純白の天使(誤認)

音無凛子さん。

かつてはリンという名でブレイクチェリー王家に生まれるも、忌子と恐れられ生後すぐに縁切り、市井しせいに放流された身の上らしい。

それだけ聞くと、悲劇のヒロインか大作ドラマの主人公のように聞こえる。きっと心に傷を負って、葛藤やトラウマに苦しんでいるのだろう――と安易な想像に走ってしまう。


しかし、音無さんは過去を振り返らず、今を生きる人だった。今を生き過ぎていて、その日暮らしのライブ感な人だった。

由良様やイルマ女王のように鬱屈した闇はなく、椿さんのように新しい人格キャラを演じるわけでもなく、天道家の面々のように特殊な変態性を目覚めるわけでもなく。


その性根は正直、その性癖は正道、裏表を感じさせない良い意味で薄っぺらい人。

俺に対して真っすぐ発情し、ノープランでアタックする様はいっそ清々しい。

まさに、肉食女性とはくあるべし、である。


だからこそ――


「あ、あの三池さん、どうですか? 似合ってます?」


「似合う云々の前に違います」


「んげゃぇ!?」


純白のドレスに、清純な風体、音無なにがしを俺は反射的に否定した。否定せねばならなかった。

故・セイソ様のお株を奪う清楚っぷりは何だ、けしからん! 元を辿れば同じルーツだから音無さんにも清楚因子が入っているのかもしれないが、酷いハニトラだ。


「『ニホン』の結婚式はこんな服装をするんじゃないんですか? あたし、何か間違ってます?」


「間違っていない事が間違っているんです。もっと雑に再現してください、異文化理解度が高過ぎる、これはよろしくない」


「り、理不尽……あ、でもそれだけ三池さんが動揺するってことはキテル? あたしの時代、あたしのルート突入?」


「来ていません。さあさあ、もうすぐ本番。涎でメイクが台無しにならないよう気を付けてくださいね」

相手の雰囲気に呑まれるのは三流。客観的に状況を捉え、冷静になるんだ。


ここは――西日野領にある国際フォーラム。

俺と音無さんとイルマ女王にとって思い出の地だ。


以前、俺たちはここで夫婦の契りを交わした。もちろんデモンストレーションだが、イルマ女王は本物と認識しているだろう。

彼女にとってあの結婚式は、双子の妹と和解した大切な儀式。人生最良の時、と言わんばかりに全身イキイキしていたイルマ女王は、まるで水を得た魚のようだった。まあ、その水が脳破壊の呼び水になるんだけどね。


今回、俺たちが考え出した作戦は『結婚式の上塗り』。

やっぱ結婚式は愛し合う男女が一対一で行うもの。余分な三人目はポイッで……あ、でも可哀そうだから、ビデオレターを送ってラブラブな雰囲気をお裾分けしてあげるね、これで悲しみを癒してね――という人の心の無い作戦である。

結婚式という神聖で厳かな空気が健全性を担保してくれるんで、お茶の間でも観られる寝取られ動画となるのだ。



「ねえ、タクマさん。あたし、我慢できないんです……」


音無さんがモジモジ仕草で顔を赤らめる。その朱は彼女が纏う穢れなき白のドレスによって鮮やかに映えてしまう。


「タクマさんを分け合うなんて無理! タクマさんはあたしのもの、あたしはタクマさんのもの。完結している二人の間に異物イルマの入り込む隙なし! そうですよね?」


「うん、そうだね」


「でしたら塗り替えましょう! 誤った思い出を、あの時と同じ場所で、今度は二人で!」


「うん、そうだね」


やる気あるの? と言わんばかりの相づちで申し訳ないが、必要な措置だ。

どこぞのヤラカシさんみたいに情熱的な失言を重ねれば、音無さんの野生が理性を喰いちぎるかもしれないし、撮影に回っている南無瀬組のズタボロ堪忍袋が袋と言う形を保てなくなるし、地獄耳のセイソ様が海の向こうで猛り狂うかもしれない。

だから、話を進めるためだけの最低限の返答をする。


俺がこんなていたらくな分、他の要素で寝取られを押し上げる。


例えば、この衣装。

デモンストレーションの時は、黒のジャケットとパンツに、純白のベストと蝶ネクタイ、というクラシックなタキシードだったのが。

今回は紫のジャケットにパンツ、漆黒のベストとピンクの蝶ネクタイに様変わりした。とても目と頭に悪い色合いである。

夏休み明けで色黒ギャルにイメチェンした文学少女のように、インモラルな垢ぬけ感がイルマ女王の琴線に触れることを期待したい。


もちろん舞台にもアレンジを加えた。

前回と同じ場所ではあるが、安直で簡易的なハリボテ内装は取っ払い、宗教的なステンドグラス(※マサオ教を題材にするのはとてもセンシティブなので、男女がR15くらいで触れ合う適当な宗教画を採用)が祭壇上部を彩り、下部には白と薄ピンクの装花を撒いて厳かな賑やかさを演出する。

祭壇の柱はクリスタルのようにピカピカでキラキラとしていて、寝取られビデオを撮る者たちの浅はかさを表現しているようだ(偏見)。



ともかく明らかに気合と予算が上がっていて、これこそが結婚式! こっちが本命! という感を出しまくる。


さて、愛を語り合ったところで、音無さんがカメラの方に身体を……いや、何とか首だけを向けた。


「あっ……いぇ~い、イルマ。観てるぅ~?」


二人だけの世界に没頭してビデオレターを撮っているのを忘れてた、という演技で寝取られ定番セリフにスパイスを効かせる音無さん。


「あたしとタクマさんは二人で幸せになりま~す。もうね、幸せ過ぎてイルマの席ないから。きゃ~ごめんね~」


凄い。音無さんは演劇畑の人じゃないのに、凄い煽り力だ。

相手を不快にさせたいという邪心は無く、言葉通りに幸せを求め、蹴落とした相手に純粋にごめんと言っている。

真心直葬、天然産の煽り。その威力は凄まじく、撮影に回っている南無瀬組の人々は怒りと憎しみを嚙みしめ過ぎて口から血を流すほどだ。


俺は心底感心した。音無さん、その姿で、よくぞそこまで……


「タクマさんもあたしと過ごす方が良いって! ねぇそうですよね?」


「うん、そうだよ」


「きゃぁあああ!? 聞いた聞いたイルマ? 来てる来てるよあたしの時代!」


身体をクネクネなりながら心から喜ぶ様子には、哀れみを超えて感動すら覚える。



そう、音無さんは結婚式という人生絶頂のスポットライトの下ではりつけにされていた。



照明でキラキラと輝くのは祭壇のクリスタル柱だけではない、鉄製の十字架もまた鈍く黒光りしている。両手両足を縛り付けるのは、南無瀬組が開発した特殊ゴムのバンドだそうで、どんな獰猛生物でも引き千切られないとの事。

こんな物々しい拘束具にセットされた純白ドレスの音無さんが、俺より頭二つ高い位置からステンドグラスをバックに愛の言葉を投げつけてくる。宗教観バグりますよ、こりゃ。


十字架の導入は寝取られビデオレターの第一案にてすでに盛り込まれていた。音無さんの理性が如何に信用されていないのか察せられるというものだ。

ちなみに、寝取る側が縛られているのは解釈違い、とイルマ女王に断じられてしまうのではと危惧する意見もあったが、それより俺の安全性が優先された。念願の寝取られビデオレターを前に、多少の違和感をイルマ女王が許容してくれることを願おう。


しかし、惜しい。

視覚を自主的に騙して十字架を無いモノとすれば、音無さんは中空を舞う純白の天使に見え……なくもない事はない。


素材は良いんだよ、素材は。

大雑把な表情に隠れがちだが顔のパーツはどれも高レベルだし、大きい胸やムッチリした太ももは素直に良きだし、肉食性ポニーのテールを引っこ抜いてきたような生命力溢れる髪はそれはそれで美しいし。


そんな音無さんが決められた台詞と純白ドレスで肉食性を覆い隠せば、ギリ貞淑な花嫁と言えるんじゃないだろうか。肉食の風で荒廃した俺の感受性が、一滴の潤いを感じてしまうくらいには誤認性が高い。


ほんとうにもったいない。

と思うと同時に、どこか俺はホッとしていた。


由良様やイルマ女王のように鬱屈した闇はなく、椿さんのように新しい人格キャラを演じるわけでもなく、天道家の面々のように特殊な変態性を目覚めるわけでもなく。

ある意味、育ちの良い肉食系で健やかな襲撃性を持つ音無さん。それ故に理性を振り切った場合の悲劇は予想しやすく、対策も容易い。

存在自体がオチみたいな人だから、適度にドキドキさせられても最終的には冷静に接せられる。


ありがとう、音無さん。あなたはそのままでいてくださいね。



俺の想いに応えるように。



「やっぱりあたしたちって両想いですよね! っし、ゴキゴキ、フー、では、ここで添い遂げを……あきゃいあぁあああ!!」



案の定、予定調和、ヒートアップした音無さんが十字架の幹をぶっ壊して野に放たれようとするトラブルもあったが、花嫁衣装に仕込まれた脱法スタンガンや南無瀬組の焼き入れによって事なきを得た。


寝取られビデオレターは数着の純白ドレスと一体の音無さんを犠牲にした上で完成し――イルマ女王の元へと届けられるのであった。

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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル ヒラガナ @hardness5

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