4.チームメンバー
今日は授業が行われず、始業式とホームルームの後は解散となる。
あとは寮に戻るもよし、門限前に帰ってくるのであれば外出も許可されている。それから実技実習室を借りての自主練習も。
郁兎はというと、仲間の四人と会うことになっていた。
本館校舎の二階の渡り廊下で待っていると、後方から髪の毛を引っ張られた。
危なくよろけそうになったところを踏みとどまり、郁兎は自分の髪の毛を掴んできた相手に心当たりがあったので、振り返る前に名前を呼んだ。
「なんだよ、
「おや、よく私だとわかったものだ」
長い黒髪は手入れされることなくボサボサのまま、前髪の合間から見える淀んだ瞳と目があう。相変わらず隈の濃い目は細められていて、にんまりと笑みを浮かべた唇も手入れされていないためカサカサしている。制服も着崩してリボンもつけていないものだから、どこか不潔さを思わせる女子生徒――
その手を払い退けると不満そうな顔をされたが、人の髪を引っ張る方が悪い。
郁兎は同じチームのひとりである無黒とともに、他のメンバーの姿を探した。
まだ来ていないようだ。
「ふふ、どうやら、私たちが早かったようだね。いや、他が遅いのかな」
「そうだなぁ」
適当に相槌を打つ。
郁兎の態度に気にする素振りを見せず、無黒はふふんと声を上げると、そうだと手を打ち鳴らした。
「冬田。私は君と同じクラスになったわけだけれど、今朝はとても楽しそうじゃなかったかい?」
「は? 楽しそう?」
「ああ。何やら、女子生徒ふたりと話していたようだね。ひとりは、そう、神橋静春。有名人だね。それから……あの小動物じみた、愛らしさのある女子は誰だったかな」
「白鳥悠菜」
「そうそう、
「やめてやれ」
「ほう、そう言われると、もっとやりたくなるよ」
「お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ」
「冗談じゃないからね」
笑う無黒はしかしあまり表情を変えないものだから、冗談なのかそうじゃないのか、真意の判別がつかない。
「美少女ふたりに囲まれて、注目の的になっていた冬田郁兎くん。気分はさぞかし最高だったことだろうね」
「どういう意味だよ」
「おや、気づいていなかったのかい? 君という男が、美少女ふたりに囲まれただけで周囲の視線に鈍感になっていたわけじゃないよね。皆……といっていいのかはわからないけれど、クラスメイトのほとんどが君たち三人を眺めていたよ。羨ましそうにね。因みにその中に私もいた」
そんな報告いらないと、そう思いながら郁兎は応える。
「気づいていなかったつーか、敵意のない視線気にするだけ無駄だろ。神経質になる必要もないし」
「そうだね。確かにそうだ。君は取捨選択をうまくできるタイプなんだろうね。必要なモノは受け入れ、不要なものは遠慮なく切り捨てる。そういう生き方は、結構ロマンチックだ」
「なんか、お前トゲトゲしてね?」
「別に。私は、思ったこと言っているまでだよ。詭弁は使えないからね」
「それすらトゲトゲしてるっつーの」
「ただ、ひとつだけ理解できないことがある」
顎に手を当てて、無黒はにやりとカサカサの唇を歪めると、
「伊納夏樹も、君のことを見ていた」
おかしいね。と、無黒が首を傾げた。
「どういう意味だ」
「彼は、人に興味がない人種だと思っていた。一年生の時、私は彼と同じクラスだったんだ。授業中問わずヘッドフォンをしている人間は珍しいだろう。しかもそれが教師から容認されていたらなおさらね。だから、私は気になってね、よく観察していたんだ。彼は、他人に対して興味を抱くような人間じゃないと感じた。何というか、どこか惰性でいまを生きているようで若干不安定だともね。そんな彼が、冬田のことをじっと観察するように眺めていた。それが気にかかってね。ふたりの間に何があるのかって。はっ、あ、そうか」
「なんだか嫌な予感がするから答えるけど、あいつとは元クラスメイトなだけだ」
「元? おかしいな。一年生の頃、私は伊納夏樹とは同じクラスだったが、冬田とは違うクラスだったよ?」
「だから……三組だよ」
「ああ。そうか。そういえば、伊納夏樹と冬田は寮の部屋も同じだったな」
「なんで知ってんだよ! ていうか、いまの絶対わかってて言っただろ! お前は何が言いたいんだよ」
「別に。ただ気になったことを訊いただけだ。それに、ほら」
無黒が人差し指を伸ばす。
その方向からは、男子生徒がふたり、こちらに向かってきていた。
渡り廊下の二階、階段の近くに陣取っている郁兎たちの近くには誰もいない。だから、近づいてくるふたりは、郁兎たちのもとにやってこようとしている。それに知り合いだ。
郁兎は手を上げた。
ふたりの内、手を振っていたひとりの男子が隣の男子に声をかける。包帯で目を覆った、郁兎と同じぐらいの背丈の男子が、フルフルと手を上げた。
メンバーは、残すところあとひとりか。
「会話という行為は、良い暇つぶしにもなるんだよ」
「そうだなぁ」
面倒なので、郁兎は適当に相槌を打つ。
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