第2話 大切な話
大切な話というのは明日、土曜日に控えた旧東京都市圏へのフィールドワークについてだった。
土曜日の朝七時につくば高校正門前を出発。我が校の歴史科の教師であり、考古学部顧問のコダマ先生の自動車で常磐アウトバーンを終点まで南下し、そこから名もない一・五車線の道路に入っていくらしい。到着は午前十時で、活動終了予定時刻は午後の四時とのことだった。
「今回は学術調査がまだ行き届いていない山手地区の方まで行く予定だ。東京の奥地で悪路が続く。酔い止めを持っていった方が良いかもな」
旧都市圏にはこの部に入ってから何度も行っているが、隅田川から南は一度も行ったことがない。荒川の堤防に登って旧都心部側を見渡したことはあるが、漠然と灰色の大地が広がっているだけで、まさに無人の荒野と言う感じだった。
人口増加にともないじわりじわりと生存圏を広げている日本人だが、箱根山から半径百キロメートル以内の区域に現代人が足を踏み入れたのはたった十年前だ。動物が獲物を狙うように少しづずつ箱根山との距離を詰めてはいるものの、火砕流の恐怖がDNAレベルで刻まれているのか、進捗状況は芳しくない。荒川以南に住所を登録している人間は確か一人もいなかったはずだ。
山手地区は今のところ調査がほぼ手つかずで、しかもかつて文明の中心地だったと目されている場所だ。かつてのエンペラーもこのあたりに居を構えていたと聞く。もしかしたら凄い発見があるやもしれないと、ミヤコさんは張り切っていた。
「十一月には全国高校考古学部大会がある。明日の発掘調査次第では、そこで目玉になるような発表ができるかもしれないゾ」
冷静なミヤコさんにしては珍しく鼻息を荒げてやる気満々という感じだ。
全国高校考古学部大会とは、毎年十一月に首都くらしきで開催される考古学発表会だ。全国の考古学部員たちはこの日のために研究に勤しんでいると言っても過言ではない。去年までは部員がミヤコさんと、ミヤコさんより二つ上の先輩の二人だけだったと聞く。今年部員が増えてやっとまともに活動ができるようになったのだから、気合が入るのも頷ける。
「大会には先輩も来ることだしな。つくば高校考古学部がこれだけ成長したというところを見せてやりたいんだ」
土曜の学校の開門時間は七時半なので、今日のうちに先生の自動車のトランクまでタガネやハンマーといった採掘道具を運ぶ作業が部員に課せられていた。ミヤコさんとアケミは既に運び終わったというので、男性陣二人で部室からあがり重い採掘セットを運んでいると、「ちょっとあれ見てください」とイマムラが部室棟の方を指さした。見ると考古学部室の側面に設けられた換気用のサッシ窓の向こうでミヤコさんとアケミさんが例の棒と球を持ってはしゃいでいる。アケミがひょいと投げた球の軌道に、ミヤコさんが棒の中心部分を合わせていた。どうやら「カットビ・ボール」をものすごく控えめに実践しているみたいだ。
「ずるいですねえ、女の子だけで」
「まあ、彼女らも十六歳と十七歳だからな。俺らと同じで、やってみたかったんだよ。えらそうなこと言っても、年相応の子供ということだな」
「そんなこと言っているソネ君が一番えらそうですけどね」
あの球技はぜひ広いグラウンドでやってみたい。あの白球を遠く青い空に向かってかっとばせたら最高に気持ちがいはずだ。棒や球は近所の廃材置き場でいくらでも代用ができそうだから、いつか部の面々でやってみたいものだ。
アケミがもう一度ボールを投げる。しかしミヤコさんは空振りしてしまい、ボールは部屋の隅へとコロコロ転がっていった。ミヤコさんは背中を丸めてボールを追っかけていった。
部室に戻ると彼女らが遊んでいだ形跡はすっかり消えていて、二人ともすまし顔で読書なんかしていた。ずるいよなあ、女の子って。俺たちはあえて何も言わず、二人の読書を邪魔しないようオセロという前史のボードゲームをして時間をつぶした。
午後六時半、下校を促すチャイムが学校に響いた。午後七時が完全下校時刻なので、その三十分前になるとチャイムが鳴り、部活動はそこで終えるように校則で定められている。別にやることが無いのなら早めに切り上げたっていいのだが、我々はなぜかこのチャイムきっかりに引き上げることが習慣となっていた。ミヤコさんが立ち上がっていつもの定型句を言う。
「よし、それでは今日の活動はここまでにする。カギ当番、確認!」
「はい、今日のカギ当番は僕、イマムラ・ヒデキです!」
「うむ、イマムラくんだな。それでは、解散!お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
ミヤコさんが頭を下げるのに合わせて、一年生三人も頭を下げる。この儀式をもって考古学部の活動は終了、下校となる
「お、そうだ、今日は金曜日だな。皆お腹もすいているだろうしつくばね通りの『フジムラ』でも行かないか?」
「すいません。私遠征の前日は八時に寝ることにしているので」
「僕もこれから学習塾があるんですよね…」
「俺は…えーと、家族と食事の予定がありますね」
「むむむ、そうか、残念だな…。仕方ない、ではまた今度だな」
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