第4話 デーモン閣下
掘削開始から四時間たった。四本の塹壕が推測されるメインストリートと平行になるよう掘られている。全長はどれも四メートルほどだ。休憩や昼食を合間に取っているとはいえ、さすがに疲れる。
人形の脚(?)の他にもがいくつか出土品見つかった。まずミヤコさんが人形の頭部とも思われる、先ほどの脚と同じような樹脂でできた球体を発見した。表面には小さな凹凸があって鼻や口を表しているのだと思う。目がなくのっぺらぼうだが、これは後から着色した色素が過年で落ちたためと思われる。
また、イマムラは半透明の球形をしたカプセルを見つけた。掌で握れてしまうほどの大きさで、球の赤道部分で二つに割れる仕組みになっている。中は土が詰まっているだけだったが、もともとは別の何かを入れていたことが推測される。カプセルのてっぺんに通気口のような穴が小さく開いているのを見ると、生き物でも入れていたのだろうか。例の脚とも何か関係があるのかもしれない。
何も掘り出せていないのは俺だけで、流石に焦燥感を感じる。もちろんこれらは個人ではなく団体としての発掘作業なわけだから、誰が掘り当てたものなのかはさして重要なことではないのだが、それを分かっていても土だけ掘って帰るのは寂しい。このままオケラでは、それこそただのモグラになってしまう。なんとかリミットまでに発見の喜びを味わいたいが、現実はそう上手くいかないものだ。
掘れども掘れども、コンクリートの欠片くらいしか出てこない。しかし、あきらめては駄目だ、心が折れると疲労感が一気に押し寄せてくるからな。「一万回駄目でへとへとになっても一万一回目は何か変わるかもしれない」という昔のことわざを自分に言い聞かせながらじょれんを振り下ろしていく。
九 月ももう終わりだが、この時間帯になると日差しが暑い。湿度の高い洞穴の中で作業をしているから汗が珠のように流れていく。肌の表面を濡らしているのが汗なのか地中の水分なのか、もはやよく分からない。部員間での会話はかれこれ一時間以上していない。皆疲れてくると自然と口数が少なくなってくるのだ。
肩がなかなか言うことをきかなくなってきた。あと五回じょれんを振ったら休憩にしようかと考えていた時、じょれんの先が何か固いものにあたり、カン!と甲高い音をあげた。その瞬間、俺のハートに再び火が灯った。そう、この音を待っていた。この音を聞けば、俺はどんな疲れからも蘇ることができる。
露頭には赤茶色に錆びた一片の金属がはみ出ていた。移植ごてで丁寧に周りを掘っていくと、相当大きな金属の塊だということが分かった。削っても削っても移植ごてが硬い金属にぶちあたる。大きな獲物を前にしてアドレナリンがバリバリ出てきた。回復した集中力と気力でもって五分ほど掘り進めると、ようやく金属片の全貌が何となく分かってきた。
八十センチ×八十センチほどの赤茶けた金属の四角い塊が塹壕の側面に埋まっていた。表面はサビでざらついているのだが腐食はそこまで進んでおらず、手で強く叩いてもびくともしない。奥行きは未知数だ。これから掘り出してみないと分からない。奥行きによってこの金属の物体は金庫にもなるし棺にもなる。途中で湾曲なんかしていたら当時のオブジェや象の類かもしれない。
ここで俺は穴から上がって地上から土を掘ることにした。金属塊は地表から二十センチほど潜ったところにある。このくらいの深さだったら、上からスコップで土を除けていった方が体勢的にも楽だし、早そうだ。
休憩していたイマムラが穴から出ている俺を見て駆け寄ってきた。穴の様子を見て状況を察したイマムラはスコップを取ってきて俺と一緒に金属塊を掘ってくれた。俺もイマムラも黙々とスコップを振り続ける。俺たちに気が付いて、ミヤコさんとアケミもわらわらと穴の中から出てきた。
最後の方にはアケミも加わって、謎の金属塊を掘りきった。掘削物の全容が、ようやく明らかになった。全長は約一三〇センチの、綺麗な立方体だった。全体に錆が付着しているが破損している部分は見られなかった。
心臓が運動と興奮のせいで今までにないくらいバクバク言っているにも関わらず、不思議と疲れはほとんどなかった。思った以上の大きさに呆然としていると、後ろからカツカツと足音が迫ってきた。先生だった。俺は採掘中に先生が自ら動いたところを、今まで見たことがなかった。
「えらく大きいものを見つけたね。これは…」
先生も言い淀んでいる。これだけ大きなな発掘物は先生も初めてなのかもしれない。ミヤコさんが冷静な口調で言った。
「棺でしょうか?去年ハワイ島で見たものと似ている気がします。あの人形も埋葬品の類だったのかも」
「どうなんでしょう、棺にしたら短くて、不自然に底が深い気もしますが…」
俺もなるべくクールであろうと努めるが、皆からは浮足立って見えているかもしれなかった。
「だとしたら、金庫ですかね」
乱れた息で胸を小さく上下させながらアケミが言った。心なしか声が震えていた。
何にせよ実物がすぐそこにあるのだから、その目で確かめた方が早い。考古学部四人で這いつくばって、はけで表面の土を取り除いていった。しかし取っ手はおろか、爪を滑り込ませる隙間さえない。代わりに金属が溶けたような跡が見つかり、この箱がぴっちり溶接で密封されていることが分かった。わざわざ溶接までしてあるということは、中に入っているのは相当価値の高い品に違いないのだが、箱も出土品の一部であるからむやみに破壊することはできず、我々ではどうしようもなかった。
こうなると、悔しいが大人の手を借りねばいけない。諦めきれず這いつくばっている俺の肩に後ろから手が乗っかった。ミヤコさんのものだった。
「ここからは先生と業者の人に任せよう。開封するのが大人の誰かだったとしても、発見者は間違いなく我々だ。胸を張るといい」
俺は涙をのんで頷いた。ミヤコさんにこう言われては諦めざるをえない。
開封は大人に任せることになったが、とりあえず金属塊をバンまで入れ込むのは我々の仕事である。
金属の箱を四人がそれぞれ四隅に散って、「せーの」の掛け声で穴から持ち上げた。重量はなかなかあった。部室の机二個分ほどだろうか。俺はなんともなかったけれど、アケミは疲れがたまっているせいもあるのだろうか、かなりしんどそうだった。
これだけ大きいものを詰め込むことになるとは思ってもなかったため、運転席と助手席以外の座席を取り払って一か所に積み上げるという荒療治を経て、なんとか箱と採掘道具を収めることができた。
そのせいで帰り道我々は窮屈な思いをすることになった。座るスペースを奪われた一年生三人は車内の隅っこの冷たい地べたにぎゅうぎゅう詰めで体操座りしていた。
辺りには独得の鼻をつんとつく匂いが充満していた。アンモニア臭さと制汗スプレーが混ざった独特の匂い。アケミがこっそりと脇に鼻をあてがって(バレバレなのだけれど)自分の汗の臭いを確認していた。こんな状態じゃ、どうせ誰の臭いか分からないのにな。それに実を言うとこの発掘調査のたびに嗅ぐことになる匂いが、俺は嫌いではない。上手く口では表せないが、人のエネルギーのようなものが感じられて、良い。
車内に座って落ち着くと、興奮によりどこかに飛んでいった疲労感がどっと戻ってくきた。各筋肉が乳酸でぶくぶくになっているのが分かる。布団があれば一瞬で寝られるのだけれど、この劣悪な環境ではそうもいかない。しかし、頭だけは妙に明晰で、今日の発見がどれだけ価値のあるものなのか、脳みそが勝手に想像を始めていた。
例えば、ハワイ島にはキングアヌカフヌ廟という、古代の大王のミイラを展示した観光地があるのだが、そこには日に三万人もの客が入るらしい。三万人!一年で計算すると、あー、一千万人か!
万一…万一にだが、箱の中にあるのが前史エンペラーのミイラで、展示のため巨大な博物館が作られ、その利権が発見者である俺に、ほんの数パーセントでも貰えるとすれば、孫の世代まで食うに困らない富を手にすることができるだろう。
他にも、「大陸のほうで大富豪が税金逃れのために隠し持っていた金銀財宝が凝灰岩の下から見つかった」みたいな話はいくらでも聞く。もしかしたら俺たちもそんな幸運な発見者の一人となれるかもしれないのだ!イマムラもアケミも、そして助手席にいるミヤコさんもそんなこと口にしないが絶対心のどこかでそう思っているに違いない。
バンは大きなお土産を連れてつくばに帰ってきた。もはやこれは凱旋と言っていいだろう。校門の前に出迎えこそいないが、近いうちに我々の部室は取材陣と入部希望者で一杯になるに違いない。
ミヤコさんが言っていた通り、二か月後の全国高校考古学部大会の目玉は我々の発表になることだろう!きっと大変な騒ぎになる。あああ、今から大量のストロボフラッシュが見えるぞ!検証作業に発表の準備、これからきっと忙しくなる!
家に着くとすぐにシャワーを浴びて寝間着に着替え、最短距離でベッドに向かうとそのまま眠りについた。起きると朝の七時。十二時間ぶっ通しで寝たのは新記録かもしれない。
髪の毛が寝癖で大変なことになっていたが、どうせこの日はずっと家にこもっている予定だった。
朝食をとりに台所に降りると母に、「あの人の髪形に似てるわね。あのデーモン何とかっていう変な恰好した歌手。自称十万二千五十三歳の人」と言われた。朝飯を食ってもう一度寝ると、目が覚めたのが十一時半だった。
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