悲劇の日④神橋静春の場合

 あなたは本心から笑うことができる?

 心の底からの笑顔を浮かべられる?

 私はできなくなってしまったの。


 今では『無敵』といわれているけれど、まだ『はじまり』だったダンジョンに入った時に、私の目の前で親友が死んじゃったから。

 顔を引き裂かれて、バラパラピチャ、といろいろ飛び散って、彼女はバケモノの大きな口に飲み込まれて死んでしまったの。


 どうしてなのかしら。どうして私を庇って、死んじゃうのかしら。

 とても滑稽ね。そんなこと、本心から思ってないけれど。

 でもあえて言うなら。そうね。私はこの気持ちを隠さなきゃいけない。

 彼女の代わりに自分が死んでいればよかった、なんてさすがに寒気がするけれど、でも彼のそう思う気持ちも分かるから。


 彼は本当に彼女のことが好きだったのね。

 私を庇って死んでしまった彼女のことを、本心から愛していたのね。

 羨ましくない、なんて言ったらウソになるけれど、そのまっすぐな想いに嫉妬してしまうのよ。

 私も彼女のことが好きだったわ。


 私は昔から、家の都合の良いように振舞うように躾られていたから、親友なんてもとより友だちも少なかった――いいえ、いなかったの。

 でも彼女は中学に上がった時に、一番に話かけてくれた。

 黒髪綺麗だね。瞳もキラキラしてる。お姫様みたい。

 何こいつ、って思ったわ。

 いきなりだったもの。挨拶もしないで失礼な人だった。

 でも今にして思えば、それはしょうがないのかもしれない。彼女は誰とでも気軽に仲良くなろうとしていたから。危険な人とかそんなものを区別できなかったのだから。

 だから私は彼女の親友になったの。彼女は無鉄砲だったものだから、傍で見てあげる相手がいないのと不安だったのよ。そこらへん、あいつに似ているかしら。


 彼女は私を庇って死んだ。魔力を使おうとしたみたいだけど、無駄だった。

 彼女は呆気なく私の目の前で笑みを引き攣らせたままバケモノに食べられた。

 どうしたらいいかなんてわからなかったわ。あいつに腕を引かれているのに、遅れて気がついたぐらい、頭が回っていなかったものだから。


 私は、あれから明確に壊れてしまったのね。

 笑みを失くした彼女よりも、好きな人を亡くした彼よりも、強くなることしか考えていない彼よりも、本心なんてないのに満面の笑みを浮かべることのできる私は。やっぱり、壊れているのよね。

 心の底から笑おうとしなくても、笑みは浮かべられるみたい。鏡の前で自分の笑みを見ると、いつも思うわ。

 なんでこいつは笑っているのかしら、てね。

 だって心はこんなにも寂びれているのに、鏡の中の自分は笑っているのだから、寒気がするというものよ。自分でも怖いって思う。


 でも私は笑わなくちゃいけない。

 笑わなくちゃ駄目なのよ。

 彼女のことが好きだった彼のためにも。

 だって私以外の人がこれ以上壊れるのを、見てられないものね。


 だから私は笑う。

 彼のために。

 彼女と同じ笑みをね。

 今日も元気に、「おはよう!」って、キャラじゃないけれど。




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