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「頼まれたからって全部やるなよ……」
ふと思い至って、口にする。
「お前もしかして……周りに押しつけられてるんじゃ」
「でも先生も、さっき頼まれたから設営をやってるって言ってませんでした?」
――え。
「せ……先生は仕事だからしかたがないんだよ」
「そうですか」
「だけど……さっきから『頼まれたから』って言ってるけど、頼まれたらなんでもやればいいってもんじゃないだろ」
まったく説得力がないとはわかっていながらも口にした。
「でも、頼まれたので」
それはまるで、呪詛のように聞こえて、気持ち悪くて、バカな冗談を言いたくなる。
「おいおい……じゃあ俺がここで服を脱いでくれ、って頼んだら服を脱ぐのか?」
しゅるりとリボンを解く。上着をたくし上げて――。
「っておいおいなに脱ごうとしてるんだ!? やめろバカ!」
「……やめるのですか? 頼んだのではないですか?」
「いや……だから……」
「脱ぐのですか? やめるのですか?」
彼女はその二択を、特になんの感情も抱いていないように同等に並べる。
意志のない人形のようにすべてを委ねている。
ぞくりと冷たいものが背筋を這い上がった。
「おかしいだろ……、おかしくないか? ……周りのみんなは簡単に誰かの頼みを聞いているか? お前の家族はそうだったか?」
怯える俺に対して、エミィの鼻の穴が膨らむ。
エミィの体の中でカッと熱が生み出される気配があった。
「でも……そうしなければ生きられないのです。……わたくしたちは」
「……そんなことないだろ。落ちこぼれってことを気にしすぎじゃないか? サーシャやリンを見ろよ」
「でもわたくしたちの一族はっ!」
エミィの感情が、瞬間的に風に煽られた炎みたいに高ぶった。
「わたくしの村では……年老いたら山の奥に捨てられてしまいます」
「へ――」
妙な、バカみたいな、気の抜けた音しか出せなかった。
「ある年齢以上になったら山奥にいって村を守る雪の結晶になるのだと、村のみんなは言っています。でもそんなことはないのです。わたくしは……元からなんとなくわかっていましたが、だけど……都会に出てきてやっぱりそうなんだと、知りました」
「捨てるって……そんな……」
姥捨山みたいな話が、辺境の村にはあるって?
「だからわたくしが一年ほど前、都会に出てくることになったのです。子供なら学校に通っていれば衣食住を保証してもらえますから」
なにかが決壊したみたいにエミィは饒舌だった。
「そして一族が稼げる方法を、見つけろと言われているのです」
今まで溜まりに溜まったものが弾けているように。
「そ……そこまで一族を背負っているとは、知らなかったよ」
うまい言葉が出てこない。正しい反応がわからない。
「わたくしたち村の子供は死なないように懸命に働けと言われます。大人の言うことは絶対。そうしないとダメなのです。そしてお父様は、都会では人の言うことを……頼みごとを絶対に聞くようにと言いました。そうしないとわたくしと、一族は生きていけないのだと」
「偏見だろ。そんなことは、ないだろ」
声の震えをうまく誤魔化せているだろうか。
「みんな村からほとんど出たことがないので、きっと都会のことをよくわかってないのです。怖がっているのです」
それをエミィに、背負わせているのか。
「……でもエミィも、それが異常だってのは、わかってるんじゃないのか?」
積もり積もったものが今吐き出されているように感じられる。
「でもわたくしは……こうするしかないのです」
「こうするって、頼まれたらなんでも聞くってか? でも代わりに自分の練習の時間がとれなくなるだろ。実力をつけることがエミィにはなにより必要なんじゃないか?」
そのこともわかってはいるのか、エミィは黙ってうつむく。
「一族の目的を達成できなくてもいいのか?」
きっとその言葉が一番効くだろうと思った。
「ダメ……です」
肩を震わせてエミィはつぶやく。
「だったら頼まれごとも、全部とは言わないけど断るようにして」
「それも……ダメです」
「ダメ、ダメってそれじゃどうにもならないだろ」
「お前は融通が利かないんだ。それが試験でいい点数がとれない理由でもあるんだよ、きっと」
俺はそう結論づける。
「事情があるのはわかった。でも……だからこそ、まずお前自身の実力を示すことが必要だ? そうだろ?」
「わたくしは……」
「一人が成功しないと一族の他の人も続けない……。だから、エミィは手先の器用さや料理で実力測定試験に臨むんだ」
ぼんやりと考えていたのだが、あらためて妙案に思えた。
「使えない魔法よりもそっちの方がまだ可能性がある。……いやもちろん、自分だけの特性を生かすわけでもない下働きだと、高いランクが目指せないのはわかってる」
誰でもできてしまう仕事の評価は総じて低い。だがたとえば料理でも、その道を極めていけば高く評価される――そこまでいくのになんらかの才能が必要かもしれないが。
「まず最低ランクから脱しよう。その実力を示した上で、やりたいことをやるべ――」
「わたくしは雪魔法を使って試験をしますっっ!」
大声にエミィ自身が驚いたみたいな顔をする。
「あ……あの、わたくしは……そうするしかないので。……ごめんなさい」
はじめて見せられた本気の拒絶に、俺はなにも言い返せない。
「では、続きがありますので」
エミィは作業へと戻っていった。
*
俺は集会所に戻って、自分の作業を再開する。
「お仕事、ご苦労様です」
なんだか心と体が乖離しているみたいで、意識の外で体だけが動いている。
おかげで疲れは感じなくなったが。
「聞いているのですか?」
「……へ?」
いつもクールな表情のレイラが眉間にシワを寄せているのは、少し可愛く見えた。
「あ……どうかしましたか、レイラ先生?」
「ちゃんと仕事をしているのかと聞きました」
レイラは優雅な金色の髪を手でかきあげつつ、呆れたように溜息を吐いた。なぜ呆れられたのかよくわからないが……。
「見た感じ、仕事はきちんとしてくれているようですね」
「そりゃ……仕事ですから」
仕事だから――。
頼まれたから――。
レイラはイスの並び具合を見て、位置の調整を始める。
「……仕上がりの監視ですかね」
「手伝っていると捉えられませんか?」
コバルトブルーの瞳が冷たかった。
「し、失礼しました」
確かにそうとも言えた。
「……あなた、私たちのことを勘違いしてませんか? 私たちは敵ではありませんよ」
「敵とは思ってないですよ、ははは……」
だが歓迎されているとも思えない。
「あなたは上司であるファガール先生の印象が強いでしょうからね」
「なにも言ってないんですけど……」
心を読んでいるみたいにレイラは話してくる。いくら森の賢者と言われる
「しかしあの方にも考えがあるのです」
「そー……なんですかね」
「この際はっきりと伝えておきますが、私はあなたを嫌ってはいません。まだ信用していないだけです。そして疑っているのです、本当に実力があるのか」
平等に実力主義の土俵に乗せられる。
実はそれが一番プレッシャーだった。
なにもかもが公平な場で戦わされてしまったら、いいわけが利かなくなる。
止まっていた手を、動かし始める。と同時にふと聞きたくなった。
「外のあれ、いいんですか?」
「雪人族のエミィですか」
「授業受けずに、係の仕事らしいんですけど」
「私も正しいとは思えません。最近は何人かが彼女を使うことを覚えてしまって」
これでもまだマシなのかもしれない。もし、雑用をやってくれるだけでなく、どんなことにでも従うのだと周りが気づいたら……。
「でも強制はしていません。本人が望んでいることです」
「望んで頼まれごとをしている……だとしても、放っておいていいんですかね」
「子供たちの問題ですから。第三者が介入しても、根本的な解決にはなりません」
「それをなんとかするのが教師なんじゃ……」
「いいえ、解決するのは本人です」
この世界は、そういうスタンスなんだ。
「あいつが雪魔法にこだわりすぎなのも……自己責任ですか」
「水系統の魔法を使うんですよね、彼女は?」
ふと思い出したみたいにレイラに聞かれた。
「そうですけど」
「……水系統の魔法は、この都市では水神族と水人族の勢力が強く、関連の仕事はほとんど押さえていますからね」
「特定種族が仕事を独占しているんですか?」
「彼らは強い魔力を持っており、また数も多いので、結果そうなっているのです」
それだけ強力な競合がいるとなれば、なおのことエミィら雪人族には条件が悪そうだ。
「ところで、特別教室生への指導は順調なんですか?」
「も、も、もちろんじゃないですか」
たぶん噛まなくても、レイラには本音はバレバレだったと思う。
しかし俺は、問題解決への糸口を一つ発見できた気がしていた。
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