第一章 青春の『華』花 PART4
4.
予定通りの三月三日。
待ち合わせ場所は再び名古屋駅の時計台だ。神宮駅で待ち合わせでもよかったのだが、リーと一緒に電車に乗りたいがために待ち合わせ場所を変更した。
二回目のデートになったため、リーの服装は以前に比べるとお洒落になっていた。桜色のワイシャツに鼠色のパンツスーツ、その上に厚手の黒色のジャケットを羽織っていた。
自分ももちろん服装を変えてある。白のワンピースではなく、水色のフリルシャツに濡烏(ぬれがらす)色のフレアスカートで春と冬の中間色をとっていた。コートはこの前と同じエメラルドグリーンのトレンチコートだ。その姿を見て彼は再び喜んでくれた。今日も気分上々だなと心が満たされていく。
熱田神宮の参道の端を歩きながら、手水(てみず)舎にたどり着く。柄杓(ひしゃく)で手水の儀を終えると、リーは感嘆の声を漏らしながら辺りを見渡した。
「やっぱり広いですね。都心部にあるのにこんなに広いなんて考えてもみなかったです」
「私はもう慣れてるけど……。リー君は初めて来たんだから、びっくりするよね」
「ええ、本当に凄いです」彼はきょろきょろと周りを眺めながら神社を見渡していた。
どうやら気にいって貰えたようだ。
「椿原さんはなぜここで働くことになったんですか?」
葵は口ごもりながらも正直に彼に告げる。
「実は恥ずかしいんだけど、お父さんがここの宮司(ぐうじ)をしていて、そのままずるずると……」
「そうでしたか、別に恥ずかしがることはないですよ。立派な職務です」
「ありがとう。私もここの神社がとっても好きだから、誇りを持って仕事してるの」
そういうとリーは再び嬉しそうに微笑んだ。
彼は笑みを浮かべたまま口を開く。
「宮司というのは神主さんとはまた別なんですか?」
葵は口に手をあてて、説明を始めた。
「ごめんね。宮司というのはね、神社の中でも上に立つ人物をいうの。神職に携わる人をまとめる長といった方がいいかな。もちろん、一番上には天皇様がくるんだけど」
「なるほど。会社であれば社長というポジションみたいな感じですか? その上に会長となる天皇がいると」
「そうねぇ……」
葵は宙に目を向けたまま肯定した。
「極端な言い方をすればそうなるわ。宗教法人だから利益を優先するということはないけどね」
リーは頭を下げて申し訳なさそうに謝った。
「そうですよね。失礼な言い方をしてしまいました。お父さんは素晴らしい方なんですね」
父親を褒められるのは悪い気はしない。葵は得意顔になって答えた。
「まあ、そうね。うちではお酒を飲んでだらだらと過ごしているけど」
「どこの家庭でも一緒ですね」
彼はくすくすと笑い頷いた。
「ちなみにお父さんはどんなお酒を飲むんです?」
……えーっと、どんなのが好きなのだろう?
葵は考えたが特に思いつかなかった。
「洋酒以外はなんでもいけたと思うよ。私よりザルなんだから。今日も神社のどこかにいると思うから、あまりベタベタしない方がいいかなぁ」
「ベタベタ? 粘り気のあるものが宮司に関係しているんですか?」
「いや、何でもないよ」
葵は慌てて打ち消した。どうやら意味が通じてないらしい。
「そうだ、リー君。神社にまつわる神話に興味ある? この熱田神宮には三種の神器の一つ、草薙剣(くさなぎのつるぎ)が祀られているの」
「もちろん知ってますよ、ここには『天照大神(あまてらすおおかみ)』が祀られているんでしょう。伊勢神宮の内宮にも祀られてある天皇の神様がいることは知っていますよ」
彼女は目を丸くした。伊達に日本の歴史を勉強しているというだけのことはある。
「うん、そうなの。やっぱり掻い摘んで話そうかな。専門用語がたくさん出てくるし、いきなりは難しいかも」
葵がそういうと、リーは慌てて手を振った。
「いえ、せっかく参らせてもらうんです。椿原さんの知っている限り教えて下さい。僕も一生懸命ついていきますから」
リーは爽やかな笑顔を見せながらいった。
彼にそういわれれば白旗を上げて降伏するしかない。彼女の予定では神宮の案内は適当に流し、外でのデートを楽しむ予定だったのだが。
「そう? じゃあ、なるべくわかりやすく説明していくからね。わからなかったら、その都度聞いてくれていいから」
「ええ、ありがとうございます」
葵は一番メインとなる正殿の前に案内した。最近建て替えられたばかりで清浄な空気を纏っている。
まずは参拝の仕方だなと思い、リーと一緒に賽銭を投げ込んだ。
「神社ではね、まず最初に二礼して神様に挨拶を交わします」
彼女はぱんぱんと拍手をしながら一礼した。
「その後二拍手します。なぜ両手の手を合わせるのかというと、神と人が交わるためという意味があるためです。そして最後に一礼して終わりです」
「わかりました。椿原さんの後に続きます」
彼は二礼した後、パンパンと拍手を行い一礼した。
リーのお参りが済んだのを見計らって、葵は祭神の説明を始めた。
「ここは熱田神宮の本殿、神様が眠っている場所です。この奥に草薙剣が眠っているんだよ」
「先程の三種の神器の一つですね」
「うん。この熱田神宮に草薙剣を納めたのは『日本武尊(ヤマトタケル)』という男の神様よ」
葵は彼に丁寧に説明し始めた。
「元々は『アマテラス』の弟・『スサノオ』が八岐大蛇’(やまたのおろち)を倒した時に手に入れたものだけどね。ちょっと屋根にある丸い木を見てみて」
「あの屋根の上に載っている木ですか?」リーは屋根の上にある木を差した。
「そう。あれを鰹(かつお)木といいます。何本あるか数えてみて」
「えっと……全部で十本です」
「正解。あれはね、偶数の数だと女の神様が祀られていることがわかるの。奇数だと男の神様ね」
「へぇ、そうやって神様の性別がわかるんですね。ということはアマテラス様は女の人で間違いないわけだ」
「そうなの」
葵は頷いた後、続けた。
「他の三種の神器は別の場所にあるわ。八咫鏡(やたのかがみ)は伊勢神宮に、『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』は皇居にあるのよ。皇居には草薙剣と八咫鏡のレプリカもあるの」
「勾玉? 勾玉とは何ですか」
「勾玉っていうのはこういう形をしているの」
葵は胸元から勾玉のネックレスを取り出した。
「八尺瓊勾玉の瓊というのは瑪瑙(めのう)を指すんだ。瑪瑙は赤い鉱物のことね。私のは翡翠(ひすい)で出来ているから淡い青色なの」
「本当だ。綺麗ですね」
リーは勾玉を覗き込みながら興味深そうに吟味している。
「ということは皇居にある勾玉は赤いものなのですか?」
「んー」彼女は言葉を濁した。「どうなんだろうね。私も見たことがないから、わからないの。神器の勾玉は天皇様しか見ることができないのよ」
葵は唇を舐めて続けた。
「神話に出てくる人物、物には本当にたくさんの説があるから、どれが正しいってはっきりと断言できないのよね。だからお父さんに断定した物言いは止めなさいっていつも注意されるの」
「……なるほど」
リーは納得しすっきりした表情を見せた。
「様々な説があるからこそ面白いともいえますね。全て決まっていたら、神話にはなりえませんから」
彼がそういうと説得力を帯びているような気がする。彼女は大きく頷いた。
「確かにそうね。うん、そう考えた方が面白いわね」
話が一区切りつくと、リーは満面の笑みで礼を述べてきた。
「興味深い話ばかりでした。さすが巫女さんです。ありがとうございました」
彼の笑顔が再び彼女の気分を高潮させた。彼の笑顔を見てまた一歩近づけたと感じ、葵はぐっと心の中で拳を握った。
……よし、次は本日のメインスポットに行こう。
そう考えていると、父親である蒼介(そうすけ)の姿が見えた。
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