七不思議の想区 ~ある少女の夢、ある少女の過去~
@amazake
第1話 ある学校の階段
―――とある小さな町の小さな小学校。
そこには、いつの日からかこんな噂が流れていました。
「夜の学校には絶対に近づいてはいけないよ。あそこには怖いお化けがたくさん住んでいるんだ。」
校庭に出る落ち武者の亡霊。
理科室の動く人体模型。
終わりのない階段に、
異世界へと続く合わせ鏡。
摩訶不思議で奇奇怪怪、蛟竜毒蛇で不思議な話は学校の七不思議と呼ばれ、人々に恐れられていました。
七不思議の名があらわすように、学校にあらわれる怪奇現象は全部で七つありました。
廊下を走る骸骨。
音楽室の動く肖像画。
そして最後に…….
七不思議に関する噂の中には、こんな内容のものもまた、伝えられていました。
七つ存在する七不思議。そのすべてを知ってしまった者には、不幸が訪れると………
コン、コン、コン、と足音が反響する。足元で鳴らされる無機物と無機物がぶつかり合う音と、前方に浮かぶ底のない暗闇、そして窓から微かに差し込む月明りは、どうやらここが建物の中であり、現在の時刻が夜であることを示していた。
前方には暗闇が広がり、右手には等間隔に同じつくりの部屋が見える。部屋には1-A、1-B…といった通し番号が振られており、どこまでも続く部屋の連続はここが大きな建物の廊下であることを容易に連想させた。
ガラス越しの淡い光に照らされ、四つの影が浮かぶ。暗くてはっきりとした顔は見えないが、どうやら影の主は少年と青年、そして二人の少女のようだ。
四人の影と八つの足音はしばらくの間、コツコツと前に進む音だけを響かせていた。
やがて沈黙に耐えかねたのか、少年が口を開く。
「ねえ、レイナ。ここはどこなのかな」
「まだなんとも言えないわね….せめて誰か人がいればいいんだけれど」
レイナと呼ばれた少女は目を凝らし前方を確認するが、広がるのは相変わらずの暗闇で、人影はおろか虫の一匹すら見つからなかった。
「タオ、そっちはどう?」
「いや、全然だ。人っ子一人いやしねえ」
1-Cと書かれた教室から青年、タオがでてくる。彼が中を確認した部屋も既に三つ目だ。それでも何の成果もあげられていないことが不満なのか、ボリボリと頭をかいている。
「それよりシェインはここがどこだか気になりますね….建物の中だというのはわかるのですが」
シェインと名乗る少女は首をかしげ、続ける。
「それと、沈黙の霧を抜けた先が建物だったということも気になりますね….」
「今までの想区ではこんなことはなかったもんね。カオステラーもこの建物の中にいるのかな?」
「む….新入りさんの癖にいいよみしてますね。シェインもそうじゃないかと思っていたところです。」
僕はエクスだって、と少年は少し怒ったような口調で否定をする。なにも本気で怒っているわけではない。仲間同士の軽いじゃれあいだ。
はじめは住む世界、種族すら違う彼らだったが、今では仲間と呼ぶにふさわしい関係を築き、共に旅をしている。
そんな彼らの旅の目的、それは<カオステラーの調律>だ。
赤ずきん、シンデレラ、桃太郎……これら古より伝わる伝承や童謡、噂話を元に造られた世界、<想区>。この想区は<ストーリーテラー>と呼ばれる全知全能の存在によってつくられており、想区においてその存在は絶対である。
そしてそこの住民たちは皆、生まれたときに一冊の本を手にする。
<運命の書>と名付けられているそれには、持ち主の誕生から消滅までの運命が記されている。住民たちは記された運命に従って生きる。やがて運命と運命が混じり合い、ぶつかり合い、共鳴して、物語を紡ぐ。
そうしてこの世界はできているのだ。
しかし、何事にも例外というものは存在する。
それがレイナ達のような<空白の書>の持ち主と彼女達が探している<カオステラー>である。生まれたときに手にする、運命の書。極まれにではあるが、なんの運命も書かれてない運命の書が生まれることがある。運命を持たない。ゆえに運命を選び、つかみ取れる。それが空白の書の持ち主だ。
では、空白の書の持ち主以外が自らの運命に疑問を持つことはあるのだろうか?答えはYESだ。これもまた極まれにではあるが、自らの生き方に疑問を抱く者も存在する。
運命の書の情報量が多いからだろうか。疑問を抱く者は決まって想区の主人公…..<主役>と呼ばれるものやそれに近しい関係にあるものである。主役が運命に抗えば、物語の運命が変わる。物語の運命が変われば、物語を司るストーリーテラーは変質する。カオステラーとは変質したストーリーテラーのなれの果てなのだ。
こうして生まれたカオステラーは主役やそれに近しい者に憑依した後、破壊の限りを尽くし、自らの想区を崩壊に導く。それを止めるのが<空白の書>の持ち主であり、<調律の巫女>でもあるレイナとその仲間たちの旅の目的なのである。
「あら、ここで行き止まりみたいね」
レイナが立ち止まる。無限に続くかとも思えた暗闇の道は現れた無機質な壁によって唐突に終わりを告げられた。
「どういうことだよ。誰もいねえじゃねえか」
「変ね….さっきから生き物の気配がまったくしないわ」
レイナが言う通り、彼女達この想区についてから聞いた物音はすべて彼女達自身によって生み出されたものであり、それ以外のものは物音、足音、虫の羽音や風の音でさえ彼女達の耳に届くことはなかった。
「どうすんだ。一旦引き返すか?」
タオの提案に、ちょっと待ってよ、とエクスが声をかける。
「ねえ、そこに階段があるよ。もしかしたら上には人がいるかもしれないし、行ってみようよ。」
「新入りさんの言う通りです。前進あるのみです。」
シェインが階段に足をかける。傾斜が少し急だからだろうか。視界の先の暗闇は、先ほどのものよりさらに深くなり、文字通り一寸先は闇という様子だ。一行はシェインを先頭に階段を上りだす。十五段程上ったところで彼女らは少し開けた空間にたどり着いた。
「どうやらここは踊り場のようですね。」
「特に何かがあるわけでもないね。先に進もうか。」
一行は再び階段を上りだす。十五段程上ったところで彼女らは踊り場にたどり着いた。
「ここは本当に静かだね。」
「ほんとですね。お化けでもでてきそうな勢いです。」
「ちょっとシェイン!怖いこと言わないで頂戴!」
「幽霊なんているわけねえだろ。馬鹿なこと言ってねえでさっさと行くぞ。」
一行は再び階段を上りだす。十五段程上ったところで彼女らは踊り場にたどり着いた。
「また踊り場ですか。意外と長いんですね」
一行は再び階段を上りだす。十五段程上ったところで彼女らは踊り場にたどり着いた。
「ねえ、流石におかしくないかな」
「……もう少し上ってみましょうか」
一行は再び階段を上りだす。十五段程上ったところで彼女らは踊り場にたどり着いた。
一行は再び階段を上りだす。十五段程上ったところで彼女らは踊り場にたどり着いた。
一行は再び階段を上りだす。十五段程上ったところで彼女らは踊り場にたどり着いた。
「どういうことだよ!全然次の階にたどり着かねえぞ!?」
「流石にこれは異常事態です」
シェインが言った瞬間、暗闇に光が灯る。
「危ない!伏せて!」
階段の上で灯されたそれは暗闇を飲み込みシェイン達に襲い来る。明確な殺意を持って放たれたそれは、灯などという生易しいものではなかった。
火球。
熱を放ち降りかかるそれをすんでのところで躱し、発生源を盗み見る。 エクスは暗闇の中に三つの輝く黄色い目と青い炎を見出した。
「ヴィラン….!!」
カオステラーのしもべ、ヴィラン。想区に混沌をまき散らすために生まれた存在。つまりは、エクスたちの敵である。
今現在、彼らを狙っているのはゴーストヴィランと呼ばれる個体だ。魔女の身に着けるようなとんがり帽子をかぶり、手にした杖の先から火を放つことを得意とする個体だ。
「どうやらお化けではなかったようですね….」
「それよりも随分と厄介なやつのお出ましだけどな!」
「気を付けて!第二射が来るわ!」
レイナが叫ぶ。暗闇の中で相手を視認したのはこちらだけではない。先ほどよりも正確さを増した火球が彼女らを襲う。
「俺に任せな!<接続>っ!!」
コネクト。自らの持つ空白の書にヒーローの魂を宿すことにより、ヒーローと一体化する空白の書の持ち主にのみなせる技。書の空白のページに<導きの栞>と呼ばれるヒーローの魂を宿したそれを挟むことにより、それは完成する。
「誇り高きラ・マンチャの騎士、ドン・キホーテ!いざ参る!」
タオと呼ばれていた青年は、鋼の鎧を身にまとった老人に姿を変えていた。彼の手にはいつの間にやら大きなランスと盾が握られており、手にした盾で襲い掛かる火球をいとも簡単に防いだ。
―クルルルゥ….
奇襲が失敗したからだろうか。ヴィラン達は悔しそうなうめき声を上げる。しかし例え奇襲に失敗しようとも、位置関係は変わらない。
相手より高い位置に陣取ったヴィランは敵に近づかれる前に決着をつけようと、再び杖を掲げる。振り下ろされた杖から間断無く繰り出される火球は、ダメージを与えることは叶わなかったがそれでもタオたちをその場に釘付けにさせていた。
「くそっ!!これじゃあ埒があかねえぞ!?」
タオが叫ぶ。防戦一方の彼が手にするランスがヴィランに届くことはなかった。
「高低差が厄介ですね….オマケに暗闇のせいで敵の位置が把握できません」
そう呟くシェインの脳内に言葉が流れ出す。
―――僕の力が必要かい?
「……いましたね。暗闇でも目が利いておまけに高低差をものともしないような理不尽な動きをするようなやつが」
シェインは苦虫を噛み潰したような表情をする。いつもニヤニヤ笑うこのヒーローがシェインはどうも苦手なのだ。
―――理不尽じゃなくて不条理と呼んでほしいかなぁ
声の主はコロコロと鈴を鳴らすような声で笑う。シェインはより一層の不快感をその顔ににじませながら手にした運命の書に導きの栞を挟む。
「不本意ながら、…非常に不本意ですが力を貸していただきます…..<接続>」
腰まで届く紫の髪に、先ほどまではなかった猫耳。フリルのついたロングコートを着た彼女がコネクトをしたシェインの姿である。
「鬼が没して神が出る。ボクと君にぴったりな言葉だねっ」
―――チェシャ猫さんが神出鬼没なのは認めますがあなたはいつから神になったんですか。
ニヤニヤと笑う彼女は不意に真剣な表情をつくる。髪の色と同じ紫色をした瞳孔がぶわっと開き、暗闇を捉える。敵の位置、距離、高低差をざっと確認した彼女は自らの尻尾をピンと立てたかと思うと、またニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる。
「それじゃあ、ちょっとボクと遊ぼうか?」
そして彼女は、消えた。貼り付けたような笑みを残して。
突如階段の中腹がきらりと光る。目だ。遅れて現れるニヤニヤ顔。彼女がその姿を現す。あまりにも唐突な消滅と急激な発生。
不条理ともいえる動きでヴィランとの間を半分ほどつめた彼女に、火球が襲い掛かる。隙間など存在しない三発の炎弾。不条理を否定するかのように打ち出されたそれは彼女のもとで炸裂する。
「シェイン!!」
エクスが叫ぶが、その声の届く先に彼女の姿はなかった。
再び消滅した彼女は更に敵に近づいた位置に出現する。次の攻撃が来る前に再度消滅。更に詰め寄り出現、消滅。手すりに、壁に、あるいはヴィランの目の前に。片足で、逆立ちで、あるいは寝そべって。近づき、離れて、距離を詰める。自由奔放に気まぐれに。いたるところにニヤニヤ笑いを残した彼女は、いつの間にやらヴィランの背後に立っていた。
「ふぅ。ちょっと飽きちゃったかな?」
振り向くヴィランに、
「それじゃあ、バイバイ」
別れの挨拶を済ませると、
「ぜ――んぶ、きえちゃえっ!!」
空間にカチッという子気味いい音が響いた。
轟音。
手すりから、壁から、ヴィランの足元から。彼女の残した笑みが消え、代わりに無数の矢が飛び出す。スイッチ式の矢が飛び出る罠。それが彼女の必殺技だった。仕掛けられた幾多もの罠から飛び出す矢の雨は、ヴィランたちを突き上げ、突き飛ばし、突き刺さる。音が止み、辺りが再び静寂に包まれるときには既にヴィランの姿はなかった。
「でかした!シェイン!」
タオが階段を駆け上がる。エクスとレイナもそれに続き、シェインと合流する。
「気を付けて!新手が来るわ!」
レイナが声を発すると同時に、虚空から新たな影が沸き上がる。先ほどとは違い小人のような形をしたそれは、異常なほど長い爪を構え、グルル..とうめき声を発し威嚇をしてくる。
「くそっ!!これじゃあ倒しても倒してもキリがねえぞ!?」
「状況を打開するなにかを見つけないと….」
終わりが来るのかさえわからない階段に、湧き出るヴィランの群れ。このまま戦い続けるとエクスたちの体力がつきてしまうのは火を見るよりも明らかであった。どうすればいいんだ、とタオが口を開こうとしたその瞬間、その場に不釣り合いな幼い声が響いた。
「私と遊びましょ?」
直後コン、コン、コン、と扉を叩くかのような軽い音が三回ほどなったかと思うと、辺りはまばゆい光に包まれた。
「なに、この光!?」
あまりのまぶしさに目を閉じたレイナ達が再び目を開けると、そこには赤い吊りスカートを履いたおかっぱ頭の女の子が立っていた。
更に驚くべきことは、今までレイナ達は階段にいたはずなのにいつの間にか廊下に立っていた。上り階段と下り階段が視界に入ることから、どうやら無事次の階にたどり着いたらしい。
先ほど聞こえた声は目の前のこの子のものだったのだろうか。小学生くらいの背丈をした、幼い顔つきの少女にレイナは尋ねる。
「もしかして、あなたが助けてくれたのかしら?」
少女はレイナを見上げると、にへらと得意げに笑い、こう答えた。
「そうよ。私があなたたちを助けたの。」
「そうなのね、ありがとう。助かったわ。」
レイナは少女に礼を告げ、さらに尋ねる。
「ところで、あなたのお名前は?」
それを聞いた少女は何かを考えるような仕草をした後に、なにか妙案を思いついたような表情をし、こう告げた。
「私、フラワーちゃんっていうの!あなたは?」
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