第5話 母と安保とブライトンの奇跡

天高く馬肥ゆる秋。

2015年9月20日に横浜の実家に帰宅。

ほのかにキンモクセイの香りが家の中まで漂う。

この日、実家に帰ったのには理由がある。

この日の午後1時半から、スポーツ史上最大の番狂わせとなった、ラグビー日本代表の南アフリカ戦の録画放送を観戦するためだ。歴史的勝利を地上波生放送しなかった日本テレビの罪は重い。だが日本テレビを責めることは誰もできない。なぜなら、世界中の誰もが南アフリカに日本が勝つなどと夢にも思ってなかったのだから。どうせいつものように、大量失点して南アフリカによる公開処刑になるのがオチだな、と世界中の誰もが高をくくっていたのだ。エディ・ジョーンズヘッドコーチと桜のジャージを着たサムライたち以外は。

私が高校の時にラグビー部だったこともあり、母もラグビーを見るのは昔から好きで、母は今でもラグビーの試合をテレビで観戦し、内容の良い試合を見て、感動するたびにいちいち高野山にいる私に電話をかけてくる。私はこの日、ぬかりなくウイスキーや、炭酸水、カットレモン、酒のつまみ、大量の氷を準備して、万全の態勢で試合に臨む。

「あ、そういえば俺さ、おととい、東京に行ってきてちょっと時間あったから国会議事堂の方に行ってきたよ。あのSEALSとかいう連中は本当に迷惑だよね。親の顔が見てみたいもんだよ」と言ったところ、母からまさかのカウンターパンチが。

「私も月曜日に行ってきたよ。座り込みに。」

な、なんと!自分の親が「親の顔が見てみたい」連中の一味だったとは。

「ええ!?じゃあ、あの奥田君とかと?」

「アキちゃんね。」

アカの手先であろう、奥田愛基をまさかのアキちゃん呼ばわり。ポカーン。

「ええ?!あそこに行ってる人ってみんなサヨク団体とかから交通費とか日当もらってるんじゃないの?」と聞くと、

「そんなわけないじゃん。みんな勤め帰りとかに来ているみたいだったよ。私なんてカンパまでしてきたよ。」 とドヤ顔。 まさか母が反乱分子に加担していたとは。文革時代の中国だったら下放されて思想改造もんである。

「で、行って何すんの?どういうこと叫んだりすんの?」

「なんかね、シュプレヒコールがあるんだけど、『アベってなんか感じ悪い』とか、『戦争したくなくてふるえる』とかね。でもなんだかラップのノリについていけなくてね、うまく言えないの。なんせ年寄りだから。」

「お母様。お母様から生まれたかと思うと俺は情けなくてふるえるよ。」などと言ってやったら、さすがに母もお怒りになって、「なんであんたにそこまで言われなきゃいけないわけ?孫たちを徴兵なんかでとらせないんだからね!」

「お母さん、徴兵制にしないための集団的自衛権なんだよ。個別的自衛権のスイスは徴兵制で、一家に一丁マシンガンがあるんだよ。」

「あんたがどういう考えを持っていようがわたしゃ干渉しないよ。あんたもわたしの考えに干渉しないでよ。それが民主主義ってもんだろ。」

「そうだな。それが民主主義ってもんだな。」


もうすぐ試合が始まるので、話は平行線のままだったけど、とりあえず話を打ち切ることにした。だがその時、なんだかシコリというか、私と母との間に目には見えない38度線が生まれたのを感じた。肉親とはいえ、イデオロギーは相容れないのか。

東中島と西中島南方の東西に分断されたような、若干気まずい雰囲気のまま、ラグビー日本代表対南アフリカ代表の試合開始のホイッスルが鳴ったのである。


録画放送なので当然、結果は知っている。結果を知っているので、ウイスキー片手に安心して見ていられるかといえば、さにあらず。朝から何度もニュースのハイライトで見たはずなのに、なぜかドキドキハラハラする。南アフリカに勝つなんてあまりにも夢のような出来事なので、やっぱり本当は夢で、録画放送で見たら、じつは日本が負けているんじゃないか。そんな気すらする。


ラグビーというスポーツは、選手の士気が高ければ高いほど、タックルに行く体勢は低くなる。日本のタックルは極めて低い。

こんな地を這うようなタックルは南アフリカの選手はおそらく未体験。

免疫は無い。低いタックルが南アフリカの大男たちの足首に突き刺さる。たまらず倒れる南アフリカの選手。南アフリカの選手が倒れる前にボールをパスをさせないために、すかさず日本の二人目がボールを殺すタックルをする。タックルをして倒れたら、寝ていないですぐに起き上がってまたディフェンスラインに加わる。

一連の動きがじつにスムーズでシステマティック。日本はまったくビビっていない。舞い上がってもいない。

「世界一の練習量でここまでやってきたんだから、南アフリカにも勝ってみせる」といわんばかりの自信と気迫に溢れていた。エディジョーンズは、なにもかも想定内の確信犯。焦りからつまらない反則を繰り返すのは南アフリカ。

そこで日本が誇るプレースキッカー、15番、フルバックの五郎丸選手が登場。甘いマスクだが、ハンサムとかイケメンではなく、素朴な男前。優しさと誠実さが内側からにじみ出ている。マスクの甘さは和菓子の甘さ。しかし彼の右足から放たれるプレースキックは甘くない。無慈悲なほど正確に点を重ねる。

しかし日本が点を取れば、地力の違う南アフリカが意地の猛反撃でトライ。それから最後の最後まで結果が分からない、息がつまるようなシーソーゲームが続く。

後半くらいから、私はずっと鼻の奥がツンとしてティッシュが手離せなくなっていた。母も私もテレビにかじりついて、がっつり観る。南アフリカの4つのトライはいずれも、恵まれたサイズをフルに活かしたトライだった。

日本がこの試合で見せたトライは全部で3つ。ひとつ目のトライはキャプテン、マイケルリーチ選手のトライ。モールで低く小さくまとまり、最後はバックスの選手まで入って一緒になって押し込んだ。ふたつめのトライは目の覚めるような鮮やかなサインプレーから華麗にディフェンスラインを抜きさった五郎丸選手のトライ。そして3つめは、終了間際のあのトライ。日本3点のビハインド。敵陣でペナルティを得てペナルティゴールの3点を狙えるチャンスがあるのに関わらず、あくまでもトライの5点にこだわった。ボールをもし南アフリカに取られたら即ノーサイドの瀬戸際でこの決断。エディジョーンズヘッドコーチはペナルティゴールを蹴って引き分けに持ち込むことを指示した。ペナルティを得たあの時に、割れんばかりのジャパンコールの大歓声の中、キャプテンのリーチは、スクラムの屋台骨を支えるフッカーの木津にこう聞いたという。

「スクラム、いける?」

「いける、いけるよ。」

続けて木津はこう言った。

「キックで同点で終わっても、日本ラグビーの歴史は変わらへん。勝つか負けるかやろ。」

南アフリカと引き分けで終わってもほぼ金星といえるほどの御の字。しかし彼らは大きい賭けに出る。エディジョーンズヘッドコーチにとっては、唯一、この試合で想定外の出来事。まさにオールオアナッシング。そしてマイボールスクラムを選択。

この勇気が、ブライトンラグビー場のおよそ三万の観衆を総立ちにさせ、この惑星のすべてのラグビー好きの酔っぱらいたちにジャパンコールの大合唱をさせた。


最後の最後。土壇場でのへスケス選手によるサヨナラ逆転トライ。大歓声は絶叫へと変わる。 歓喜の絶頂でノーサイド。気がつくと、母と私は泣きながらハイタッチをしていた。どうやら私も母とノーサイド。

東西中島の壁は無くなったのである。

日本の最初のトライは力とチームワークのトライ。 ふたつめのトライは知恵と技術のトライ。3つめのトライは、勇気と信念のトライ。34対32で日本の勝ち。もし五郎丸が一本でもキックを外していたら、日本は勝てていない。

南アフリカはこれまで2度、ワールドカップに優勝しているラグビー王国。

34失点というのは、ワールドカップの歴史において、世界最強と言われる、ニュージーランドのオールブラックスにすら取られたことない、国辱ものの失点記録になった。

この試合にはラグビーのすべてが詰まっていた。日出る国からやってきた小柄な戦士たちが、100年先も世界中のパブで黒ビールの肴になるような歴史を作ったのだ。

神様はいる、そう思えた。

「ハリー・ポッター」の作者、Jkローリングさんはこの試合を見て、ツイッターにて、「こんなストーリーは書けない」と脱帽。まさに事実は小説より奇なり。こんな魔法はハリー・ポッターにだって使えない。

その日は彼岸だったので、試合を見たあと、先祖のお墓参りに行き、ご法楽をあげた。

ところでお母さん、体の小さい日本の選手が南アフリカの巨漢に二人がかりでタックルしていたでしょ?

集団的自衛権て、きっとそういうことなんじゃないかなあ、

でも、この話は言わないでおこう。スポーツと政治をからめて語るのは野暮ってもんさね。

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