第5話メイド服と猫耳カチューシャ
「ソネくん、どうしたんですかその顔。酷いですよ」
「顔が酷いのはいつものことでしょ」
俺が部室に入るなり早速アケミが毒を吐いてきたが、今日はそれに付き合うほどの心の余裕は無い。顔が酷いのは今朝鏡を見てから知っている。今俺の目の下にはくっきりと不健康な影が浮かんでいるはずだ。
「昨日から興奮して一睡もできないんだよね。数学の授業でさえ寝れないんだもん。こんなの初めてだ」
「気持ちは分からないでもないけれど、あんまり期待していると痛い目見るかもよ?箱が大きいだけで中身がガラクタってことも十分あるわけだし」
「いやいや、中に不純物が入ってこないようぴっちり溶接までしてあったんだよ!?何か大切なものが入っているに決まっているじゃないか」
あの秋葉原でのフィールドワークから一週間が過ぎた今日、ようやく出土品が考古学部員の前でお披露目されることになっていた。
ただし本物を無暗に持ち出すのが良くないということで、忠実に再現したレプリカを持ってくるという手筈になている。先生の大学時代の友人が文化財の修復やモデリングを請け負う会社を営んでいて、そこにうちの発掘物のレプリカ化を格安で頼んだらしい。なんでも、美術館の展示物の半分は、本物ではなくレプリカなのだとか。本物は無遠慮にベタベタ触れないから、俺としてもレプリカの方が好都合だ。
俺はこの日をどれだけ待ち望んだことか。やることなすこと手につかずでこの一週間そわそわしっぱなしだったのだ。初孫の誕生を心待ちにするおじいちゃんって多分こんな気持ちになんだろうな。この一週間まともに勉強していないから次のテストは大変な結果になっているに違いない。でもテストの結果を犠牲にするほどの価値がある大物を発掘したのだから、それくらい先生たちも許してくれるだろう。
先週は部活をやっている時も常に気を張っていて、先生が「はい、じゃあ今から先日の発掘物を見せまーす」と言って唐突に部室に入ってくるのを今か今かと心待ちにしていた。しかし、先生は部室に顔を出すことさえなくて、「ちゃんと復元作業は上手くいっているのだろうか」と俺は不安感で一杯だった。
だから先週の金曜日、ミヤコさんの口から「来週の月曜だってさ、この前の発掘物を見せてくれるの」と言われたときは、喜びと同時に「俺、土日をこのワクワクに圧し潰されないだろうか」という心配が頭の中によぎった。案の定この三日間不眠症状が続いて、このようにクマを作るまでに至っているわけだ(もちろん学校から与えられた課題などもやってない)。
「何が出てくると思います?」
「ミイラだよ。きっとそうに違いない」
などとイマムラと箱の中身が何か話し合っていると、立て付けの悪い扉がキィーと音を立てながら開いた。ギュルンと首を振り向かせる。ミヤコさんと、その後ろに続いて先生が入ってきた。ミヤコさんの肩には大きなカバンが下げられていて、それが何かは考えなくても分かった。俺は思わず椅子から立ち上がった。
「待っていました先生!」
「そんなはしゃいで、ソネって本当にガキねえ」
そう言うアケミの声色もどこか弾んでいて、高揚感を隠しきれていない。そう、俺たちはガキだ。最高のおもちゃを前にしてハイテンションを隠し切れないガキなんだ!
先生が静かにほほ笑みながら、長机のお誕生日席に立った。部室の中に緊張感が満ちた。先生は四人の部員が揃っていることを確認するように我々を見回した後、落ち着いた声で話し始めた。
「ええと、今日は発掘物のお披露目日ということで、心待ちにしていた人も多いことでしょう。じゃ、私が喋っても仕方がないので早速ブツを見てもらいますか。それではミヤコさん、実物の方を」
「はい」とミヤコさんは返事をして、肩にかけていた黒い鍵付きのクーラーボックスくらい大きなカバンを開けると、中から白い六面体を取り出した。その厳かな手つきはなんとなく大物政治家の女性秘書を思わせる。六面体は両手に余るほどの大きさだが、ミヤコさんの扱い方を見る限り、そんなに重量感はなさそうだ。
「これが箱の中にから出てきた出土物のレプリカです」
「ええ、小さくないですか!」
取り乱す俺を先生が優しい口調で諫めた。
「まあまあ、落ち着いてください。これは出土物の一つです。あの箱の中にはまたいくつかこのような箱があり、そのうちの一つのレプリカ化が早く済んだので、今日ここに持ってきた次第です。出土物はまだありますから、安心してください」
良かった。あんなでかい図体をしておいて中身がこれだけでは肩透かしも良い所だ。改めて箱を見てみる。形は正六面体で、目を入れればサイコロにでもなりそうだ。表面は錆び一つない純白で、セラミックのような人工的光沢を帯びている。
「当然、箱も出土された実物を再現してありますよ」
箱上部の中央には二つのリングがついていて、ここを取っ手として観音開きする構造になっているのだろう。上部の面の両端には蝶番の構造も見られた。カギの類はついていない。表面を撫でると金属特有の冷たさと硬さが掌に伝わってきた。試しに取っ手を触ってみると指先に吸い付くようなすべすべ具合で、まるで箱自身が俺に開けてもらうことを催促しているようだった。
「ソネくんが開けるといいよ。第一発見者の君のはその資格がある」
ミヤコさんの言葉に俺は縦に首を振った。アケミとイマムラに目を合わせると、二人とも力強く頷いてくれた。
取っ手に指をかけてそっと上に持ち上げる。圧迫された指の血管から自分の心臓がいまどれだけ早鐘を打っているのかが分かった。サビもないため扉はとても軽く、音を立てることも無かった。さあ、鬼が出るか蛇が出るか。前史の遺物が、気の遠くなるような時間を経て、今衆目の目に曝される…。
箱を開けた瞬間の第一感は、何かの機械だと思った。内容物が蛍光灯の光を乱反射させていて、明らかに人工的に作られたものだなと感じた。
箱の中身が跳ね返す光に目が慣れると、この光沢は、透明な袋に何かが覆われてているからだというのが分かった。
箱の中に入ってているのは、袋詰めされた黒い布のようなものだった。袋を手に取るととても軽やかだ。
「袋、やぶっていいですよ」
先生がどこからともなくハサミを差し出してくれた。中の布を傷つけないよう端っこに少し切れ込みを入れて、あとは手で袋を引きちぎった。袋を下に向けて中身を空けると俺の手の中に内容物が落ちてきた。目の前で広げてみると、それは黒色と白色を基調とした衣服だった。アケミの声が聞こえる。
「これは…ワンピ?」
中にあった衣類らしき生地は、所謂ワンピースと呼ばれるものだった。ブラウスとスカートが一体になった女性用の普段着だ。生地はサテンのようなものを使っていて、すべすべとした質感をしていて光沢がある。鼻をくっつけてみたが無臭だった。
ワンピースは現代でも比較的ポピュラーな着衣であるが、我々の衣服観からすれば、こいつは色々と無駄が多すぎる。まず目につくのが首元につけられた大きな赤いいリボン。贈答用の商品につけられるラッピングのようだ。ネクタイのように首元を締めている訳ではなく、ただ単純に、そこに縫い付けられていだけだ。
そして胸ボタンを挟むようにして、ひらひらとした白いレースが二本、上から下へと平行に走っている。これも機能的な役割は全くなくて、ただついているだけ。実用性と言う観点から見れば無駄だらけのように思える。現代の衣服では考えられないデザインだ。
スカートの丈はかなり短めだ。これだけ短いと不用意に動けないのではないかと思うくらいだ。フロントには白い前掛けがついているがこれも存在する意味が分からない。俺は前史のことについてはそれなりに勉強しているつもりだが、こんな衣服はどの資料集にも載っていなかった。
「なんだこれ、これが…お宝なのか?」
唖然としている俺の肩をイマムラがちょんちょんと小突いた。
「箱の底に、まだありますよ」
急いで確認すると、それもまた用途不明の珍品だった。
弓型のゴムのような柔らかい素材に、猫の耳(を模した装飾)が何の脈絡もなく付随している。猫の耳がついた、ヘアバンドというわけだ。もちろん髪を後ろに結ってこれで押さえつければ髪留めとして機能するだろう。でも猫の耳がついている必要性が全くない。なんだこれは、前史の人間はこれを何に使ったというのだ。
身体から力がへなへなと抜けていく。
俺が打ちのめされたのには、出土物が分かりやすく地位と名誉を生み出してくれる財宝ではなかったという理由も、まあ、当然ある。だがそれ以上に、これらの出土物の意味不明っぷりに呆れかえっていたのだ。今回見つかった品々に触れてから俺は、前史の人間の価値観が全く理解できなくなった。この陳腐なワンピースとヘアバンドが袋一つに箱二つと言う過剰包装をしてまで大切にしたかったものなのか!?俺は何だか前史の人間に突っぱねられたような感覚になった。
椅子にに座ってがっくりしている俺を差し置いてイマムラとアケミが出土品に手を伸ばし始めた。回転させて色々な角度から見たり、蛍光灯の灯りに透かしてみたりと、色々と試しているようだった。ワンピースを机に広げて観察していたアケミが、呟くように口にした。
「この衣装アレに似ているわね…」
アケミの言葉に少し元気が出てきた。考察のとっかかりができたのだとすれば、それは大いに助かる。
「アレって言うと?」
アケミは本棚から部の備品である一冊の書籍を取り出してきた。電話帳のような分厚さで、机に置くとどしんと天板が揺れた。表紙には「カラー図解辞典 前史の世界 1ヨーロッパ編」とある。
「この本のどこだったかな…確かグレート・ブリテンだったと思うんだけれど…あったあった」
部員四人で図鑑を囲んだ。アケミが指さすその先には、発掘されたワンピースと同じようなデザインの衣服を着た女性が絵画の中で描かれていた。火山の少ないヨーロッパでは前史に描かれた絵画が未だに残っていたりするのだ。
絵の中で女性はお盆を右手で持ち、その上にコップのようなものを乗せながら、椅子に座っている人に給仕をしている。頭の方を良く見ると、猫耳こそない者の白いヘアバンドのようなものを付けて髪の毛を後ろに結っている。職業はハウスワーカーか何かだろうか。だとすれば、炊事や掃除などの家事も任されていたのだろうから、髪の毛を落とさないように後ろに結っているのも自然に思える。
「この絵画に描かれている女性労働者の制服、このワンピースにそっくりじゃないですか?黒地フリフリとした装飾、白い前掛け、頭にヘアバンドと、共通点は多い気がします」
「しかしどうしてブリテンの衣服が日本にあるんでしょう」
イマムラが言う。そう、俺も全く同じことを考えていた。文化圏の全く違うブリテンの衣服がどうして遠く離れた日本の秋葉原に存在するのか、それが全く分からない。この疑問に答えを出してくれたのは、我らがエース、ミヤコさんだった。頭に手を当てながら考えていたミヤコさんがゆっくりとした口調で言った。
「秋葉原には…外国人が沢山いたんじゃないか?外国人居住区とか外国人労働区とか…そういうのがあったのかもしれない」
なるほど、確かにそう考えるのが自然かもしれない。秋葉原は交通の要所だったというから、きっと空港とつながる路線とかもあったのだろう。
外国人労働者はは秋葉原を居住区として首都圏の職場に向かっていたのかもしれないし、他の地区から秋葉原まで通勤していたのかもしれない。この衣装の持ち主も毎日電車に揺られながら主人のところへ通勤していたのだろうか。
何にせよ秋葉原が国際色豊かな街だったと考えると、この衣服の説明もつく。こうなると、残る疑問は…。
「じゃ、この猫耳は何なんですかね」
「うん、そこなんだよ。そこは私も分からない。ワンピースと一緒に入っていたということはこれも仕事着の一部ということなんだろうけれど…」
「実際被って見ればわかるんじゃないですか。ほらこうやって」
イマムラがカチューシャを被って俺に見せてきた。
「ほら、これ、どうです?」
「うん、凄い間抜けだ。なんというか、猫と言うよりも、あれだ。死肉に群がる汚いハイエナって感じだな。貸してみろ、俺の方が似合うから」
ヘッドセットをイマムラの頭からかっさらい、自分の頭につけてみた。弓型バンドは良く締まり、いい感じに頭にフィットした。
「どうだ?少なくともお前よりは似合っていると思うけれど」
「ハハハ!何ですかそれ!人に化け損ねた狸みたいになってますよ!」
「そこまで笑うことはないだろう。アケミ、どっちが似合ってる?俺の方が絶対に合ってるよな!?」
「どっちも同じくらいキモいわよ、この馬鹿!」
ヘアバンドになぜ猫耳がついているのか理解不能だと思っていたが、こうやって遊んでみると、結構有用だ。普通に楽しめる。もちろん昔の人は別の使い方があったのだろうが、古代人に突っぱねられたという俺の気持ちはだんだんと弱くなっていった。
「アケミ、お前もつけてみろよ」
「はぁ!?嫌に決まっているでしょ、つけたら絶対笑いものにするじゃない!」
「絶対笑わないって、なあイマムラ!」
「言いませんよ!むしろ可愛い可愛いと崇め奉りますよ!」
「それもそれで不気味なん…!」
言い終わらないうちに、アケミの頭にカチューシャを勢いよくはめ込んだ。アケミは「ギャッ」と水をかけられた猫みたいな声をあげてすぐに外そうと頭に手を伸ばしたけれど、ミヤコさんの「ちょっと待った!」の声にビクンと反応して、ヘアバンドにかけていた手を止めた。ミヤコさんがアケミの顔をまじまじと観察する。
「アケミくんがつけてみると、意外と違和感がないな」
「ええ、マジですか…」
アケミが信じられないという顔つきで聞き返した。俺もアケミにじっとりと見てみる。確かに、イマムラの時ほど違和感はない、というよりもこれ、結構似合っているんじゃないのか?アケミの、小柄な体に童顔という小動物っぽい印象が猫の耳と上手くマッチングしている気がする。
「や、結構ハマってるんじゃない?」
これは俺の正直な感想だった。イマムラも賛同してくれる。
「僕もそう思いますよ。普通にファッションとしてアリなレベルですよ」
「ええ?、いやあ、無いでしょう」
とは言うものの、褒められれアケミもまんざらではないようで、表面上は不審がっているものの、両くちびるの端っこには小さなえくぼができかけているのを俺は見逃さなかった。ニヤニヤが抑えきれていない。
「いやいや可愛いって、イマムラもそう思うだろう?」「ええ、アケミさん可愛いですよ!もっと自分に自信を持って!」「いやいや言い過ぎだって」「そんなことない!可愛い!」「可愛いです!」「天使だ!」「天使です!」
褒めれば褒めるほどアケミの口角はどんどん引き上げられていって、とうとう表情を隠さなくなった。
「やめなさいよ、参るわねーホント。調子狂うじゃない」
おお、調子に乗ってきたな。いよいよ自分が可愛いと思い込み始めてきたぞ(まあ実際そこそこ可愛いんだけどね)。もはや催眠術だな。
「アケミ、お願いだからその恰好で『アケミ・ハルカ、十六歳だニャン』って言ってくれないか」
「ええー、やーよそんな恥ずかしい」
「お願い一回だけだから!絶対可愛いから!」
「僕からもお願いです!」
「ええー、じゃあ一回だけよ、本当、しょうがないわねえ、あなた達は」
アケミは「ェヴン!」と一度咳払いすると、椅子に座りなおして佇まいを改め、すぅと息を吸い込んだ。アケミなりにとびっきり可愛く媚びた声ととびっきり可愛いポーズ(両腕を顔の横に持っていって手をこまねき、顎を少し引いて上目遣いを演出し、なおかつウィンクをきめるという盛りだくさん具合だった)をもって彼女は俺たちの期待に応えてくれた。
「アケミ・ハルカ、十六歳だニャン!」
・・・・・・。
・・・・・・。
静寂。
を、打ち破ったのは以外にもミヤコさんの吹き出し声だった。
「ぷふっ」
「無いな」
「無いですね!」
「ふざけんじゃないわよ!」
アケミが語気を荒げて立ち上がった。ニャンコの目が一気に吊り上がる。怒りと恥ずかしさで顔が風呂上がりの金魚みたく真っ赤になっている。俺たちではなくミヤコさんに笑われたというのが相当気に入らないと見える。
「意気込んだポーズまでとらせて申し訳ないけれど、ちょっとサムいな。」
「流石に茶番が過ぎましたか」
「フシャー!」とアケミが怒りに任せて我々に襲い掛かってくる。ふいをつかれて俺たちは反応が遅れてしまった。これはそれぞれ右ストレートと左ストレートを一発づつ顔面に食らう流れだ。
「調子づいたアケミが面白かったからって流石に遊びすぎたなあ」なんて後悔しているとアケミさんの「ああ!」という一声がアケミを正気に戻らせた。俺とイマムラとアケミ、三人がミヤコさんを注視する。俺とイマムラ、両方の頬にアケミの拳がすぐそこにまで迫っていた。
「クロネコマークの引っ越し会社だよ!」
「はいい?」
三人の声がハモった。クロネコマークの引っ越し会社とは、長年業界トップを守っている大手運輸業社だが、それが猫耳といったい何の関係があるのだろうか。
「イメージ戦略だよ。彼らは外国からやってきた労働者だ。言葉も通じ辛い環境で仕事を確保することは困難だっただろう。そこでこの猫耳だよ。二人に飛び掛かるアケミくんを見てピンときたんだが、猫は機敏さを象徴する動物だ。引っ越し会社だってマスコットに猫を取り入れているけれど、これってハウスワーカーにもぴったりのイメージではないかね?言葉が上手く通じない分、視覚的なイメージで自らを売り込む必要があったわけだね」
なるほど、そう言われてみれば、そんな戦略もアリな気がする。
けれども、現代人の感覚からすれば、猫耳をつけて仕事をするなど言語道断ではないだろうか。現代のハウスワーカーがこんなものをつけていたら雇い主に「ふざけているのか!」と怒鳴られても仕方がないと思う。イマムラも同じことを思っているようで、彼にしては珍しく否定的な意見を口にした。
「しかし、ちょっと無理がありませんか?こんなものをつけて家事手伝いなんて、陳腐な気がします」
「むむ、そうかな」
ミヤコさんが少し残念そうな顔をしたところを、イマムラがすかさずまくしたてた。
「でも実際服を着て、猫耳をつけてみたら印象が変わってくるかもしれません。ミヤコさんも、いつも言われているじゃないですか。実践してみないと見えてこないこともあると」
「そうだな」
「やりましょう」
「ええ!?」
なるほど、イマムラのヤツ、これが狙いだったのか。
「着るんです。ミヤコさんが。このワンピースを。アケミにこの衣服は少し大きすぎますからね」
「私が、この衣装を…」
ミヤコさんは机に広げられたワンピースに目を落とした。顔には迷いの表情が見える。
おそらくミヤコさんは今、考古学部部長としてのミヤコさんと、十七歳の女子高生としてのミヤコさんとの間で揺れている。部長としては自らが提唱する実践の考古学を突き通すべきだと思いつつも、「こんな恥ずかしい恰好していられないわ、無理無理!」と女子高生としてのミヤコさんが抵抗を見せているのだ。俯いて悩むミヤコさんをアケミが下から覗き込むように声をかけた。
「こんなやつの言うことなんて聞くことないですよ。ミヤコさんは考古学部部長である前に、一人の人間なんですからね」
アケミは無理をさせたくない一心で発言したのだろうが、俺としてはこの一言がミヤコさんに踏み切るきっかけを与えたのだと思う。人には不思議なことに、強く押されるよりも一度引かれた時に要求をのんでしまうという性質があるのだ。
ミヤコさんは頭を上げると、力強く宣言した。
「やってみようじゃないか。私にも、先輩から受け継いだつくば高校考古学部部長としてのプライドがある。アケミくんばかりに恥ずかしい思いはさせられないものな」
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