第三章 白秋の『爛』葉 記憶視点 PART1

  ★.


「もういいーかい?」

「まーだだよ」

「もーいいーかい?」

「もーいいよ」


 少年は辺りを見渡した。十秒ほどで隠れる場所など、たかがしれている。それにここは暗いとはいえ、刈られた田んぼの中だ。隠れる場所などないに等しい。


 少年は少女を見つけ服の袖を掴んだ。


「かおる君、見つけるの早すぎだよ」


 少女ははにかんだ笑顔を見せた。

「これじゃ面白くないじゃん」


「だって僕にはあおいちゃんの姿がわかっちゃうんだもの」


 かおると呼ばれた少年は自慢げに腕を組んだ。

「僕は暗闇の中でも灯りがついているように見えるんだ」


「えーそうなの?」


 あおいは口を尖らせた。

「それじゃあ面白くないよ、別の遊びをしよう」


「うん、いいよ。何して遊ぶ?」


 少女は悩むばかりで次の遊びを提案しなかった。かおるは次の案を出した。


「それじゃ鬼ごっことか?」


「かおる君の方が速いから駄目だよ」


 あおいは首をぶんぶんと振った。

「それにこんなに暗かったら、転んじゃうよ」


「そうだなぁ……。あおいちゃんは何がしたい?」


「あおいあおいって、渾名(あだな)じゃなくて、ちゃんとした名前で呼んでよ」

 少女は強い口調で述べる。


「いーや、あおいちゃんの方が絶対いいよ」


 少年はそれを聞いても動じずに大きく手を振る。

「そっちの方が可愛いもん」


「……そうかなぁ?」


「……そうだよ」


 数秒経ってから少女は納得し、満面の笑みを見せた。


「…………かおる君がそういうなら、それでいいや」


 少年は胸を撫で下ろした。さらに追求されていたら、正直に答えてしまいそうだったからだ。渾名の由来を聞いたら、彼女はきっとカンカンに怒るに違いない。


「うーん、何がいいかなぁ……。そうだ、囲碁をやろうよ。お父さんと互戦ができるくらい上手くなったんだよ」


「いいね、そうしよう」


 かおるは提案に乗った。

「でも負けないよ。僕だって十三路盤まで進んでいるんだから。黒をとったら、お父さんにだって勝てるんだよ」


「凄いなぁ。私はまだ九路盤なのに」


 少女は小さな溜息をついた。

「そういえば、知ってる? 黒石は始めに打つ石だから、『皇石』っていうんだよ。天皇様の石なんだよ」


「うん。知ってるよ。あおいちゃんのお父さんがいってたんでしょ?」


「なーんだ。面白くないなぁ」


 あおいは頬を膨らませてふて腐れるように呟いた。

「かおる君は何でも知ってるね」


「何でもは知らないよ」


 少年はかぶりを振った。

「興味のあることだけだよ」


 囲碁の世界は本当に奥が深い。潜っても潜っても、底がない深海のようで、碁石を打つ度に新しい発見が生まれる。この感動を味わい続けることができるのなら、プロになりたいなとさえ思う。


 空を見上げると、すでに日は沈んでいた。二人は手を繋ぎながら家に戻ることにした。秋の夜風が幼い二人の身を震わせる。だがあおいと一緒ならば、そんなに嫌じゃない。


 かおるは家に辿り着くと囲碁盤を取り出して、碁石を用意した。


「で、どっちが黒をとるの?」


「お父さんとする時は握り石だけど。それでする?」


 あおいは黒石を手づかみで何枚か握った。


「僕達はまだ小さいから、握る数なんてすぐわかっちゃうよ」


「じゃあ、こういうのはどう?」


 あおいは親指の上に白の碁石を乗せた。

「私がこれを上に飛ばすから、右手と左手どっちに入ってるか、かおる君が当てるっていうのはどうかな? 当たったらかおる君が先攻ね」


 いい案だ。それなら勝負は五分五分になる。


「うん、それがいい。そうしよう」


 少女は真剣な顔をして指の上に碁石をセットした。彼女の瞳は強く輝いている。

 その強い光は先月、笛にして遊んだ鬼灯を連想させる。


「じゃあ、いくよ」

「……うん」


 かおるは大きく目を見開き碁石に集中した。


 ……彼女にはまだ負けられない。


 男としての自覚が少なからずともあるからだ。


 少年のプライドがむくりと芽を出していた。彼女が親指で弾いた瞬間を、彼は見逃さなかった。

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