第11話「アフター神話」

「お疲れさまでーす」


 学校が終わってから、俺はDREDドレッドの社屋に入る。

 一階の受付には、ベルさんがいた。


「お疲れ様です、千門ちかど様」


「ああ、こっちに来なくて大丈夫です。無理しないでください」


 こちらに歩み寄ろうとするベルさんに手のひらを向ける。また息切れを起こして倒れでもされたらたまらない。


 俺はベルさんと適切な距離を取ってから二階へ向かった。


「失礼します」


 人事課の部屋をノックする。


「入りたまえ」


 しわがれた声に出迎えられながら、扉を開けた。


「では、制服に着替えるとしようか」


「お願いします」


 絹越きぬごし課長は全身を解きほぐし、俺の着ている学校指定のシャツの上から巻き付いた。フード付きのウインドブレーカーにも似た白い服を俺はまとう。背中と胸部分には、ご丁寧に「DRED」の刺繍入り。

 俺に支給されたDREDの制服は、驚くことに課長自身だった。


 当然最初は抵抗があったが、これが意外にも着心地がいいし見た目に反して中は涼しい。防弾チョッキ並みの耐久力を持っているらしく、荒事から俺の身を守るのにはうってつけなのだ。


 そして課長を着たまま、今度は三階へ。

 こんこん。


「失礼します」


 ドアを開けると、ちょうど社内に設置してある固定電話が鳴った。しかし、それを取るのは俺ではない。


「はい、こちら絆式会社きずしきがいしゃDREDです」


 受話器を取り、電話に応対しているのは九十九神の藁人形だった。

 ちぎれていたりほつれていたりしていた部分はすっかり直っていて、新品同然だ。


「いやー、カシマレイコのときといい、勇馬は絆券きずけんを無茶な使い方するね」


 そう声をかけてきたのは社長だった。真っ赤な髪を揺らし、こちらに歩いてくる。


 あのとき。藁人形が崩れ去ろうとしていた刹那、俺はとっさに社長にお願いをした。

 自分と藁人形を絆券で繋いでくれというものだ。

 俺が今後けがをしたとき、「早く治る可能性」を藁人形に与えてくれ、と。


 果たしてその目論見はうまくいき、藁人形は見ての通りきれいに回復した。

 ただ、俺は今後うかつにけがをしないように気をつけなければならないけれど。

 子どもの頃に身勝手に捨てた報いだと思えば、悪い気はしない。


 そして現在。九十九神の藁人形は、電話応対係としてDREDに身を置いている。

 というか、俺が頼み込んで雇ってもらったのだが、実際よく働いてくれているらしいと聞く。


「社長。北の繁華街でキョンシーが大量発生しているそうです」


「わかった。すぐに向かおう。勇馬ゆうま、DREDの出張大サービスだ」


 藁人形から報告を受けた社長は、自分たちの出番だとわかると、生き生きとした表情になる。


 右目に宿った神話の力を使うことが、そもそもこの会社を起ち上げた理由らしい。


「警察沙汰になる前に、ですね?」


「わかってきたじゃん」


 満足げにうなずく社長。


「私らで作るんだ。神話の後日談を。それもとびきり痛快なやつだ」


 神話。社長の体には、神話の怪物ゴーゴンの血が流れている。ゴーゴンは三姉妹で、末っ子のメドゥーサは蛇の髪を持ち、見るものを恐怖で石へと変えたという。

 社長はそのゴーゴンと人間の間に生まれたゴーゴン・ハーフらしい。


 神話の血を受け継いだ社長は、新たな自分流の神話を作るのが生きがいだそうだ。

 相手は妖怪や都市伝説レベルだけど、それが適度に平和で、かつスリルがあってちょうどいいと社長は語る。


 社長はさっさと支度を済ませて、三階のドアを勢いよく開けた。

 バイトの俺も、そのあとに続く。


「行ってくるよ」


「行ってらっしゃいませ」


 階段を駆け下り、受付のベルさんに手を上げて社外に飛び出す社長。


「行ってきます」


「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」


 俺もベルさんに会釈をして、DREDを出る。


「社長、一つ聞きそびれていたんですが」


 繁華街へ向かう途中、歩きながら俺は問いかける。


「どうして、俺を採用してくれたんですか?」


 社長は少しも考えるそぶりを見せずに言い放つ。


「正直、人間なら誰でもよかったんだよ」


 でもね、と、ショックを受ける前に続きがあった。


「今は、勇馬じゃなきゃだめだ」


 二段構えの不意打ちだった。


「きみは、アンサーを正義感でも使命感でも怒りでもなく、恨みで倒した。現代の神話はそれぐらいひねくれてなくちゃね」


 いい拾い物をした、と社長は嬉しそうに言う。

 そりゃそうですよ。俺にとってあなたは、拾う神だ。


 不敵な笑みと凶悪な力を携えて、夕暮れの街を突っ切る少女の横に並びながら、俺は心の中でつぶやいた。


 課長越しに、胸ポケットに忍ばせている五寸釘にそっと手をやり、隣の少女の顔を見る。

 思えば、社長と祖父ちゃんはどこか似ているなと、ふと思った。


 毎回下手をすれば命がけの仕事ばかりだけど。

 この人の太陽みたいな笑顔を見られるのなら、充分に割のいいバイトだろう。

 それに、時給一三〇〇円だし。

 いやらしい話だが、そこは大事なとこだ。

 何しろ俺にとっての神話とは、家賃を滞納せずに、一日三食の健全な生活を送ることに過ぎないのだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪社員アフターズ 二石臼杵 @Zeck

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ