5.ALTERNATIVE ROCK
バレた。それは突然の事だった。ミッシェルがうっかり自室の鍵を開けっぱなしのまま仕事に出た日の事、まだまだ幼かった娘がミッシェルの部屋へ忍び込み、爆音でCDプレーヤーを鳴らしてしまったのだ。その時入っていたCDはがんがんギターが鳴くハードロック。クラシックやアイドルミュージックばかり聞いてきた娘は、その激しい音圧に堪えきれず泣き出してしまった。『鉄の男』の部屋から漏れ聞こえたロックはすぐさま噂となり、公職員を統括するコンピュータも程無く知ることになった。
コンピュータはロックンロールを認めない。掠れるほどのシャウトはデモの絶叫に結び付け、喚くギターに唸るベースはフーリガンの暴動と並べ、ドラムのビートはアナーキストの足音と見なしていた。
何より、『ジョン』はそれにとって反体制の象徴であった。
相変わらずもごもご呻いているスターリーを引きずって工場の外に出てみると、数台の警察装甲車とオフロードトラックがライトを眩しく光らせ工場前に停まっていた。血まみれのテロリスト達が武装した機動隊に引っ立てられてトラックに押し込まれている姿が影のようになって見える。
そんな集団の真ん中に立って仕切っているのはサトシだった。相変わらず、ただのスーツや銀縁眼鏡の方が目立ってしまうくらいに地味で朴訥な雰囲気だ。それに油断して狩られたテログループも多くいるのだが。
「お勤め御苦労、サトシくん」
「君こそ。期待通りの戦果だよ。御苦労御苦労」
サトシは近づいてきたミッシェルに向かって微笑むと、彼が引きずっているスターリーの方に目を向ける。張り付けた笑みの奥に冷淡な目を光らせ、スターリーが泡を吹く様をじっと観察する。
「で、彼がこのグループのトップだね」
「情けない奴だ。ちょっと銃を突き付けて脅してやっただけなのにこのザマだ。とても事件実行まで持って行けたタマだとは思えんね。それに爆弾を造ってただけっての一点張りだ」
「要するに爆弾は造っていたんだろう?」
「そうだ。だが事件を起こす前に爆弾を売ったらしい」
「売った? 誰に」
サトシが眉根を上げると、サングラスを外したミッシェルはちらりとスターリーの方を見下ろす。怯えに怯えて必死に叫ぶ情けない姿が、ちらりに脳裏を過ぎった。
「わからん。名前は言わねえし、帽子掛けてサングラス掛けてって、特徴にもならん特徴ばっか言いやがる。体格も容貌も良くわからんと来たもんだ。幽霊かなんかと取引したのかね。なあ、どう思う。『
ミッシェルは悪戯っぽく歯を剥いてサトシに古くからの渾名を投げつける。特徴の無さすぎる顔立ちや体躯のお陰で、テロリストグループから殆ど面が割れない。会っていても会った事が無いように感じ、会ってなくても会った事があるように感じる。そんなあやふやな存在であることから、誰からともなく呼ぶようになった渾名だった。
「ま、僕みたいに特徴の無い奴なんだろうね。帽子やサングラスの方が目立っちゃうくらいに」
「失礼。連行するぞ?」
機動隊が二人駆けつけ、スターリーを指差しながらサトシに尋ねる。サトシが頷くと、機動隊は素早くスターリーに手錠を嵌めて脇を抱え上げ、ずるずると引きずっていった。
「おれは! なんもしてない! あいつがぜんぶやるって!」
再びずるずると引きずられながら、ろれつの回らない口でスターリーは叫んでいる。両側の機動隊にどやされ、失禁を嘲られながら、スターリーはトラックの中へと呑み込まれていった。
一通り見送ったミッシェルは、サトシに向き直ってわかりやすく肩を竦めてみせた。
「ずっとあのザマさ。まああいつの言う事が本当なら厄介だけどな。んな特徴のねえ奴が爆弾魔になりやがったって事だ。プラントの防犯カメラを総動員しても中々特定できねえぞ」
「厄介極まりないよ、本当に」
サトシは相変わらず曖昧な笑みを浮かべて、そっとミッシェルの肩を叩いた。白いライトを眼鏡のレンズが照り返し、ぎらりと輝いている。
「これからしばらく頼むよ、ミッシェル。中々タフな仕事になりそうだからね」
「そりゃ断りはしねえさ。だがお前らももう少し気張ったらどうだ」
ミッシェルは溜め息をついてサトシの手を振り払うと、懐から煙草を一本取り出して火をつける。その眼には、かつての仲間に対する少しの失望が混じっていた。
「こんな雑魚の集まりに手こずってるんじゃねえよ。こんなもん、ぱっと乗り込んでぱっとブッ飛ばせばそれで終わりじゃねえか。頭でっかちなだけの三下テロリストに隙見せてるようじゃ先は昏いぞ」
「そんな事言われてもねえ。君が現役だった頃から君におんぶにだっこみたいなところはあったじゃないか」
サトシも煙草を取り出し、ミッシェルから火を貰って吸い始める。気怠げに煙を吐き出し、サトシはトラックが発進する様子を見守る。
「後進も入ってくるけど、いかにもお役所的でイエスマンでさ。頼りないったらないよ。捜査の効率が昔に比べてずるずる落ちてる」
憂い交じりの目をして、サトシはミッシェルを見つめた。かつては公安のエースだった、怜悧で強靭な能吏の顔を。
「多分、君があんな事になっちゃったから、コンピュータが少し慎重になってるんだ。『決して反社会的思想が芽生えない』、意志の特に薄いタイプを優先するようになってる」
「そこを何とかしろよ。もう鉄砲玉じゃねえんだ。鉄砲玉を作る身分なんだ。何とかしろ」
「まあそうなんだけどね。でも、こうも仕事が面倒になると、君をクビにして面倒ばっかり作るコンピュータに文句の一つも言ってやりたくなるってものさ」
「仕方ないだろ。『全ての資源を最適配分する事で、人類社会を維持発展させる』。それを実現するためのコンピュータだ。その決定に逆らえるほど人間は賢くなれちゃいない」
ミッシェルは中央街の中心に聳える鉄塔を見据える。鉄塔はソレの一部。この街を護り治める量子コンピュータの、パーツの一部であった。サトシも煙草の煙を垂れ流しにしたまま、昏い顔で鉄塔を見上げ、僅かに口を開く。
「……僕にしてみれば、君をアウトサイダーに追い落とした時点で――」
鈍い音が廃墟の一帯に轟く。目を見開いた二人がその音の響いた方角に目を向けると、廃墟の向こう、海の中に建つプラントが黒煙を上げながら崩れ落ちようとしていた。コンピュータが治める都市の陥穽を、身をもって見せつけようとするかのように。
「もう昏くなったんだよ」
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