第1話―6

「っ!!」


 思いの外早い反応で、男はナイフをかわした。その勢いのまま、隣の部屋に飛び込んでいく。

 距離と時間は、奴の味方だ。私は躊躇わずあとを追う。


 部屋の中心で、男はキョロキョロと辺りを見回していた。結界が発動しないことに驚いているらしい。

 隙だらけだ。私は余裕をもって、仕事上最も大事な作業――本人確認を行った。


 濃い色のローブに身を包んだ、まさに魔術師といった風情の男。依頼の通りの外見的特徴だった。

 薄暗くてよく見えないが、こんな時代錯誤のローブを好き好んで着る魔術師が多くいるはずもない。

 そして何より、男には思い当たる節があるようだった。


 驚愕から立ち直ると、男の両眼にぎらついた光が宿る。


「暗殺者か………ふん、ノコノコと出てくるとはな」

「………それは同感だな」


 私としても、こんな真似はしたくなかった。正々堂々、正面きっての戦闘など暗殺者のやり方ではない。


「思い知らせてくれる。【突撃せよ我が尖兵ダンシング・ディスク】!!」


 言葉と共に男のローブが揺らめく。呪文か、と身構える私に向かい、袖から何が飛び出した。

 支えもなく虚空に浮かんだのは、三枚の金属製の円盤のようだ。緩やかに回転しているそれらは整列するかのように一瞬静止して、一斉に私の方へと突っ込んできた。


 これが、魔術。

 言葉の組み合わせによる【呪文】を唱えることで起こす、超自然現象だ。


 もちろん同時、私も動いている。


 バグに手を突っ込み、引き抜いたのは3本のナイフ。指と指との間に挟んだそれを勢いよく投げ放つ。

 風切音、そして衝突。甲高い金属音と共に、勢いを相殺された6つの凶器が床に落ちた。


 迎撃したが、気は抜けない。再び飛び上がり襲ってくる魔術だってあるのだ。警戒しつつ視線を落ちた円盤に向けると、それは半ばほどから真っ二つに折れていた。

 よく見ると、それは金属ではないようだ。透き通る程に透明な、何かの石らしい。それでは、ナイフとぶつかれば割れる道理である。


「クソッ!!」


 短く毒づくと、男は身を翻す。その背に向けて、私は新たにナイフを構えた。


 投擲というのは、武器の歴史においてはかなり古く、神が世界を創造するような物語においても存在するほどだ。持って、投げる。そのシンプルな言葉とは裏腹に、その難易度は実は高い。

 特にナイフ等の刃物は、ただ投げるだけでは回転してしまい、上手く刺さらないどころか切れもしない。真っ直ぐ無回転、ないしは回転させて目標に刺すのは、見た目以上に熟練の技が必要になる――本来ならば。


 私はいっそ無造作に見えるほどの気軽さで、ナイフを投げる。それでも、放たれたそれは弓矢もかくやという速度で、しかも無回転で飛び、男の背に突き刺さった。


 これが私の才能、【異能】である。


 技術である魔術の対極、生まれ持った特殊な力のことだ。それに常識は通じず、本人でさえなぜ出来るのか理解できないようなものが殆どである。そのため一部では、『呪い』とまで呼ばれているほどだ。

 私の【異能】は、【千剣万刃ウェポンマスター】。あらゆる武器を使いこなすことだ。私自身がその使い方を知らなくとも、手にすれば自然と身体が動く。

 ナイフを手にすれば、それを投げる技術を手にすることが出来るのだ。


 しかし、突き刺さったかに見えたナイフはガキン、という音に阻まれて、床に落ちた。男は多少よろけたが、直ぐに走り出して部屋の奥へと消えていってしまった。


 そちらは、この家の最深部にして中枢。

 だ。





「キヒヒ、下手くそ!!」

「煩い」


 騒ぐ鞄を叩いてから、私は床に落ちた円盤を手に取ると、顔に近づけてじっくりと観察する。


水晶クリスタルか」


 それも、恐らくは妖精郷ティタニーア産の一級品だ。

 元来【浄化・魔除け】を象徴する水晶だが、こうした精霊達の祝福付きの代物だとその威力は跳ね上がる。満月の下妖精が育てた水晶などは、ただあるだけで辺りの気を清らかにするという。


「清らかさ、ねぇ。あの陰気そうな男からは縁遠い概念な気がするけどな!」

「まぁ………」


 要するに、清らかさというのは誰にとっての清らかさか、ということだ。


「自分の領域を主張するには、これ以上無い素材なんだろうね。頑丈だし」


 水晶の硬度は、意外にも鉄よりも高いのだ。もっとも衝撃には弱いので、硬いから強い、というわけでもないのだが。


「なんにせよ、もうほとんど詰みみたいなもんだろ、これなら。結界も壊してるしな、楽勝楽勝!!」

「………なんだろう、嫌な予感がする発言だな………」


 そもそも、男が逃げた先は魔術師の自室、詰まり、彼にとっての最後の砦である。何があっても、おかしくはないのだ。

 私は慎重に追跡を再開する。敵に時間を与える事ほど、愚かなことは無いのだから。





「………くそ、なんなんだ、あのラヴィは………」


 ブツブツと何事か呟きつつ、男は廊下をひた走る。所々、壁に備え付けられたランプに手を触れるが、明かりは消えたままだ。


 舌打ち一つ。やはり、結界は完全に破壊されているようだ。


 結界とは、詰まるところ領域である。自分の魔術を強化し、他人の力を弱体化させる。それが壊されているとなると、使える魔術も制限されてしまう。もっと集中してやれば明かりくらい点けられるだろうが、そんな暇はない。

 ラヴィは足が早い。とにかく一刻も早く、部屋に行かなくてはならない。部屋に、着きさえすれば。


「………今に見ていろよ、野うさぎめ………!!」


 奥の手は、あるのだから。





「………暗いな………」


 廊下の明かりは、すべて消えていた。


「多分、魔術で明かり点けてたんだろうな」

「結界共々、丸ごとか………」


 まぁ、いいけど。

 元々、ラヴィという種族は目が良くないのだ。明るいところでももちろん、暗いところではほとんど見えない。まぁ、その分は耳と鼻でカバーできるが。

 一応、ノームグラスはカットを調整して、視力の補正作用も持たせてある。異能ウェポンマスターのお陰で武器の取り扱いには不便しないし、文字を見るときくらいしか有効ではないが、念のためだ。


 ………廊下は、そう長くはなかった。


 曲がり角を二三曲がるともう、ドアにぶつかった。耳をそばだててみると、人の気配がする………間違いなさそうだ。

 深呼吸、そして、ドアを蹴り開ける。


「遅かったな、ラヴィ」


 果たして、男は部屋の中にいた。机にもたれ掛かり、ニヤニヤと笑っている。

 その態度に私は眉を寄せた。随分と、余裕そうである。自分の魔術がどれだけ無効果されているか、まだ理解していないのか?


 それとも――未だ何かあるか。


「………ふざけた真似を、してくれたな。だが、それもここまでだぞ」


 いぶかしむ私に、男は例のギラギラとした視線を向けてきた。猫背ぎみだったその背はスッと伸び、威厳と自信とが、男を何倍にも大きく見せている。

 決闘に挑む騎士にも似た、男の気迫。その腕が、剣を構えるように持ち上がる。


「見せてやろう。我が魔術の真髄を!」


 言葉と共に、男が腕を打ち振るった。


 直後。それに合わせるようにして、床板が爆発した。

 一瞬前まで私が立っていた場所は、もはや跡形もない。幸いにも耳が良い私は、どうにか予兆を聞き取っていた。


 辛うじてかわし、無様に転がる私の視界に、影が映る。瞬間危険を感じ、更に後ろに転がってを避けた。


 衝撃、振動。


 充分に距離をとって身を起こした私は、思わず呆然と見上げた。


 それは、水晶の山だった。

 いや 、そうではない。よく見ると二本の柱があり、その上に丸い塊が載っている。塊からは左右に二本細く水晶が伸び、更に上には小振りな塊が。

 一番上の塊には二つの穴が開いていて、その窪みには宝石が二つ填まっている。

 その宝石が、ぎょろりと動いた。途端、宝石は眼になり、塊は頭と胴に、柱は脚へと変わる。そして、二本の腕が力任せに振り下ろされた。


「【水晶巨兵クォーツゴーレム】………無粋な輩には、勿体無い代物だぞ?」

「なら仕舞ってくれ!!」


 叫ぶ私に、男は冷笑する。やれやれ、と内心でため息をつきつつ、私はバグに手を突っ込む。

 やっぱり、嫌な予感は当たるものだ。

 身構える私に向けて、ゴーレムが拳を振り下ろした。

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