第1話―7

 巨像が、動く。敵の挙動をじっと待つ趣味は、私にはない。

 すかさずナイフを投げ放つ。それらは一呼吸の内に虚空を飛び、過たずゴーレムの顔面に殺到した。しかし。


「効いてない、か………」


 表面を僅かに削ったかどうか。生憎、その程度の被害は、ゴーレムの挙動の妨げにはなり得ない。


 豪腕が、唸る。


 伏せた頭上を掠める質量の大きさに、思わず舌打ちする。

 通過の際に生じた風は、私の毛を数本巻き添えにしていた。直撃したらどうなるか。考えたくもないし、恐らく、考えることができる身体ではいられまい。


 無理だ。――


「バグ!!」


 声をあげつつ、私はバグに手を突っ込む。幸い、こいつも空気を読んだのか、余計な茶々を入れることはなく素直に私の手に何かを握らせる。

 私は一息に、


「なに!?」


 男が驚きの声をあげる。無理もない。何せ今、1メートルの長剣を抜いたのは、どう見ても三十センチ程の深さしかない鞄からなのだから。


 喋る鞄、バグ。減らない口だけが、彼の真価ではない。





 その口は、どこに繋がっているのか。

 覗き込んでも果てはなく、光もなく、ただただ暗闇が広がるだけの空間。


 正式名称【深淵の窓口バグ・プログラム】。


 その鞄には底がない。ただ、どこかに繋がっている。

 【古今東西、ありとあらゆる武器を取り出せる】。それが、このお喋りな鞄の真骨頂スペックだ。





 腕を振り抜いた姿勢のまま、ゆったりとした動作で動き始めるゴーレム。その伸びきった腕に、私は手にした長剣を降り下ろした。

 水晶は硬度こそ高いが、その実衝撃には弱い。果たして振り下ろした剣の刃は、ゴーレムの腕を半ばまで切断しかけていた。


 しかし、そこまでだ。


 剣を引き抜くと、その割れ目は見る見る内に閉じていき、元の通りにくっついてしまった。


「ゴーレム。無知なお前たち亜人にはわかるまいがな、核となるパーツを壊せなければ、破壊など不可能だぞ?」


 、とはまぁ、教える必要はないだろう。

 確か、呪文スペルを書いた紙があり、それを破るか文字を変えると壊れるんだと聞いたことがある。………まあ逆に言えば、それ以外では壊れないということだが。


「しかし………その鞄。魔法道具だったのか」


 先程の激情が消え失せ、男の目に好機の光が宿る。流石は、魔術師………知識欲が他の感情全てを淘汰する種族。


「中身は、次元を歪ませているのか?そうしてストックする………いや、さっき名前らしきものを呼んでいたな?とすると、自我を持っているのか?いや、それが解錠コードか?キーワードに反応してそれぞれの武器を出すということか?しかし」

「………」


 うるさい。

 しかも、ぶつぶつ呟く間、ゴーレムは別に大人しく待ってはいない。ゆったりと動きながら、時たま思い出したように必殺の一撃を放ってくる。

 かわしつつ、隙だらけの本体に斬撃を浴びせるが、質量の差はいかんともしがたい。削ることはできても、貫通しないのだ。そして貫通しなければ、敵にとっては傷ではない。


 私の能力で長剣を使いこなしてはいるが、元来こうした剣は重みで叩き切るものなのだ。使いこなせばこなすほど、ゴーレムの厚さを切断する可能性は低くなる。


「グオォォォ!!」


 私は拳をかわすと、その勢いを殺さないように半円を描くような足運びで剣を振り抜いた。

 金属音と共に、ゴーレムの腕が千切れた。胸板ほど分厚くはない腕の先ならば、こうして切り裂ける。

 しかし。

 そんな薄い装甲の下に核を置くほど、男は愚かではない。

 傷は見る見る修復される。ものの数秒で、腕は再びくっついていた。

 本体を狙うしかないか。しかし、一撃では抉りきれない。………ならば。


「はぁ!!」


 気合いと共に、踏み込む。

 数えて、五閃。斬撃を棒立ちのゴーレムに浴びせていく。同じ部位に集中し、その肉体を削る。


「グオォォォ!!」


 もちろん愉快な経験ではないらしく、ゴーレムは腕を振り回した。出鱈目な攻撃だったが、当たれば私くらいペチャンコになる。慌てて間合いを外し、そして、私はため息をついた。


 中断した攻撃の結果は、あっという間に再生していた。


 これでは勢いが足りない。数を頼みにした攻撃では重みが足りないのだ。

 分厚い水晶の皮膚を貫くだけの一撃。そして、それを核に当てなければならない。

 加えて現状、核がどこにあるかわからない。そうなると、しらみ潰しに当てていくしかない。

 そんな攻撃を、乱打する武器………或いは、その技術。それこそが、必要だ。

 さて、どうするか。


「よう、ヤバイな、このままじゃあ」

「………良くはないね」

「手は、あるぜ、この俺の中にな。俺は、んだからな?」





「………む?」


 不意にラヴィが、大きく飛び退いた。ゴーレムから距離をとりつつ、剣を鞄に戻してしまう。無駄な足掻きと気が付いたのか………いや、まだやる気だろう。

 胸元に入れたカードを思い起こす。このラヴィが刺客ならば、諦めるわけがない。


 果たして、ラヴィは再び鞄に手を入れる。さて、そこから何を取り出すか。

 ある種の期待を持ちながら、男はラヴィの一挙手一投足に注目していた。剣か、斧か。或いは弓矢で遠距離から狙うか。

 なんにせよ。このゴーレムは貫けない。余裕を持って見詰める男の視界。


 次の瞬間、それは閃光に包まれた。





 私が取り出したのは、素材すらわからない【何か】だった。筒のような、杖のような棒状のそれを、私はまるで見たことがなかった。

 しかし、それは【武器】だ。武器ならば、私は使える。たとえ何も知らなくても。


 身体が動く。片手はそれの半ば程を支えるように、もう片手は手元、筒になっていない三角の端をそれぞれ握った。

 腰の辺りにそれを構え、両足を広く開いて重心を落とす。衝撃に耐えるような姿勢に、私は非常に嫌な予感がした。けれど、これしかない。

 私は能力の導きに従い、右手の人差し指で、小さな出っ張りを握り込んだ。


 瞬間、轟音が響いた。文字通りの音の衝撃に、私の耳が悲鳴をあげる。


「………ギャハハ」


 筒の先から、火が出ていた。いや、火だけではない。稲妻のように何か、小さな金属が連続して吐き出されているようだった。


「MP40。1938年以降、ドイツ軍の主力になった短機関銃だ。九ミリパラベラム弾を毎分五百発。ギャハハ、のろまな巨人じゃあかわせないよな」


 バグが何か、話している。しかし、私の耳には連続した爆発音が聞こえるばかりで、その内容は何一つ聞き取れなかった。


「………まぁ、ここには、西!ギャハハ!」


 聞こえない。私は、その武器から伝わる衝撃を抑え込むのに手一杯だった。


、我が製作者マスター様はよ!誰一人銃とか知らないんだぜ!最悪だよなぁ!」


 聞こえない、聞こえない。爆発音の合間、足元に脱皮したワームの殻のような金属が転がる音が、とても耳障りだ。

 ………それは、まさに暴虐の嵐だった。そして嵐と同じように、あっという間に通りすぎた。


「………な、な、ななななな??」


 収まったときには、すべて終わっていた。


 魔術師の部屋は、内装全てが破砕していた。机も椅子も本棚も、全てが圧倒的な力で引き千切られている。

 そして、ゴーレムもまた、同じ憂き目を見ていた。全身を削られ、抉られ、砕かれた。全ては細かな破片になり、核とやらも原形すらない。


 それでも、巨像は己の役割を全うしていた。


 彼の痕跡の向こうには、魔術師の男が傷一つなく立ち竦んでいた。主人を守りきり果てた人形に、私は内心で黙祷する。


「なんだ、なんなんだ、今のは?!」

「銃だよ、マシンガンだ」


 バグの言葉に、男は目を丸くする。私は、いつものことだと聞き流していたが。この革製の相棒が変な単語を使うのは、よくあることなのだ。


「なんにせよ。終わりだ、魔術師」

「くそ!まだ………」


 男が胸元に手を入れる。私はそれより早く、バグから刃物を引き抜いていた。

 男が手を抜くより早く、その額にはナイフが突き刺さっていた。

 仰向けに、男は倒れる。やれやれ、依頼はこれで完了か。


「………ん?」


 倒れた男の側には、一枚のカードが落ちていた。恐らくは、胸元から落ちたらしい。私はそれを手に取り、表面のその花の絵を見た。

 ため息を吐く。


「………そういうことか」

「あ?どうしたよ?」


 バグの問い掛けに何でもないと首を振る。

 どうやら、また不味い酒になりそうだ。

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