第三章 白秋の『爛』葉 記憶視点 PART3

  ★.


「……アオイちゃんはどうしていつも真ん中に石を置くの?」


「それはね。どうなるかわからなくて面白いからよ」


 今日はアオイとの勝負の日だった。彼女は毎月こはくの家に遊びに来ている。今日は月に一度のお楽しみだった。

 だがすでに分が悪く、このままでは負けそうだ。


「はい、私の勝ち」


 アオイは白石を掴みながら呟いた。


「こはくの手は硬いから、動きが読みやすいのよ。もっと柔軟に動かさなきゃ」


「そうはいうけどさ、僕にはまだ無理だよ。守るので精一杯だ」


「面白くないなぁ」彼女は溜息をついた。「囲碁はさ、これっていう決まりがないの。だから感覚が一番大事だよ。誰にも思いもつかない一手が逆転に繋がるの」


「そうはいってもさ……」


 彼女が一手打つ度に、彼の陣地は狭まっていった。彼が守ろうと思っても彼女はその裏をつく。実に驚かされる一手ばかり打たれるのだ。


「囲碁にはね、中心があるの」アオイは指を立てていった。「オセロみたいに端を狙えばいいってもんじゃないからね。四隅だけが重要じゃないのよ」


 わかっている、といいたかったが彼は口を閉ざした。彼女のいうことは最もであり、彼が一番散漫になっている場所が中心だったからだ。


「わかっているつもりなんだけどさぁ。難しいよ、やっぱり」


「まあ、たくさん練習しないとね。そういえばこはく、四神って知ってる?」


「知ってるよ。青龍、朱雀、白虎、玄武でしょ。この間、お父さんに教えて貰ったよ」


「そうそう、その四神。これはね、ボードの四隅を守っている神でもあるの。それにね中心には……」


「まあ、こはく。負けてるじゃない」


 こはくの母がおやつを持って入ってきた。自分の好きな日向夏蜜柑のシャーベットだ。


「やっぱりまだアオイちゃんの方が強いのね。もっと頑張らないと」


「……わかってるよ、うるさいなぁ」こはくは母を見ずにいった。「だって僕は囲碁を始めてまだ三ヶ月だよ? まだまだ覚えないといけないことがたくさんあるんだ」


「……じゃあ私に勝ったらご褒美を上げましょう」


 アオイは腕を組んでいった。

「それなら頑張れるでしょ。ご褒美は何でもいいよ」


「何でもいいの?」


 こはくの胸が高鳴る。

「じゃあ今は日向夏シャーベットを食べてるから、赤味噌まんじゅうがいい。こっちには中々ないから、あれが食べたいなぁ」


「……こはく」アオイの冷たい視線が彼に降り掛かる。「何でもいいとはいったけど、そんなのは駄目よ。もっと別のものじゃないと」


「別のもの?」


「そう」


彼女は唇を突き上げる。

「そういうのじゃなくて、もっと……わかるでしょ?」


 ……わからない。

 なんといえばアオイは納得するのだろう。


「赤味噌じゃないなら……青味噌?」


「そういう意味じゃなくて……」


 彼女は再び不満の声を上げる。

「食べ物じゃなくて、もっとあるでしょ」


「わかんない。教えてよ」


 母親を見るが、微笑むばかりで何もいわない。アオイを見ても黙っているばかりだ。


 ……一体、彼女は何をいわせたいのだろう?


 彼女の望む言葉を考えるのは本当に難しい。


 彼は心の中で大きく溜息をついた。 

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