第3話

サーマシバルは、十年戦争の前から残る軍事国家で、東の『ウォータービレイ』西の『シールト』南の『フォレストライア』北の『ガイア』の四つの都市とその中心にある『ヴァルニカ』から成り立っている。

広大な国土を持ち、人口は三億にまでのぼる。現存する唯一の大国である。

かつては自由主義の国として名を馳せたサーマシバルであったが、全世界で広まる謎の人口減少『個のアポトーシス』により、自由主義はカオスそのものを生み出し始めた。

止まらない恐怖の喧伝が民衆の心を焚きつけ、破滅主義者が説法を説くようになる。

「我々は等しく無価値である。我々は等しく偽りである。我々は等しく仮象である」

人々は共感した。人々は畏怖した。人類という終わりに皆が気がついてしまった。心の何処かで感じていたそれは吐き出される場所を求め始める。

その流れは加速していき、やがて病となってこの国を蝕んでいったのである。

ありとあらゆる主義主張が止めどなく溢れ、やがて相容れない者同士でぶつかり合う。その根源にあるものは等しく同じにも関わらず、結果は流血であった。

気がつけばこれまで築き上げた自由主義は、いとも簡単に崩壊したのである。

人類は人類に恐怖した。だから自らを枷で縛る事にした。

サーマシバルは軍事により、人々を縛った。

力で制圧し、あらゆる主張を排他していくイデオロギー。それは過去を殺す行為であり、未来への延命であった。

政治、経済、財政、社会構造、全てが軍事のために存在する。

そのための教育。そのための文化。そのための国民。

国という枠組みを越え、一つの怪物としてこの世界に生き続ける事を選択したのである。

 クロウとチトセはその後、何事も無くウォータービレイに到着した。

検問を抜け、ウォータービレイの外れに位置するサーマシバル東方軍司令部に荷物の引き渡しをする最中であった。

軍基地内部にある工場。機械油の臭いが鼻につき、その臭いに慣れた人間でなければあまり長居したくはない所だ。

輸送車で内部に入り、『荷物』を下ろす。

辺りには、軍関係者の鋭い視線が飛び交う。

何十名という軍人達の手元には機関銃が添えられている。

威圧的で、傲慢で、それは敵意にも近いものであった。

「みんな怖い顔してますね……」

「ここで待っていろ」

窓から覗く光景に萎縮するチトセにそう告げ、車内からクロウだけが出てくる。

周囲の緊張が彼の肌を伝う。

意に介さず、クロウは口を開く。

「責任者はどこにいる」

何の感情もそこには感じさせない。冷たい一言だった。

その言葉に応じるように奥で様子を見ていた一際、上背のある軍人が彼に話しかける。クロウと大差ない体つきにグレーの短髪。鍛え上げられた身体に相応の威圧的な目つきをしていた。

「サイモン・リベロ大尉だ。運搬ご苦労……コレが」リベロはトラックのコンテナを見つめながら言う。

「ああ、依頼通りだ 」抑揚の無い口調でクロウは答える。

すぐにリベロは部下に命じ、輸送車のコンテナを開かせた。

部下の兵と整備士たちはコンテナに群がり、端末に接続してロックを解除する。

白い蒸気を放ちながらコンテナはゆっくりと開く。

整備士は待ちわびたような顔つきでその光景を凝視していた。

中から出てきたものは、詳細は分からない人が入るほどの丸型の大きな機械部品と見るからに凶悪で、装甲車に装備するには大きすぎるであろう三砲身のガトリング。それは、黒くどっしりとをした重圧感を持った姿だった。

一部を除き、其処にいる全ての者がその姿に感動を覚えた。

それは間違いなく巨大兵器の一部だった。

「確かに間違いありません。これで全ての部位が納品されました」

一人の整備士が大きな声で報告する。

その声は確信に満ち、興奮を隠しきれていない。

リベロはそれを聞くと、視線をクロウに戻した。

「確認した。これだけの手間をふんだ甲斐があったというものだ」

瞳に映る歓喜の色に対して、クロウは冷め切っていた。

彼は何の感情もないかのように事務的に納品処理を行っていく。

ここに居るだけ時間の無駄である。

病に冒される可哀そうな怪物たちしかいない。

喜ぶ姿の奥底に潜む狂気が彼を不快にさせるからだ。

それでも、彼は何かを主張しようとは思わない。

運んできたモノが何であろうと、クロウにとっては無意味でしかない。

それがどれほどの厄災を振りまこうともだ。

「パーユーロン特務によろしく伝えておいてくれ。君たちのもたらしてくれたものは、我々の地位を確固たるものとしてくれる」

「ああ」そう言うと、クロウは足早に輸送車へ戻っていく。

助手席に目をやるとチトセはまじまじと歓喜に震える人々を軽蔑するように見つめていた。

他人に対して、ここまで嫌悪を見せるチトセは、そうそうお目にかかれるものではない。

「人殺しの道具に喜びを感じるなんて……歪んでます」

「ここはそういう場所だ」

端的に現実をつきつける。人殺しという罪を賞賛し、喜びの声をあげる。

さあ、人殺しをしよう。

さあ、戦争をしよう。

さあ、虐殺しよう。

我々は許される。我々は力があるのだから。

身勝手で傲慢な主張。

現実はどこまでもチトセを失望させた。

軍人の誘導に従い、車を走らせる。

「あいつには報告したか?」クロウは沈んだ空気を一蹴するように言葉を投げた。

「あっ、まだでした!」

チトセは思い出したかのように、携帯を取り出し電話をかける。

電話のコール音がする。

一回。二回。三回。鳴り続けるコール音。

クロウはそんな彼女を横目に輸送車を宿舎に向け走らせる。

整備されたコンクリートの車道を走りながら闇の中を駆ける。

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