第7話お好み焼きと魔法少女
二つ目の箱に入っているものが相当複雑な造形をしているため、レプリカ化が遅れているということが、水曜日に先生の口から伝えられた。次の品のお披露目にはまた一週間以上がいるとのことだったので、しばらくは通常通りの活動が続いた。
金曜日は終始イマムラと将棋を指していた。将棋とは前史に流行したボードゲームだ。それぞれ異なった進み方をする駒を交互に動かして相手の王様の駒を捉えるというゲーム。イマムラより頭の悪い俺だけど、不思議とこのゲームはイマムラと対等に戦えている。
この日は三勝二敗の成績で下校時刻の六時半を迎えた。勝ち越した上に翌日は休日だ。上機嫌で帰りの準備をしていると「ちょっといいか?」と肩の後ろからミヤコさんに話しかけられた。振り向くとミヤコさんは俺の耳元まで口を近づけて、アケミやイマムラに聞こえないような声で囁いた。よその家のシャンプーの香りかすかに鼻孔まで届いた。
「今日この後時間あるか?そんなに時間はとらせないからさ。ちょっとつきあってほしいことがあるんだ」
ドアを開けると店員が大きな声で「いらっしゃいませぇ!」と挨拶してくる。座敷席とテーブル席が十数席ずつあり、ミヤコさんは座敷席を選んだ。フローリングは石畳を意識したデザインになっていて、歩くたび礫に足をとられそうになる。机の上にくり抜かれた鉄板は真新しく、照明を反射して黒光りしている。
「ここって…え?ここって…」
「見て分からないか。お好み焼き屋だよ」
「いや、それは知っていますけれど…」
ミヤコさん行きつけのお店と聞いて俺はおしゃれなカッフェーのようなものを想像していたが、まさかこんな庶民的なところだとは。
「結構流行っているお店なんだよ。今は客入りはまばらだが、これが七時半過ぎにもなると会社帰りのサラリーマンなんかで一杯になるんだ」
席を確保することができたら早速注文だ。この店はセルフサービス式になっていて、カウンターに並べられた肉や魚介類を自由に取り、どんつきにあるレジで会計するという方式になっている。
まずキャベツとタネが入ったボウルをお盆の上に乗せてから、カウンターに並んでいる具をバイキング形式で取っていく。豚肉は一切れいくら、イカは一皿いくらと値段が決まっていて、普段なら財布とお腹に相談しながら入れる具をお好みで決めていくのだが…。
「さ、好きなものをじゃんじゃん入れると良いゾ。今日は私のおごりだからな。財布の心配は不要だ」
とのことなので、今日は少し贅沢をして、牛肉と、腹持ちの良い餅、生地の触感を良くする天かすという組み合わせにした。王道の組み合わせと言って良いだろう。炭水化物に炭水化物をぶち込むというスタンドプレーもお好み焼きは受け入れてくれるのである。
一方ミのヤコさんは豚バラ肉、桜エビ、チーズ、ちくわというトッピングを選んだ。これを見て一目、ミヤコさんのガーリーな一面を垣間見た気がした。牛より低カロリーの豚を選びつつも、チーズに関しては妥協せずお供にちくわまでつける拘りよう。いろどりを気にして桜エビを入れるあたりも女の子として隙がない。普段の部活では見ることができないミヤコさんのこういう側面は新鮮味があった。
会計を済ませて席に戻る。ミヤコさんがヒーターのつまみを捻って鉄板に油を引く。その姿は慣れたもので「行きつけ」というのは本当のようだ。種と具材を掻きまわし、鉄板が十分温まったところでボウルを空ける。とろみのある種がゆっくり鉄板に落ちると、同時に油の弾ける音が聞こえてくる。
さて、これでしばらくやることが無くなったぞ。何か会話して場をつなげなければ。今回は「例の箱の第一発見者としてのご褒美と、先日みぞおちに猫耳を突っ込んでしまった件のお詫び」という名目の下設けられた席だ。そこに関して話を広げるのが普通だろう。
「えーと。今回はありがとうございます。僕なんかのためにわざわざ奢って頂いて」
ミヤコさんと二人だけというシチュエーションは今まで一度もなかったから妙に緊張する。声が震えていなければいいのだけれど。
「気にすることないよ。私も先輩に奢ってもらったことが何度かあるからな。それよりきちんとお礼を言わせてくれ。君の諦めない頑張りが秋葉原での発見につながったこと、部長として感謝する。ありがとう」
ミヤコさんがペコリと頭を下げた。長い黒髪がハラリと顔を覆う。
「いやいや、たまたま僕がお宝のある位置を掘っていただけですから」
「そんあことないさ。発掘物が見つからないという苦しい中でも諦めずじょれんを振るった君の心は賞賛に値するよ」
改めて真正面から見ると、やっぱミヤコさん綺麗だ。それを意識するとなおさら身体が硬く緊張する。
「それと、謝罪もさせてくれ。先日は君に痛い思いをさせて済まなかった」
「それこそ気にすることじゃあありませんよ。僕も大げさに痛がったトコがありますし」
と、ここで早くも会話が途切れる。まいったな。ミヤコさんとサシで話すのがこんなに難しいとは。ミヤコさんは鉄板に目を落として種に気泡がぷくぷく浮かんでいるのを眺めている。ミヤコさんは息苦しさを感じていないのだろうか。
「そう言えば」
と気まずさに耐えかねて口にしたが、ここから先何を言うかは考えていなかった。「うん?」とミヤコさんが顔を挙げる。どうしよう、何か考えないと!ミヤコさんとの会話に相応しい話題を!わずかな時間の中頭をフル回転させて考え出てきた言葉が、
「普段ミヤコさんって家で何してるんですか?」
だった。日本語講座初級編かよ!もうちょっとマシな話題を考えろよ!でもミヤコさんは、こんな質問にもちゃんと答えてくれた。
「家でか?多分普通だよ。夕飯食べてテレビを見てという感じだ」
「へえ、ミヤコさんもテレビなんて見るんですね。少し意外です。なんかミヤコさんは浮世離れしているイメージがあったので」
「そうか?普通にしているつもりなんだが…」
「どういった番組を見てるんです?」
「ニュースとかドラマが多いかなあ」
「それって『すくいふ』とかですか」
「そうそう、それも見ている。色々言われているけど、私は『アリ』だと思うんだけどなあ」
なんだ、普通に話せるじゃないか。変に肩ひじ張る必要なかったな。ミヤコさん相手だからって高尚なこと考えずに、世間話に徹すればいいのだ。
テレビの話題を一しきり話し終えると、お好み焼きもそろそろひっくり返せるくらいに火が通っていた。二枚のヘラを両手に持って鉄板とお好み焼きの間に滑り込ませ、水面に跳ねる鯉をイメージして、くるりんぱと手首を返す。
お好み焼きは一瞬宙に舞ったあと上手に着地を決め、何気ない様子で焼きあがったこげ茶色の表面を見せている。ミヤコさんも小慣れた手さばきで軽くひっくり返してしまった。
「このお店ってよく来られるんですか?」
ミヤコさんはヘラでこんがりと焼けた表面をパンパン叩きがら答えた(加熱中のお好み焼きを押さえつけるのはよくないと聞いたことがあるがどうなんだろう)。
「去年まではよく来てたな。先輩に連れてもらってたんだよ」
先輩。ミヤコさんの話にちょくちょく出てくるこの人物に俺は会ったことが無い。ミヤコさんが一年生の時に三年生だった男子生徒で、卒業した今は首都圏の大学で考古学を勉強しているという大まかなプロフィールしか知らなかった。
「…結構面倒見の良い先輩だったんですね」
「それだけじゃなくて頭も良かったんだ。なんせ、くらしき大に入るくらいだからな。私は先輩から、考古学とはなんたるやをイロハのイから教わったんだ。今の私は先輩がいなかったら存在しなかっただろうなあ」
ミヤコさんが目を輝かせて語った。ミヤコさんのこういう顔は初めて見た。まるでお気に入りの俳優について語るクラスの女子連中みたいな表情をしている。
「考古学においてあらゆる分野で深い知識を持っていて、私の質問には何でも答えてくれたよ。例え分からない質問でも、調べて翌日には解答してくれるんだ」
ミヤコさんはテレビの話題以上に饒舌だった。ミヤコさんが気持ちよく話せているんだったら、俺も聞き手として本望なんだけれども…。
「その時期は部員が二人しかいなくて、やれることが限られていたから大した実績は残せなかったんだけれど、大学の研究チームでは早くも頭角を現してきているようだと先生も言っていたよ。それぐらい凄い人だったんだ」
先輩の話を聞いていると湧いてくる、このどす黒い感情は何なのだろう!? 先輩の話を聞くたびにいちいちケチをつけたくなる。
くらしき大入学? いくら頭が良いからって、考古学は現物を見つけてなんぼだろ! 質問に答えてくれた? そりゃ絶対に下心があったからですよ! ミヤコさんの気を引くために、夜中必死で辞典のページを捲っていたに違いないね。
や、分かっている。この気持ちが何なのか。これは嫉妬だ。先輩がミヤコさんに褒められて、しかも一年間二人っきりで部活動をやっていたという事実に、お好み焼きよろしくやいているのだ。大人げない。アケミの言うように、俺って本当にガキなんだな。
「私も先輩みたいな頼れる部長でありたいと思っているんだけれど、なかなか上手くいかないな。私なんかが部長で、ホントに君たちには損な世代だよ」
そんなに自分を卑下しないでほしい。俺が知っているミヤコさんは、これ以上ないくらいに立派な部長だ。俺たちの行く先を照らしてくれる光だ。ミヤコさんがいなくなったら俺たちは暗闇で一歩たりとも動けないだろう。「カットビ・ボール」の件だって、俺たちだけではとても結論を出せなかった。
「…俺にとって部長はミヤコさんだけです。先輩がどんな凄い人だったかは何となく分かりましたけれど、それでも俺らにしたらミヤコさんを越える部長なんていません。俺たちがここまで成長できたのも全てミヤコさんのおかげなんですから」
ミヤコさんはやんわりとはにかんで見せた。
「お世辞でもそう言ってくれるのは嬉しいよ」
「お世辞なんかじゃありません。入学前何も知らなかった俺が一応でも考古学部員を名乗れているのは全てミヤコさんのおかげです」
「そうか。そこまで言ってくれるなら…今度一つ試してみようかな」
「何をですか?」
「いや、なんでもないよ、こちらの話だ。さ、もうそろそろ裏も焼けただろ。ひっくり返してみるか」
ヘラを滑り込ませて確認すると、裏面も十分に焼けていた。餅もいい感じに焦げがついていて、香ばしい匂いを漂わせている。片面にソースを塗りたくって青のりをふりかけ、鰹節を躍らせたら完成だ。
ヒ ーターの電源を「弱」にして、食べやすいようにヘラで八つに切り分けたら、あとは口に入れるだけ。粉物に外れなどあるはずないから、当然それなりに美味しい。
しかし完成品を見てみると、ミヤコさんのお好み焼きの方が断然旨そうだ。溶けかかってクリーミーなチーズに濃厚なソース。桜エビのパリパリした食感も良いアクセントになっているに違いない。アツアツのお好み焼きを口の中で転がしながらミヤコさんがふいに「フフッ」と笑みを零した。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。部活の後で食べるお好みは美味しいなって、それだけだ。お、君のも美味しそうじゃないか。一切れ私のと交換しないか」
翌週の金曜日、遅れていた第二の箱のレプリカ化がようやくお披露目された。我々の目の前には新たな獲物が鎮座している。最初のものよりも幾分小ぶりな箱から出てきたのは、台座の上に立つ全長四十センチほどの一体の人形だった。四人で人形をぐるりと囲み、穴が開くほど凝視する。
「何と言うか…不思議な造形をしていますね」
見れば分かかることをイマムラが言う。でもそう言ってしまう気持ち、分かる。それくらいこの人形の印象を言葉で表現すると、「不思議」と言う他ない。それくらいに、現代の価値観とは離れた格好をこの人形はしていた。
胸の小さな膨らみからして多分この人形のモデルは女性なのだが、真っ先に目に付くのが奇抜で派手な衣装だ。
彼女が着ているのは淡いピンク色を基調としたワンピースで、下はフレアスカートになっているのだが、このワンピース背中がまるまる開いていて布は胸までしか覆っていない。代わりに彼女は同じ色合いのマントを羽織っていて、これで背中を隠している。腕にはマラソンランナーがつけてるようなサポーターをつけていているのだが、脇と鎖骨は大きく露出していて、肌を見せたいのか隠したいのかよく分からない衣服だ。
下半身は上と比べれば割と普通で、スカートの丈こそ短いものの、これまた淡いピンク色のストッキングを履いていて外気に触れる肌の面積は少ない。
と、ここまで述べたように珍妙な衣装を着ている彼女だが、衣装以上に異彩を放っていたのが彼女の握っているモノだった。
彼女は手には長く赤いステッキを握っていて、腕大きく振り上げている。長さは彼女の肩から足元までほど。先端には星と翼を模したような飾りがついている。このステッキの使い道も謎だ。
これらの装飾過多っぷりは一番目の箱に入っていた衣服を思わせる。無駄な飾りの多さが秋葉原という土地が持つ一つの特徴なのかもしれない。
首からは上も一筋縄ではいかない。まずこの女性、目玉が凄く大きい。顔の半分が目玉で占められていると言っても良いくらいだ。肘の靭帯や胸元の鎖骨が忠実に再現されているのに、顔だけがデフォルメチックでとても違和感があった。
髪の毛は銀色または白色でこれまた奇抜な配色である。頭には異様に丈が長い青色の帽子をかぶっていた。まさか頭がこんなに細長いわけではないだろうから、この帽子の中に何かを隠していたりしたのだろうか。
手で触れてみると固くすべすべしていてる。素材はプラスチックのような合成樹脂でできているものと思われた。
「この素材って、アケミが秋葉原のフィールドワークで見つけたものと同じ素材なんじゃないの?」
アケミが俺と一緒に人形を撫でながら答える。
「確かに、似ているわね。ということは、私があの時拾ったのはバラバラになったこの人形だったのかしら。素材からして量産することができそうだし」
「でもあれは足に何もつけていなかったから、まるっきり同じ製品というわけでもなさそうだ。いくつかバリエーションがあったんだろうな」
「問題はこの女性がどういう種の人間か。そしてどうして造形化されるに至ったかということね。細かいパーツの多さからして子供の玩具ということはなさそうだけれど…」
それからしばらく沈黙が続いた。こんな奇抜な衣装を着るような人間が持つ役割とは何なのか、誰だってすぐには分からないだろう。だが黙っていても仕方がないので直感で思ったことを言ってみる。
「俺としてはこういうステッキを見ると、やっぱり武器として考えたくなるな。腕を大きく振り上げているところを見ると、今にも敵を殴り倒そうってところなんじゃないか?」
「カットビ・ボール」の時もそうだが、最近何かと棒状のものの使途について悩むことが多いな。
「この子さ、何かすんごい悪者を倒して英雄的な地位を手に入れたんじゃない?そう考えれば造形化された説明もつくでしょ。ほら、大陸では指導者の肖像画が一家に一つあるって言うし、あんなノリで」
「こんな女の子が?しかもこん棒なんて超原始的な武器を使って?当時の科学水準なら銃火器くらいあったと思うけれど」
「銃火器が登場する前の英雄なのかも。棒があったらやっぱり武器として使うのが自然だと思うけれども…」
「先端の飾りが全く意味をなしてないじゃない」
「ええっとそれは…所謂『宝剣』みたいな。だって軍神みたいな立場にいる人なんだからさ。それくらいのもの持っていてもおかしくないだろ?」
「どうしても武器で通したいのね。私はむしろ、宗教関係を思い浮かべるけどね。この手の棒を見てると」
アケミが指先でステッキの先端をなぞりながら言った。
「お坊さんが長い棒をついて、山の中を歩き回って修業している映像とか見たことあるでしょ。先端の装飾にある羽とか星ってよく霊的な力のモチーフになるものだし。つまりこれは偶像崇拝用の像だったわけね」
「尼さんがこんな格好していいのかよ!」
「スカートってもともとヨーロッパの伝統衣装なのよ。秋葉原が外国人の多かった街だということも考えれば、自然じゃない?」
「それにしてもさあ、脇を出してる僧侶なんてないだろ」
「それは…よっぽど熱かったんじゃない?多分赤道直下あたりの出身だったのよ、この人は。だってほら、日よけにこんなに大きな帽子もかぶっているし」
「それは無理があるだろう。こんな衣装の僧侶なんて全くありがたみがないぞ」
「こんな衣装の軍人も無茶苦茶弱そうなんですけど!?」
アケミは頑として譲る気はない様だ。俺だって自分の論はそう簡単に撤回したくないのだが、このままでは水掛け論になってしまって収拾がつかない。どうしたものかなと思っていたそんな時、イマムラが何の脈絡もなく口を開いた。
「もしかしてコイツ、無茶苦茶おばあちゃんじゃないんですか?」
「ええ…」とアケミが戸惑った声を上げた。「確かにこの顔はあんまりに目が大きすぎて年齢が分かりにくいってのはあるけれど…」
「このステッキは杖です。二本の足では歩行が困難なくらいのおばあさんなんですね。髪の毛は色素が抜け落ちて白髪になっています。首に結っているマントのようなものは風呂敷ですね。おばあちゃんは風呂敷を何にでも使いますから。これにものを包んで、背中に負ぶって帰宅するんですよ。アームカバーなんかも典型的おばあちゃんアイテムですよね。畑仕事なんかするときは欠かせません」
「確かに、一つ一つのパーツを取り上げていけばおばあちゃん要素が含まれている気はするけど、全体で見たらとてもそうにはとても見えないわよ。おばあさんなのに顔に皺ひとつないってのはやっぱりおかしいわよ」
この意見に関しては俺も完全に同意見だった。珍しくアケミと波長が合うな。イマムラは依然と飄々とした調子で続けた。
「まあ、肖像画だって多少本物より美化されますからね。現実とは離れた理想像をこうやって造形化したんでしょう。むしろこの世に無いものを立体にできることがお人形の利点ではありませんか?それにもう一つこの女性がババアである証拠があります。このパンツですよ」
胸を張って堂々と主張するイマムラにアケミが呆れたような声を上げる。
「アンタ、何てトコ見ているのよ…。そんなところに作り手が一々気を配っているとは思えないんだけれど」
「いや絶対このパンツには意味がありますよ。だってほら、見てください。パンツの皺まで描かれているこの拘りよう!」
イマムラは人形を逆さまに持つとフレアスカートの中身を俺の方に向けてきた。真っ白い女性もののパンツがそこにはあった。イマムラの言うように、しわが何本か彫られていて、お尻の肉が表現されている。確かに、そこから作り手の熱意のようなものがが感じ取れないこともない。
「どんなパンツを履いているかでその人の年齢とか性格とか、何となく分かりますからね。アケミさんだってその日の気分とか体調に合わせてパンツ変えるでしょ?」
「いや、普通に箪笥の一番上のものを履くけど…って何言わせるの!」
「それは意識が低いですね~。僕でさえ毎日選んでいるのに」
「そんなこと知ったこっちゃないわよ!」
「でもそのやり方だと二枚だか三枚のパンツでローテーションすることにならないか。ゴムが伸びるのが早くなるぞ」
「ソネまで乗っかってきているんじゃないわよ!」
このままではミヤコが突っ込みすぎで酸欠になってしまいそうだ。そろそろいじるのは止めてあげようかな。
「それで、パンツから考えるとコイツはどんな人だと思うんだ?」
「飾りが何も何もついてないでしょう?これは明らかにババアのパンツですよ。若い女性なら普通レースとかリボンとかそういうのがついたものを履くでしょう」
「へえ、そういうものなのか?」
「少なくともウチのばあちゃんはそうですよ?ちなみに母親は未だにレースがついたものを履いています」
イマムラ家の下着事情を聞いてしまった。これだけどうでもいい知識もちょっとないな。
「てことで、下着の面から見ても女性はババアってことが有力なんですよ」
イマムラが「ドヤァ」と自信満々に笑うのをアケミは冷めた目線で見ていた。
「くだらない。別に若かろうがこういうシンプルなものも履くわよ」
「アケミさんもそうなんですか?」
「あ、あくまで一般論の話よ!それにウチのおばあちゃんはベージュのパンツ履いているし、お年寄りはこんな純白の下着なんて買わないわよ!」
今日は部員やその家族の下着事情についてどんどん詳しくなっていく。何て日なんだ。
「結局パンツなんて人の趣味なんだから、若くても地味なパンツを履いている人もいるし、いい年して派手なパンツ履いている人もいるわよ」
「いやいや、絶対パンツの派手さと年齢は関係ありますよ! アケミさんは地味なパンツ履いてるかもですけれど、それはあなたの趣味がババ臭いだけですから!」
「はあ!男のアンタに何がわかるのよ!」
これはいけないな。お互いに意見を主張し合ってばかりで議論が全くの平行線を辿っている。それどころか、ムキになりすぎて話が大きく脱線しかけているじゃないか。
いつもこういう時はミヤコさんが助け舟を出してくれるのだけれど、今日は終始椅子に腰かけたまま黙ってばかりだ。
これは俺たちを試しているのだろうか。俺たちを一人前になったかテストするため、ミヤコさんはあえて黙っているのだろうか。
それならば、俺が何とかしないといけない。「ここまで成長できたのはミヤコさんのおかげです」なんて言ってみせたのだから! 成長した姿を見せてミヤコさんを安心させなければ。俺は格闘技のレフェリーのように言い争う二人の間に飛び込んだ。
「ストップ、ストーップ! 二人とも落ち着いて。パンツの話はもういいだろう。細かい所に気を取られすぎだ。もっとフォーカスすべきところがあるだろう」
ミヤコさんの顔を横目でチラリと伺う。視界の端っこでミヤコさんが満足そうに小さく頷いた(気がした)。よし、ここまではミヤコさんの期待に応えられているみたいだ。
イマムラとアケミは、俺が珍しく場を鎮めるような言動をとったことに相当なショックを受けたようだ。二人ともお互いのつま先あたりに視線を落としてしゅんとした雰囲気になっていた。
「…確かに少し周りが見えなくなっていましたね。すいません、パンツのことでついカッとなってしまって」
「…私ももエキサイトし過ぎたところがあったわ。ごめんなさい」
そうそう、二人ともきちんと反省できるのが良い所だよな。無駄な議論に終止符が打たれたところで今度は意見を纏めにかかる。こういう時に大事なのは譲り合いの精神だ。一方が譲歩すれば、他方も自然と歩み寄ってくれるものだ。
「でさ、人形の考察に話を戻すとね、俺もちょっと頑固になりすぎだったと思うんだよ。冷静に考えれば、女の子があんな服を着ながらこん棒振り回して戦うなんて、流石に少し陳腐すぎるよな」
「うん、私も色々と拘りすぎてた部分があった。僧侶がこんな破廉恥な服装して言い訳ないものね。」
「僕は今でもコイツはババアだって思っていますけれど…でも客観的に考えたらちゃんちゃらおかしいのかもしれませんね。ちょっと考えなおします」
よしよし、ここまで思惑通りに運んでいるぞ。あとはお互いの意見を上手く擦り合わせればミッションクリアだ。
「そう。でもお互いに譲れないところってのはあるだろう。そこを折衷して、新しいアイディアができないかと思うんだよ」
「まあ、それができれば一番理想形ね」
「例えば、俺としては彼女が英雄的立場にあるってのは譲れないところなんだけどさ、ステッキの使い方に関してはアケミのアイディアを採用できないかなって思うんだ。つまり殴ったのではなく、あのステッキには何か魔法のような力が宿っていて、それで敵をなぎ倒したと考えられないかな」
アケミはふんふん相槌を打ちながら俺の話を聞いてくれた。
「私も、それなら納得できるかも。ただ当然だけれどこの世界に敵を薙ぎ払う魔法の力なんて実在しないわけで…」
「いや、実在しなくてもいいと思いますよ」
そう言ったのはイマムラだった。
「さっきもちょろりと言いましたけど、現実とは違うものを造形できるのがお人形の利点でもありますからね。神話に出てくる神々だって、伝説に出てくるヒーローだって、お人形にしちゃえば立体化できるんですから。アケミさんの言うように、崇拝の対象として造形化されたのでしょうね」
なるほど、イマムラに言われてみれば確かにそうだ。モデルになった女性は実在しなければいけないというわけではない。よし、これで人形の全貌がだんだんとクリアになってきた気がするぞ。
「つまり、この女性は神話とか伝説に出てくる、魔法のような力を用いて何かと戦っていた女の子…。言うなれば『魔法少女戦士』であると、こういうことかな。」
「ブラボーブラボー!」
部室の中に拍手の音が響いた。今までずっと黙っていたミヤコさんが笑顔で手を叩いている。
「いやいや、よくやったよ。私が思っていた以上の解答を出してくれた。私が一年の時よりもずっと優秀だ」
秋葉原であの箱を見つけた時でさえミヤコさんはここまで褒めてくれなかった。思わず口元がにやけてしまう。アケミはここでようやくミヤコさんの真意に気が付いたようだ。
「え、もしかしてこれって、私たちだけでどこまでできるか試してみたみたいな…そういうアレですか」
「いかにも、そういうアレだ」
アケミが頭を抱える。
「ウワ、恥ずかしー…。私ってば叫んでばっかりで何もできてない」
「いやいや、最初の意見ではアケミくんが一番結論に近いことを言っているんだから。胸を張ればいいよ。豊富な知識に裏付けされた君の考察力は、考古学をやる上で大きな武器になる」
アケミは褒められたとたんパァッと顔が明るくなった。「えへへ、そうですかね」と照れ笑いを浮かべている。相変わらず、褒められると調子に乗るヤツだな。まあそんな素直なところが彼女の良い所でもあるのだろうけれど。
一方、ひどくションボリしていたのはイマムラである。
「部長、すいません。話を脱線させたり全く的外れなことを言ったりで、考古学部員失格ですよね」
肩を落とすイマムラにミヤコさんが優しく肩に手をかける。
「そんなことはないざ。君の常識にとらわれない発想力と、妙な説得力のある言葉はウチの大きな武器となる。今回はたまたま歯車がかみ合わなかっただけさ。落ち込むことは何もないゾ」
イマムラは「ありがとうございます」と恭しく頭を下げた。まるで神の前に首を垂れる神父のようだ。それくらいミヤコさんの言葉は彼にとって重いものだったのだろう。
最後にミヤコさんは俺の方を向いた。思わず緊張で肩に力が入る。
「そしてソネくん。今日のMVPを挙げるとするなら文句なしに君だな。君が居なかったら議論は今も終わっていなかっただろう。君が皆を纏めてくれたおかげで結論を出すことができたんだ。なかなかできることじゃないゾ」
駄目だ。どうしても唇の端が浮き上がってきてしまう。俺もアケミのこと言ってられないな。キュッと唇を結んでできるだけ隠そうとしているけれど、真正面のミヤコさんから見たらバレバレだろう。これ以上褒められるといよいよ顔がおかしなことになりそうだから、自ら話題を反らすことにした。
「そうだ、ミヤコさんの意見も聞かせてくださいよ。ミヤコさんはこの人形についてどういうふうに考えていたんですか?」
ミヤコさんは「うーんそうだなー」と顎に手をやってしばらく考えてから言った。
「じゃあ少しだけ補足のようなものを。私は前史の神話についても少し勉強したのだが、このような少女の姿かたちをした神や英雄は聞いたことが無い。だから多分この『魔法少女戦士』は日本以外で伝承されている存在なんだろうね。やはり秋葉原は国際色豊かな街だということだな。それ以外特に茶々を入れる所はみつからないな。説得力とインパクトがある、良い説だと思うゾ」
「やりましたね!」
と、イマムラが肩に乗っかってきた。今まで我慢してきたが、一気に顔がくしゃくしゃになってしまった。アケミに目をやると、彼女も満足そうに微笑んでいる。
今日の結論は、この三人のうちの誰かが欠けていたらなかったものだろう。この「魔法少女戦士」は我々三人の手で作り上げたと言っても過言ではない。そう考えるとこの人形に珍妙な物凄く愛着がわいてきた
本日の活動記録
① 第二の箱から出てきたのは人形だった。背中が開いたミニスカワンピースにマント・帽子・ステッキを持つという奇抜な姿をした若い女性。
② ステッキの形状やポージングなどから魔力で敵を倒す架空の存在(魔法少女戦士と命名)であると推測する。
③ 人形はおそらく人々が偶像崇拝に用いるために造形・量産されたのだろう。とすると前史日本ではかなりメジャーな神・英雄であったことが分かる。
④ 部員の家族の下着事情が明るみになる。アケミ曰く「どんなパンツを履くかなんて結局個人の趣味」らしい。
と、この日の活動はこれで終わり…のはずだったのだが、いつもの帰りの儀式が終わったあと、ちょっとした事件があった。いや、「ちょっとした」で済ますことはできないか。その衝撃たるや、秋葉原の地中から例の箱を見つけた時と同じくらいのものだったと言って良いだろう。
俺はイマムラと一緒にチャリで下校していたのだけれど、途中部室に忘れ物したのに気が付く。皆が部室に来るまでやっていた課題を机の上に置きっぱなしにしていたのだ。ミヤコさんにも褒められてせっかくいい気分で帰っていたのにめんどくせえなあと思いながらも、やむを得ず引き返すことにした。
で、部活終了から十分以上経っていたから、カギを受け取るために先生の机まで行ったのだけれど、なんと先生は、「カギはまだ帰ってきていない」という。
今日の当番はアケミである。アケミは部活が終わった後も部室で将棋を指そうとしている俺たちを蹴って下校を促すくらい時間に厳しい女だから、これは何かがおかしい。
俺は急いで部室に向かった。中でアケミが倒れているのではないかという嫌な予感が脳裏をよぎった。頼むから無事でいてくれというその一心で俺は誰もいない真っ暗な部室棟の廊下を駆けた。
結果から言えばアケミは無事だった。無事だったのだけれど…。
部屋を開けた時、目の前にいたのは猫耳ハウスワーカーだった。猫耳ハウスワーカーが背中を向けて、部の備品であるカメラのレンズを自分に向けて、自撮りを試みようとしているところだった。俺がドアを開けた音に驚いて、ハウスワーカーはすぐに振り返った。ハウスワーカーはアケミの顔をしていた。
アケミと目が合う。その瞬間確かに時が止まった。「ちょっとした」じゃすまされない事件が、起こってしまった
今日の活動記録その2
① 部屋を開ける時はノックをしよう
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