【その血の運命】
忌々しい!
余の愚かなる妹、ユノ!
余のモノを奪った狡猾で下劣な女!
あいつだけは許せぬ、絶対に許せぬ。
「わたしは姉上の盾。王都守備隊・第一分隊長であるこの身に代えて姉上を、このブレイクチェリー女王国をお守りします」
思い出すだけでも腹が立つ。
どこが盾だ? 守るどころか、内側から国を食い破りおって!
無骨な鉄女が
「陛下、第三次奪還軍、帰還いたしました。成果は――」
「ふん、顔を見れば分かる。栄光あるブレイクチェリー女王国の海軍が、寄せ集めの国モドキに三度も敗走か……情けない。その抜けた腰には、巻いた尻尾が生えているのではないか」
「返す言葉もありません」
沈痛な面持ちで膝を突く将軍を、玉座から見下ろす。奪還軍出航式の勇ましさはユノに剝ぎ取られ、代わりに負け犬の才を植え付けられたと見える。
奪還軍、余のヒロシを取り返すための軍。
あやつは余のコレクションと比べても活力に溢れておる、ベッドを共にすれば素晴らしい
過去二回の失敗を考慮し、今回は我が国一の知将を指揮官に据えたが、それでもこのザマ……おのれ、ユノ。どこまで余を愚弄するか。
「しかし、収穫はございました。陛下にお渡ししたい品が……解放された捕虜が持っていた物です、なんでもユノ直々に陛下へ送るよう手渡された物と」
「なにぃ、ユノが余に……毒でも寄越してきたか」
「いえ、
そう言って、将軍は一枚のキャンバスを部下に持ってこさせた。描かれていたのは――
「余とユノ……」
木漏れ日が降り注ぐ、オイシュットダンシュイン城の中庭。
百花繚乱に囲まれ、ガーデンチェアに腰掛ける余と、その後ろで直立するユノ。一方は柔らかく微笑み、一方はキリッと口を引き締める――まるで姫と騎士のようだ。
「在りし日のお二人です。絵に疎い私でも、タッチに温かみを覚えます」
「これを本当にユノが描いたと……?」
「はい、一線級の画家と見紛う出来です。この絵、麗しい姉妹愛が溢れています。あの方は我が国との、いえ陛下との和平を望んでいるのではないかと」
「和平……余と手を取りたいと……」
キャンバスと持ち上げ、まじまじと観察する。ヒロシが現れる前の余たちは、この絵のように寄り添っていたのに、今となっては国家規模の争いをしている。
「どうしてこんな所まで来てしまったのだろうな。余とユノは……今一度、姉妹として隣り合うことが出来るだろうか――」
「陛下、心中お察ししま」
「――などと言うとでも思ったか、馬鹿め」
「はっ?」
口を開けて呆ける将軍をヨソに、余はキャンバスの端に手を掛けた。
「おかしいであろう。和平を願う画を額縁に入れず意匠も施さず雑に寄越すなんぞ、仕掛けがあると言っているようなものだ。それに断言する、ユノ、あの女は」
キャンバスの留め具を外すと、絵の裏にもう一枚の絵が。やはり二重になっていたか。
「あの女は、悪辣を祖とする外道よ。余の男を盗み、生まれ育った国を半壊させる行為に迷い一つ無かった。そして、余がこの仕掛けに気付くよう、あえて隙を作る意地の悪さ。ああ、身の毛もよだつ邪悪よ」
留め具を外していくが……うむむ、面倒だ。
「こんなものっ!」
『木漏れ日の中の姉妹』を、破れるのも構わず引き剥がした。果たして、あやつの真意を示す絵は――
「――――なっ!!??」
余は硬直した。
な、なんだこれはっ!?
ベッドに座り、互いにもたれ掛かっている
目を引くのは二人の恰好、裸なのだ。下半身は毛布を掛けられているため見えないが、上半身は生まれたまま。ユノの柔らかくも引き締まった体躯も、ヒロシも頼りなくも瑞々しい肌が非常に高い画力で再現されているのだ。
「そして注目すべきは表情! 気だるい! でありながら、確かな達成感と満足感! こ、これはもう……事後!? 一発やった後! う、ううぅぅごごごぉぉぉぉ!!」
「へ、陛下! お気を確かに!」
「わ、分かっていた。ヒロシを連れ去られた時から、あの初々しい男が無事ではないだろうと。ユノの毒牙にかかるのは避けられないだろうと。だが、こうもハッキリと見せつけられれば……ぬぅ、にゅぐぅ……ぅぉぉ…………ぬわーーっっ!!」
「へ、へいかぁぁぁ!?」
かつてない衝撃に弾き飛ばされ、余の身体は玉座の背もたれを越え、宙を舞い、脳天から地面に落下した。
空前絶後の破壊。頭の中枢が粉々にされる感覚。
痛みを超越し、五感も麻痺する中……しかし、これは……それでも生まれ出るこれは…ベッドでコレクションたちと味わってきたどんな快感をも過去にする絶頂感ッ!
屈辱と絶望の極致でありながら、その領域に達した故の神秘に、余は流され苛まれ魅惑された。
ああ、いいぃ。
二重の意味で目覚めた余は医者共の診察を拒否し、コレクション共の入室も拒否し、ユノとヒロシの絵画を持って自室にこもった。
そして一昼夜励んだ、すんごい
――それから、余は変わった。
ヒロシは奪還したい、だがユノとヒロシの絡みも見たい。心が二つある!
至急絵画くれや。あ、手紙でもオーケー、官能の
とにかく連絡だ、便りがエロいのは元気な証拠。もっと元気に愛し合って余を滅茶苦茶してほらほら。
キャットファイト(国家規模)を続け、ユノを適当に煽ってヘイトを貯める。そして、あやつから
煽り過ぎるとガチ戦争になって絵画や手紙どころではない。かと言って、あやつへの干渉を疎かにすると、余をそっちのけでヒロシとイチャイチャするのは確定的に明らか。
この
「んぬふっ!? 今回は娘の由紀ちゃんを間に入れて幸せアピールだとっ! んんんぅ健全さが鼻につくが、子どもの笑みはメンタル抉り値が高い。程よく脳がピキピキィして良いぃ」
なぜ余はこうなってしまったのだろう。この快楽は何なのだろう。一女王として、いや一人間としてこれは危ういのでは……と思わんでもない。しかし、気持ちいいからオーケーです。
ああ、この想いを余一人で堪能するのは格別……だが、素晴らしいものは広めたくなるのが人情。愚民共には理解できない領域であろうと、せめて余の血族には辿り着いてほしいものだ。余の子が不可能でも、その子孫がいつかは……
コレクションたちとの関係は冬になってしまったが、余は確かに春を謳歌していた。永遠と思われる春を…………しかし、季節は巡るもの。
余の春は唐突に終わる事になった。ユノとヒロシの死亡報告によって……
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
『イエーイ、旦那くん見てるぅ。今から君の大切な奥さんを~』
乏しい知識で恐縮だが、寝取られビデオレターの冒頭はこんな言葉から始まる。
奥さんの痴態を頑張って撮影し、必要があれば編集し、ビデオを梱包し、旦那くんに送付する。結構面倒だ、マメでないとキツイだろう。
しかも手間暇かけての見返りは、訴えられての慰謝料払い。そら(不貞の証拠をご丁寧に渡したら)そうよ。
仮に寝取られ対象が結婚しておらず、
『イエーイ、彼氏くん見てるぅ。今から君の大切な彼女を~』で慰謝料回避したとしても、絶望して自棄になった彼氏くんがビデオレターを動画サイトにアップしたら社会的に終わる。特級呪物のデジタルタトゥーの出来上がりだ。
そんなリスクを呑み込んで、なぜ寝取り人はビデオレターを送るのだろう。
うん百万円払って社会的故人になるのが分かっていても送る、その不退転の決意の源泉は何なのだろう。
単にバカだから、単にフィクションだから、と元も子も無い事を言ってはいけない。
思うに寝取り人にとって、奥さんや彼女さんよりも、旦那くんや彼氏くんが重要なのだろう。『寝取られる人の脳を破壊する』、それこそが生涯を犠牲にしても成したい事なのだろう。
凄まじい覚悟と執念だ、手段の是非は置いといて敬意を表したくなる。
だからこそ、俺もイルマ女王を思う。
彼女の脳を破壊する、たった一つの目的に一意専心する。
地球式の寝取られビデオレターを模倣するのはダメだ。
音無さんとベッドシーンを演じるなんぞ、イルマ女王の脳よりも先に南無瀬組や由良様の堪忍袋が破壊されて、さらなる混沌待ったなしである。
故に健全な寝取られビデオレター。子どもが観ても安心な見た目に、サイコパスも裸足で逃げ出す凶暴なメッセージ性を秘める。
一見無理難題でもみんなの英知を集結させれば出来ない事はない!
清楚な外見なのに沸点低めの由良様がお帰りになった後で、いつもの南無瀬組の面々で議論に議論を重ね――
「決まりましたね……みなさん、過酷な制作になりますが、ご協力お願いします!」
「はぁ、しゃーないな。今回はビデオやし、拓馬はんのリアルタイムやらかしは後で修正できる……か?」
「三池氏のやること、油断せず行くべき。凛子ちゃんは遺書を用意、本番では全身麻酔必須」
「えぇぇ、全身に遠隔スタンガン装着で手を打とうって。麻酔して三池さんを1パーセントでも感じにくくなったら一大事だよ」
「本来であれば仮死状態にして三池氏の横に並べるところ。十分に譲歩している」
「せやな、本来であれば音無はんを土に埋めた上で、CG音無はんを起用するところや。イルマ女王に見抜かれる可能性があるからほんま悔しいけど出来へんが」
「あたしを土に埋める必要ありますそれ……? 静流ちゃんも真矢さんも殺意高くありません?」
みんなもイイ感じにやる気だ。
この寝取られビデオレターには世界の命運が掛かっている。全身全霊で壊すぞ、イルマ女王の脳を!
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