終章
私はただ、漂っていた。
世界の管理者が生まれる空間。
ここは現世に関与される事も、影に侵される事もない、私だけの空間。
ここを通る事で、私は現世にも異空間にも干渉を続ける事ができた。
私はこの空間にずっといた。
私はここからずっと世界を眺めていた。
世界は美しい。植物が見事に繁殖を繰り返し、動物も生を育む。そして世界には生命が溢れる。
この美しい世界で、非常に不合理的に生を営むものがいる。人だ。
世界を守るのに、己の利害など必要なのだろうか。世界を守らないと人は困るだろうに、自分の利益ばかりを主張する。
どうしても分からないから、現世で生活するようになったと言うのに、私はそれでも分からないままだった。
正義の味方の妻が、世界の敵になってしまうのは想定外の事だった。
正義の味方が怪我するとか、世界の防波堤になっているのだから当然だと言うのに、何故影を孕むまで悩まないといけないのか、私には理解ができなかった。
でも、結果として正義の味方を殺されてしまった。これは世界にとっても私にとっても大きな痛手だった。
そのまま世界が新しい正義の味方をすぐに選出する許可をくれたら、新しい正義の味方により世界の敵は排除されたというのに、世界はそれを拒絶した。世界の敵が世界を滅ぼす事を放棄した時点で世界の敵ではないと言い出したのだ。理解ができなかった。
ここには、何もなく、手を伸ばせば簡単に現世の情報を引き出す事ができた。
「ようやく気付いたのね」
元・正義の味方が元・世界の敵と一緒に泣いている情報を引き出し、それを無造作に片付けた。もう私に必要のない情報は、こうしてどんどんと片付ける。
私は世界に干渉するために使っていた『姫川広』と言う名前を取り出した。
削除。そのまま浮き上がった名前を私は握り潰した。そのまま名前はバラバラになって砕けて散った。
こうする事で、人は『姫川広』と言う存在を忘れるだろう。もっとも、ほとんどの人間は私がこの空間に入った時点で私の存在など忘れるはずだが、想定外の事は何故か多いのだから困る。
前回の正義の味方と世界の敵の件は、世界の稀に起こす誤作動だと判断し、その誤作動を起こさないように新しい正義の味方を選んだのに、それでも誤作動は起こってしまった。
正義の味方が結婚していた。その点を考慮しなかったから、誤作動が起こったのだと判断し、結婚していない人間を選出したつもりだったのに。しかし、この世界には事実婚と言うものがあるのだと言う。
私はこの2人が決別するように細工したと言うのに、決別する事はなく、とうとう誤作動が発動してしまった。
そして、誤作動を起こした本人達が、皆私のせいだと言い出すのだ。
全く持って、理解ができない。
私はあちこちに手を伸ばした。
現世にある情報を読めば、現世の事を知る事はできる。でも、理解ができない。
「ねえ、私には何が足りないと思う?」
世界に訊いてみる。
世界はいつもこう言う。
『あなたには心がない』
「その心って何? いくら言われても、根拠がなさすぎて理解ができない」
『人を人たらしめるもの。心を得るように人の形を取り、人と同じように生を受ける事ができるように作ったのに、世界の管理者にはいつまで経っても心が成長しない』
「理解ができないわ。それを持っていたら、どうして人たらしめるの? それがあるから、人は世界の敵になってしまう。そんなものは不要だわ。そうは思わない?」
『…………』
世界はこの問答をすると、いつも黙り込んでしまう。
本当に、理解ができない。
現世の人の本もたくさん読んだ。人は書物を通して世界に物事を伝えようとするから。でも、「心」は理解ができなかった。
一体何が私にそんなに足りないのだろう?
「心」があれば世界をきちんと管理できるのだろうか?
正義の味方は人から選ぶ。
人以外から選んだ方がいいと私は世界に1度言った事があるが、それは世界に断られた。世界は「正義の味方は1番生に迷っているものから選ぶ」と言う風に言うのだ。
合理的ではない。
確かに私も、彼らと生活するのは、なかなかに悪くはなかったと言う感想を否定する事はしないが、「心」の理解にまではちっとも至らなかった。それよりも前に正義の味方は現世に存続できなくなっていたから。
私は現世の本を手に取った。
『黄昏の正義の味方』
正義について書かれている本はたくさん読んだが、これだけ正義の味方について否定的に書かれていた本はないから、何度も何度も読んだ。何度も読んで考えたけれど、やっぱり理解が足りなかった。
まさかこれを魔女が書いていたなんて夢にも思わなかったけど。
いや、あれだけ正義の味方について否定的だったのだ。魔女が書いていてもおかしくはないとは思うが、あれだけ否定的に書いているのに「愛している」とか言うのだから、やっぱり分からない。
「次の正義の味方なら、答えを教えてくれるのかしら」
『……』
「……早く今の正義の味方がいなくなればいいのに。そしたら、次の正義の味方が選出できる」
『……』
世界はやっぱり、何の返事もしてくれなかった。
私は最後の項を、朗読した後、目を閉じた。
名前が崩れたために、私の姿も透けてきた。
仕方がない。これは「姫川広」と言う名前に合わせて作った姿だから、名前が役目を終えたのだろう。
次の正義の味方を選出できるのは一体、どれだけ先なのだろう。
次の正義の味方は私に教えてくれるんだろうか。私が今まで間違っていたのか正しかったのか。
「心」の意味を教えてくれるのだろうか。
「『これは、とても滑稽で。
とてもおかしくて。
――そして、とても悲しいお話。』」
正義の味方はこの世にいない 石田空 @soraisida
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
それにつけても腰は大事/石田空
★11 エッセイ・ノンフィクション 完結済 15話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます