第2話 ある音楽室の肖像画


「僕はエクス。それで、こっちにいるのがレイナだよ」

「レイナよ。よろしくね」

「俺はタオだ。んで、このちっこいのがシェインだ」

「ちっこいは余計です」

 一行は目の前の少女に自己紹介をする。フラワーちゃん、そう名乗った彼女はレイナ達の発する言葉を一字一句も聞き逃すまいとでもいうかのように真剣な表情をつくっていた。

 レイナは自らの危機を救ってくれたと思われるこの幼い少女に、自分達が別の世界から来た事、カオステラーと呼ばれている存在を探していること、探してるうちにこの建物の中にたどり着き、先ほどの階段から抜けられなくなってしまったことを簡単に説明した。

 すると、今まで静かに話を聞いていたフラワーちゃんが突然、「はいっ!はいっ!」と声をあげ、更に勢いよく手をあげた。

「どうしたんですか?」

「はいっ!えっとね!あのね、私、お姉ちゃんたちが出会ったものがね、わかるかもしれないの!」

「ほんとうに!?」

 レイナ達は顔を見合わせる。ヴィランや不思議な現象が発生したあの階段。カオステラーが関わっている可能性の高い場所だ。そんなところに関係があるとなれば、この想区の主役や、それに近い存在である可能性は高いだろう。

 フラワーちゃんはレイナ達の反応が想像以上に良かったことに気をよくしたのだろうか。まるで学校のテストで100点を取った子供がその成績を母親に自慢をするときのように得意げな顔をして、語り始めた。

「えっとねー、あそこの階段は、お化け階段って言ってね、杉の木中学校の七不思議のひとつなの!あとね、七不思議は七つあるけど六つなの。七つ全部を知るとね、おそろしいことになっちゃうの!」

 要するに、レイナ達が巻き込まれた現象はこの建物、杉の木中学校で語られている七不思議のひとつだったということらしい。更に、七不思議は名前の通り七つあるらしいが、七つ全部を知ってしまうと恐ろしい目にあってしまうということもフラワーちゃんは言っていた。

「七不思議か…フラワーちゃんは七不思議に詳しいんだね?」

「うん!私はここによくくるのよ」

「七不思議ね…他にはどんなものがあるのかしら?ねえ、フラワーちゃん、フラワーちゃんはなにか知っているの?」

 レイナの問いかけに対し、フラワーちゃんはまたしても元気に手をあげ、答える。

「はいっ!私、たくさん知ってるよ!」

「それはそれは。フラワーちゃんさん、シェイン達に詳しく教えてもらえませんか?」

「わかった!えっとね、…あ、そうだ!」

 勢いよく返事をしたフラワーちゃんであったが、はっとなにかに閃いた様な顔をしたかと思うと今度はぱあっと顔を赤らめ、少し俯いた後に、こう言った。

「えっとね、あのね。私のお友達になってくれたら、教えてあげる…..」

 恥ずかしいのか、はたまた緊張しているのか。彼女の声は消え入りそうになっていた。

 それを聞いたレイナははじめはぽかんとした表情を浮かべていたが、すぐに意味を理解すると、くすりと笑った。

「なにをいってるのよ。友達になるのにそんな条件みたいなものは必要ないでしょ?」

「え….?」

「レイナの言う通りだよ。せっかく出会えたんだ。難しい話は抜きで友達になろうよ」

「今ならタオ・ファミリーに入れてやらないこともないぜ?」

「…シェインがいうのもあれですけど、あまりオススメはできませんが」

一行の言葉に、フラワーちゃんは目を白黒させる。少しの間があった後、彼女はぽつりと呟いた。

「…..いいの?」

「ええ。もちろんよ」

 レイナの言葉を受け取った彼女は、今までに見せたそれよりもひときわ明るい笑顔を浮かべた。友達だと言われたことが余程嬉しかったのだろうか。彼女はぴょんぴょんと飛び跳ね、自らの感情を全身で表現している。ひとしきり喜び終わった後、彼女は改めて説明を始めた。

 彼女の説明によると、杉の木中学校の七不思議は人を驚かせることに楽しみを覚えていて、人を襲うことは滅多にないそうだ。だが、黒い化け物….ヴィランのことだろう。それが現れたのと同時期にどうやら様子がおかしくなってしまったらしい。彼女が言うには「自分達とちがうものをやっつけようとしてる」ように見えたそうだ。

「それでね、私、このままだとここにいられなくなっちゃうかもしれないの」

 しゅんとした表情でフラワーちゃんは語る。ころころと表情を変える彼女はまた明るい表情に戻ると、少し上目遣いでレイナ達にお願いをする。

「だからね、お願い!一緒になんでおかしくなっちゃったのかを調べて!」

「わかったわ。一緒に探しましょ?」

 レイナは即答する。もとよりカオステラーに繋がる手がかりなどほとんどなかったのだ。ここは素直に彼女と探索をした方が得られる情報は多いだろう。

「それにしてもよ、怪談とか言ってるけどそんなの本当にいるのか?話を聞く限りお化けみてーなもんじゃねえか」

「タオ兄、そんなこと言ってると死にますよ。ホラー物の第一犠牲者は霊的存在を信じないものって相場が決まっているのです。」

「なんだそりゃ。俺は信じねーからな!」

「だからそれがフラグなんですって….」

 どこまでが本気なのかがいまいちわからない会話を繰り広げる二人にエクスが声をかける。

「もしかしたらさ、今回のカオステラーは妄想とか思いが具現化したタイプのカオステラーなのかもしれないよ」

「なるほど。ドン・キホーテさんの時と同じような感じですか」

 シェインがうなずく。階段での戦いでタオがコネクトしたヒーロー、ドン・キホーテ。彼の伝説をもとにして作られた想区をエクスたちは旅したことがある。そこで生まれたカオステラーは、想区の主役、ドン・キホーテの強すぎる妄想が世界の理をゆがめたことにより生み出されたものであった。

「今回のケースだと怪談ですしやはり恐怖の感情から生まれてくるのでしょうか」

「でもよ、あの嬢ちゃんは怖がってる素振りなんか全然見せねえぜ?」

「だとしたら他に原因があるのかな….」

「とりあえずはお化けが出るという噂のところに行ってみるしかなさそうですね」

 とりあえずの方向性を決めた三人に、少し遠くから声がかかる。

「タオー、シェインー、エクスー!早く先に進むわよー!!」

レイナだ。….しかし彼女は道案内をするはずのフラワーちゃんとはまったく逆の方向に向かって歩を進めていた。

「お姉ちゃん!?そっち違うよ!?」

 フラワーちゃんが慌ててレイナを呼び戻す。

「……..」

「……..」

「….お嬢の方向音痴は相変わらずだな」

 呆れる四人と慌てるレイナ。一行は目的の怪談で噂されているところを目指し歩きだす。

「音楽室の動く肖像画」。これが一行の第一の目標だ。

 噂によると夜の音楽室では有名な音楽家たちの肖像画によるコンサートが夜な夜な開かれているらしい。そこでは無人のピアノが音を奏で、楽譜立ては踊りだし、肖像画達は指揮を執り、還ることのない魂達のレクイエムを演奏し続けると….

 とはいえ、この怪談は音を鳴らすだけで、襲ったり追いかけてきたリはしないので実害は低い…..と、フラワーちゃんは言った。

「なんか緊張感が薄れますね…..」

 問題の音楽室の前にたどり着いたシェインがぽつりともらす。

「今はカオステラーの影響下なんだからなにが起こるかわからないよ。気を引き締めて行こう。」

「おう!タオ・ファミリー、見参だぜ!」

 タオが勢いよく音楽室のドアを開ける。

 無音だ。中に人の気配はない。

「ここに電気があるの!」

フラワーちゃんがパチリと部屋の電気をつける。一瞬にして明るくなる部屋に一同は感嘆の声をあげた。

「ありがとう、フラワーちゃん。ここは危ないから下がっててくれるかな?」

 うん、わかった!とフラワーちゃんはうなずく。エクスはレイナとシェインに彼女のことを任せると、タオとともに部屋の中へ足を踏み入れる。

 部屋の中は、音楽室という名前通り譜面台や演奏に使うのであろう楽器が並べられていた。その中でもひときわ目をひいたのが部屋の壁にかけられたたくさんの肖像画とその下にある大きなピアノだった。あたりを警戒しつつも肖像画に目を向けたエクスがなにかに気づいた様子で「あれは….」と声をあげたその時、

~~♪♪

 ピアノが音をあげた。無人のピアノから奏でられたそれはどこか悲しくて怪しい幻想的な雰囲気を併せ持ったそれは確かに不気味ではあったがそれよりもそれはエクスの聞いたことがある旋律で、

「モーツァルト!!」

 エクスが叫んだ瞬間かけられていた肖像画達はガタリと音をたて一斉に落下した。

 突然のことに驚くエクスがそれでも状況を把握しようと動き出した途端

「あぶねぇ!下がれ!!」

 タオの声が響く。弾かれたように背後に飛ぶエクス。彼が数秒前までいたその場所に高密度のエネルギーの塊が生まれる。闇と形容するのに相応しい色彩をしたそれは急激に膨らみ、爆発し、あたりにインクのような染みをつくる。やがて染みは集まり、水たまりくらいのサイズになる。その中心、ひと際色が濃いところから何かが浮かび上がる。何かは周囲の色と光を吸い込むようにし急速にその形を整える。現れたのは人だった。色が抜け落ちたような白い髪に幸の薄そうな顔。目の前に現れた青年をエクスは知っていた。アマデウス・モーツァルト。

 一行は亡くなった彼の音楽を完成させるために冒険を繰り広げたことがある。しかし、目の前の彼はどこか虚ろな目をしていて、異常な雰囲気を醸し出していた。

「エクス….わかってるな」

「うん。全力でいくよ」

 モーツァルトが手にした杖をまるで指揮棒のように振り上げる。するとそのリズムに合わせるかのようにヴィラン達が沸き上がる。それは部屋の外でも同じだったようで、「お姉ちゃん‼」「シェインに任せてください。-接続」戦端が開かれる声がする。

「周りの奴らは俺に任せて、おまえはモーツァルトをやれ!」

「わかった…..<接続>っ!!」

 エクスは運命の書に導きのしおりを挟み込む。一瞬の発光の後、現れたのは青いターバンを巻いた少年だった。

「ランプの精がいなくても、問題ないっす!」

 少年は周囲の状況を再び確認する。前方では緑の髪をした気の強そうな少女が敵の注意を一手に引き付けている。ヒーローとコネクトしたタオだ。そのさらに奥に佇むのがモーツァルト。音楽家だからだろうか、彼の放つ魔弾はどこかリズミカルだ。

 少年は駆け出す。音と音の隙間、三連続で放たれた魔弾の三発目。それをタオが弾いた瞬間。

 少年は飛ぶ。「ちょっと!私の邪魔をしないでよね!」声を背後に流し、少年はモーツァルトの懐に潜り込む。近づかるのを嫌うように振り払われた杖をぴょんと軽くはねて躱す。身軽な動きは彼の得意分野だ。

 少年は手にした曲刀を構え、真っすぐ突く。届かない。切り上げる。そのまま振り下ろす。踏み込んで更に切り上げ、振り下ろす。少年の斬撃は敵を捉えるとまではいかなかったが、それでも敵の体勢を崩すことに成功した。

「ここで決めさせてもらうっすよ!」

 先ほどよりさらに踏み込んだ突き。杖に逸らされる。もう一歩踏み込んだ突き。服を掠める。完全に体勢を崩した相手に、少年は渾身の突きを放つ。

「砂漠の不良に、ご用心っすよ!」

 放たれた突きは敵の芯を捉え吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた敵は黒い粒子となり、消え去った。

 リーダーであるモーツァルトを倒したからだろうか。タオの周りを取り囲んでいたヴィランたちも同じように粒子となり、消えていく。

「お兄ちゃん、すごかった!!」

 廊下での戦いも終わったのだろう。いつのまにかフラワーちゃんが足元に駆け寄ってきていた。

「とにかくこれで、ここは終了だね」

 少年が運命の書から栞を抜くと、少年はエクスの姿に戻った。

――報酬はたんまりいただくっすからね!

 エクスの脳内には、少年の声が響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七不思議の想区 ~ある少女の夢、ある少女の過去~ @amazake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ