に会うのは難しそうね」


 術を教えた本人なら、秘伝の書に記されていたという人間の文字の術もどんなものか正確に分かるはずだ。

 だが、一カ所に長居をしないならば探すほどのものでもないだろう。

 諦めて秘伝の書の奪取に集中しようとしたとき、村を見ていたシェインはあることに気がついた。


「……おや?」

「シェイン。何かあったか?」

「大変です。村がヴィランに襲われています」

「なんだと!?」

「まさか、秘伝の書を持って行ったヴィランが影響して……!?」


 シェインの視力は四人の中でも最も優れているため、間違いはない。また、耳を澄ませば、風に乗って微かに人の悲鳴が聞こえてくる。

 ヴィランが村に向かったと聞いたとき、一匹だけなら大きな被害もないだろう、ただ通り抜けるだけだろうと勝手に思い込んでいたのが誤りだった。


「急ぐぞ!」


 駆け出した四人に常葉も続く。

 そして、辿り着いた村の手前で、ヴィランの群れと遭遇した。どうやら、ヴィランはあっという間に村を襲い尽くしてしまったようだ。

 ヴィランに近づいたところで、常葉は自身の『運命の書』と『導きの栞』を取り出して挟む。


「お願い、サヴァンさん! 力を貸してください!」

 ――この仕事の報酬はいくらだ?

「えっ」


 先ほどは言われなかったことを持ち出され、常葉の思考が一瞬だけ止まった。

 冗談なのかどうか確かめるよりも早く、サヴァンは常葉とコネクトし、姿を変えていた。

 エクス達もそれぞれがヒーローとコネクトしており、次々とヴィランを蹴散らしている。

 活発そうな少年、ジャックになったエクスが先頭のヴィランを剣で斬りつけ、槍と盾を持った青年、ハインリヒの姿をしていたタオが遠方から放たれた矢を盾で防ぐ。そして、強い意志の灯った褐色肌の少女、アンガーホースの力を借りたシェインが仕返しの火球を放つ。先陣を切っていたために傷ついたジャックやサヴァンをレイナがコネクトした時計ウサギが癒した。


「村の中はどうだ!?」


 ハインリヒの姿のままのタオが、先陣を切っているエクスと常葉に向かって叫ぶ。

 エクスは飛び掛ってきたブギーヴィランを横一線で切り伏せ、その先にある村へと目を向ける。そこには、やはり、ヴィランの黒い影が犇めきあっていた。


「村の中にも湧いてるよ! うわっ!?」

「悪いな。後ろに湧いて出たんでね」


 答えたのはエクス、というよりはコネクトしているジャックだ。

 声を上げて伝えたとほぼ同時に、サヴァンの大剣がジャックを襲い、咄嗟にしゃがんで避ける。直後、ジャックの頭上で金属同士がぶつかる音がした。

 どうやら、新たなヴィランがジャックの真後ろに現れたようだ。

 振り下ろされた斧をサヴァンの大剣が受け止め、嫌な音を立てながら競り合う。やがて、相手の力が一瞬だけ緩んだ隙にサヴァンは相手を押し弾き、大きく開いた脇を狙って大剣を振るった。


「ふんっ。キリがないね」

「この様子だと、一旦、村から離れた方が良さそうですね」


 アンガーホースは苛立ちを隠さず、近くのヴィランに火球をお見舞いする。時計ウサギも止め処なく現れるヴィランに疲労を滲ませた。

 村人が残っていれば助ける必要はあるが、見渡す限りはヴィランの姿しかない。

 常葉は普段よりも視線が高いことを活かして辺りを見回しつつ、苦手な人間の姿がないことに安堵する一方で、見えない村人の姿に不安と悲しさを覚えた。


「(村人さんに会わなかったのはラッキーだけど、これじゃあ、逆に……)……あれ?」

「どうかしたの? 常葉」


 一カ所に視線を止めたサヴァンもとい常葉にエクスが声をかければ、常葉は視線をそこから離さずに言った。


「あそこ、何かいる!」


 常葉の口調はサヴァンの姿なので違和感はあるが、それどころではない。

 彼が見つけたものが何であるか、場合によってはさらに激しい戦闘を覚悟しておかなければならなかった。


「ヴィランか!?」

「ううん。違う。あの影は――」


 常葉が指すのは、一件の建物の隣に立つ物置小屋だ。

 立ちはだかるヴィランをサヴァンの力で捻じ伏せつつ、常葉は小屋を目指す。その後をエクス達も追いかけた。

 やがて、辿り着いた小屋は小さく隙間が開いており、中からか細い少年の声が聞こえてきた。


「こっ、怖いよぉ……! お父さん、お母さん……!」

「……ここは任せたぜ」

「――えっ?」


 怖がらせるわけにはいかないため、サヴァン自ら『運命の書』から栞を外して常葉に戻った。

 常葉は突然変わったことに驚きつつも、すぐに物置小屋の扉の取っ手に手を掛けた。一度、息を吸って心を落ちつかせてから手に力を込める。


「ねぇ、君」

「ひっ!?」

「えっ!?」


 常葉は小屋の扉を盛大に開く。豪快な行動に、中にいた少年はもちろん、後ろで同じくコネクトを解いて様子を見守っていたエクス達も驚いた。

 突然現れた常葉に少年が怯えて逃げようとするが、常葉は奥に下がった少年の腕を素早く取って正面から目を見て声を張った。


「怖がらないで! 大丈夫。僕らはあの妖怪とは違うから」

「え……?」


 そこで漸く、少年に状況を確認する余裕ができたのだろう。

 常葉の頭から足先までを見た少年は、さらに常葉の後ろにいた四人を見て大きく息を吐いてしゃがみこんだ。


「ねぇ、ここで何があったの?」

「何が……ぼ、僕にもよく分からなくて。突然、見たことない黒い妖怪が駆け抜けたと思ったら、同じ妖怪がどこからかたくさん出てきて、それで……」

「あっという間にヴィランに覆い尽くされたってわけか」


 住人の姿が見えないのは家に隠れているのか、それとも村を逃げ出したのか。最悪、ヴィランへ変貌したとも考えられる。

 やはり、カオステラーが現れているのだろうか。レイナはカオステラーの気配はないと言っていたが、何か仕掛けが施されているのかもしれない。

 少年は少し前の出来事を思い返し、膝の上で手を強く握りしめた。


「僕はお父さんが『物陰に隠れていなさい』って言ってくれたから大丈夫だったけど、でも……でも、お父さんが……!」

「…………」

「常葉?」


 「お父さん」と聞いた瞬間、常葉の肩が小さく揺れたのをエクスは見逃さなかった。

 父親を亡くした常葉にとって、その単語はタブーに近いものなのだろうか。

 心配になったエクスが常葉の名を呼べば、はっとした常葉は首を左右に振った。


「あ、ううん。何でもないよ」

「そのヴィラン……黒い妖怪がどこに行ったか分かる?」

「た、多分、山の方に行ったと思う」

「山ね。分かった」


 状況からして、村を駆け抜けた最初のヴィランがこの異変の元凶だ。

 少年はヴィランの向かった先を思い返しつつ言えば、レイナは一つ頷いて振り返る。

 そこには、村にいたヴィランが集中しているのではないかと言わんばかりの黒い塊が出来上がっていた。


「クルルル……!」

「ひっ!?」

「ちっ。もう来やがったか」


 少年の顔色が再び恐怖に染まる。

 常葉が庇うように前に立ち、タオ達も構えた。

 だが、五人は戦う術を持っているため問題はないが、小屋にいる少年はそうはいかない。


「どうします? この子を置いて行きますか? 元凶を突き止めれば、消えるとは思いますが……」


 問題は、元凶をすぐに見つけられるかどうかだ。まだ村にいるならば、誰かがここに残って少年を守りつつ、他のメンバーで元凶を倒せばいいだろう。

 しかし、村に湧いたヴィランの元凶であろうヴィランは山に向かったと言う。さすがに、少年を連れてヴィランの群れを駆け抜けるのは至難の業だ。

 どうするのが最善か、とそれぞれが思案する中、常葉が真剣な声音で言った。


「僕がやる」

「え?」

「この村は、僕達もお世話になってるの。狐の花嫁行列の時とか、妖狐の祠にお供えしてくれたりとかね。僕は人間が苦手だけど、だからって放ってはおけないもん」


 妖狐の縄張りが近いこの村は、妖狐を祀る祠が村の外れにある。村人は供え物を欠かすことがなく、常葉達は不自由を感じることなく暮らせているのだ。代わりに、畑を荒らすネズミやモグラ退治や妖怪の襲撃を防いでいるのだが、今回も妖怪の襲撃とさして変わりない。

 だが、少年からすれば、何故、常葉がそんなことを言うのか理解ができず、怪訝な顔で常葉を見上げていた。


「き、君は……?」

「……僕は常葉。妖狐の一人だよ」

「よ、妖怪!?」


 常葉はストールを外し、隠していた耳を露わにする。また、少年は今まで気づかなかった、常葉の腰辺りから生えた尻尾に目を止めた。

 まさか、目の前に妖怪が現れるとは思わず、少年は慌てて距離を取ろうと下がる。ただ、その背はすぐ小屋の壁に当たって阻まれたが。

 当然でもある反応に常葉は苦笑を零しつつ、脳裏に母親から聞いていたある術を思い浮かべる。


「大丈夫。あの黒い妖怪みたいに、悪いことはしないよ。でも……」

「っ!?」


 常葉はそっと少年の額に手を翳す。

 反射的に、少年は体を強ばらせて目を閉じた。

 常葉の手と少年の額の間で淡い光が発する。そして、光が辺りに広がっていくと、小屋は薄い光の膜に覆われた。

 恐る恐る目を開いた少年を見て、常葉は安心させるように微笑んだ。


「ちょっとの間だけ、君の動きを制限させてほしいな」

「これは……?」


 小屋の外を見れば、ヴィランは膜から内側に入ってこられず、外で立ち往生している。

 膜に触れたヴィランは、電流が体に走ったかのように痺れて地面に倒れた。


「結界だよ。君に害を成すものから守ってくれる。この中にいたら安全だよ」

「すごい。こんなことができたんだ」

「僕もびっくりしてる。初めて成功したから」

「え!?」


 まだ妖狐としては半人前だと言っていたが、結界を張れるなら十分ではないのか。

 ただ、結界については作り上げた常葉自身も驚いているようだ。それを表面に出さないのは、少年を気遣ってのことだった。

 少年は結界を見た後、常葉へと視線を戻して訊ねた。


「ここにいたら、あの黒い妖怪に襲われないんだよね?」

「うん。ただ、結界はここにしか張れてないから、出ると壊れちゃうの。だから、僕達が帰ってくるまで、ここを動かないって約束してくれる?」

「わ、分かった!」


 少年も自ら怖いことはしないだろう。

 強く頷いた少年の頭を、常葉は他の人にしてもらったように優しく撫でてやって微笑んだ。


「ありがとう。なるべく早く帰ってくるから、待っててね」

「うん!」


 念のため、小屋の扉は閉めて常葉は外に出る。

 結界の外はヴィランだらけだ。一歩出た瞬間から戦闘のため、タオは先に常葉を褒めておくことにした。


「よくやったな、常葉」

「えへへ。お兄ちゃん達といたら、なんだか勇気が湧いてくるの。怖かった人間も、大丈夫だって思えるよ」


 タオに頭を撫でられ、常葉は先ほどまでのやや大人びた表情とは打って変わり、年相応の無邪気な笑みを浮かべた。

 レイナは人間に対しすっかり恐怖心の消えた常葉に一抹の不安を覚えつつも、それでも、自分達といて前向きになっている常葉の様子に悪い気はしなかった。


「人間皆が良い人っていうわけじゃないけれど、そう言ってくれると嬉しいわね」

「そうだね。じゃあ、常葉。また協力して、ここを突破しよう!」

「うん!」


 前衛になることの多いタオとエクスが最初に結界から飛び出す。

 アタッカーである常葉も後に続こうと、手にした栞を見つめると少しだけ掴む力を強くし、空白のページに挿してから地を蹴った。

 それを見ていたシェインは、少年と会ったときの常葉の僅かな異変を思い返しつつ、自身も栞を『運命の書』に挟んで姿を変えた。

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