四章 誰かに期待をして誰かが誰かを測る

 働き始めてからあっという間に三週間が経過した。

 実力測定模擬試験まで、残り一週間になってしまった。

 ここでなんらかの実績を出したいが、実はまだなんの兆しも見つけられていない。

 なんとかなるだろうと楽観的に捉えていたのだが、流石に焦りが出てきていた。

 やることはやっている。

 普段の学校では一般的な教養を学んだり、それぞれが持つ特性に応じて魔法の練習や特技の強化をしたり、体力の向上を図ったりしている。

 同じく特別教室でも、まずは体力が必要だろうとそれ用のトレーニングは取り入れている。特にリンには集中的に取り組ませていた。

 魔力を強化させる練習は、エミィとサーシャにやらせている。俺自身が魔法の素養がないため怪しい解説書を読みながら「体を清める」とか「炎を見ながら集中する」とか「薬膳料理を食べる」などを試していた。

 本当は旧時代のニンゲンの知恵を使ってなにかを変えたかったが、よい案を思いつけてはいない。

 だがとにかく、わかりやすい成果を出さないと、一カ月間お前はなにをやっていたのだと責められかねない。

 しかしそうやって危機感を持った日に限って……。


「なあ、サーシャ。他の二人はどうした?」

「知らないのだ」


 今日の教室にはサーシャ一人しかいなかった。

 特別教室は毎日出席の義務があるわけではない。あくまで学校が優先なので、事情があれば欠席も普通だ。

 エミィとリンは特別教室をちょこちょこと休んでいた。リンはたぶんサボりだろうということがわかるのだが……。


「エミィの方がな……」


 普段聞き分けのいい真面目な子な分だけ心配になる。


「エミィはよく学校の用事で遅れていると思うが」

「そうだな……。だったらしかたないんだけど……」


 サーシャには一旦宿題を終わらせてもらい、そのあと外で魔法の練習をる予定だ。

 先に外に出ている、と声をかけて俺はグラウンドに向かう。

 そよ風の吹くおだやかなグラウンドで、しかし俺はちっとも落ち着けないでいた。


「シド。なにが足りないんだろうか?」


 黒いスイッチを押しながら俺は尋ねる。

 通信機は沈黙している。反応がいつもより……遅い。


「おい、シド」

『……はい』

「起動まで時間がかかりすぎじゃないか?」

『……はい、そろそ……』


 ざー、と砂嵐のような音が聞こえる。


「おい、聞こえないぞ」

『ぶ……、聞こえていますか?』

「今は聞こえてるぞ」

『そろそろ音声通信も限界が近づいています』


 これもずっと予告され続けてきたことだ。


「でも機能が死ぬわけじゃないんだよな? つまりスイッチは……」

『はい、スイッチは作動します』

「……ところで、まだ生徒たちの実力をつける計画をうまく進められてない。なにが足りなくて……なにをやればいいか、ヒントになることはないか?」

『生徒一人の動機づけが不十分であるとするなら、ヒントは日常の中にあるかもしれません。より生徒一人一人の事情に踏み込んだ――』


     *


 翌日、俺は朝から学校を訪れていた。

 こんな忙しい時に上司の竜人族のファガールから、催しものの設営準備を手伝えとお達しがあったのだ。

 特別教室も所属は共和国の学校なので、それも仕事のうちだった。


「どうせ午前中はすることもないのだろ?」


 ファガールは頭二つ分高い位置から、俺を見下ろして言ってくる。


「授業の準備とか色々忙しいんですけどね」

「フン。ならば来週の実力測定模擬試験は期待してもいいのだな?」


 じろりと、金色の目が俺を睨めつける。


「ま、まあ、子供たちの頑張り次第ですかね。……ただ模擬で本番の試験ではないですから、それなりというか」

「一カ月でなんの兆しも生み出せない者になにができる?」


 まったく反論の余地がない。


「我も貴様の働きぶりを上に報告する義務がある。ちょうど模擬試験のあとだ」

「そー……なんですね」

「なにか一つでも結果を出してみせよ。貴様のためにも、必ず」


 これは嫌みでもなんでもなく本当にやらねばならない忠告だと、口調からわかった。


「……必ず、結果は出します」




「――で、やらせることは会場のイスの設置かよ」


 なんでも明日は、都市で活躍する様々な職種の人の話を聞く会が開かれるらしい。


「これ俺一人でやるのか?」


 まずはイスを会場となる集会所へ台車で運び、並べてゆく。

 ニンゲンだと三人ほどがかけられるイスはずっしりと重みがあった。


豚鬼オーク族雇えよ……」


 意外ときつい。愚痴は止まらなかったが、体は動かし続けた。


「だ~~~、疲れた!」


 整頓は後回しにしたがイスはすべて運び終わった。

 休憩だ、とイスの上に横になった。集会所からはグラウンドが視界に入る。

 すると、銀髪の影がちょこちょこと動き回っているのが見えた。一人でいるので、休み時間でも授業でもないようだが……。

 しかし大人にしては身長が低い。そういう種族だろうが……って。

 がばりと俺は体を起こした俺は、グラウンドに出て近づいていく。

 あの服。二つ結びの銀色の髪。明らかに見覚えがあった。


「せんせ? おはようございます!」

「おはようエミィ、元気だな」

「はい!」

「昨日も教室にこなかったから心配したんだぞ」

「す、すみません。用事があったので……」


 しょぼんとわかりやすく項垂れて、エミィは両腕をもじもじとこする。


「もうすぐ模擬試験だからな。自由表現もどうするか決めないと」


 子供たちにはもうすぐ試験だという緊張感が薄いように思えた。

 何度も受けている試験だし、なにより模擬試験だから本腰も入れにくいのだろう。

 実力測定試験は年に三回ほど実施され、その合間を埋めるように三回ほど模擬試験がおこなわれていた。

 公式の記録としては本番の実力測定試験のものしか採用されない。とはいえ内容は同じだから、本番に備えるためにも模擬試験だって重要だ。


「……はい。模擬試験頑張らないとですよね。でもわたくしはまだ雪魔法を都会では使えなくて……」


 話ながらエミィは先ほどの作業の続きをしている。

 手押し車を使ってグラウンドに白い線を引いているらしい。


「……で、今はなにしてるんだよ、エミィ」

「体育係の仕事をしているのです。せんせはなにを?」

「俺は頼まれた集会所設営の仕事だよ。今授業中じゃないのか?」

「頼まれた作業が終わらないので、授業中でもやらせてもらっているんです」

「学校の授業が後回しでいいのか? 普通は授業が優先じゃないのかよ」

「いいえ? お家の仕事の手伝いで休んでいる子も多いですよ?」

「そういうのもあるのか……。じゃなくて、エミィのは家の仕事とは違うだろ」

「でもこちらの方が締め切りがあるので、優先だと思うのです」


 エミィは当たり前のことのように言うのだ。

 それはそれで正しい主張だが、周囲に誰一人としていないのは妙だった。


「……エミィ、学校の用事でたまに特別教室に遅れたり、休んだりしているよな」

「はい、それはとても申し訳なく……」

「謝らなくていいから。ただ教えてくれ。理由は係の仕事のせいなのか?」

「そういう時も、あります。そうじゃない時もあります」

「そうじゃない時ってのは?」

「係ではないけど、頼まれたことをやっている時です」

「係ではない……ね。ちなみに……係の仕事はみんな持っているものだよな?」

「係の人ならば、持っています。でも係になってない人もいます」

「クラスで何人かが選抜されてるってところか」


 なんとなくイメージがついてきた。


「エミィは体育係なんだな?」

「はい。他にも五つほど」


 エミィの笑顔が冷たく、機械のように感じられる。


「それは……」


 違和感がはっきりと俺の中で形作られていく。


「それはおかしいんじゃないか?」


 まだ共和国の常識を完璧に把握しているとは言えない俺でも、そう思った。

 しかしエミィは不思議そうに笑みを深めて、首を傾げる。


「普通は一人で何個もやるもんじゃないよな、それ? なのになんでエミィは?」

「普通は、そうかもしれません。でもわたくしは


 俺の勘違いかもしれない。

 でも『頼まれた』の響きに俺は奇妙な引っかかりを覚えた。

 なにかが決定的に、おかしい。

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