*


 そのまま帰ろうとは思えなかった。

 どうせ帰っても消化不良な気持ちが渦巻いるし、ひとつ、試そうと思ったこともあったからだ。

 さあ、目的地に着いた。

 敷地内には緑豊かな庭が見えた。

 鉄格子の柵を横目に俺は敷地に沿って歩く。柵はずっと続いている。奥には巨大で豪勢な建物が見えているのだが、歩いても歩いても入り口となる門が見えない……。


「……ってやっぱりデケえよ!」


 思わず一人でつっこみを入れる。

 俺はリンの家を訪れいていた。


「家というか……協会か、高級な宿みたいだな……」


 ちょっとした公共施設を思わせる大きさだ。

 周囲にも大きな家が数軒あったが、その中でも飛び抜けていた。これだけの家を建てるのには、相応の稼ぎが必要なはずだ。

 やっと敷地の端に辿り着きぐるりと回って、入り口となる門を見つけた。

 俺の身長の二倍はあろうかという門は、一際がっちりとした鉄格子で固められていた。先には建物へと続く小道が延びている。

 ごくり。生唾を飲み込む。正直ちょっとビビっていた。

 俺の策は、リンの家族に会ってみるということだった。

 いわゆる家庭訪問だ。リンが知れば絶対嫌がると思ったので、学校にいっている間に無断で突撃することにした。

 三人のパーソナルな部分に踏み込むことで、発見があるのではないか。

 今日エミィと話して思ったことだ。

 三人の問題は技術的な面ではなく、内面なのである。


「……あれ、どうやって入るんだ?」


 門は固く閉じられている。中の人を呼び出したいが、やり方がわからない。


「鉄の門をノックすればいいのか……?」


 建物まで距離があるのでとても聞こえるとは思えないが。

 がちゃん。

 もたもたしていると独りでに門が開いた。

 同時に全身真っ黒の服装をした、白髪の男が現れる。種族がわからず年齢は不明だが、年配に見える。


「なにか?」


 警戒心のこもったまなざしだった。焦って俺は説明をする。


「あ、えーと、リンさんのご自宅で間違いないですか? 自分はリンさんの特別教室の教師でして……」


「リンお嬢様の先生ですね。どうぞこちらへ」




 家の中も豪勢だった。

 足下には絨毯が敷かれ、廊下や灯りにも装飾が施され美術品が飾られている。こういった装飾にまで手をかけてあるところは、共和国には少ない。

 俺が案内されたのは来客用と思われる部屋だった。

 テーブルとゆっくり腰かけられるイスが四脚ある。そのうちの一つに腰かけ、俺は一人の女性と向き合っている。……かなり緊張する。


「あなたがあの伝説のニンゲンの教師ですか」

「伝説って言われるほどじゃ……」

「そうね、過去に存在していた種族なんだから。ただ生きた化石ではあるのですね」


 彼女はリンの母親、妖孤族のリーシーだ。長い金髪がリンを彷彿とさせる。そしてリンのスタイルのよさはリーシーからの遺伝らしい。


「それで、ご用件は?」

「今日は授業の一環で初等組を連れて外に出ていたんですが、リンさんの家が近かったので一度ご挨拶をするのもいいかと」


 用意しておいた嘘でこの部分は誤魔化す。


「なるほど」


 短く言って、リーシーはお茶を啜った。


「どうでしょう、うちの娘は」

「リンさんはとてもやさしく、また面倒見もよく真面目に」

「そういう建前は結構なので」

「す、すいません」


 超厳しかった。というかリーシー自体が仕事人として相当やり手のように見える。

 鋭い眼光が普通の人のそれじゃない。


「成績が振るわないから選ばれたことも、わかっていますので」


 失望も悲しみもなく淡々としていた。


「期待はしているのですよ、あの子には」


 リーシーの手にはギラギラした指輪が光っている。


「しかし一族の特性を使いこなせてないのですから、成績がよくないのは当然です」


 話しぶりからすると、リンは身体強化術を使うことが苦手……なのか?

 しかし教師がその事実を知らないのはまずいだろうと、ぼやかして話を進める。


「本人は特性を使わない、違う道を探しているようですが……」

「それでは高いランクの職にはつけないでしょう。はっきり言って、一族の名を汚す行為に見えます」


 ばっさりと切って捨てる。


「未熟だから力を使いこなせていないのに、そこをどうにかしようとしない。そんな子が別の道で成功できると思いますか?」

「……いえ、難しいかと」

「とにかく自分の力くらい使いこなしてもらわないと困りますから。それができず生きられないのなら、本人の責任でしょう」


 突き放す言葉に、どきりとさせられる。

 家で養ってもらえるから働かなくてもいい、というわけでもなさそうだ。


「身体強化術について……詳しくないのですが、力を使いこなすのは、誰でも難しいものなんでしょうか?」

「性格的にムラが出てしまうことはありますが、あの子みたいにまったく思いどおりにならなくなるのは、珍しいですね」


 力が思いどおりにならない――うまく扱えないから使うことを避けているのか。


「ただそれは、制御できないほどに力が強いことの裏返しでもあります」


 期待できる言葉も聞けたのは、嬉しい誤算だった。


「昔から、リンさんは力を使いこなすのが苦手だったんでしょうか」

「ええ、そうです。……でも」

「でも?」

「苦手ながら初等学校の頃は力を使っていたのですが……中等学校に通うようになってから、あの子は力を使わずに別の道を目指すと言い始めましたね……。変な知恵をつけてしまったんでしょう」


 これもまた、いいことを聞けたかもしれない。


「本当にもったいないですね」

「ええ、本当に。あの子が本気を出せば、そこらへんの傭兵五人くらいならあっという間に倒してしまうのに」



     *



「結局さー、模擬試験どうするの? 受けることは受けなきゃいけないんでしょ?」


 翌日の教室で、ちょうどリンも聞いてきた。

 流石に残り一週間を切り本人たちも気にし始めたようだ。


「もちろんだ」


 模擬試験は必須ではないが、ほとんどの者が受ける。

 母親のリーシーには訪問のことを伏せておいて欲しいと頼んでおいたのだが、そのとおりにしてくれているようだ。


「俺に考えがあるんだ」


 昨日の夜考えに考えて、たどり着いた答えがあった。


「本当か?」


 期待のこもった目でサーシャは俺を見た。

 室内にいる生徒は二人だった。エミィは今日も姿を見せていない。


「模擬試験は『自由表現』の内容については事前に提出するよな?」


『自由表現』は、自分が将来稼ぐ方法とその実力について実践で示すテストだ。


「その事前の文章記述を、俺のアイデアに任せてほしいんだ。ぎりぎりまで練って提出したいから、みんなに内容を伝えるのは直前になるかもしれない。でもちゃんと紙に書いて渡すようにするから」


 皆には最大限、潜在能力を発揮してもらうために内容は伏せておく。

 そう、もう作戦は始まっているのだ。


「だいたいは教えといてよ」

「いや、それじゃ意味がないんだ……。もすかすると少し……ニンゲンとして変わった策を出すかもしれない。でも俺も、本気でみんなには点数をとってもらいたいんだ」

「だから信用しろって? なにをやらされるかわからないのに?」

「なにが心配なんだよ」

「だってみんなの前で身体強化術を使えとか言ってくるかもしれないんでしょ?」

「もし嫌だったらその場で棄権すればいい。だろ?」


 本当にそうされては困るのだが、今は説得のためだ。しかたがない。


「……でも試験場で棄権って、ダサいっていうか……」


 試験は他の受験者や外部の者でも見学可能になっている。リンは人の目をかなり気にしているようだ。


「体調が悪くなったとかいいわけは利くだろ? 模擬ならまだ人も少ないだろうし」

「多い少ないの問題じゃなくてさ……」

「今までずっと最低のGランクとってきて、今さら恥ずかしいもクソもないだろ」


 少し過激だとは思ったが、発破をかけてみる。


「……言ってくれるじゃん、センセー……?」


 飛びかかって首に噛みつかれる――と一瞬錯覚した。リンは一歩もその場を動いていない。

 俺に敵意剥き出しだったリンだが、しばらくすると「うーん」と唸り出す。


「でも一理……あるか」


 ほっ、と俺も胸をなで下ろす。


「ここで一勝負、やってみてもいいだろ?」

「まあ今までどおりやっても結果は同じだし……」


 うん、とリンも一人でうなずく。


「じゃあそのニンゲンの秘密の作戦とやらに乗っちゃおうかな。まあ、センセーが点数を上げようと頑張ってるのは事実だし、そこは信用しようかな」


 ニッ、とリンは笑ってくれた。

 俺も頑張ってほしいと思う。だから少し心も痛む(・・・・)。


「期待してるからな」


 エミィやリンがどうして低い点数しかとれないのか。それは単なる実力不足ではなく、もっと別の部分ではないのか。

 今まで誰からも触れられることのなかったところにメスを入れたら……。


「せんせい、わたしの自由表現の内容もせんせいが決めるのか?」


 サーシャが聞いてきた。


「ああ、そうだ。ちなみにサーシャはこれまでの試験では……色んなことを書いてきたんだったな?」

「いつもなにを書けばいいかわからなくなるのだ……。先生たちはこれがいいあれがいいと言ってくれるが……」


 うつむいてサーシャは声を小さくする。サーシャは人より物事の意味を大事に考えすぎる。だからきっと一歩が踏み出せないでいる。

 それはきっと彼女の生い立ちが影響しているのだろう。

 手本となる人がおらず、一人で歩いてきたから、向かうべきゴールがわからない。

 だがもしその段階を越えることさえできれば……。


「実力測定試験で、魔法を試したことはないんだよな?」

「うむ。まったく使えないからな」


 もしかして、それも心のストッパーが作用しているせいではないだろうか。


「サーシャにも俺がぴったりの案を用意するから、舞っていてくれ。……じゃあみんなで頑張っていい点とろうぜ! ……エミィには明日伝えたいな」


 エミィは頼めば嫌だとは言わないだろうから心配はしていない。



 あとは模擬試験当日まで、準備を進めるだけだ。




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お読みいただきありがとうございました。

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今日が最後の人類だとしても 著:庵田定夏 ファミ通文庫 @famitsu

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