第三章 白秋の『爛』葉 記憶視点 PART4
★.
「……お父さん。何で伊勢神宮には二つの宮があるの?」
少年は目の前にいる父親に尋ねた。
「それはな、神様が二人いるからだ。日の神様であるアマテラス様と、食の神様である豊受大神様がいるんだよ」
少年は納得した顔になったが、再び疑問を口にした。
「アマテラス様は天皇陛下の神様だから、ここで祀られているのはわかるけどさ。何で食の神様がここで祀られているの?」
「何でだと思う?」
「……伊勢神宮の小宮司なのにわからないの?」
父親は少年の両頬をつねった。だがあまり力が入っていない。
「こはくに質問してるんだ。ちゃんと答えなさい」
少年は頬を捕まれたまま答えた。
「アマテラス様が食いしん坊だから?」
男は大きく笑い、半分正解と述べた。
「アマテラス様は寂しがり屋なんだ。ご飯を食べる時に一人じゃ寂しいから、食の神様を連れて来て、とごねたそうだ」
少年は頬を捕まれたまま笑った。
「へぇー、神様でも寂しがるんだねぇ」
「そうなんだ。豊受大神様は比沼の真名井(まない)神社という所から来たんだ」
男は掴んでいた腕を離してから説明した。
「真名とは本当の名という意味がある。昔の日本人には二つの名があったんだよ」
「そうなの? お父さんにもあるの?」
父親は首を振った。
「お父さんよりも、もっと昔の人だ。けどお前にもちゃんと真名がある」
少年は目を丸くした。
「えっ、本当? どういう名前なの?」
「かおるという名だ」
少年はがっくりとうな垂れた。どうせならもっと男らしい名前がよかったなと思った。
「えー、もっと格好いい名前がよかったよ。どっちも女の子っぽいじゃん」
「……確かにそうだなぁ」
男は鼻を掻きながらいった。
「実はお前の名前は性別が決まる前から決まっていたんだ」
「なんで生まれる前から僕の名前が決まっていたの?」
「それはな。お前には付けなければいけない色があったんでな」
「色?」
少年は首を傾げた。
「なんで名前に色を入れるの?僕の名前には色が入っているの?」
「その話はもうちょっと大きくなってからだな」
男は少年の話を遮って続けた。
「けど覚えておいて欲しい。お前はここ、伊勢神宮の跡取りだ。どんな辛いことがあっても、俺と瞬の子供だ。それだけは忘れないでくれ」
「ん? もちろん忘れないよ。忘れるわけないじゃん」
「……すまない。変なことをいってしまったな」
父親は頬を掻きながら謝った。
「さあ、家に帰ろう。母さんが待ってる」
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