未来人、秋葉原に降り立つ
@ekusab
第1話 棒と玉とゴムと手袋
「へえ、これがコウシエン遺跡から発掘された出土品のレプリカか」
俺、アケミ、イマムラからなる考古学部一年トリオの目の前には、化石から復元された、太古の人が使っていたと思われる道具のレプリカが置かれている。
俺のへそくらいまでの高さがある木製の棒、表面に湾曲した縫い目がついた手のひらサイズのボール、五角形のゴム板、革製の厚い手袋(左手のみ)。以上の四点が部室のテーブルにずらっと置かれている。俺は木の棒を手に取って、掌で転がしてみたり軽く上下に振ってみたりしてみる。
「ちょっと、危ないじゃない!乱暴に扱わないって条件で先生から借りてるんだから、丁寧に扱ってよね」
アケミにお小言を言われてしかたなくこん棒を机の上に戻す。全く、同じ一年生の癖にうるさいやつだ。もうちょっとしおらしくしていれば、それなりに可愛いのにもったいない。ナチュラルブラウンのショートヘアーに黒目がちな目はハムスターっぽくて可愛いと俺のクラスでも評判だ。
まあ、面と向かって話してみればそんな幻想吹き飛ぶんだけれどね。
「僕の手見てください、凄い腫れているように見えませんか」
イマムラが手に皮手袋を左手にはめて、ヘラヘラしながら見せびらかしてきた。実際手につけてみると大きさが際立つ。右手と左手でハサミの大きさが違うカニをなんとなく思い出した。
「しかし、そんなデカい手袋したら、まともに手を動かせないだろう。前史の人間はこんなもの何に使ったんだろうな」
「それを考えるのが、我々考古学部でしょ。コウシエン遺跡が東洋最大のコロシアム風建造物だってことは二人とも知ってるわよね。てことはスポーツもしくは武闘に関連したアイテムってことが想像できるわ。出土品の発掘位置からして、この用具一式同じ競技に使われと思われているんだけど…」
アケミはこう言うのだが、今の俺にはこれら四つの用具を結びつける競技が全く想像できない。とりあえず遊びながら考えてみるか。
「まあ、こん棒を持ったら殴りたくなるわな」
「殴られそうになった僕は、このゴム板で受け止めたくなりますね。右手にこん棒を左手にゴムの盾をってわけですか。あれ、手袋をはめる手がありません」
「これは手袋じゃなくて、ヘルメットなんじゃないか?」
「なるほど、かぶってみると意外と頭にぴったりとはまりますね」
「ボールが余ったわよ。これはどう使うの」
確かに、このような格闘技だったとしたら、棒、ゴム板、手袋(兜?)、この三点で完結してボールが余ってしまう。
「アタシは、こんな感じの競技だと思うんだけどな」
アケミはゴム板を部室の端っこに置くと、木の棒を手に持って皮の手袋(兜?)を頭にかぶった。
「しかし改めて見ると凄い間抜けな格好だな」
「うるさいわね!仕方ないでしょ、前史人のセンスなんだから」
アケミは少し恥ずかしがりながらボールを地面に置いた。ゴム板とボールを結ぶ直線と平行に何度か棒を素振りしてから、脚を肩幅に広げてボールの側に仁王立ちをする。棒をベルトの高さで握り、軽くテイクバックさせてから、ボールをチョコンと小突いてみせた。ボールは糸を引くような軌道でまっすぐ進み、板の真ん中を通過した。
「と、こういう風に、ボールを叩いてターゲットの上を通過させる、またはその上に乗せる競技だと思うわけだけど、どうかしら。このヘルメットは飛球に対する防具ね」
「でもその皮細工を頭に乗っけてヘルメットにするって、やっぱり無理がないか?」
「なによ!あなたが言ったことじゃない!そりゃあ確かにヘルメットだとしたら皮の隙間にポケット構造を作る必要なんてなかったわけだけど…それは間に綿のような詰め物をしていたのかもだし…」
アケミの言葉は終わりに近づくにつれだんだんと小さくなっていった。彼女も自分の説に自信が持てなくなってきようだ。検証は振り出しに戻った。ネックはやはり皮手袋だ。寒冷地でもないコウシエンになぜこのような、細かい指の動きが制限されるほど厚手の手袋が必要だったのか。三人して椅子に座りながら唸っていると、ボールを手で弄っていたイマムラが突然「あ!」と声を上げた。
「分かりました!スポーツ用具と言う固定観念に縛られていたのが悪かったんです!カギは縫い目ですよ!ほら、球に縫い目が施されているでしょう」
「あ、私もその縫いしろ気になっていたのよね。それで?」
アケミが身を乗り出して聞くと、イマムラはそれに右手を突き立てて遮った。厚い眼鏡の奥の瞳が不気味に光る。
「アケミさんは少々お待ちを。ソネくん、縫い目が施されたタマと聞いて、何か思い浮かびませんか?」
俺の背筋に電流が走った。こんな身近なものに気が付かなかったなんて!
「陰嚢か!すると棒は必然的に陰茎にあたるよな。すると板は?」
「ブリーフタイプのパンツです!それ以外に何がありますか!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
アケミが顔を軽く赤らめて、早口で反論する。
「確かにアニミズム信仰の一種として男根が崇拝されることは各地であるわ!実際色んな所でその手の出土品が見つかっている。だけどこれが発見されたのは「大噴火」ごろの地層なのよ?そのころの日本は今と同じくらいかより高度な文明を持っていたことが証明されているし、そんな中こんな土着信仰が残っていたとは…」
「残っていたんだよ!だって実際こうしてブツが出てきているんだから!」
「にしたって、皮手袋が余って…」
「余って当然です!だって皮なんですから!」
アケミはため息をついて一つ首を振った後、うしゃうしゃ笑っている俺たちを視界に入れるのもはばかられるとでも言うように、椅子に座ると鞄からペーパーバックを取り出して読書を開始してしまった。
俺たちが棒をズボンのなかに突っ込んだりして遊んでいると、立て付けの悪い部室の扉がギィっと思と立てて開いた。慌てて股間の棒を引き抜こうとしたが間に合わなかった。アケミが「お疲れ様です」と挨拶し、俺も股ぐらにこん棒を挟んだ状態でその後に続く。
「あ、ミヤコさん、お疲れ様です」
入ってきたのは考古学部部長で唯一の二年生であるミヤコさんだ。凛とした顔つきと、光の加減によってはは青色にさえ見える綺麗な長髪はまさに知性と美しさの権化だ。前史日本の伝説的美女として語り継がれている前田敦子も、きっとこんな姿をしていたに違いない。才色兼備の我らが頼れるリーダーだ。
「何をやっているんだ君たちは…」
あいさつもそこそこでミヤコさんが俺のズボンから大きくはみ出ている棒を指さす。まあそこに目がいきますよね。俺たちはミヤコさんに今までの協議のいきさつを話した。最初に出た格闘技説から、球の縫い目が云々というくだりまで、ミヤコさんは一貫してふんふんと頷きながら俺たちの話を聞いていた。
「前の二つはともかく、これらの道具が男根(ファルス)を形象する御霊代というのは流石に無理があると思うゾ。縫い目が陰嚢につながるのもよく分からないし。それに皮が余って当然とはどういうことなんだ?」
ここで俺はおちんちんがどういう作りをしているかについて懇切丁寧に教えて仕ろうとしたのだがアケミが鬼の形相をしてこちらを睨んでいたので止めておく。
「それは、まあ、言葉遊びのようなものでして、厳密に言えば皮の手袋が余っていい理由はありません」
「ミヤコさんは、これらの出土品が何に使われたものだと思いますか?」
アケミの質問にミヤコさんはうーんと唸りながら棒や球を手に取っていった。木の棒に目をひっつけるようにして表面を凝視したり、皮手袋をに手をはめてしきりに閉じたり開いたりしていた。
「この棒や球の傷はもとからついていたのを復元したものなんだろ?」
「ええ、コイツらもそこまで乱暴なことはしていませんから」
アケミが俺たちを冷めた目で見つめてくるが、そっぽ向いて知らんぷりをしておく。
「棒の表面にある傷の多さからして、やはりこれで何かを叩いたんだと思う。傷が一点に集中せず、棒全体に分布しているとことを見ると、アケミの言うような、固定されたボールを打つという競技ではなさそうだ」
それを聞いてアケミが少し残念そうな顔をする。
「だとしたら、ソネたちが言うような格闘技なのでしょうか」
「こんな重い木の棒で殴り合うような競技だと、それこそ鉄のように固い甲冑が必要になってくるが、遺跡からはそのようなものは出土していない。この棒についているのはひっかき傷のような細いものばかりだし、傷の形状からしても、それはないと思う」
淡々とした口調で説明していたミヤコさんが、棒を僕ら一年生トリオに向けて渡した。確かに、表面の傷はナイフで切れ込みを入れたようなような細いものばかりだ。
「鍵はこの傷にあると思うんだ。私は、何か高速の物体がこの棒の表面を通過した跡だと思う」
「なるほど、そこでこのボールですか!」
得意げに言うイマムラに、ミヤコさんが「その通り」と人差し指を立てる。
「このボールを木の棒めがけて投げて、ぶつけて倒すとかそういうゲームだったんですね!」
「馬鹿ねえ、コウシエンの大きさ知っている?両翼百二十メートルの扇形をしてるのよ?アンタの言ったゲームだと、そこいらの公園でもできちゃうじゃない」
「じゃあアケミさんはどういう競技だって言うんですか?」
「投げられたボールをこの棒で叩いた…というより打ったんですよね」
アケミが自信満々に答えると、ミヤコさんはウムと一つ頷く。
「そう。このゲームはおそらく投手(なげて)と打(うち)手(て)に分かれるんだ。投手が投げた球を打手が棒で跳ね返す。そんな競技だったんじゃないかと私は思うゾ」
「では、この白い板は何なんですかね」
イマムラがゴム板を手に取って聞いた。
「多分、壁に貼り付けられたこの板めがけて投げるようにしなければいけなかったんじゃないかな。ある程度ボールを放る場所を決めておかないと打ちようがない」
「じゃあ、この手袋は?」
「この手袋をはめてしまうと、物を放ることもできないし、指も使えなくなる。できるのは何かを受け止めることだけ。だったら打たれたボールをこの手袋を使って受け止めていたんじゃないか。扇形のフィールドに、投手、打手とは別に守手(まもりて)がいたんだよ。この守手がボールを掴むまでに球が進んだ距離を競うとかそんなゲームだったんじゃないかな。投手、打手、守手、この三つのポジションをローテーションしながらポイントを競う個人競技だったと私は推測するゾ。名付けて『カットビ・ボール』」
なるほど、流石我らが誇る考古学部部長、ミヤコさんだ。並々ならぬ観察眼を持っている(ネーミングセンスはアレだけど)。ミヤコさんの話を聞いた後だと、これらの道具が「カットビ・ボール」に使われたものにしか見えなくなってくる。
俺は頭の中で「カットビ・ボール」の様子を想像してみた。俺は棒を持って投手のイマムラと対峙している。イマムラが意を決すると、助走をつけて勢いよくボールを放ってきた。高速で移動する球を優れた動体視力と分析力で見切った俺は瞬時に、力が最も効率的に伝わる座標を棒が届く空間内から見極めて、タイミングを計り、その一点に向かって腕を振り下ろす。手に、インパクトの確かな感触がじんわりと広がる。イマムラが後ろを振り返る。守手であるアケミの遥か頭上を越えて芝生の上を転々とする球を見つめながら俺は、満足そうにこう口にする。「ナイス・ショット」と。
「面白そうですねそれ!」
「早速やりましょうよ!ソネくん、運動着取ってきましょう!」
「ちょっと待ってよ!これ先生からの借り物なのよ?万一破損でもしたら…」
「机上の空論的考古学を実践により受肉させよ。そうですよね!ミヤコさん!」
「んん、まあ実践は大いに結構なことなんだが、部活動の上で先生には大変お世話になっているし、万一のことがあると申し訳ないからな。実践は今度、こちらでレプリカを自作してやることにしよう。今日はこれから大事な話もあるしな」
ミヤコさんにこう窘められると二の句が継げなくなってしまう。俺たちは渋々机についてミヤコさんに従う意思表示をした。「ほんと男子って馬鹿ね」とアケミが吐き捨てた。
「その言い方は世界二十億人の男子に対して失礼ですよ」
「イマムラの言う通り。馬鹿なのは俺たちだけさ」
アケミは相手にする気も失せたというように一つ大きくため息をついた。
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