第五章 黒秋の『爛』葉 PART3
3.
作戦は班によって行なわれることになった。作戦の内容は大佐の手紙とは別にスパイだけが読める字で書かれていた。
班のメンバーはスパイマスター(情報統合者)、コードブレイカー(暗号解読者)、ライアー(偽人)、フェイカー(贋作者)の四名だ。
スパイマスターとはライアーから情報を受け取り、コードブレイカーに情報を流すことが主な目的になる、仲介役を預かるパイプのような役割だ。
今回の任務ではバーのマスターという表書きがあるらしい。その人物はすでに日本で店を開いているということだった。
コードブレイカーはスパイマスターから受けとった情報の暗号を解読する人物のことだ。
ライアーから受け取った情報のほとんどがそのままでは使えない。そこには何かしら隠喩を含んでいるものが多いからだ。それを解読することがコードブレイカーの仕事だ。
これはパンの役目になった。莫大な知識を持つ彼にとっては古代の暗号ですら朝飯前だろう。彼は日本語を扱うのも長けており、彼以上の適役はいないだろうと感じた。
ライアーは現在、リーがついている役職だ。文字通り自分を偽り、顔を変えターゲットに接近することで新たな情報を得ようとする立場にある。
日本では名古屋の大学生という肩書きを持つことになると書かれてあった。そのため、自由に動ける時間帯に暗殺などの別の仕事を頼まれることもあるとも記載されていた。自分が適役だという自負も沸いた。
フェイカーはスパイ活動・目的を円滑に進むための道具を準備する人物だ。すでに任務を遂行しているとのことで、その人物の詳細は一切知らされていなかった。今回は四つの勾玉の贋作を作ることが主な仕事になると書かれてあった。
それぞれの役職にはコードネームが与えられ、色が用いられた。
リーには何色にも染まってはならない「黒」を意味する「ヘイ」、パンには多くの視点を用いなければならない「虹」を意味するツァイフォンから、「フォン」、フェイカーは自分の感情を失う「白」を意味する「バイ」、マスターには仲介役として「灰」を意味する「ホイ」と名がつけられた。
リーの役割は熱田神宮で働いている巫女と接することだった。彼女については彼が調べる前に綿密な情報が入ってきていた。大学は宮崎にいっており、宮崎の芋焼酎が好きなこと、彼氏は現在おらず年下の面倒を見れる相手が欲しいこと、日々の生活には退屈していることなどだ。
ターゲットが週に二回ほど顔を出す店があった。それが今のバーだ。彼女を誘導するために、マスターが一年前から店を出しているとのことだった。
店の中での彼女は常に憂鬱な雰囲気が漂っていた。何かを待ち望んでおり、常に退屈そうな目で芋焼酎を呷っていた。その姿が妖艶な感じで、大人の女性を表しているようだった。
リーはバーテンダーとして彼女を魅了しようと考えた。そのために店のバイトが始まる前に様々な用品を買い漁っていた。リキュールを買い揃え、シェイカーで練習し、彼女が好きそうな辛口を徹底的に鍛えた。大学生という肩書きもあるため、日々の日課に追われる生活がしばらく続いた。
BAR『ソルティレイ』に勤務し始めて三ヶ月。葵は店に来ると自分に笑顔を振りまくようになっていた。ついに勝負に出る頃合いだなと腹を括った。
何気なくオセロを取り出し彼女に対局を申し込むと、彼女は一旦は引いたが、続けて押すとまんざらでもない顔になった。いけると思った。
もちろん、最初の勝負には負けなければならないが、相手にぼろ勝ちさせるわけにもいかない。いい勝負をして負けたという構図にしなければ彼女の心を引くことはできないからだ。
相手の動きに合わせて、ぎりぎりのラインで負けるような手を打った。案の定、勝負を終えた後、彼女はぱっと晴れやかな顔になった。勝負の報酬としてカクテルを作ると、彼女はとびっきりの笑顔を作った。
その後、彼女が来ると決まって勝負をするようになった。彼の作戦が功を奏し、毎回一杯賭けるだけではつまらないね、と彼女は口癖のようにいうようになった。
そこでリーは彼女に懇願し、自分が勝ったらデートをしてくれないかといった。もちろん彼女の心はすでに惹いている。わざと負けて彼女のお願いを聞くことでもいいなと思った。
しかし彼女は回を重ねる毎に腕を上げていき、リーが本気を出して勝てるかどうかも怪しい状態になっていた。
……本気の勝負がしてみたい。
この勝負では勝っても負けてもいいのだ。全力で打とうと思い懸命に策を練ったが、中盤に入っても葵の手は衰えることはなかった。ぎりぎりの攻防が続き、最後まで手を抜くことはできなかった。
結局、最後まで本気で打ち込み、全ての石が並べられた盤上を眺めると、少しだけ黒が多いように見えた。だがきちんと調べて見ると、結果は引き分けだった。
どちらの望みも叶えるということで幕が引いた。
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