第二章 朱夏の『絢』雨 黒視点 PART2 (完結)
☆.
「どうだ、うまくいったか?」
「ええ、仰っていた通りに入手することができました」
黒は赤の勾玉を渡した。男は満足そうに握り感触を確かめる。
「ターゲットの情報は引き出せたのか?」
「ええ、もちろんです」
「よくやった」
男は勝利の美酒を味わうようにグラスに口をつける。
「次の任務についてだが……」
黒は首を傾けて訝った。ターゲットの情報を手に入れたというのに、その点に関しては一切の質問はないようだ。どうして彼は情報を引き出せ、といったのか意図がわからない。
「その前に私の意見を話していいでしょうか」黒は男の言葉を遮った。「これからの道筋についてです。自分の考えは先に述べていいんでしょう?」
「ああ、もちろん構わない。話してくれ」
黒は日本地図を取り出し、四つの支点をつけた。
「前回四神が関係していると推測しましたが、それは確定していいと思います。それを踏まえると、次に行く場所がわかりました。次は天岩戸神社です」
「それが正しいとして……どうして出雲大社が四神に関係する? それに北にあるのなら玄武が来るはずだ。どうして朱雀がくる?」
「天武天皇が関係していると思われます」
黒は赤の勾玉を指差して答えた。
「天武天皇と朱雀は大きく関係しています。彼が統治していた時代は飛鳥時代。彼が崩御(死亡)してすぐにこの元号は終わりました。天武天皇は朱色の象徴でもあるんです」
男はカクテルを飲み干していった。
「……ほう。天武は朱の象徴か」
「推測できる範囲で考えています。常軌を逸してはいないと思います」
男は顎に手をのせ、大きく唸った。
「そうだな。次のおかわりをくれないか。ウイスキーを」
「スコッチでいいですか?」
男はかぶりを振った。
「いや、バーボンで頼む。ダブルでだ」
「わかりました」
黒は氷を削りながら説明に戻った。
「先ほどの説を補足させて頂きます。出雲大社にある勾玉は赤でした。瑪瑙で出来た勾玉を代々宮司の子孫に伝えていたそうです」
黒は茜から聞いた情報を話した。
瑪瑙の勾玉が皇居に献上されたのは708年。この時期に統治していた人物は天智天皇のご息女、元明天皇だ。『藤原』家が力を手に入れる時代でもある。
黒がグラスを差し出すと、男は一口舐めて告げた。
「またしても赤か。勾玉以外に赤に関連したものはあったか?」
「椿がありました」
黒はグラスの水で喉を潤していった。
「出雲大社と呼ばれる品種の椿があります。色は赤、前回と同様に勾玉と同色です。これも勾玉に導くための道具になるかもしれません」
男は納得いった表情を作り、顎に置いた手を引いた。
「上出来だ。ということは敵も我々がそこまでの情報を得ていると考えられるな」
黒は驚きを隠さず声を上げた。
「なぜですか? 私がスパイだとばれているとは思えませんが。正殿の中にまで入らせて貰ったんですよ」
「もちろんお前がスパイだとばれていないとは思う」
「ではなぜ……?」
「お前が手に入れた情報は今の所、どこの誰でも手に入るものばかりだからだ」
男は語気を上げて答えた。
「お前は俺が手に入れた極秘情報を知らない。俺がお前に明かしたのは四つの勾玉が関係しているということだけだ。それでもお前は理論を構築し、一つの考えに辿り着いた」
「もちろん、まだ誰が本当の神かはわかっていませんが。出雲の神と呼ばれる人物は一人ではありませんし……」
「だが疑問を持つには十分の情報だろう? つまり敵もそこまでは考えている範疇(はんちゅう)だということだ」
男のいう通りだ。黒は思考に集中した。
誰でも推測できるような状態にあるのならば、予め罠が張られている可能性がある。もしかすると出雲大社の中にはスパイがいたのかもしれない。
「これから出会う人物にはさらに注意する必要がありますね。気を引き締めて任務に当たります」
「……そうしてくれ」
男はバーボンウイスキーを舐めながらいった。
「で、次の目的地についてだが。次回はターゲットのみにいって貰う」
「ターゲットだけですか? 二人で行く約束をしたんですが」
「そんなものはどうにでもなるだろう。二人同時はまずい」
男はグラスを傾けて、氷が解ける音と同時に一気に飲み干した。
「すでに敵のスパイがこちらの情報を得ようと画策していると思え。お前達は二箇所、順当な時間に辿り着いている。敵が我々を疑うのに十分だろう?」
これも男のいう通りだ。これからは必要以上に用心して動かなければならない。
しかし、だ。ターゲットのみが天岩戸神社に向かうことには賛成できない。ターゲットが一人で向かえば、自分の手中におさめることが難しくなるからだ。
もしかするとマスターは初めからターゲットが一人で宮崎に向かうことを計画していたのかもしれない。
「お互いに情報を得るように、というのはこのためですか? どちらでも目的地に行けるようにするために」
「当たり前だ」
男は大きな声で一喝した。
「我々の被害を最小限に抑えるためだ。お前が捕まっては元も子もない」
「私が行った方が早いと思いますが」
「同じことを何度も話させるなっ」
男はバーカウンターを強く叩いた。目には鋭い光を纏っている。
「帰ってきた相手から情報を引き出せ。以上だ」
「……わかりました」
男の口調には珍しく怒りが籠もっていた。だがそれはどこか懐かしい雰囲気を纏っているようだった。
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