5.参加申請
「お、遅れてごめん、ねっ」
四人揃ってから十分ほど遅れて、チームの最後のひとりであるメンバーがやってきた。
申し訳なさそうな顔で謝る男子を咎めることなく、郁兎は笑う。
「時間を決めてしてるわけでもねーし、謝る必要ねぇぞ」
「で、でも、僕が一番最後で」
「なるほど、それもそうだ。こんなにも頭を垂れる彼にも申し訳ないし、リーダー、どう処置をする?」
ニヤリと笑う無黒にリーダーと呼ばれた男子は、眼鏡を直すと明るく笑った。
「やなちゃん、処置とか物騒なこと言うんじゃないぞ。持田も、謝ることじゃないんだから、そこまで気にすることないからな。俺もほんの五分ほどまえに来たばかりだし」
「おや、近藤と
「細かいことはいいじゃないか。なあ、メクル」
「ああ、問題ない」
低い声で頷き、リーダーの隣に立つ背の高い男子が答える。常に包帯で目を覆っている彼――葛島メクルは生まれつき目が見えないため、郁兎たちのチームリーダーであり、寮では同室である
四人の言葉を聞いて、安心したのか最後にやってきた男子――
「よかったぁ」
「とりあえず、座るか」
「え? ここで?」
「本当は実習室で話したかったんだけどな、今日は半日も暇があるから、部屋がどこも空いてなかったんだよ。ここは人通りも少ないし、少しぐらいならだいじょうぶだろう」
「確かにそうだね。渡り廊下前の階段より、西側の階段を使った方が下駄箱までは近いからね。それにいまは昼時だ。ほとんどの生徒が食堂に行っている時間だろう」
「やなちゃんの言う通り。俺もちょっとお腹すいているけどさ、いますぐ話さないといけない要件があるだろ?」
「そうだな」
待っていましたとばかりに郁兎は声を上げる。
「締め切りは今日の十四時までだからな! 早くしないと」
「うん。それも含めてさ。皆の意見も聞かないと」
哲太郎は、チームメンバーを見渡した。郁兎もなんとなく視線を彷徨わせる。
無黒は変わらぬ笑みを浮かべているため本心が見えないが、冬季とメクルが明らかに口を真一文字に引き結び、特に冬季は顔を険しくさせていた。
「参加するんじゃないの?」
「確かに何回も話し合ったけどな、郁兎が先走って決めた節もあるし、何より冬季は未だに決めかねているように見えるからな」
「僕は……皆がそう決めたらついて行くけど、でも、ちょっと怖くて。だって、レベルの高いダンジョンはまだ挑戦したことないし」
怯えたように震える冬季に、哲太郎は朗らかに笑う。
「俺も挑戦したことないな。ていうか」
「学生は、まだレベルに見合ったダンジョンにしか潜ることしか許されていないからね。あたりまえだ」
「やなちゃんの言う通りだぞ、冬季。それに、怖いのは俺も同じだ。メクルはどうだ」
「……俺は目が見えない。それに不安を思うこともある。けど、いつも哲太郎や皆が俺を助けてくれるからな。安心して任せることができる。だが今回に関しては、冬季の意見を尊重したいと思う」
「……どうしても、いっくんは、参加したいの?」
「当たり前だ」
冬季の問いに、郁兎は迷わず応える。
ふるふる首を振ると、冬季は迷いを断ち切るように声を上げた。
「確かに怖いけど、いっくんやほかの皆が参加するなら、僕も、挑戦したいと思う。みんながいたら、心強いから」
「よし、これで決まりだな」
哲太郎が頷くと、無黒とメクルも首を立てに振った。
最初から参加すると決めていた郁兎は、安堵してため息をつく。
「気を抜くのは早いぞ、郁兎。問題はこれからだ。底辺の俺らが、いかにして【連戦隊】に参加するのか。それこそが問題だろ」
「そうだな。というか、それが一番の問題だ。申し込みが、どれだけあるのか」
「ふむ、確か毎年ほぼ全チームが参加申請すると聞いているね」
無黒の言葉に、今度はみんなが顔を険しくさせた。
「前途多難だな」
「いや、このチームなら、なんとかなるんじゃないか」
いち早く哲太郎が、気をとり直すようにチームメンバーを見渡して朗らかに笑った。
「郁兎は『魔力』はあれだけど、体術は強いからな」
「あれとか言うなよ」
「無黒の投擲はピカイチだし、メクルの魔力は強い。それに俺の千里眼と、冬季のサポートがあれば、敵なしだ。実際、いままで結構余裕でダンジョンを勝ち進んできたしな」
「そうだな。結構希望あるんじゃね」
「それに郁兎は、こんなところで立ち止まっている余裕はないんだろ」
哲太郎の言葉に、郁兎は口を引き結ぶ。
「あったりまえだ」
「それなら決まったも当然だ。いまから【連戦隊】に参加申請をする。そして、絶対に参加権を勝ち取る! それが、いま俺らがすべきことだ」
「決まったら、即行動だねぇ」
ふふっと笑い、無黒が立ち上がる。
続くようにメクルも立ち上がった。
哲太郎が立ち上がり、冬季も慌てて立ち上がる。
少し遅れて、郁兎も立ち上がると、叫ぶような声を上げた。
「そうと決まれば、早く参加申請出しに行くぞ!」
● ● ●
「失礼します」
生徒会室から哲太郎が出てくる。
「どうだった?」
「普通に受理してもらえたよ。俺らのランクでも大丈夫だったみたいだ」
「よし、じゃあ後は」
「これからの成績も必要だよね。さて、どうするか」
悩む哲太郎に、郁兎は当たり前のように言い放つ。
「ダンジョンに潜るんだよ。そろそろ、ワンランク上にでも」
「それは……確かにそうだね。レベル上げるには、潜るダンジョンをちゃんと考えないと」
「こ、怖いけど、僕もそれがいいと思う!」
「賛成だ」
「ふふ、私も異議なしだよ。……おや」
ふと視線を逸らし、無黒が少し嫌そうな顔をして鼻を鳴らした。
「冬田、君のライバルの登場だよ」
「……あいつがライバルだって? さすがにふざけんなよ」
「ふふ、あちらはどう思っているんだろうね」
「少なくとも、気にくわないと思われてんだろうな」
「おやおや、誰かと思ったら、今朝の死にぞこないじゃねぇか! 今度は弱っちい仲間と一緒かぁ?」
今朝絡んできたリーゼント率いる三人組だった。リーゼントの首元で、銀色のネックレスが光る。
郁兎も鼻を鳴らす。
(やっぱ殴ればよかった)
無視して傍を通り過ぎていこうとして、その肩を掴まれる。
「無視とはさすがに寂しいぜ」
「えっと、リーゼント君だっけ。手を離してあげろよ」
哲太郎も顔を顰めて、リーゼントの名前(は分からないから頭か連想させて)を呼ぶ。
「あん? ああ、てめぇか。フンッ、お荷物引っ張ってさぞかし大変だろうなぁ」
「そうかもな。でも、あんたらほどじゃないけどな」
「……ふーん。おい魔ナシ、てめえの仲間は、てめえと同等に最悪だぜ。……ておっと、ここは生徒会室の前だったな。締め切り時間も近いし、先に申請しねぇと」
郁兎の肩から手を離すと、リーゼントは仲間を引き連れて生徒会室に向かって行った。扉をノックして、リーゼントだけ生徒会室の中に消えて行った。
その背中を眺めていた無黒がにんまりと笑うと、残ったリーゼントの仲間にわざと聴こえるような声を上げる。
「おや、どうやら本当にライバルになるようだ。どうするんだい、冬田?」
「あいつらに負けるわけがないだろ」
「意外と足元をすくってくるのはああいう馬鹿っぽいのだよ。いや、逆か。チームの成績はこちらの方がほんの少し劣っているからね、私たちがあの噛ませ犬の足元をすくうのかな。そう考えると、力も湧き上がってくるようだ」
リーゼントの仲間に睨まれても気にせず、無黒は笑みを浮かべたままだった。
「郁兎、やなちゃん。離れるよ」
哲太郎の言葉に同意して、これ以上険悪な雰囲気にならない内にと、郁兎たちは生徒会室の前から離れることにした。
郁兎のチームは、
一年前、『はじまりのダンジョン』から生還した郁兎たち四人は、一ヶ月ほどの休養の後、学園生活に復帰した。三組は五人になってしまったため、それぞれがバラバラに他のクラスに別けられることになった。
優秀な静春はすぐに女子の上位チームに誘われて、人付き合いがそれなりにいい夏樹もほどなくして所属するチームが決まった。奈央はどうしたのか分からないが、彼女の魔法の実力は噂でよく耳にするのでどこかのチームに入っているだろう。
だけど、郁兎は魔ナシだということが広まり、中々彼を引きいれてくれるチームは現れなかった。
そんな彼を誘ってくれたのが、リーダーの哲太郎だ。
哲太郎は困っている人がほっとけない性格らしく、孤立していた生徒を寄せ集めてチームを作っていた。
目が見えないため、人のサポートのなしでは歩くことすら困難な、葛島メクル。
笑顔が明るく誰をも惹きつける魅力があるものの、何かが決定的に足りなくよくヘマをする、持田冬季。
誰とも群れることを好まず一匹狼を気取り、雰囲気が暗く近づきがたい印象を与える、梁尻無黒。
それから、魔力が扱えず、『はじまりのダンジョン』の悲劇の生き残りである、冬田郁兎。
そんな四人を自らリーダーを買って出ることにより、仲間に加えてくれた近藤哲太郎に、郁兎だけではなく他の三人も恩を感じていた。哲太郎のおかげで、バラバラな四人は、半年以上経ったいま、ひとつに纏まりつつある。
だから郁兎は安心して、彼にリーダーを任せることができていた。
この五人であれば【連戦隊】に参加できると、そう半ば確信しているほどには。
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