ビデオレター

「イルマ氏は上級者。脳を破壊されるなら最大火力を求める。薄い本でありがちのポッと出の第三者に愛しい人を奪われる、そんなファッション寝取られでは我慢できない剛の者」


「とんでもないドMなんですね」


椿さんのお母さん、天道美里さんを思い出す。

あの人はドMの上にムスコ脳を発症したハイブリット変態だったが、イルマ女王はドMの上に寝取られ方面に明るいのか。ドMって何かしらのオプションを付けないといけないのか、こわ……近寄らんとこ……


「タクマ氏、『寝取られ』の界隈は非常にデリケートかつ深淵。ドMと単純にカテゴライズすると本質を見誤る。スリリングと絶望の比率が非常に不安定で、軽く愉しもうと素人が手を出せばボンボン脳が破壊される闇の世界」


「闇……まるでホラー映画のようですね。ワタクシ、寝取られは不勉強ですが、痛みの他にも怖いもの見たさ? を楽しむものなのでしょうか」


由良様ってホラー映画を観ても恐怖を感じにくいだろうな。出てくる幽霊もモンスターもワンパンどころかワン気で昇天だろうし。


「間違ってはいない。一般人は寝取られを怖いもの見たさで留める。あくまでファッション、あくまで作り物。ポッと出の第三者を寝取り役に据えるのも、シチュをあえて浅はかで薄っぺらくするため。そうする事で獲物を盗まれたショックを適度に愉しむ」


「愉しむってのはチョイちゃう、一部の女性はために寝取られをたしなむんや」


頭でっかちで経験が伴ってないな、椿はん――と言いたげに口を挟む真矢さん。いも甘いもあるはずの人生を酸いしか噛み締めていないような表情をなさっている。

あっ……真矢さんはお見合い学校出身で、仁義なき婚活戦線を敗走してきた経歴をお持ちだ。同級生の男女がくっ付く(意味深)のを目の当たりにして寝取られに近しい衝撃を受けた事もあるだろう。


創作ファッション敗北リアルの痛みに心を慣らす――負け続けた女性の中で、そういう域に達する人が出てきてもおかしくはない。

背に腹は代えられぬ、脳に心は代えられぬか……悲しいな、ひたすらに。


「真矢氏、ご助言痛み入る」

先人の教えと悲痛を汲み取り、椿さんは静かにツヴァキペディアを改訂した。



ちょっとしんみりした空気は、発言するのを億劫にさせる――というのは一般人の感性で、そうでない人も当然いる。


「えーと、ファッション寝取られに市民権があるのは分かりました。お気の毒なことですね」


まったく気の毒と思っていないあっけらかんなイントネーションで言うのは音無さんだ。生来の負けん気のためか、寝取られ趣味に共感を示さず門前払いしている。


「で、寝取られガチ勢のイルマ対策としてはですね……これはもう『最高級の寝取られ』をぶつけてやるんですよ! 暗躍をする気も無くす大満足をさせるしかないと思うんですよ! それしかありませんって!」


しかし、使えると分かれば、寝取られを住まわせ大いに歓待するのが音無さんである。


「やっぱり考えとったか」

「俺、ちょっと外の空気を吸いに行っていいですか」

「凛子ちゃん……滅すしかあるまいか」


分かってた、きっとこういう流れになるとは分かっていた。

だから、俺たちは寝取られ好きの性態について議論していたが、肝心の解決策には触れられずにいた。


「音無様……愚鈍で申し訳ありません。『最高級の寝取られ』とは如何なるものでございましょう? ご説明いただけますでしょうか?」


うっ!? 由良様のお声が硬質化している。愚鈍とか謙遜していらっしゃるけど、何となくお察ししているぞ、やべぇぞ!


「ふっふふ、簡単な論理展開ですよ。静流ちゃんの解説によればスポット参戦の寝取り役が飛沫しぶきを上げる、そんなペラいシチュじゃイルマは良しとしません。あいつは肉親相手にリアル寝取られを経験したガチ勢、今更ファッションのぬるい刺激じゃ脳破壊できない身体になっています――――つまり、あたしの出番ってわけです!」


「肉親の音無様であれば、イルマ様に納得のいく刺激を、『最高級の寝取られ』をお与えに出来ると……具体的にはどのような手法でございましょうか」


「そらもうあたしとタクマさんの絡みに絡まったビデオレターを」「お消えになりたいのですか?」


ヒエッ……う~ん(不整脈


「消えませんよ、永久保存版です。ユノとヒロシさんの寝取られ絵画のように、後世まで残します」


「あらあらあら、可笑しい。ワタクシ、あららあ……あまりの可笑しさに笑って……嗤って……わらっ……うふふ、あはははははは」


「えへへへ、喜んでくれたみたいでありがとうございます! 頑張って高い濡れオリティの逝品いっぴんを作りますね!」


「あはははは、あははははぁはぁ、こみ上げますぅぅ、ワタクシの中から■■■がこみ上げてぇぇあはははははィィ」


「ちょ、ちょちょ待ちぃ……ってか待ってくださいぃぃ!? 由良様も音無もストップ! いったん落ち着きましょっ! わたしに免じてお願いしましゅぅぅ!」


「うむうむ、議論は煮詰まっていないが息が詰まっている。しばし休憩…………むっ!? 三ぃッタクマ氏……タクマ氏! タクマ氏が反応していない!」


「きゃああ!? わたしの拓馬君がキレイな白目っ!? しっかりしてぇぇぇ!」





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





音無さんと由良様のプレッシャー? 領域? 固有結界? みたいな超常現象のぶつけ合いは寿命に悪い。単純な殴り合いと違って可視化できないから、いつ死がコンニチハするか分からん。体力や気力よりもっと根本的な生を削られる感覚……参るね、ホントに……


「気分はどう、拓馬君?」


「まだ脈拍は不安定ですが、峠は越えたと思います」


「本当に? お医者さん呼ばなくていいの? 触診と偽ってセクハラしないよう全方位監視&家族人質に取るから安心して」


「お気持ちだけ頂きます」


「せめて横になって、布団敷くから」


「大丈夫ですよ、壁に寄り掛かるだけで十分ですから」


エセ関西弁を捨て、心底心配してくれる真矢さんのご厚意は有難い。が、色々と高ぶっている方々の眼前で横になるのは、まな板に寝そべるようで落ち着かない。


「凛子ちゃん、これは絶許案件。幸せアピールで周囲を煽りたくなる精神には一定の理解を示すが、それによってタクマ氏を危険に巻き込むのは論外」


「ふがふがふがふが……んんうぅぅ」


沈痛な面持ちで音無さんが頭を下げた。「ふがふが」しているのは、その口が災いしか招かないとして、組員さんたちによって布で塞がれたからだ。身体の方はダンゴの制服に次いで愛着(?)している簀巻きスタイルに落ち着いている。



もう一人の下手人である由良様は。


「申し訳ございませんっ、ワタクシが軽挙に及んだばかりに拓馬様を傷つけてしまい……どう、お詫びをすれば……ああっ、いっそ海の藻屑に」


さめざめとお嘆きになりながら土下座をなさっている。荒ぶったままなので、次の瞬間自棄を起こすのではと心臓に悪い。


「お、お止めください。ひとまずお顔を上げて。由良様が心を乱してしまったのは、俺を大事に思ってのことです。その優しさに感謝こそすれ、非難の気持ちなんぞ微塵もありません」


「甘言ではなく苦言を。愚かなワタクシには罰が似合いなのです」


土下座のまま罰を要求する由良様、とてもメンドイ。弾丸喰らってもピンピンしてそうな由良様に肉体的な罰は不可能だろうし、精神的な罰はお決まりの闇落ちご乱心を招くだろう。それに加減を誤れば新たなドMが誕生しかねない。実にメンドイ。


こういう時は誠実(なフリをして)説得するに限る。ご機嫌取りに思われない絶妙なバランスで、由良様のメンタルをケアするのだ。


「由良様には常日頃救われていますし、一時の闇流出が何だと言うんですか。それくらいで俺の中の由良様像は(今更)壊れたりしません。由良様はもっと自信を――」






――言葉を浴びせ続けること数十分。


「ワタクシ、まだ生きて良いのですね……ああ、拓馬様……この御恩は生涯忘れません」


なんちゃってセラピーの効果で由良様は復調した。なんだか闇も深まった気はするが、問題ない。俺には伝家の宝刀『日本への帰還』がある。マジ無理ぃどうにもならへん段階になったら日本へスタコラサッサしよう。


――あっ、そうか。考えてみれば俺には『逃走経路』がある。危ない橋を渡っても、引き際さえ間違わなければ何とかなる。

これまでにも様々な脅威はあったけど、今回はその中でも格別のイルマ女王で、対応に失敗すれば世界はガチシュー一直線。


リスクとリターンを正確に計算して腹を括るんだ。

冷静に、極めて冷静に。イケるか、ギリギリイケるんじゃないか。俺は――



「それで、皆さん。イルマ女王対策ですが……」


中断していた話し合いを再開する。

音無さんは相変わらず「ふがふが」しているし、由良様はしおらしくなっている。

今なら、このタイミングなら――


「いいですか、落ち着いて聞いてください。相手は荒唐無稽なイルマ女王です、こちらも荒唐無稽で対抗せざるを得ません。音無さんが提案した『寝取られビデオレター』、こいつは議論する価値があります。もちろんえっちなのはいけないと思います。なんかこう……ソレ界隈の人が『ああ~いいっすね~』と頷いてくれる。しかし、よくよく観ると『意外と健全では?』という内容に仕上げてみませんか」

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