石油の波に溺れた人々

@dannzyou

○○を食べられる幸せ

 2025年の夏。家で食事をしていた少年Aは、いきなり父親に抱きしめられていた。

 少年がある疑問を、なんの躊躇ちゅうちょもなく声に出した直後であった。

「……すまねぇ、……すまねぇ!」

 父親は手を震わせて、途中スンッスンッと鼻をすすりながら「すまねぇ」と連呼してくる。

「どうして謝るんだ父ちゃん?」

 父親は抱きしめたまま答えない。いや、ただ子供の前でみじめに泣き続けているだけだ。

 自分の質問に答えてくれない父親。少年は自分が泣かせてしまったと理解して、自らも泣きながらこう伝えた。

「悪がったよ父ちゃん! 父ちゃんの作る料理が、俺は一番好きだよ!」

 父親はその言葉で、ひざから崩れ落ちてしまった。


 少年の家にはお金がなかった。

 だから満足のいく食事を父親は作れなかった。

 いくら父親がコックとして働いていた時期があるとはいえ、材料がとぼしくては美味しい料理を作ることは困難であった。

 当然のことながら、作れる量も少ない。だから少年の体つきは、ほかの子よりもせていた。

 父親は毎日のように考えていた。を、そしてたくさんのものを息子に食べさせてやりたいと。

 だがそんな父親の気持ちも知らずに、少年はある疑問を声に出してしまったのである。 

「エビフライってやつと父ちゃんの作ったコオロギの唐揚げ、どっちが美味しいかな?」と。

 父親は涙を抑えられなかった。息子に虫しか食べさせてやれないくやしさ。自分の少年時代、美味しいものを食べ続けてきた罪悪感ざいあくかん。自分の虫料理とエビフライを、ほぼ同等のものと考えてくれたうれしさ。それらの感情が一気に、父親をおそってきたのである。

 

 少年の最後の言葉で、父親がなぜ膝から崩れ落ちたのか。

 その理由は、言わずもがな言うまでもない。

 

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